第6話 厄介な依頼

「あら、どうされたんですか? 時田さん」


 警察署に姿を現した走矢を見て、受付の女性は首を傾げながら尋ねてくる。


「実はロッカーのカギを返し忘れていたんだ。流山ながれやま隊長に渡してくれるかな」


 走矢がポケットからカギを取り出して受付に渡す。


「かしこまりました」


「ありがとう……何か静かだね」


 一か月過ごした署内が静寂に包まれている。走矢がいた期間では一度もなかったこの異様な雰囲気が気になった。


「みなさん、朝から出勤しています。昨日の捜査でDIFが関わっている可能性がでてきたらしいので、隊長はそちらに。他のみなさんは、小競り合いを起こしているDIFの対処に行っておりますので……」


「まさか全員⁉」


「はい」


 隊長を除いた二十九人全員が出動するなんて、走矢がいた間はなかったんだが――ここもニューライトブルーシティー並みにDIFが荒ぶっているのだな。


 以前の彼らだったら、かなり大変だと思うが、走矢が一か月間みっちり鍛え上げた今の頼もしい元部下たちならば、そこら辺のDIF程度なら遅れをとることはない。


「そうか。帰ってきたら、『君たちには期待しているよ』と、言っといてくれるかな」


「分かりました。みなさん喜ぶと思います。時田さんもお元気で」


「ありがとう」


 走矢は笑顔の受付嬢に見送られながら、警察署を後にした。


「さて、島に着いたら何をしようかな?」


 仕事という鎖から解放された走矢の足取りは、翼の生えた鳥のように軽く、自然とスキップをしていた。


 このまま、足の向くまま遠い場所まで――と、考えていた走矢の耳に、聞きなれたメロディーが届く。


 スキップを止め、ポケットからスマートフォンを取り出して画面を凝視。


 そこには、今、もっとも関わりたくない人物の名前が映し出されていた。


「はぁ、もしもし……」


『なんだ? 久しぶりに連絡を入れたのに、元気がないじゃないか?』


「お前が今すぐ電話を切ってくれるのなら、すぐに元気が湧いてくるんだがな」


『そんな冷たい事言うなよ。俺たちの仲じゃないか?』


「そんなことを言うために、電話をしてきたんじゃないだろう。さっさと要件を言ったらどうだ? ニューライトブルーシティー市長、青山龍太郎殿」


 一か月間、走矢を東京へ派遣した張本人、ニューライトブルーシティーのトップからの電話だった。


 気持ち悪いぐらいの猫なで声をしていた青山の声が、要件を伝えるために市民を守るトップの声に変わった。


を知っているか?』


「いや、知らないな。基本、DIFの鎮圧以外はもっぱら特殊部隊を鍛えていたからな」


 と言うと、青山は事件について話してくれた。


 東京都松裏区永森に住むジャーナリストの川本みなとの木造二階の住宅から、火が出ていると近隣住民から連絡があった。この火災で川本宅を含む五棟が全焼、三棟が半焼した。


 川本宅の焼け跡からは一人の遺体が発見され、身元を特定したところ川本宅の主人、川本みなと本人であると確認できた。


 川本みなとには高校生の一人娘がいるらしく、事件直後から連絡が取れず、学校やバイト先にも行っていないことから、行方不明となっている。


 だが警察は、彼女が今回の事件に巻き込まれた可能性があると考えており、現在必死で捜索をしているのだという。


 ――嫌な予感がする。


『実は、その川本みなとは俺が雇っていたジャーナリストでな。ある事件を調査してもらっていたんだが、一昨日の夜に突然連絡が来たのを最後に、連絡が途絶えてしまったんだ。さすがに心配になっていたら、あのニュースが流れていたから驚いたんだ』


