第7話 一方の二人は
空は澄み渡る青一色、気候は暖かく心地のいい風が吹き、外出するには最高の日だ。
世は春休みの真っただ中、多くの人々が短い休みを謳歌しようと様々な場所へ公共交通機関を使って大移動している。
当然、観光スポット満載のニューライトブルーシティーも例外ではなく、窓からは大型バスが数珠つなぎで進む光景ばかりが目に入る。
これから楽しい一日が待っている彼らを羨ましく思う一方、場所は違えど警備隊の仕事をしている者としては、DIFの馬鹿どもに絡まれずに過ごして欲しいと願い――。
「もう、いつになったら東京へ着くのよ!」
ハンドルを叩いた運転席で荒ぶる鬼こと雨宮七海のオーラが、現実逃避していた
「怒ったって仕方ないでしょう。みんな旅行へ行っているんですから」
「私は一分一秒でも早く、この厄介な仕事を終わらせたいのよ」
ここまで彼女が焦っているのには、一つのくだらない理由がある。
それは遡ること一時間前。
昨夜、サウスエリア警備隊長からの指示で、水上はセントラルエリアのゴールドタワーへ向かうと、そこには長い髪をゴムで一つにまとめ、肩から下げた茶色のバック、黄色のトップスと桜の刺繡がされたフロッキープリントスカートの雨宮七海が仏頂面で立っていた。
近づいて話を訊いてみると、三日間の休みが取れたから二泊三日で東京へ遊びに行こうとしていたら、署長からここへ来るよう命令されたのだとか。
なるほど。
だからいつものスーツ姿ではなく、おしゃれな恰好をしているわけか。
と納得していたら、二人を呼んだ張本人の青山市長が現れた。
「実は君たちに今から東京へ行って、走矢を手伝ってもらいたいんだ」
「いやです」
即答だった。
断られると思っていなかったのだろう、青山市長が普段見せない唖然としている姿はなかなか面白かった。
「えっ⁉ そんなハッキリと言わなくても――」
「私はこれから三日間の休暇を満喫するんです。仕事なら他の人に頼んでもらえませんか」
Uネックに挟んであったサングラスをかけて、雨宮七海は手を振って真っ赤なスポーツカーへ向かう。
「わ、分かった。もし、この仕事を手伝ってくれるなら、一週間の休暇を君に上げよう。さらに、その費用は全て私が持とう。どうかな?」
一瞬肩がピクっと動いた後、彼女は振り向きながらサングラスを取る。
その表情は太陽のように輝いていた。
「青山市長。先ほどのお話の件、前向きに検討してもいいですよ」
「さすが、雨宮君だ。君のような優秀な刑事を派遣できるなんて、私はとてもうれしいよ」
「あらあら、お世辞がうまいですわ、青山市長」
まったく理解できない茶番を見せられた後、呆れてものが言えない水上を余所に、話は勝手に進められ、気づくと雨宮七海の車へ押し込まれ、今に至ると言うわけだ。
つまり彼女は早く終わらせて、休日を満喫したいのに、こんな橋の上で時間を取られている状況が腹立たしいのである。
「ねぇ、水上君」
猫なで声で訊いてくる雨宮七海。
うん、絶対にろくなことじゃない。
「あなたの力で、前方の車を吹き飛ばしてくれないかしら?」
美しい笑顔の割に、内容はかなりえげつないことを言っているんだが――。
「そんなことしたら、橋まで落ちてしまいますよ」
「冗談よ、冗談。仮にも警察官である私が、そんな危険な行為をさせるわけ……ないじゃない」
嘘だ。
目、目が笑っていない。
なんて、ヤバい人なんだ。
ゾッとするような女性と分かった水上が戦慄していると、ニューライトブルーブリッジにアナウンスが轟く。
『これより、二車線を六車線へ増やします。みなさま、事故を起こさないようお願いします』
すると、海から車線が左右四本の計八本が浮上していき、端の車線にくっついた。
動くことがままならなかった大型バスや車は、次々と浮上した車線へと移動していったため、あっという間に渋滞は緩和していく。
「よし、これで東京へ行けるわよ!」
シフトノブを豪快に動かして、アクセルを踏み込む。
赤い車は車線を変更すると、スピードを上げながら疾走していく。
「ひいいいいいいい」
「あははははははは」
車内には水上の悲鳴と雨宮七海の高笑いが響き渡るのだった。
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