100話 約束

「君を説得するのは長くなりそうだね。

 どうだい?一緒にご飯でも。

 昼はまだなんだろう?」


そんな砂沼の誘いに、

勇人はあえて乗った。

彼自身、自分が周りにどういう評価

をされているのか気になり始めていた。


昔と違い、自分以外も見れる

ようになった今では、

もしかしたらこの男は自分にとって

良い影響になるかも知れないと思ったからだ



砂沼が乗って来た高そうな車の助手席に

遠慮なく乗り、車が走る。


「何故、私たち協会の人間が

 君を気にかけているのか

 分からないといった様子だったね」


車のエンジン音が鳴り、

車が加速する。

手元で効率よくギアチェンジをしながら、

その男は話す。

 

「そりゃあ、、、、

 わざわざ中学生の俺じゃなく、

 もっと上の、高校生とかの方が

 うまいでしょうしね、、」

「そうとも言えないさ。

 確かに最初の方はそうだった。

 君がサッカーを始めたばかりの頃はね。

 だが、君はものすごい勢いで成長し、

 他全てが圧倒されるほど短期間で

 強くなった」


前を見据えながら、

一つ例え話をする


「現代の子にもわかりやすく言うなら、

 そうだね、、、

 ゲームでいうレベルアップの頻度。

 君はその速さと数が尋常じゃないんだよ」

「頻度、、ですか?」

「そう。普通ああいうゲームは、

 レベルが上がるにつれて成長速度も

 遅くなっていくだろう?

 最初はぐんぐん伸びるけど、後半は

 伸びるのに時間がかかる」


ゲームでもそうであり、

それは現実世界でも当てはまる場合も多い。

しかしそれは普通の人間の場合。


「だが、君は最初の成長速度のまま

 ぐんぐん伸びていった。それはもう

 他がついていけなくなるレベルまでね。

 そりゃ、なにも知らない人たちが疑問を

 持ち始めるのも無理はない。

 君の成長は、周りから見れば

 違和感しかないものだからだ」

「その違和感の正体を理解しようともせず、

 ただいたずらに低い知能で答えを出す

 連中には、俺は興味ないですよ」

「もちろんそうだと思ったよ。

 ただ、君は今になって他人の意見を

 取り入れようとしている。

 それは何故か、、、」


信号が赤になったことで、

車が一度止まる。

そこで砂沼透は勇人に顔を向け、

目をはっきりと見て答える。


「どこまでもストイックだね、工藤君。

 他人を理解するのは、、、

 言ってしまえばその理解した部分すら

 利用するために、、だろう?」

「当たり前じゃないですか。

 それ以外になにがあると?

 それがなきゃわざわざあなたの誘いに

 乗りませんよ。この車にも」


工藤勇人は他人に目を向けない。

他人からの評価なんぞ全く気にしないため、

彼にとっては聞くだけ無駄だからだ。

だが、今となってはその他人が自分に向ける

感情すら利用しようとしている。


「君が他人を見るときは、

 決まってサッカーのプレーを見る時だった

 だがそれと同時に、他人の内側にある感情

 すら読みの材料にしようというのだろう?

