95話 昔と今

「工藤、、くん?」

「あら、珍しく呼び方が

 苗字になってるな。

 おはよう、由紀?」

「あ、、、うん、、、」


車に揺られ、

佐藤由紀は工藤勇人の膝の上で

目を覚ました。


「あれ、、、、

 私は、、」

「ぐっすり寝てたぞ?

 人の気も知らないで、

 すやすやと」

「う、、、、嘘、、

 わたし、またっ、、」


そうして慌てて体を起こそうと

した由紀を勇人は抑えた。


「え、、?」

「別に起きなくて良いよ。

 もうすぐ俺の家だから、

 その時起きてくれればね」

「ほんとぐっすり寝てたね、由紀。

 安心できる人の膝でぐっすり寝てる

 由紀可愛かったぁ〜」


前から佐藤夏美の声がする。


親にまで、そんな恥ずかしい場面を

見られていたのか、、



「まぁ、少しうなされてた

 ような気がする。

 大方、昔の夢でも見てたのか?」

「昔の夢って、、、

 え、なんで知って、、」

「、、、ごめん。

 お母さんから少し話を聞いてな。」

 

昔の話を聞いた、、、


「そんな事情があったなんて

 知らなかったよ。男子とあまり喋って

 なかったのはそういうことか」

「いや、情けないでしょ、、、?

 ただ怯えてて前に進めなかっただけ。

 勇人くんと違って、そんなに

 重いものじゃ」

「軽い重いの話じゃないよ。

 その時各々がどう感じたかが大切。

 由紀が傷ついたんなら、それは

 辛い過去だよ」


(なんだろ、、、

 なんか、声がいつもより優しい。)


いつも彼の声は慈愛に満ちてると思うが、

今日は一層優しく感じる。

何故だろうか、

あんな夢を見たあとだからだろうか


勇人は由紀の頭を優しく撫でて、

顔を見下ろしながら話す。


「お互い大変だったな」

「うん、、そうだね。

 大変だった。

 私も、勇人くんも」

「二人して乗り越えられて、

 また再会できたから良かったよ。」

「まっ、勇人くんは私のことなんか

 忘れてたみたいだけど?」

「、、、、ごめんなさい」

「んふふ、、、」


由紀は想う。

きっと、彼は多くの人を救っている。

自分だけではなく、本当に数えきれない

人を。

由紀自身が知る限りでも、多くの人を。


そんな数多くの中のたった一つであり、

彼にとって自分は小さなものかも知れない。


でも、そんな自分でも、、

勇人にとってのたった一つになりたい。

それは今も昔も変わらない。

ずっと


「また、始めようね?

 今度は違うチームじゃなくて、

 ずっと一緒に、、」

「おう。昔の経験活かして、

 今度は完璧にやろう。

 俺も由紀も」


そうして手を合わせる。

やはり、彼の手は温かく、

昔と変わらなかった。


「やっぱりあったかいね、勇人くん。

 手だけじゃなくて、なんか体温が

 高い気がする、、」

「そうなのか、、?

 なんか代謝が良かったら体温が高い

 みたいな話は聞いたことあるけど」


膝から感じる体温。

それに安心して身を預けながら、

彼のお腹のほうに頭を向ける。


「勇人くんの匂い〜〜」

「恥ずかしいからやめてくれ、、、

 少し汗臭いんじゃ、、?」

「そう?そんなことないけどなぁ。

 私の好きな匂い、、」


サッカーに熱中しているが、

彼から不快な匂いがしたことは

一度もない。

そこも気を遣ってるんだろう。

あるいは、昔のことでそういったことに

敏感になっているのか、、


「勇人くんいつもいい匂いする。

 女子としては羨ましい限りですけど、、

 なんか気をつけてるの?」

「そこら辺は、

 制汗剤とか、そんなものをこまめに

 使ったりしてるだけだぞ?

