第3話 時田走矢の力

「やめてください。落ち着きましょう」


「ええい、その手を放しなさい、ももちゃん。今すぐ生意気なDIFに天誅を喰らわせてやるから」


「何を言っているんですか? 逆にあなたが天誅を受けますよ。そもそも……って、知ってたんですか? この暴れているのがDIFだってこと」


「自動車を一階から二階へ突き刺すような奴なんて、DIFしかいないだろう」


「分かっているなら、一回冷静になりましょうよ。私たち人間が勝てるわけないんですから」


 その言葉を聞いた走矢は一度足を止めて振り返る。


 やっと言うことを聞いてくれたのかと安堵しているももへ事実を伝える。


「安心しなさい。私もDIFだから」


「あー、そうなんですか。それなら大丈、ええええええええええええええええ、D、DIFですって」


 ももは目と口を大きく開けて固まる。


 そこまで驚くことかね。


 ももは走矢の服を引っ張っている手を放し、引きつった笑みを浮かべながら、一歩ずつ後ろへ下がっていく。


 なぜ?


「今日、勉強したけど、DIFは必ず見返りを求めるって。男性には大金を、そして女性には……体!」


「……体ね」


 守るように自分の体を抱きしめるももの頭からつま先まで、視線を這わせた走矢は「はあああ」

 

 とため息をついた。


「なっ⁉ 乙女の体を見てため息つくなんてひどいわ、おじさん」


「おっ、おじ、さん⁉」


 心臓をぐっさりナイフを刺されたような痛みが走り、脚から崩れ落ちる。


 まだ、三十路にもなっていない自分は、ではなくギリギリだと思っていたが、実際に女子高生から言われると、精神的にきつい。


 そうか。まだ彼女に名前を告げていなかった。


 名前を名乗らなかっただけで、ここまで心にダメージを受けてしまうことがあるのかと、走矢は初めて知った。


 そしてもう二度と、おじさんなんて呼ばれるような悲劇が起きないようにしなければいけないと固く誓った。


「そ、そういえば、まだ名乗ってなかったね。私は時田走矢ときたそうやと言うんだ。決しておじさんではない。分かったね」


「は、はい。もう言いません」


 走矢の圧力に屈したももは、姿勢を正して返事をする。


「それと、君が勉強したDIFの特徴は十年も前のことだ。今はそんなことをすれば、厳しいペナルティーが発生するから、誰もやらないよ」


「そうだったんですね」


「ということで、名前を名乗る機会すら奪い、色々傷つけられた怨みも込めて、今暴れているDIFには地獄を見てもらおうじゃないか。ももちゃんは危ないのでそこで待っていな――」


「嫌ですよ。今にも壊れそうな場所で私を置いていかないでください」


 思いっきり腕に抱きつかれ身動きがとれなくなる――が、改めて周りを見て彼女が訴える理由に納得する。


 天井、フロア、壁、柱。目につくもの全てがボロボロで、大きな亀裂が入っている個所もある。


 いつ崩れてもおかしくない場所に一人置いていくのは、逆の立場からしても不安でとても怖いだろう。


「すまない。少し配慮が足りなかったね。よし、一緒に行こうか」


「本当ですか?」


「嘘ついてどうする。その代わり、必ず私の近くにいること。じゃないと、君を守れなくなる」


「はい」


「いい返事だ。それと、ラディ!」


 慣れ親しんだ名前を言うと、発光する光が走矢の肩に止まった。


「せ、精霊」


「私と契約している光の精霊ラディだ。彼女も君を守るようにするから。これで安心でしょう」


 ラディは走矢の肩から離れて、ももの肩に止まる。


(よろしくね)


「あ、お願いします」


「これで準備万端だな。ふふふ、湧き上がるこの怒りをぶち込んでやるぜ」


 口角を上げ悪人のような顔で走矢とももは、突き刺さった自動車の横を通り、ガラスの無くなった二階から地上を見下ろす。


「うわわわ」


「あいつだな。うん? 警察が戦っているのか」


 地上では警察とDIFが交戦中のようだ。


「警察の実力も見ておきたいし……少し見学でもするか」


 フィンガースナップを決めると、ガラスがあった枠にシャボン玉のような七色の何かが張られた。


「何したんですか?」


「私たちが覗いていることが、外からバレないようにするための処置さ。名を『光鏡風景こうきょうふうけい』とかっこいい名前をつけているが、簡単に言えばマジックミラーみたいなものだ。光の一部を反射と透過させ、さらにラディの力を合わせれば、周囲とまったく判別できない風景を見せることが問わずできるのだ」