 イカれた勝ちへの執着だね」


信号が変わり、再び車が動き出す。

車はやがて、街に入り、

繁華街へと入っていく。


「文字通り、すべてを使って

 勝ちに行く。それが君だ。

 だからこそ、私もこんなわかりやすい

 餌をぶら下げて君を誘っている。

 それだけ君は貴重なのさ。

 少なくとも、協会の人たちにとってはね」


そして車はとある駐車場に止まる。

止まった場所は焼肉店のようだが、

明らかに普通じゃない。

見ただけで高級そうな雰囲気が

漂っている。

勇人も行ったことがない場所だ。


「私が結構な頻度で通っている場所でね。

 完全な個室だから、二人で思い切り

 話せる。ここでじっくり君を説得

 しようと思うんだが、どうかな?」

「まぁ、お言葉に甘えて。

 別に話すだけなら自由ですし、

 協会の会長なら俺が知らないことも

 知ってるでしょうしね」

「良い判断だ。

 流石は心臓といったところかな?」

「帰りますよ?」

「ははっ、冗談さっ。

 さぁ、中に入ろうか」


行きつけというので

砂沼が先導して中に入る。

そこから綺麗な個室に案内され、

そこでさっそくとばかりに

砂沼が肉を焼き始める。

どうやら、勝手を知らない勇人に

気を遣ってくれるようだ


「さて、とりあえずは色々頼むけど、

 何か不満でもあれば言ってくれていいよ?

 私としても純粋な気持ちで君に良い思いを

 してもらいたいからね」

「どこまでが本心なのか、、、」

「さぁ?もしかしたら、

 イベントに参加して欲しい下心も

 あるかもね。実際のところは

 どうなんだい?参加しようとは今も

 思わない?」


爽やかな笑みを浮かべ、

そう言ってくる。


「正直に言えば、興味はあるし

 やってみたいとはおもいますけどね」

「ほう、、、、では、何故そんなに

 渋るんだい?」

「あなたの思い通りになってそうなのが

 気に食わないので」

「あれ、おかしいな、、、

 私は何か君に嫌われるようなことでも

 したかなぁ、、、」


今度は少しばかり悲しそうな

顔をする。

それが本心なのかは分からないが、

少なくとも

勇人から見れば本心に見える。


「君は純粋な好意というものを

 なかなか受け取ってくれないね」

「あいにく、そんな経験があまり

 ないもので。

 どうにも人を信用するのに

 時間がかかるんですよ」

「うん、悲しいことだが、、それも

 把握済みさ。だが、そんな君でも

 救いはあった」


やはり、知っているか。


「君をどこまでも理解しようとして、

 その果てに君の支えになろうとした

 一人の女の子、佐藤由紀。

 確か、彼女も参加することになってるよ」

「えぇ、知ってます。

 本人から聞きましたから。

 楽しみにしてましたよ?」

「それは良かった、、、

 良いのかい?彼女との愛を育む機会に

 なるかも知れないよ?」


揶揄うようにそう言う。

案外そんな冗談を言うんだなと

不思議な感情を覚えた。


「はぁ、、、

 大人がこっちの事情に首を

 突っ込むんですか、、?」

「おっと失礼、、、

 どうにも過干渉になってしまうね、、

 君のことになると私は、、」


そういって焼き上がった肉を

こちらのお皿に入れてくれる。

ありがたくその肉をいただくと、

さすが高級店。

他より端的に味が良い。


食は美味しさより量を求める勇人だが、

なるほどこの美味しさなら通ってしまうのも

わかるかも知れない。


「満足そうでよかった。

 もしここに佐藤さんも呼べば、

 もっと君を籠絡できたかもしれないね」

「まずそんなので由紀を

 呼ばないでくださいよ、、、」

「おっと名前呼びかい、、!

 順調に仲は深まっているわけだね!」

「なんでそんな元気なんですか、、」

 

勇人は疑問に思う。

なぜこんなにもこの人は

自分に関わってくるのだろうか、、

なぜ自分に対して過干渉なのだろうか


「疑問そうな顔だね。

 私が君を気にかける理由なら、

 さっき話したと思うが、、、」

「なんとなく、、ただの勘ですけど、

 それだけじゃない気がしまして」



その問いのようなものに、

初めてその男の言葉が詰まる。

人懐っこい笑みがなくなり、

少し憂いを帯びた表情を覗かせた。




「そうだね。それだけじゃない、、

 まぁこればかりは言えないし、

 言ったところで無意味だからね。

 彼との約束を破るわけにはいかない」


その本質を覗かせた表情。

いつもの人を虜にする笑みはそこになく、

そこには、自分と同じなにかを

失った者の表情があった。

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る