99話 在り方

「へぇ。ここがかの『心臓』が

 練習してる場所か、

 いい場所だね。

 手頃な壁もあるし」

「心臓ってのやめてくれません?

 恥ずかしいんですよ、、、」

「そうかい?これほど君に合った

 通り名はないと思うけどね。

 君の影響力を考えれば、

 ピッタリな名前だ」


その公園を見渡しながらゆっくりと

勇人の方に目を向ける。


勇人はこの人物が苦手だ。

なにを考えているのか分からず、

本質のようなものを一切見せない。

それがこの男だ


「それで工藤君。

 例のイベントの参加の有無を

 聞かせてもらいたくてね。

 私としてはぜひ、君には参加

 してもらいたいんだけど」

「俺じゃなくても、

 他にいるでしょ、、」

「いや、きみのような人間は

 そういない。

 自分でも分かっているんだろう?」


そこ言葉に勇人が口を閉ざした。


「実力ももちろんそうだけど、

 私が君を誘うのはその在り方だ。

 他にはない君の特徴。

 それは、プロの世界でもなかなか

 いなくてね」


それを聞いてある種の納得をする。

在り方とは、サッカーに対する想いだったり

勝負という世界の非常さを分かった上で

戦っているということ。


他とは違い、本能のままに勝利を

望む。それは若い歳の人間には

分からないもの、理解できないもの。

日本という平和な国で生まれ育ったなら

なおのこと。


「私から見た君は、いつだって命をかける

 ように戦っていた。

 いや、全てを賭けるようにね。

 冗談などではなく、君は本気でそう

 感じているんだろう?

 サッカーは、命をかけるに

 値するものだと」


無言になる勇人。

その反応が答えだった。

工藤勇人とはそういう人間であり、

他には理解されないものだからだ。


工藤勇人の強さを理解しようとするものは

数多くいる。

だが、そのほとんどが道半ばで諦め、

わかりやすい指標を作ろうとする。


才能がある、

恵まれている、と


そんな言葉で片付けてしまい、

いつまでも勇人を

理解するものは出てこない。


「極限状態を数多く経験し、

 数多の敵を潰してきた。

 その根本にあるのは、誰にも

 理解できない狂気。他にはない

 君のその勝利に対する飢えを

 理解できるものは、あの場所に

 いなかったというだけさ」


あの場所とは、おそらく山原中。

確かにそこに勇人を理解しようと

する人間はいなかった。

あの場の人間が、

才能のおかげと彼を罵ったように、

他の大多数もそう思うだろう。


「だが、私は知っている。

 なにせ、君の成長を直に見てきたの

 だからね。

 君がまだ未熟だった時から、

 君のことは気にかけていた」

「、、、、案外暇なんですね」

「失礼だね、、まったく。

 まぁ、それだけ図太いのは利点かな?」


少し笑い、勇人を手招きする。

公園のベンチに隣り合って座り、

その男は話を続ける。


「さて、話を戻そうか。

 あのイベントについて、

 君はどの程度知ってるのかい?」

「そこまで知らないですよ。

 今年から始まるらしいイベントで、

 サッカーに触れ合わせるための

 ものだとか、、、」

「そう。一般の人に向けた、

 サッカーに興味を持ってもらう為に

 行われるイベントだ」


去年にはない、今年からの催し。


サッカー協会が挙げた、

サッカー人口増加の為の

育成計画。


「君も知っての通り、ここら辺の

 地域のサッカー人口は、年々

 減少傾向でね。

 それを解決するための催しだ」

「でしょうね、、、」


身近で言えば、朝凪中


昔はサッカー強豪校だったあの朝凪が、

人がいないから合同チームになった。

合同チームが結果をだして

有名になったから持ち直したものの、

それがなければさらに人数は

減っていたかも知れない。

 

「県庁所在地にも関わらず

 減少傾向にある現状を鑑みて、

 企画したわけさ」

「そこまでは理解できます。

 まぁ、どれだけ効果があるかは

 俺には分かりませんが、、、」

「私の見立てではね、かなり効果は

 期待できると見ている。

 それがなぜかわかるかい?」


そう問われ、勇人は考える。


「さぁ、、、、?

 プロでも呼ぶんですか?

 有名な人でも呼べば、興味を持って

 もらえると思ってるとか?」

「いいや、プロは呼ばない。

 教える人間は高校生と私たちだよ。

 それでも効果は期待できる。」


理解ができない勇人に対し、

呆れたような顔をする。

その後、説明するように

ゆっくり話していく。


「今まで、ここの地区あたりは

 サッカーに興味をもつ人間が

 少なかった。それを直そうにも

 きっかけというものがなくて、

 難航していたんだ」

「それをなんとかするのが

 協会の仕事なのでは?」

「耳の痛い話だね、、

 だが、そんな状況の中、

 非常に嬉しい誤算が発生した」

「誤算、、、?」


砂沼透は、工藤勇人の方を

指差して言った。


「君だよ。工藤勇人という人物が

 頭角を表し、フィールドで

 暴れ回ったことによる影響。

 そのプレーと熱が伝播し

 変革が起き始めている」

 

砂沼透の言葉に熱が籠る。

この男も他に負けないほど、

工藤という選手に期待しているからだ。


「君の力を見たものがサッカーという

 競技に興味を持ち始める。

 今がチャンスなんだ、、、

 君が生んだ熱が冷めないうちに、、」

「相変わらずのサッカーの熱ですね」

「ふっ、君が言うことではないね。

 君も私と同類のサッカーバカさ。

 だが、それがなければここまで

 人を魅了できない」





「君の力は多くの人間に影響を与える。

 だからこそ、、君は心臓と呼ばれる。

 その心臓の熱と力を、、

 私たちに貸して欲しい」



そうしてサッカー協会会長の

砂沼透は、

工藤勇人に対して頭を下げた。

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