89話 強烈な熱

「行くぞ工藤、相手が強豪だろうと

 勝ちに行く。左は頼んだぞ!」

「おう!!」


合同チームになって、初めての公式戦。

私はベンチで、マネージャーの仕事を

しながら試合を見守ることに。


肝心のスターティングメンバーは

かなり偏ったものになった。

朝凪が8人、山原が3人。

そんなメンバーの大半が朝凪という結果


朝凪の顧問の先生と、

山原の顧問の先生が話し合って、

本気で勝ちに行く布陣を組んだ結果、

このメンバーになったらしい。


視線の先で、高鳥君と工藤君が

拳をぶつけ合う。

すっかり相棒というか、

仲が良くなったみたい。


「さて、青海相手にどこまでいけるか」


顧問の先生がそう呟く。

相手は強豪の青海中。

市の総体でも毎回優勝するような

強いチーム。

それに、二年生ばかりの青海中とは違い、

こちらは一年生が大半、しかもまだ

急造の合同チーム。

やっぱり勝ちの目は薄いのかな、、、



「佐藤さん、ハーフタイムの水分補給用に

 ボトルを作るのを忘れずにね、

 多分、かなり疲弊して彼らは

 帰ってくるだろうから。」

「あ、はいっ!、わかりました、、、」


そうして、笛の音が鳴り、

両チームの選手たちがフィールドに

入っていき、中央に整列した。


「それでは始めましょう。

 両チーム、、礼ッ!」


「「「「「お願いしますッッ!」」」」」


審判の人の合図で両チームが一斉に

頭を下げて、目の前にいる人と

握手をする。


そこからそれぞれのポジションに

散らばっていく。

工藤君が左のサイドバック。

高鳥君がワントップの位置。



開戦の笛が鳴り響き、

その試合は始まった。








「なにこれ、、、、、」


気づいた時には、私たちは

相手の圧倒的な強さに打ちのめされた。


パスも、ドリブルも、動きも、

何もかもが速くて力強い。


たった一年の差

それだけでこれだけ圧倒されてしまうのか


「こりゃ、、、無理だ、、」

「あぁ、、、決められんのも

 時間の問題だろ、、これ」



ベンチにいる山原の人たちも、

ほとんど諦めていた。


広いフィールドの中を目まぐるしく

ボールが行き交う。

追いつけそうで追いつけない。

気づけば後ろに敵がいて、

ボールをキープしようにも徹底された

守備の連携の前になす術なく崩れる。



「これはひどいな、、、」


顧問の先生も現状を見て言った。


もはやただ走らされているような光景。

終わらない攻撃の嵐。

まだ点が入ってないことがもはや奇跡だ。



でも




「よし、よく凌いだ工藤君、、、!」



目まぐるしく動くボールの先を読み、

パスカットをギリギリした工藤君。

でも、走り回っているから息が

ものすごい上がってる、、、



「先生、、工藤君が、

 すごくきつそうですよ、、!

 休ませてあげたほうが、、」

「俺もそうしてあげたいんだけどな、、、

 見てみな、工藤君の顔」



そう言われて、私は彼の方を

見る。

息が上がってキツそうで、

膝に手をついて荒い呼吸を繰り返してる


でも、そんな状態だけど、

顔はギラついて真剣そのもの。

前を見据え、敵の攻撃を少しでも

防げるよう考えている。


「彼はまだ微塵も諦めてないよ。

 ここでさげたら、それこそ

 彼に殴られるさ。」

「でも、、、、」

「彼は今も戦ってる。

 今この瞬間にも、彼は動き回って、

 敵を止めようとしている。

 相手がエースだろうがお構いなしに。

 そんな熱くなってる人間を止めることは、

 俺にはできないよ」



ベンチにいる人も、観客の人も、

結果は分かっている。


今戦ってる味方も、

諦めて、早く終わってくれって顔してるのに



誰よりも先を見据え、

敵を抑える。

もつれそうになる足を懸命に動かして、

この状況を打破しようと本気で思ってる。


「なっ!?」



「凄い、、、!

