97話 最初の節目

「はい、それでは夏休み中も

 本校の生徒であることを

 忘れずに、、、、」


体育館、終業式にて


校長先生のそんな定型文のような

ありがたいお言葉を聞き流し、

工藤勇人は眠い瞼をこすり、

あくびを噛み殺していた。


(なげぇ、、、、、)


どうしてこうも長く話すのだろうか、

もう一言でいいじゃないか。

こちらの身にもなってくれと

懇願する。


「ふわぁ、、、、」

「眠そうだな、、、」


隣にいた橋本翔が

呆れた様子で勇人のほうを

一瞥し、小声で声をかけた


「眠くなんない方がおかしくね、、

 無駄に長いし、、、」

「確かにわかるけどな。

 でも、とてもフィールドであれだけ暴れる

 工藤だとは思えねえよなぁ

 今の様子を見ると」


普段の勇人の試合をしている時の

勇人はかなり違う。

普段は物静かというか、変に大声を

あげたりすることもなく

平和に過ごしている彼だが、

試合となると一気に雰囲気が変わる


「ギャップがすごいな。

 人畜無害そうな見た目して

 いつもは過ごしてんのにさ」

「よう分からん表現だな、、、」

「誰に聞いてもそんな返事が

 帰ってくると思うぜ?

 普段との差がすげえってな」

 

揶揄うように笑いながら

こちらを見てくる。

いつのまにか彼ともすっかり

打ち解けたようだ。


「そういや、夏休みはなんかすんのか?

 確か部活に入んのは夏終わりくらいから

 なんだろ?」

「あぁ、部活はそう。

 夏休みは普通に練習したりするよ。

 それに、一つ誘われてることが

 あるしな」

「誘われてること?」


そう


実は地元のサッカー協会から

とあるイベントへの誘いがあり、

それに参加しようか悩んでいる。

あちらとしてもぜひそのイベントに

参加して欲しいとのことで、

断ろうにも断りずらい。


「機会があればその時話すよ」

「お前のことだし、

 サッカー関連のなんかだと思うが、、

 まぁいいか」


そうして静かな小声の会話が

終わり、長い校長先生の話が終わるまで

必死に眠気を耐える勇人だった。








終業式が終わり、

それぞれの教室で担任の先生から

夏休み中の注意事項を説明される。

それも終わることで、いよいよ1学期は

幕を閉じる。

1組の教室は、担任である中瀬先生の

話が終わった後、

それぞれの生徒が賑わいを見せていた。


「夏休みなにする〜?」

「練習ばっかで全然休みないよ〜!」

「課題多いなぁ、、、

 ね、一緒に家で勉強しない?」


クラスメイトが各々で

夏休みの計画のようなものを立てる中、

牧田大二郎はサッカーについて

考えていた。


(結局、勇人のアドバイスの通りに

 模索してはいるものの、

 答えはまだ見つかってない、、、

 なんとか夏休み中に見つけなきゃな、

 自分のやり方を)


