86話 食後のトレーニング

「どう見る?橋本」


中原瞬と工藤が向き合っている。

駐車場の脇の方で、自分の親が来るのを

待っている時間での余興じみた勝負。

牧田大二郎が橋本に問いかけた。


「俺は相手のことを知らないからさ、

 どんだけ強いかわかんねえんだ」

「瞬は実力で言えば、陽刻でも

 上のほうだと思う。

 サイドハーフでチャンスメイクをする、

 ドリブラーみたいなイメージだな。」



(てことは、スピード系なのか?

 いや、サイドハーフのドリブラーといっても

 いろんなタイプがいるか、、、)


橋本は例外としても、ドリブルを売りに

している人間にも色々戦い方がある。


速さで抜くタイプでもそう。

瞬発的な速さと、後から加速する速さ。

それぞれで戦い方や思考回路も

違ってくる。


果たして、彼はどんなタイプか、、、


「どっちにしろ工藤が本気で行くなら、

 長くはなんねぇだろ。

 いくら動きにくい制服とは言え、

 流石に勝つまでは行かねえよ、

 アイツも、、、」

「やっぱ、、、

 勇人にゃ、勝てないか、、」


いくら陽刻中で上の実力であっても、

やはり工藤に一対一では勝てないと

思うようだ。


「正直、一対一でどうこうできる相手

 じゃない。あの千葉や高鳥、

 夜羊だって、タイマンで全部負けてたろ?

 一回3人がかりで出し抜いたとは言え、

 結局それ一回きり、、、」

「あの3人でも勝てないから、

 まぁ妥当な判断だよな。

 中2がどうにかできるレベルじゃない。」

 

 

それだけ、だれにとっても規格外の存在。

ディフェンス能力で勝てる奴なんて、、

県のどこを探ってもいないのではないか?


「でもそれを承知で、アイツは勝負を

 挑んできた。

 憧れの感情から戦いたかったのか、

 それとも、、、

 本気で勝つ算段でもあんのか、、、」


橋本は考える。

そんな算段があるのだろうか、、


橋本は彼のスタイルを真似たプレーを

試合で見せたが、正直真似ができたのは

ほんの一部。

彼の基本的な動きは真似できるが、

それを使った応用は完全に無理だと思った


「アイツ独自の戦いぶりが目に

 焼きついてるから、瞬が勝てると思えない

 それだけ工藤の戦い方は普通とは

 全然違って、あいつの中で

 完成されてる」


そう話していると、瞬が工藤にパスをだした

それを工藤も即座に瞬に戻して、

戦いは始まった。









(さて、どんなもんかなっ、、!)


返したパスが彼に渡り、

工藤は距離を詰める。

左足でパスを受け取った瞬が、

工藤から見て体を右に傾ける


そして即座に逆に切り返した

それに難なくついていく工藤


(まあ、だろうな、、、

 明らかに意図的だった)


経験則からの読み。

フェイントにはめるのに気が行きすぎて、

それまでの行動が少し雑だ。


切り返しが読まれた瞬が一旦

後ろにボールを戻し、

足元でボールをロールしながら

様子を伺う


「読んでたんすね、、

 流石、、、!」

「今のは経験からな。

 サッカー部で3年やれば、

 あれくらいは見切れるさ」


案外そういうやつは多い。

いかに敵を自分のペースに誘うかが

重要になってくるので、

そこに意識が持っていかれる。


敵を嵌める意図を自然に隠せるかも

結構重要だ。



今度は瞬が距離を詰める。

距離を詰める途中、足元で

シザースを始める。



(シザース、、、! 

 右か、、左か、、、いやっ!)


上か、!!


足元でボールを空中で浮かし、

工藤の頭上まで浮かす。

バックステップで少し後ろに下がり、

ボールの着地点まで戻る


「やっぱ対応してくるな、、、」


瞬が小声で独り言を言う。


(俺が対応してくることが分かってたのか。

 もしもの時のために、キープの体制を

 つくることで、、、)



ボールの着地点で先に待ち、

俺が飛ぶことができないよう俺に

体をぶつけて飛ばせないようにしてきた。

注目すべきは、、

ボールは瞬の体を挟んだ後ろ。

キープの体勢。


(体の使い方が上手い、、、

 キープの仕方が練られている)


いつもなら体をぶつけられたところで

体幹技術でどうにかできるが、

手や足を使い効率よく飛べないように

している。

制服とはいえ、無理矢理飛べば

高さが足りない。

それほど上手く飛べないようにしている。



キープの状態から腕を使い、

一旦後ろにキープ、、、、


「う、、クソッ!」


その腕を払いのけ、さらに距離を

詰める工藤。

それに面食らった瞬がさらに

後ろに下がろうとする。



かかったな



後ろに下げられたボールを先読みして、

足元からボールを掠め取った。



「いいね、、、

 良い体幹とボールキープだったよ」

「クソッ、、、」



工藤は

奪ったボールでリフティングを始めた











「ま、勇人くんが負けるはずないよねぇ〜」


少し離れたところで由紀と中原日菜が

二人を見ていた。


「なんか、瞬が可哀想、、、

 結構一方的じゃなかった?

 最後の方、瞬も結構焦って

 キープも中途半端だったし、、、」

「そのキープすらも読んでたしね。

 まぁそこら辺は呼吸も同然だろうし、

 勇人くんなら、、」


ボールを体の様々なところで弾いて

リフティングをする工藤を見ながら、

二人は考える。


「では由紀さん?

