第20話 夏休みのダブルデート。

だがまあ、新田樹は私にとっては有り難すぎる存在だった。

人との距離感が適切にはかれていて、私と相手の間に入ってフィルターや緩衝材の役目を果たしてくれる。


根回しで、三ノ輪先生の所に蒲生葉子さんと堀切拓実さんに会ってお墓参りまで済ませた報告を先にしてくれていて、私が行った時には「良かったです。新田君から聞きましたが、新田くんに支えてもらう事で、前向きに消化ができそうなんですね。頑張ってください。後は学生生活を満喫してくださいね」とだけ言われてしまった。


お兄ちゃんの噂に関しても、新田樹の創作にならないギリギリの嘘もある真実を、大神と坂佐間の2人に話すことにした。


新田の考えは私にはわからない事が多かったが、言われるままにした。


「先週末、蒲生葉子さんから電話がきたよ」

「マジで!?なんだって?」


新田の指示通り、暗い顔で「…これ以上探るなって脅された」と言うと、大神と坂佐間は「え!?はぁ!?やばくない!?」、「それで?関谷はなんて言ったの?」と聞いてくる。


「お兄ちゃんの事を知りたいって言ったら、『それすら復讐だから教えられない』って、それでも食い下がったら少しだけ教えてくれた」


ドン引きの顔で「えぇ?何それ、復讐?」と聞いてくる大神。


「うん。坂佐間と大神が周りから聞いたみたいに、蒲生葉子さんも私が調べてるって何処かで聞いたみたい」

「うわ…マジか」

「やべーなそれ」

「何の話も回ってこないのは、相手の人生の絶頂期に真実をばら撒いて台無しにするためなんだって…。どうせそのうち噂が聞こえてくるはずだから、大人しく待ってろって言われてガチャ切りされた」


それだけで十分だった。

皆、何かしらの噂と真実があれば気が済む。

そして夏休みになれば逃げ切れる。

新田樹の言う通りだった。


私としては蒲生葉子さんが怖い人になるのは心苦しかったが、新田樹に言わせれば「ねーちゃんは怖いから丁度いいよ」との事で、夏休み中に会った時に言うと「別にいいわ。どうせいっくんが考えたんでしょ?」とクールに言われてしまった。


私が新田樹にお弁当を作る事になり、周りから邪推されたが、新田樹は白々しく「この前出先で関谷と関谷の母ちゃんに会ってさ、保健委員で関谷を一回助けた話をして、ウチに母ちゃん居ない事と、弁当羨ましいって話をしたら、関谷の練習になるからこれからも作ってくれるって話になった」と言い、「だからソッコーで弁当箱買って関谷に渡した」とポーズを決めていた。


「うわ、親公認?」、「餌付け?」と聞かれた私は肩を落として、「助けてもらったのは感謝してるけど、15分早起きしてるからキツい」と漏らすと、周りは「ご愁傷様」と言ってくれた。



だがまあ、新田樹は作り甲斐もあるし文句も言わない。


毎日「うぉぉぉっ!」、「待ちに待った昼!到来!」と言って喜び、味見の時は良かったのに、汗をかいたりして水分が出てしまい味が薄まっていて、お昼に食べた私が「…失敗した」と思っても、「ありがてえ」と言って食べてくれる。


そしてそんなやり取りをしながらも、2人きりになると優しく「平気か?どうだ?」と聞いてくれる。


実際、何回か王子美咲に勝手な恨みを抱きそうになった事もある。


「モヤモヤする。なんか今日は無性に腹立つ」

「よし!偉いぞ!よく言葉にした!お兄さんに新田に愚痴ると言ってみろ」


「えぇ?」と言いながらも、お兄ちゃんに言うと「あはは。愛は俺と違って怒りそうだ。姫宮さんも同じ風に怒ってるから俺が慰めてるよ。愛も蒲生さんの弟に甘えるといいんじゃないかな?愛だって悪い気はしてないだろ?」と言われて赤くなる。