 ほら、予想通り面倒そうな話になってきている。


 家へ帰れるのは、いつになることやら。


「それで、僕にどうしろと? 出ていった警察署へ戻って捜査を助けろっていうのか?」


『いや、彼の娘さんを保護して欲しい』


「娘の保護? まてまて、そもそも川本の娘は行方不明だろう? 土地勘もない僕が警察よりも早く見つけ出せるわけないだろう」


 事件が起きてから、警察が総出で探しているにもかかわらず、彼女を保護できていないのだ。たかだか、一ヵ月しかいなかった――しかも大半が警察署の毎日だった――走矢が、地元の警察官を出し抜けるわけがないのだが――。


『それについては問題ない。すでに彼女とコンタクトが取れて、居場所も教えてもらっている。走矢はその場所へ行って彼女を守って欲しい』


「いろいろと文句を言いたいが、一つだけ分からないことがある。どうして彼女が狙われているのか、ということだ」


『それは彼女が川本みなとから託されたUSBを持っているからだ。その中身はとある人物を逮捕するのに重要な証拠が記録されている物だ。相手はそれを手に入れるために躍起になっているはずだ。川本みなとを襲った連中の中には、DIFのメンバーがいるはずだ。だからこそ、走矢に頼んでいるのだ。大変だと思うが、彼女を守ってくれ。もちろん、そっちに雨宮君と水上君をすでに派遣しているから、どこかで合流をしてくれ。あとは――』


『市長、そろそろ時間です』


『分かった。じゃあ、娘さんの写真、隠れている場所と、もろもろの詳細については、走矢のスマホへ送るから、頼んだよ』


「あっ、おい、ちょっと……切りやがった」


 と文句を口にした数秒後、さっそく資料が送られてくる。

「名前は、川本もも……高校生か」


 そこには学校の制服を着た少女が、優しい笑顔で写っていた――はて、どこかで見た顔だ。


 スマホの写真を凝視しながら、霞がかった記憶の断片を探していると、ラディが目の前に現れる。


「うおっ⁉ どうしたよ、ラディ」


(ご主人様、一ヵ月前に、彼女と会っています)


「一か月前…………ああ、背中にタックルをぶちかましてくれたあの高校生か」


 霞が晴れ、急速に記憶が活性化され、一ヵ月前の映像が浮かんでくる。


 言われてみれば、一ヵ月前にDIFが暴れた時に、走矢の背中にきつい一撃をくれたあの女子高生と同じ顔で、名前も確か川本ももと名乗っていた。


「何ともまぁ、よく事件に巻き込まれる子だね」


 あの時は仕方なく助けたが、今度は正式な依頼なのできっちりと守らなければならない。


「それで、彼女の居場所は……少し遠いな」


 送られてきた場所を確認した走矢は、資料を閉じそのまま電話をかける。


『もしもし』


「もしもし、七海。今、どこにいる?」


 電話の相手は、ニューライトブルーシティー警察署所属の刑事、雨宮七海あまみやななみ。今回青山が派遣してくれると言った二人の内の一人だ。


『今は、まだニューライトブルーブリッジよ』


「ニューライトブルーブリッジ⁉ 青山の話から、すでに東京へ着いているかと思ったんだが……」


『そうだったんだけど、今、春休みでしょう。それでみんな車を使っているみたいで、橋の上が渋滞なのよ。この状態だと、一時間以上はかかりそうよ。こんなことなら、水上君だけを先に行かせた方がよかったわ。あ、水上君、今から走って行く?』


『冗談を言わないでくれ。俺の力は走矢のように、移動するのに便利な力じゃないんだから』


『だってさ』


「……分かった。こっちは川本ももが隠れている場所へ向かうよ」


『了解よ。私たちも東京に入ったら連絡するわ』


「ああ。気を付けて」


『そっちもね』


「――力を使って……いや、ここはニューライトブルーシティーじゃない。どこに敵の目があるか分からない。目立つ行動は控えねば。となると、歩いていくか」


 スマホをポケットへ入れ、走矢は仕事へ取り掛かるのだった。


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