98話 誘い

ベンチが一つあるのみで、柵で囲われた

だけの公園にボールを蹴る音が響く。

ところどころ雑草が生え、

誰も使っていないようなそんな場所で

一人の少年が早朝にサッカーをしていた。


慣れ親しんだ黒のスパイクを

足に纏い、

もはや呼吸も同然のように力強い

球を壁に蹴る。

この公園は海沿いにあるので、

堤防と公園を隔てる高い壁がある。

そこに少年はボールを蹴り、

蹴るたびに甲高い音が鳴る。


夏休み初日。

今日から夏休みなこともあり、

比較的静かな時が早朝には

流れている。

夏休みに入ったことで朝早くに

起きる人は少ないだろう。

起きる人がいるならば

普段仕事で頑張って大人や、

学生ならば部活をしている人


こんな早朝にボールを蹴っている

少年が結構変わっているのだ


「うし、すこし休憩するか、、、」


その少年、工藤勇人は

公園の一つだけのベンチに座り、

水筒に入っているお茶を口に含んだ。

早朝で比較的気温が低いとはいえ、

少年はすでに汗でからだが濡れている。


それもそのはず、彼の朝は早い。

いくら休みの日でもこの早朝の時間は

彼の練習の時間であり、

欠かさず練習に励んでいる。

基礎は身につけるほど役にたつ。

どのスポーツでもそうだ。

だからこそ、こういった普段の努力で

欠かさず基礎を磨く。


シュートやパス。

時には動きの練習。

サッカーでの基本の動きを

どこまでも洗練させていく。


その果てに彼は作られる。

工藤勇人という強者が形作られる。


「勇人、早いね」

「母さん、、仕事?」

「そう、今日は早番でね」


ベンチに座っていると、

勇人の母親である工藤絵津子が

公園に来た。

まだ七時くらいだが、

もう仕事に出るらしい


「はい、差し入れ」

「あぁ、ありがとう。」


買って来たであろう塩分チャージを

渡された。

熱中症に気をつけろということだろう。


「練習がんばりなよ。

 部活入るって決めたんでしょ?」

「そう、夏休みが終わったくらいにな。

 だから今練習して、おいてかれない

 ようにすんだよ」

「うん、えらいね。勇人は。

 あ、あとあの手紙の件、どうするの?

 早く返さなきゃいけないんじゃない?」

「あぁ、、、、、」


手紙とは、地元のサッカー協会

からの手紙である。

地元でとあるイベントがあるので、

それに参加して欲しいとのこと。

だが、あまり気乗りしない。


イベントとはいっても、

なんせやることが自分向きじゃないと

勇人は思う。

誰かに教えると言う役割は

あまり経験がないものだからだ。


「返事返さなきゃ、向こうも困るよ?

 わざわざ手紙まで送って来て、

 勇人のこと誘ってくれてるんだし

 行ってみたら?」

「どうも自信がないんだよ、、、

 俺向きじゃない」


純粋な好意と、実力を認めた上で

誘って来てくれたのは素直に

嬉しいが、いかんせん内容が問題だ。

自分だけでしか強くなれない人間が

誰かに教えるられると、、?

それは無理ではなかろうか


「なんにせよ、決めるならはやめに。

 私は仕事行くから、

 帰ってくるまでに考えときな」

「はいはい。

 いってらっしゃい」

「はい、行ってきますっ」


飽和な笑みを浮かべて

母親は歩いて行った。

ベンチから立ち上がり、

ボールの跡が無数についた壁を見据える


「そういや、

 由紀も参加するとか言ってたな」


昨日、

由紀と話した会話の内容を思い出す




『勇人くんは直々に誘われたんだ、、

 やっぱり、野放しにはしないよねぇ、

 あの人たちが勇人くんを』

『きっぱり忘れてくれてると

 ありがたかったんだがな、、

 そうもいかないみたいで、、』

『良いじゃん!それだけ大人の人まで

 勇人くんのことを気にかけてるってこと。

 未来ある選手だしね?』


確かに地元のサッカー協会という

ある種の運営の人たちから

実力を買われていることは素直に嬉しい。


『私もそのイベント行くからさ、

 勇人くんも出てよ!』

『え、由紀も行くんだな、、』

『そ!私は勇人くんと違って、

 教えられる立場です!』


そのイベント自体は誰でも

申請をすれば参加できる。

だが、由紀が参加するのは

勇人にとっては結構意外だった。

もっぱら基本はサポート中心の彼女が、

実際にサッカーをしてるところを

見たことがなかったからである



「まぁ、好意で誘ってくれてるわけだし、

 行くしかないよなぁ、、、」


そんなことを考えながらも、

再び勇人は

練習を始めた。


そうして休憩を挟みながらも

かなり時間が経って、

正午間際。



公園の外に一台車が止まった。


「なんだ、、、、?

 えらく高そうな車だな、、、」


車のことは詳しくないが、

それでも高そうに見えて綺麗な見た目をした

赤い車。

そして、その車から一人の

男が姿を現した。



「やぁ。久しぶりだね。工藤君」

「、、、、、はぁ」



見る人を虜にするような爽やかな笑みを

浮かべる好青年。

その顔を見てげんなりする勇人。



「なかなか返事が返ってこないからさ、

 私から直接ね?」

「相変わらず行動力が異常っすね、、、

 お久しぶりです、、砂沼さん、、」


そう、何を隠そう、

この爽やかな青年こそ、

勇人の地元のサッカー協会の会長を

勤めている男。


砂沼透その人である。

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