「おお、それはすごいです」


「うむ。というわけで、彼らの戦闘を少し観賞しようじゃないか」


 二人は『光鏡風景』の前で、さながら映画鑑賞のように眺める。


「いいか、何としてもここで食い止めるぞ!」


「「はい!」」


 リーダーと思われる中年の刑事が、部下たちに発破をかけながらパトカーを盾にして、目の前で暴れる異形の怪物へ向けて拳銃を発砲している。


「おらおら、警察の力ってのは、こんなものかよ」


 岩石を纏っているような体は、警察の発砲する小さな銃弾を軽く弾いている。怪物は拳銃で抵抗している刑事目掛けて、助走をつけると肩を前に出すショルダータックルで突っ込んでいく。


「げぇ」


「逃げろ!」


 狙われた中年の刑事は驚きの表情を浮かべながらも、すぐに若い刑事たちへ指示をしつつパトカーから離れる。ショルダータックルを受けたパトカーは、ボールのように吹っ飛びビルの三階へめり込んだ。


「パ、パトカーが、飛びましたね」


「自動車がフロアを突き抜けた原因はあれか。派手な戦いをしやがって」


 周りを気にせず、ただ本能の限り暴れまわる岩石を纏うDIF。まるで自分の力を誇示するような戦い方を見る限り、DIFになったのは最近なのだろう。


 ただ、これ以上暴れられたら、周りの建造物が倒壊するおそれがあり、シェルターに避難している民間人の命も危なくなる。


宝刃ほうじんの一、三日月みかづき


 走矢が唱えると、頬を撫でる優しい風が右腕に纏わりつく。


「うおりゃ!」


 纏わりついた右腕を思いっきり振り抜くと、緑色の湾曲した三日月の形が回転しながら、今まさにパトカーを放り投げようと構えたDIFの右肩を通り過ぎていく。


「ぎゃあああああ」


 綺麗に右腕を切られ、血しぶきをまき散らしたDIFが、苦悶の面持ちで無くなった右腕を抑えながらうずくまって倒れた。


「えっ、えっ、えっ、えっ、ええええええええええ!」


「ボーとしない。地上へ降りるよ」


 走矢はももを右腕で抱きしめると、二階から飛び降りる。


「ちょっとおおおおおお」


 ももの虚しい叫びを耳にしつつ、走矢は真下に止まっているパトカーへ着地。若干天井がへこんでしまったが、見た感じスクラップ行きなのでいいだろう。


「き、君は?」



 DIFへ視線を固定していたから気づかなかったが、どうやら中年の刑事はカフェの真下に停まっていたパトカーへ逃げていたようだ。


「ニューライトブルーシティー市長、青山龍太郎の命で派遣された、時田走矢と言います。特殊部隊の代わりをしろと言われているので、ここからは私があのDIFと戦います。いいですね?」


「あ、ああ」


 この中でリーダー的な刑事から許可をもらったので、さっさと仕事をこなしてしまおう。


「ももちゃんも、そこの刑事さんと一緒に隠れていなさい」


「そ、そうさせて、もらいます。その方が、安全のような、気がしてきました」


「安心しなさいな。ここからDIFをぶっ潰すから」


「頑張ってくだ……うぷっ」


 ももは口を押えながら、パトカーの天井から降りて、中年刑事の隣に座った。


 気分も悪いようなので、彼女が自分から離れてくれたことは幸いだ。


「さてと、そこの雑魚! 得た力を私利私欲のために使い、人々の生活を脅かしたその罪は重い……自分の死で贖うがいい」


 走矢は痛みでうずくまるDIFを見下ろし、彼を断罪すると宣言する。


「ふ、ふざけるな!」


 と冷酷な判決を告げた走矢に襲い掛かる片腕を失ったDIF。

 

 だが怯えた表情で闇雲に攻撃をする時点で、お前の敗北は決まっている。

 

 走矢はDIFへ最後の一言を告げる。


「宝刃の五、かまいたち」


 その瞬間、DIFの体は五つのパーツに分かれ絶命した。


「はぁ、すっきりした。終わったよ」


「これが……ニューライトブルーシティーの住人の力か」


 振り返ると、いとも簡単に倒した走矢を、中年の刑事は畏怖の目で眺めていた。

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