72話 活性

この状況下での勝利。


経験者の数で劣ることで、

連携も、それぞれのポジションでの

マッチアップも。

圧倒的な不利を突きつけられる。


誰もが鼻で笑うだろう。

こんな戦力差があるのに勝つ気なのかと。


だがもし、、

もしそれが叶って、俺たちが勝てたなら、、


きっとそれは、そこにいる奴らの

記憶に強く刻み込まれる。


底辺だと罵っていたことなど忘れて、

放心するかもな。

口開けて、嘘だろって目を見開いて、、


そんな理想を叶えたい。

誰もが夢見るような逆転劇。

それを、叶えてやる。








「右か左か、、!」


思考の波が押し寄せ、自分の中で

考えが浮かんでは消えを繰り返す。


(右は佐伯くんがいるけど警戒されてる。

 左に行こうにも周からのマークが辛いし、

 今俺がいる位置的にもタイムロス、、、

 中央は単純に人が密集しすぎだ、、)


密集地帯でのドリブルで全抜きなんて

夢のまた夢。

密集した場所ではドリブルをするスペース

自体がほとんどないし、

俺のスタイルと完全に合わない。


それができるのは相手にいる夜羊くらいだ。


だからこその守り方。

夜羊だけを前線に残して、

他全員での守備。

スペース自体が少ないし、

それぞれの距離感が徹底されている。



穴はない、、

だが、


「こじ開けるか、、、!」



体を動かし、目の前の生徒に対して

勝負を仕掛ける。

高鳥周。

よく知る相手、、


できるだけ細かく、それでいて速く

ボールを動かす。

自分とボールが離れる瞬間をなるべく

生まないようにフェイントをする。


身体能力に任せて目の前の敵だけを

見れば、他から狩られる。

距離感を大事にしているからなおさら

カバーリングは完璧にしてくるだろう。



右足の内側で左にボールを少し弾き、

その瞬間にボールを右足で跨いで、

その流れのまま右足の外側で右方面へ。

インサイドからアウトサイドに瞬時に

切り替えての切り返し。

左に寄った重心を即座に右に、、



「くっ、、!」


これくらいで抜けはしない。

だが抜くことそれ自体が目的じゃない。


(ここッ!)


周の体が片方に傾いた瞬間、

一瞬の隙のうちに、

右インサイドでパスを出す。

密集地帯を避けての右サイドにむけてのパス

そこに


「ナイスキャプテン、、」


佐伯君。

俊足という分かりやすい強みをもっている

陸上部の生徒であり、

右サイドでの攻めの起点である。


だがこの状況。

相手の守備人数が多い上、

千葉によって裏のスペースは

ほぼ消されている

佐伯君の最大の武器の俊足で、

広大なスペースで行われる

裏抜けを活かすことができず、

すぐ孤立する。




そうさせないことは絶対。

そして、それは俺たちにとっての

攻めの始まりだ。


「佐伯君!」


佐伯君の後ろから一人フォローに入る。

鹿島悠太。

テニス部の生徒であり、

視野が広くサポートとして起用できる生徒。



フォローに入る悠太と同時に、

俺と大二郎も動き始める。

囲まれそうになっていた佐伯君に対し、

その周りを悠太が動き回る。


「クソ、、チョロチョロと、、!」


悠太の強みは小回りのきくスピードと

タイミングの掴みの良さ。

もともと運動神経が良く、

頭の回転が速いこともあり

サッカーのパスワークもすぐ覚えた。


だからこそ、佐伯君との近い距離での

パス交換が可能。

スペースがないこの状況で、

少ないスペースに入り込むタイミングの良さ


そして、パス交換するのは二人だけ

じゃない。


「俺もいるぞッ!」


大二郎が二人のフォローに入る。

三人でのパス。

トライアングルがそこで形成される。

だが、




大二郎に対して出されると思われたパスは

キックフェイント。

フェイントを挟んだ上に、佐伯君は

俺の方にパスを出す。


「牧田、、!お前、、」

「はっ、、引っかかったな馬鹿がッ!」


大二郎は囮。

本命は俺、佐伯君、悠太でのトライアングル

大二郎が動き回り注意を散らすことで

ある程度はスペースができる。

そこを三人で有効活用しながら、

前に繋いでいく。





「なるほど、、な」


懸命に走って守備に戻りながら

頭を回す千葉。



(小回りのきく鹿島が佐伯の周りを動き

 回ってコースを作る。

 牧田が狙いを散らしながらもパスコースに

 なることで生まれるものを完璧に

 活用する工藤か、、、)



牧田と工藤が二人がかりで周りを

動き回ることで、注意が逸れて

パスコースをつかまえきれない。

予測が難しくなって来ている。


(やるな、、、だが、、!)


今の俺なら、、読める。



スペースを開く動きをする。

活用するスペースをこちらで誘導していく。

わざとスペースをつくり、

そこに嵌める形で誘導する。



わざと作り出したスペースに

牧田が入り込み、そこにパスが出される。

結構近い距離でのパスだが、

完全に予測が立ったので十分カットできる。


(奪れるッ!)


トライアングルの中でのパスコースに

入って、体を滑り込ませた。



「危ねぇ危ねぇ、、」


(何ッッ!?)


自分の前に工藤が入り込んだ。

パスカットされることを読んでいたのか!?


ボールロストを未然に防ぐ立ち回り。

牧田にパスが出され、それに反応する

俺すらも読み切って、、、



「いくぜ、、!」


奪え、、

まだこいつからボールを奪えば、、!



そう思いからだをぶつけようとして、、



(・・・手ッ!?)


自分に対して伸ばされた手に阻まれて

タックルができない。


「クソがッ!」

「いや行けるッ!

 そのまま挟んで潰すぞッ!」


(高鳥、、!)



千葉のプレスに合わせて挟みに来た

高鳥。

連動されたプレス

その二人に囲まれた工藤は、、


「良い連携プレスだな、、」


体を動かしてキープの体制に入る。


(奪れねぇ、、!

 ハンドワークうめぇッ!?

 こんなことできんのかよ、、!)


千葉の記憶の中で、彼がこんな手を使いこなしたキープをしたことはない。

土壇場か、それとも事前に練習したのか、、



(底が知れねぇ、、)


強くなったであろう自分でも対応される。

これが工藤の強さ、、

怪物のさらなる進化、、



「蹴らせるかッ!」


もう一人が挟みにくる、


それを軽々躱わす工藤。

キックフェイントの後に、軸足の後ろで

左足の踵を使い右方面にボールを弾いた

ことでパスコースが生まれた。



出されたパスは、

中央を横断するロングパス。

右での攻防だったのが、

次は左に戦場が移る


逆サイドへのサイドチェンジ

右に集中した密集とは逆に、

左はかなりスペースができている。


「これなら案外やりやすいだろ。 

 やっちまえよ、、、暴れ馬」

「誰が暴れ馬じゃ、、!」




活性化されていく連携、技術。

作り出されていく逆転の空気に

身を任せ、

底辺と呼ばれる男たちの

進軍が始まる。

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