誰かに教えられたものではなく

自分の答え。

そう言われて模索してはいるが、

案外難しい。

自分の答え、自分に合った方法を

考え、それを叶える為に努力する。

それは自分が何が得意でなにが出来ないかを

完璧に把握しなければいけない。


得意なものを掛け合わせ、

さらに高い技術や戦い方を構築し、

それを叶える努力をする。

詰まるところ勇人の戦い方

とはそういうものだ。


それに対して自分は何ができるか。

自分の武器はなにか。


「う〜ん、、、、」

「明日から休みなのに、

 なんか暗い顔してんな」

「凌哉、、、」


机に座って考えていた時、

傍に高森凌哉が来ていた。


「課題が多くて

 沈んでんの?」

「まぁそれもあるんだけどさ、、

 今考えてるのはサッカーのこと。

 勇人にちょっとアドバイスというか、

 相談みたいなことしてよ、、」

「お、いいじゃん。

 昔までは戻ってないけど、

 普段通りに話せてるわけだ」

「ありがたいことに、、な」


今でも恥ずかしいくらいの過去。

その自分の行いに対して

なにもお咎めなしにしてくれている

友人には頭が上がらない。


「流石に小学校の時みたいには

 行かないけど、ある程度はな。

 凌哉は?勇人と話してて」

「俺はいつも通り。

 結構落ち着いて話してるから、

 案外真面目な話になりがち」

「そっか、、、、」


凌哉自体元々静かなタイプだったことも

あり、今の落ち着いた雰囲気をもつように

なった勇人と話が合うのかもしれない。


「しかし、随分変わっちゃってまぁ。

 昔はもっとうるさかったのになぁ」

「さすがに小学校の時と今を

 比べるとそりゃ変わるだろ。

 、、、俺が原因かもだけど、、」

「かもね。ほんと感謝しなよ

 許してくれた勇人に」


視線の先、

クラスメイトが賑やかに話している中、

自分の机で図書室から借りて来たであろう

小説を読んでいる。

おそらく昔の彼なら、小説なんて

1ページ読んで放り投げていたかもしれない

 

「あ、佐藤さん」


そんな勇人に近づき、

笑顔で話しかける一人の女子。

佐藤由紀である。


「ね、勇人くん、

 夏休みなんか予定あるの?」

「ん?いや、特にない。

 しいてあるなら一つイベントに

 参加しようかなと」

「あ、地元のあれ?」

「そう、由紀も知ってるのか。

 お偉いさん方に声かけられてな。

 参加してくれだとさ」


そんな会話を交わしている。


「地元でなんかあんの?大二郎

 サッカーのことかな?」

「さぁ、、?

 俺は知らないけど、、、

 お偉いさん方から声かけられたとか

 言ってたな、、、」



地元で言えば彼はサッカーにおいては

有名人である。

おそらくはそれ関連だろうか


「というか、、、、」


屈託のない笑顔を向ける佐藤由紀。

一目でわかるほど楽しそうな表情であり、

目の前の会話を楽しんでいるのがわかる


「相変わらずだな、、、、

 見るからに勇人と話す時

 元気だし、、、」

「中学の時からそうだぞ?

 元気というか、気が楽そうだった。

 勇人と話してる時はな」


その信頼の笑顔を向けられ、

勇人も微笑んでいる。

その光景はこのクラスでは

見慣れたものである。


「邪魔しないであげてね?

 あれでも結構勇気出してるみたいよ?」

「邪魔する気も起きないだろ、、、

 あんなの見せられたら」


二人の会話を見ていると、

クラスメイトの中原日菜が

こちらの会話に加わる。


「牧田君、工藤くんって、

 昔からあんな感じなの?

 明らかに好意向けられてるのに、

 全然気づかないんだけど、、、」

「あぁ、、、そう、だな」

「鈍感ってやつか、、、、

 そういや、小学校の時も

 結構モテてたっけ、、、」


小学校の時の彼は、

言ってしまえばかなりお人好しで

常に誰かを助けていた。

それもあり、男女問わず人気だった。


「多分、、

 中学の時のことが影響してる、、、

 悪いことした、、、ほんとに、、」


自分だけで全て解決しようとする。

それが中学の時の彼であり、

そこに他人の賞賛や罵倒は関係ない。

だからこそ、周りからの評価に

気づかない。


その原因の一端を担ってしまった

大二郎は罪悪感が募る


「複雑そうだね。まぁ、

 聞かないでおくよ。

 知らない私が口出しすることじゃない

 だろうしね」


軽いノリでそう言う。


「青春の時期だし、

 そんなこともあるさ。若い若い」

「なんでそんなおっさんくさいんだよ、、」


どこか達観したような

目で由紀を見る。


「恋っていいよねぇ、、、」



中原日菜の恋の話は長いと

一組では有名な話がある。

これは長くなりそうだなと

二人は思った


「由紀も大変そうだねぇ、ほんと。

 そんな鈍感が相手じゃ。

 私もあんなふうに」

「長くなりそう?俺帰っていい?」

「そんな聞きたくないのっ!?

 酷くない!?これだから

 部活盛りの男たちは、、、」

「いやあんたもバレー部だろ、、、」



そんなやりとりが

教室に響くが、

すぐ他の喧騒にかき消され、

1学期最後の学校の日は過ぎていった。

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