90話 溶かされた心

「しゃあ工藤ッッ!!!」

「ウッソだろッアイツッ!?」


笛が鳴って試合が終わった。

ベンチにいた人まで工藤君のもとに

駆け寄り、工藤君の活躍を讃える。


「あれは、、、、

 あの個人技は、、、」


先生も信じられないといったふうに

言葉をつぶやく



(勝ったんだ、、!

 勝ってくれたんだっ、、

 工藤君!凄いよ、、ほんとに!)



さすがにあの集まってる

みんなの中に行くのは

恥ずかしい、、、

でも、今すぐ話したい、、

どうやってあんなことができたのか、

何を想っていたのか。


なぜあそこまで戦って

勝ちを求めるのか。



「工藤君っ、、!!」


興奮した体が震えて、

彼のことしか考えられない


勝ちを確信したあの瞳、

綺麗な個人技の数々。

描かれた勝利


他人を魅了する何かが、

彼にはある。



「嘘、、、、、」

「なにあの子、、、、

 だって、まだ一年生のはず、、」

「信じられない、、、

 あんなことができるなんて、、、」

「こりゃ、、、、

 山原も油断ならないな、、!」


すっかり工藤君の虜になった観客の人たち。


彼の普段の努力を全部見たわけじゃない。

でも、そんな純粋な賞賛が彼に

送られていることが、、

彼のあの努力が実を結んだことが、、

なんだか自分のことみたいに嬉しくて、、、






「工藤君っ!凄いよ!」

「え、あぁ、、ありがとう、、、

 なんかテンション高いね、、」


試合が終わって

みんながいなくなったタイミングで

彼に話しかける。

ユニフォームを脱いで半袖の

アンダーシャツ一枚だ、、



凄い筋肉だなぁ、、

汗かいてて、顔が濡れてて、

顔を服で拭いた時に少し見えた

彼の腹筋が、、、




(いや、なに考えてんの私!)


体を凝視するとか、

まるで変態じゃん!



「佐藤さん?どした?」

「あ、いや、あの、、、」

「??」


汗を拭きながら

首を傾げる工藤君


(な、なんで、、、

 こんなはずじゃ、、、

 なんでこんなに緊張して、、!)



なにを緊張してるの、、、

いつも通りに、

そう!普通に!


「凄かったね、、試合、、

 私まで嬉しくなった、、、」

「そう?まぁ、勝ててよかったよ。

 でも、まだまだだけどね」

「へ?あんな凄いことしたのに、、

 勝ったのに、、まだまだなの?」

「正直、自分の中で勝てた実感がない。

 よく分からない感覚に助けられただけ」



自分の手を見つめて、

前と同じように何かを考える工藤君。

試合を思い出すように言った


「あの時、何もかもがどうでも良くなった。

 ただ、勝つためだけに体と頭が動いて、

 気づいたら走ってた。

 あの感覚がなんなのかを、

 考える必要がある、、、、」



そう言った工藤君。

もう、、次のことを考えて、、



「工藤君!今日、どうやって帰るの?」

「普通に歩いて帰るけど、、

 それがどうかした?」

「じゃあ、途中までだけど、、

 一緒に帰ろっ?」

「うん、分かった。

 なら、また後で、、」

「あ、あと一つ!」

「ん?」


道具を片付けるために

ベンチの方に行こうとする工藤君を

私は呼び止めた。


工藤君なら、、、



「やったね工藤君!」


そうやって手を上げる。

ハイタッチをするくらいの高さ。


今まで、異性とそういったことは

ほとんどしてこなかった。

中学に上がって、あんなことがあったから

なおさら、、


でも工藤君なら、

私も気兼ねなく、ボディタッチみたいな

ことができるかも、、、


「間違いなく、今日は工藤君が

 一番かっこよかった!」

「ははっ、そりゃどうも。

 次も頑張るわ」



パチンッ、、



工藤君と私はハイタッチを交わした。

異性とこんなことしたの、

いつぶりだっけ、、、

でも、悪くないや、、、

むしろ、工藤君とするの好きかも、、



「じゃあ行こうか、工藤君!」

「おう」


そのあと、二人でベンチの方に

向かった。









私はこの時、彼の強さに惹かれた。



「あ、おかえり〜由紀。

 試合どうだった?」

「聞いてお母さん!