 ズバリッ!我が弟の瞬の敗因は!?」

「うむっ!勇人くんの身体能力ばかり

 見てしまって、勇人くんの読みを

 侮ったことだ!」


そんなインタビューのようなやりとりを

ふざけ合いながらかわし、

二人は笑い合う。


「よし、服返さなきゃ、、、」


工藤のブレザーとネクタイを返すために

由紀が工藤に近づく。


その時、遠くから車が来た。

白色の車だ。












「お疲れ、勇人くん」

「おう、ありがとな。

 制服持っててくれて、、」


由紀が近づいてくる。



「やっぱ、、強いっすね、、、

 どうでした?俺は、、?」


そう瞬君から聞かれて、改めて考える。


さっきの戦い方からして、ドリブルは

ある程度できるのはわかる。

そしてそれとは別に、

体幹が良いことが分かった。

体勢の保ち方も考えられていた。



「プレースタイルは、、

 ボールキープを使ったポストプレーか?」

「え、、、はい!

 なんで、、、」

「ポストプレーで味方のサポート。

 自分自身でのドリブルもできるから

 奇襲もできる。

 ポジションはどこなんだ?」

「右のハーフです!」

「なるほどね、、、」

 


右のハーフ、、、

見た感じ利き足は右だった。

どちらかと言えば、パサータイプのハーフか


スピードやドリブルでの単独突破ではない。

ボールキープをして味方が上がってくる時間

を稼いで、味方からのオーバーラップなどの

サポートが中心。


結構珍しいタイプな気がする。


「サイドからクロスを上げる機会は

 少ない?」

「はい、、、!」

「どちらかと言えば、中での競り合いに

 参加することが多い?」

「えぇ、、、、!」

「なら、ドリブルする時、

 スペースを消されることで、 

 思うように行かないことが多いか?」

「え、、、なんでそこまで、、!」


やはりか、、、

ドリブル技が結構スペースを使う技が

多かった。リフトや切り返しだったり。

それに、


「焦りがちだな、、、

 例えば、目の前に集中して、

 他まで気が回らないことが多いんじゃ?

 カバーに来たやつに気づかないとか」

「はい、、、、!

 一人躱しても、二人目とかに

 止められることが多くて、、、」


なるほどな

大体だが、分かった気がする。



「俺とは真逆、、、

 能力に任せるタイプ。

 でも、視野がまだ狭いから、

 その能力を完璧に活かせていない、、、 

 そんなとこか」

 


キープからのポストプレー

味方のサポートはそれこそ、

視野が広ければ広いほど選択肢が広がる。


彼の体幹の強さを考えれば、並のやつでは

ボールを取ることはできない。

だが、視野が狭いことで死角から

近づいてくる人間に気づかない。

そこで取られる。


ドリブルでも同じ。

一人目は抜けても、スペースを使う技の

使用頻度が多いことで、

そのスペースを潰されることになれば

ドリブル突破は難しい。


スペースが潰されることに

早い段階で気づければ話は別だが、

気づかないのでそのまま突破してしまい

敵の罠にハマる。


パスセンスうんぬんは分からないが、

視野が狭ければコースを見つけるのに

苦労する。


だからこそ、体幹を活かした中での

攻防に使われる。

サイドからクロスを上げるのには、

高い判断力と、一瞬で最善のルートを

見つけるための視野がいるからだ。


オーバーラップしてきたディフェンスの

味方のやつにボールを預け、

自分はゴール前での攻防に専念。

そんな感じだろうな、、、


「焦ってほかに気が回らなくなる。

 辛口になるけど、結構わかりやすい

 弱点だな、、、

 集中するのはいいけど、

 他を見れないんじゃ限界がある。

 常に先を見ることが重要なサッカー、

 視野の狭さはかなりの確率で

 相手に対応される隙になる。」

「そっすか、、、」

「でも、、、、」

「??」



少し声のトーンが下がった瞬君に対して、

俺は彼の強みを教える。

まぁ、彼自身分かっているだろうが、、



「体幹技術は、目を見張るものが

 あるとおもう。

 近づかせないためのハンドワークも

 できてたし、単純に姿勢が

 崩せない。

 キープを多くした経験からくる

 賜物だな?」

「は、はいッ!

 昔から、キープは誰にも負けないっす!」



おーけー、、、、



「うん、その長所を伸ばして、

 視野が広くなれば、一気に伸びてくるな。

 やれることがかなり増えるだろうし、

 どこのポジションでも扱える

 万能型になれるかもな」


体幹技術はどの場面でも使える、

身につけておいて損はないものだ。


その体幹をフルに発揮するために

身につけなきゃいけないものは多いが、

身につけてしまえば強くなるな


「とりあえず、視野だな。

 あと、どんな状況でも落ち着いて判断

 できるような心を持つこと。

 ハンドワークが通じなくなった時、

 焦って安直に後ろにボールを送ったから、

 俺に取られたわけだしな」

「なるほど、、、

 つまりその時々で考えることを

 やめないで、落ち着いて判断できれば、

 あの時別の選択肢が取れたと、、、」

「そう、あと、、、、」











そう二人が話しているのを

由紀が見る。


「なんか弟子と師匠みたい、、、」


(勇人くんもサッカーの愛は深いし、

 話が長くなるよねぇ、、、)



その時、クラクションが鳴った、

駐車場に止まった一台の車から

一人の女性が出てくる


「由紀、迎えにきたよ〜?」

「あ、お母さん!」


どうやら迎えが来たらしい


「勇人くん!迎えが来た!」

「勇人くん?あぁ!!

 由紀がいっつも話してる!」



そうして、工藤のほうに走っていく。


「あ、嫌な予感、、、」



そしてその予感は的中し、

彼女の母である佐藤夏美は

彼に抱きついた。


「会いたかった〜〜!!」

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