 流石に走り回った直後とかは

 俺でも臭いよ」

「ふへぇ、勇人くんくさーい」

「なんだとこのやろ」


由紀のおでこをペチペチと

叩く勇人。


「代わりに私の匂い嗅ぐ?」

「それは色々まずいのでやめときます。

 ただの変態だからな?それ」



(別に勇人くんならいいのに、、

 流石に恥ずかしいから言えないけど)



「お二人さ〜ん。特に勇人くん。

 言われた通り、

 広場みたいな場所に着いたよ。

 ここら辺で良いんだよね?」

「はい、ありがとうございます、、!

 ほら由紀、起きた起きた」

「はぁ〜い」


そうして由紀が膝から離れ、

窓の外を見る。

見てみれば、なにもなく、ただ広いだけの

公園のような場所に着いていた。


「いつもここで練習してる。

 なんもないけど、

 それがありがたいくらいだからさ」

「あ、ほんとだ。

 なんかあそこの壁に

 ボールの跡みたいなのがうっすら、、」


壁当てでもしていたのだろう。

目を凝らしてよく見れば、

薄くボールが当たった痕跡が

見てとれた。


「今度見せてよ、ここで

 練習してるところっ。

 マネージャーらしく、めいっぱい

 サポートしてあげるからっ」

「そりゃありがたいな、、

 飯とか買い出しさせるか」

「それマネージャーじゃなくて

 パシリだよ、、勇人くん、、」


車の外に出る勇人と共に

由紀も出る。

そして夏美を車に残し、

二人で歩く。

少し歩いたところに一つの一軒家があった。


「ここが俺の家。

 結構古いんだけどな」

「そう、、?

 あ、サッカーボール!」

「そう、俺がいつも使ってる

 サッカーボール」

「へぇ、、!」


小さい庭のところに

あったボールを持ち上げる由紀。

汚れ切ったような感じで、

一目見れば使い古されていると分かる

庭のところにはボールのほか、

マーカーコーンや、干された

サッカーのシャツがあった。


「お母さん、この時間でも

 帰らないの、、?」


今はもう11時頃だが、

それでもあかりはひとつもついておらず

家の中は真っ暗である。


「本業のほかにパートとかにも

 行っててさ。だから、毎回帰ってくる

 のは日付回ったあとくらいかな。

 頑張ってくれてんのさ」

「寂しくないの、、?

 いつもひとりじゃん、、」

「そこら辺はもう慣れたからな。

 小学校の時からそうだったし」


あっけらかんとしたように

言う。

小学生の時なんて、一番親が

恋しくなる気がするんだけどな、、


勇人はその場で少し体を

伸ばした


「明日は休みだし、少し遅くまで

 起きてようかな。

 ランニングして、、筋トレもして、、」

「え!?今から?」

「おう、毎日やることが

 大事なんだなこれが」


つくづくストイックさに

驚かされる。

この努力があのプレーを

作り出すのだ。



「よし、ありがとな、

 送ってくれて。

 楽しかった」

「うんっ!私も!

 勇人くんともっと話せて

 よかった。また月曜日ね!」

「おう!」



そう言葉を交わしたあと、

咄嗟に由紀が勇人のほうに

駆け寄った。

そのまま勇人に抱きつく。


「ちょ、!?」

「土日分の栄養補給しまーす」

「俺をなんだと思ってんですかね、、」


勇人の胸の中で

もぞもぞする由紀

そうして数秒経ったあと、

由紀は勇人から体を離した。


「じゃ、またね!!」


そう言い走って

車の方に向かって行った。








車を勇人の家の近くに移動させ、

その一部始終を見ていた佐藤夏美。

顔を少し赤らめてこちらに走ってくる娘。



(若いって言いわぁ〜、、

 でも、、、)


先ほどの二人。

会話までは聞こえなかったが、

抱きついた由紀を優しく

受け止めていた勇人の光景を見た夏美は



(ほんとにこの二人付き合ってないの、、?

 距離感がもう完全に

 付き合ってる男女なんだけど、、、)



他と同じくやはりこの二人の距離感に

驚いた。


 


 

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