赤くなった私を見て「どした?」と聞く新田樹に、「何でもない。甘え…じゃない。愚痴っておけって言われた」と言うと、「そうかそうか。いつでもいいぞ」と新田樹は笑いながら言い、シルバーに乗って余奈加まで自転車を飛ばして、ウチまで一緒に歩きながら話を聞いて、ウチには上がらずに颯爽と「行くぞシルバー!今日の俺達ならもっと速くなる!」と道交法を無視して帰っていく。


事故が心配だ。


お兄ちゃんのせいにして甘えてみる事にした。

非常識だが、夏休み目前の土曜日に一度だけ夜中に電話をしてみた。


眠そうなのにキチンと起きてくれて、「再起動する…待て…3…2…1…」と言って、「よし!偉いぞ!夜中でも言ってきたな!苦しいか?発作は大丈夫か?吸入しろ!」と言ってくれて、「ごめん。モヤモヤして声が聞きたかった」と言ったら、「お安い御用だ。このまま繋いでおけ。落ち着いたら寝落ちしていいからな」と言ってくれた。


夜中に電話されても怒る事なく受け入れるとは…

何て男だ。

恐ろしいと思うと同時に頼もしいと思えた。


私が甘えるようになると「安心しろ。兄さんのいなかった期間だけ、甘えたくなるのは普通だぜ」と言ってくれて、「夏休みはイベント目白押しだ。ねーちゃんと堀切さんの奢りで横浜に行くぞ、観光だ。水着で入れる箱根の温泉に行くぞ。プールは発作が心配だが温泉ならきっと大丈夫だ。グルメはとりあえずこれから考える」なんて言い出して、本気で奢ってもらっていた。


「お義理兄さ〜ん」なんて甘えて奢らせる辺りが凄い。

蒲生葉子さんが「いっくん、やめなさい」という度に、「ねーちゃん、ねーちゃんが身体で支払っておいてね。ここのランチはチュー2回くらいだよ」なんて返すと、堀切拓実さんは満更ではない顔で、「樹、レートの引き上げを要求する」なんて言う。


「堀切くん!?」

「お、義理兄さんいける口だね」

「当たり前だ、肩を抱いてキス2回だ。1度目はチョンとした可愛いやつで、2回目はしっかり目の奴だ」


男って奴はとんでもない。

しっかり考えているじゃないか。


蒲生葉子さんは嫌がっていないが、照れに照れて真っ赤になっている。


「お義理兄さん。じゃあそれで。箱根の水着温泉は?」

「そんなものは2人きりにさせてくれ」


真っ赤な顔で「堀切くん!」と言う蒲生葉子さんを無視する形で、「お安い御用ですよ。俺も関谷と2人きりになるし」と言い出す新田樹に私は真っ赤になる。


「ええぇぇぇ!?新田!?」

「どうした?兄さんに聞いてみろって」


私はごく普通に「お兄ちゃん?」と聞く癖がついていて、お兄ちゃんはウチのリビングでニコニコと笑いながら、「あはは。いいじゃないか。沢山甘えてごらん。後は堀切君と蒲生さんの為にも頑張って」なんて言い出す。


「えぇ?嫁入り前の妹に何言ってんの?」

「愛の良さや身持ちの硬さは知ってるよ。その愛の良さをわかってる彼と、それでも仲良くなりたいっていう愛の気持ちを考慮してだよ」


私は黙ってしまい、ジト目でお兄ちゃんを睨むと、お兄ちゃんは「愛?」と聞いてくる。


「お兄ちゃんの癖に。姫宮明日香さんに意地悪してもらうからね」

「ええぇ!?」


お兄ちゃんはいつもの困り笑顔で楽しそうにリアクションをする。

私は笑いながら「お兄ちゃん、そっちは楽しい?」と聞く。


「うん。愛や父さん達の想いがこっちまで伝わってくる。姫宮さんのご両親も、俺が止めきれなくて姫宮さんを失わせる事になったのに、俺の冥福を祈ってくれてて申し訳ないんだ。蒲生さんも、堀切君も俺たちを忘れずに覚えてくれていて想いをくれている。それに姫宮さんも居てくれる。皆と居られないのは少し退屈だけど楽しいよ」

「そのうち思い出さなくなるかも」

「嬉しいよ。それが1番だよ。たまに思い出してくれるだけでいいよ」


私がなかなか目を開けないので新田が「関谷!?起きろ!」なんて言ってくる。

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