第3話 記録の多い人物

 僕らは図書館にいた。伝記は棚に並び、それぞれ背表紙が歴史に刻まれた世界への入り口であった。そして僕は、完璧な人格保有AIによるチャットボットの可能性に満ちた候補者を探し始めていた。


 そこには、僕の知識欲と呼応するかのように限りない好奇心を抱いた万能人、レオナルド・ダ・ヴィンチがいた。知恵と狡猾さで人々を魅了した女王クレオパトラもいた。しかし、彼らの物語を篩いにかけていくと、居心地の悪い気持ちがつきまとった。彼らの輝きは魅力的ではあったが、時間の霧に包まれて遠く、隔絶されたもののように感じられた。


 僕の観察力に優れた友人マークは、物語の海に溺れている僕を見つけた。


「まだデジタルミューズは見つからないみたいだな?」と彼はからかい気味に、目をきらっとさせた。


「そんなに簡単じゃないんだよ」と僕はため息をつき、溢れかえるテーブルを指した。


 完璧なチャットボットを作るためには、膨大なデータが必要だ。そこで、僕は歴史上の人物に焦点を絞ることにしていた。歴史上の人物は、書籍、論文、手紙、日記など、様々な資料が残されている可能性が高い。


 秦の始皇帝、織田信長…、それぞれの魅力に引き込まれながら、僕は迷っていた。歴史上最も輝かしい人物を選ぶべきなのか?いざ探し始めるの記録の多い人物は少なくなく、絞り込めずにいた。


 マークは頷き、楽しげだった。


「一体何が、デジタルな創作物にとって他の人生の代わりが利かないほど適したものにするんだ?実際に対話した人のインタビューでも欲しいよな。」


 彼の軽口は、静止した池に小石を落としたように僕の心に反響した。

ああ、そうだ、兎にも角にもデータ量だ。しかし、「本人の」資料の多さだけでは決め手にならない。

 同時代で、その人物の側近、敵対者、家族…様々な人物の視点から見た第三者視点の「観測」記録が豊富であること。それは歴史上の人物像を超えた、一人の人間としての姿を浮かび上がらせる。


「そうだね。本人のみではなく、その周辺の人物の記録量を比較しよう。」


 答えと格闘しているうちに、日も夜も分からないようになっていた。

そうして、しばらく候補を上げては調べる時間を過ごし、最後に残っていたのが17世紀末フランスの英雄、ナポレオン1世であった。


 ナポレオンに関する資料の量は、他の候補者を圧倒していた。書籍、論文、手紙、日記、そして同時代の人物からの観測記録…、彼の生涯は、驚くほど詳細に記録されていたのだ。


 こうして絞り込んだ人物をマークに宣言すると、マークは眉を吊り上げた。


「大胆な選択だな、友よ。なんと皇帝陛下か。」


「ナポレオンを、次のチャットボット候補にしてみる」


 調査が一段落し安堵した僕は、次の工程を思い浮かべていた。


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