 奪ったっ!」


敵のエースの人からついに一対一で

ボールを奪った工藤君。

ここから反撃に転じようと

再び前を向く。


「工藤ッッ!」


遠くで高鳥君が呼んでいる。

そこまで繋がれば、

まだ勝ちは残されてる、、!


でも、皆疲れている。

そこまでパスが繋がらない。

疲弊してることでパスコースが

極端に少ない。



それを見て、工藤君は


「なッ!?コイツ、、、」


一人で突破した。

近づいて来た人を綺麗なダブルタッチで


「わ、、、うまっ!」



結局そのあと、別の人にボールを

弾かれちゃったけど、

攻めのきっかけのような、

そんな雰囲気が作られた。



ここから反撃、、、、

と思いきや、

工藤君はポジションが変わった。

アンカーと呼ばれる、守備の要になる

場所。


「悩むね。現状、

 工藤君の決死のディフェンスが敵を止める

 のには最適。でも、それだと攻めの起点

 となる人がいない。工藤君一人では

 攻めの起点になれないと吉田先生は

 判断したんだろうね、、」

 


吉田先生とは、山原の顧問の人だ。

さっき、工藤君が攻めようとしたのを

注意して、守備だけしろって叫んでた。


「高鳥君まで繋がれば、あるいは、、、

 でも、それがもうできる時間もない。

 よくて引き分け、延長に持ち込めば

 体力的にも負けは決まるだろうね、、」

「そんな、、、

 あれだけ工藤君が頑張って、、

 守ってるのに、、、」




「一人じゃ勝てないのがサッカー。

 いくら彼一人が熱くなっていても、

 周りはそうじゃない。

 技術的にも難しいだろう

 むしろ、ここまで彼は本当に

 良くやった、、、」



やだ、、、、、

工藤君の努力が報われないなんて、、

勝てないなんて、、、



諦念という冷たい感情が体を芯から

冷やしていく。




そうだ、、ここまで、彼らは本当に

頑張った。

誰しもがそう称えるだろう。

こんな出来たばっかりのチームで

ここまで喰らいついたんだ。



次は、もっとこの経験を活かして、、






「な、、!なんで、、!?」



そんな焦ったような声

小さい少年が躍動し、

フィールドを駆け始める


「え、、何いまの、、?」


先生も驚いてる。


今、彼は相手からボールを奪った。

ただし、崩されたはずの体のバランスを

強引に体感技術で元に戻して。


「あれは、、、、」



顔付きがまた変わってる。

迫力が増し、相手のコートに単独で

突っ込んでいく。



(まだ、、、こんな、

 もう無理なのに、、、

 なんで、、なんでそこまで、、、)



工藤君を止めにくる敵、

それを綺麗に、多彩な足技で

殲滅していく。


今まで見たことない、、

あんな、

全てを賭けて

何かを手に入れようとする人は、、、



気づけば他を圧倒し始める

その場の全員が息を呑んだ




たった一人の少年の、、

勝ちに対する狂気的な欲に、

そこから生まれる熱気に


命すら賭けるように、、、

全てを出し尽くすように、

少年は走る




(勝って、、、!

 頑張ってッ!工藤君!)


固唾を飲み、彼の背中を見る。


小さい中学一年生の背中。

それが、今まさにこの場所を一人で支配し、

1番危険な存在として全てを壊す。



そうして、ゴール前、、、

その少年は自分すら囮にし、

綺麗なループパスを送る。


「最ッッ高だ、、、勇人ッッ!!」

「決めろ、、、周ッッ!」



熱のこもった熱いボールが

高鳥君に渡り、

その熱が、決勝弾となる。



見ていた人たちの予想、

諦めたチームメイトたちの冷たい心。

慢心していた青海中の選手たち。

結果は

分かりきっていると言われたこの試合




その全てを嘲笑うように、

残念だったなと罵るように、

俺の勝ちだと誇るように、、


少年が放つ熱を受け、観客が

その光景を目に焼き付ける。

全てを焼き尽くし、

そこに少年の名が刻まれる


工藤勇人という、

少年の名が

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