 凄かったんだよ!」


帰ってついお母さんに話しちゃう

くらいに、私はもう気分が上がってた。

同時に工藤君のことも話した。

話したかった。



「工藤君って言う山原の人がもう凄くて!」

「ふふっ、、生き生きしてるね、、

 うん、ゆっくりでいいよ?」





私の話を聞いてくれるお母さん。


私はもう勘違いとか、異性への壁とか、

そんなことは考えれなかった。

工藤君の前じゃ、私はありのまま自分を

さらけ出せる。

それが心地よくて、工藤君と話すうちに、

今までのことなんてどうでもよくなるように

感じて、、、過ごしやすくて








そう感じてから、日はどんどん経っていった

気づけばうだるような熱い夏は

鳴りを顰め、

少し肌寒い風が吹くようになる。

秋の雰囲気が漂い始める。



「あれ、、、なんだろ、、、?」

「どうした?佐藤」


とある日の合同練習。

私は工藤君と他の山原の人たちとの

会話や、プレーに違和感を覚えた。


近くにいた高鳥君にそれを伝える。


「なんだろ、なんか、工藤君と

 他の人の連携というか、

 息が合ってない気がする。

 工藤君はいつも通りだけど、他の人の

 プレーが独りよがりというか、、、」

「あぁ、というより、

 なんか嫌な感じだ、、

 勇人が遠ざけられてる気がする」

「遠ざけられてる?」



私より先に違和感を感じてたみたいで、

高鳥くんが顎に手を当て、

考えながら私に言う。


「単なる俺の勘違いなら良いんだが、、

 他のやつの勇人を見る目がな、、

 嫉妬というか、敵を見るような

 目をしてやがる、、、

 負けたくないって思ってんならまだ良い。

 でも明らかにそんな綺麗なもんじゃない」

「え、、、

 じゃあ、それって、、、」

「ただの勘だけどよ、、、、

 まさか、ハブってんじゃねぇだろうな」


鋭い目で他の山原の人たちを見る高鳥君


確かに工藤君は目に見えて他とは違う。

強さも努力の量も、周りからの評価も。

でも、そんな工藤君が妬まれて、

もし嫌なことをされてるのだと

したら、そんなの許せない。

 

彼が死ぬ気で頑張ってるからこそ、

結果が出る。

その結果を妬む暇があるなら、

自分が努力すれば良いのに。

実際、高鳥君はそうしてる。



「勇人、大丈夫か、、?」

「ん?なにが?」


高鳥君が工藤君に聞いた。

でも、工藤君はいつも通り

前しか見てない様子だった。




そんな気になるようなことがありながらも

練習が終わり、次の日になる。


朝ごはんを食べながら考える。

工藤君と話す時はいつもの元気な

自分でいられる。

でも、やっぱりまだ昔のことがあって

他の男子とはあまり話せてない。


なんとか話せるように

ならなきゃ、、、


合同チームだってたったI年間だけだし、

工藤君がいなくなったあとの

ことも考えなきゃ、、、

高鳥君とだけ話してても仕方がない。


なんとか誰と話しても

自分が出せるようにならなきゃ、、

勘違いとか異性への壁とか

要らぬ心配をしないで、

ありのままの自分で、、、



そんな時、、


「こんなことが起きるなんて、

 まったく怖いね世の中、、、」


お母さんがテレビで流れてる

ニュースを見てそう呟いた。

それに釣られて私もテレビの画面に

目を向ける。

そこにはこんなタイトルのものが

流れていた。


『犯罪の魔の手が迫った女子中学生。

 それを防いだのは、、、、』



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