即ちチョコとは恋である

蜂蜜酢

あまい

 二月十四日、バレンタイン。

 世の乙女たちがチョコに自身の想いを乗せ、想い人に届ける愛の祭典。

 乙女である私はその参加者であるわけで、そして想い人がいるわけで。当然チョコを渡すのだが、ここで一つ問題点があった。

 そいつは朴念仁なのだ。直接好きだと言うのは恥ずかしいのでなんとなく分かるようなアプローチを続けているが、気付く気配が全くない。半年は続けているのに欠片も心が動いた様子がないのは、朴念仁というほかないだろう。いや女同士だからというのもあるかもしれないが。

 そして、そんなアプローチを続ける私を、そいつはあろうことか冷めた目で見てくる。「なにしてんの」と言わんばかりの冷たい視線には、流石の私も悲しい気持ちになるというもの。

 今回のバレンタインも同様だ。普通に渡しても確実に、間違いなく気づかない。なんかもう頑張るだけ無駄な気がしてくるが、今日を逃すとしばらく目ぼしいイベントがなくなり、想いを伝える機会が激減することになる。

 よって、今日なにかすごいことをし、多少なりとも私を意識してもらう必要があるというわけだ。

 そして、無い知恵をふり絞り、私が出した結論はこれだった。


「というわけで、チョコを作りたいと思います!」


 テーブルに並んだ材料たちを前に、私はそう宣言した。

 気合いを入れる私の隣には朴念仁のそいつがおり、つまらなさそうにスマホをいじっている。なまじ顔がいいだけに、わりと絵になっているのが腹立たしい。

 何故こんなのを好きになってしまったのか自分でも疑問だが、こんなのが隣に来てくれることを今は喜ぶべきだ。「一緒にチョコを作ろう」と誘ったときはまさか了承してくれるとは夢にも思わなかった。その時に心が揺らいだ様子がなかったのだけは不満だが、照れたりするのはそれはそれでこいつっぽくない気もする。私はもうだめかもしれない。

 私はそいつにも気合いを入れてもらおうと声をかけようとしたが、その前にそいつがとんでもないことを言い出した。


「帰っていい?」

「なんで!? ここからが本番なのに!?」

「飽きた」

「何も始まってないのに!?」


 こいつの共感性が死んでいるのはわかっていたが、まさかここまでとは思わなかった。私は心底呆れたが、放っておくとほんとに帰りそうな気がした、というか絶対帰るので、どうにか言葉を尽くして引き止める。


「待って! ほら準備出来てるから! 今帰ったらここまで待った時間が無駄になっちゃうよ! だから待って! 帰らないで!」

「流石に冗談だって」


 服の裾にしがみついて引き止める私にそいつはドン引きしたようにそう言うと、私を引きはがし、エプロンを着直した。

 どうやら本当に冗談だったらしい。紛らわしいことこの上ない。


「では気を取り直して──」

「まずはなにすればいいの?」

「……今教えるからちょっと待って」


 チョコ作りはつつがなく進行した。



 ○○○○



「はーい、完成でーす」

「早く食べよ」


 完成したチョコを並べると、そいつは待ちきれないようで、そわそわと体を動かしていた。そういう可愛い動作は私にやってほしいものだ。

 そいつと共に席についた私は並べられたチョコをつまむと、迷いなくそいつの口元まで持っていった。


「はい、あーん」

「……」


 まあどうせ食べないだろうが、ダメでもともとだ。やらないよりは余程いい。三十秒ぐらい待って、食べなかったら自分も──、

 チョコをつまんでいた指に、何か暖かい感触が伝わった。


「えっ」

「ん、おいしい」


 そいつは美味しそうに口を動かしていて、そして私の指からはチョコがなくなっていた。

 これはつまりそいつが私の指からチョコを食べたというわけで。

 ちょっと大分恥ずかしいわけで?

 沸騰しそうな私に、今度はそいつがチョコを近づけてくる。


「はい」

「ぅえっ」

「食べないの?」


 なんだ、誰だこいつは。こんなことをしてくる奴だったか? もっとこう、ツンツンどころか刺し殺す勢いの奴じゃなかったか? 

 いや、いやいやいやいや。

 というかそれはいい。重要なのは今だ。この差し出されたチョコを食べるのか食べないのか。

 答えは一択。


「い、いただきます」


 私は顔を近づけると、そいつの指からチョコを食べた。

 甘さのほかにちょっとだけしょっぱさを感じた。

 大丈夫だろうか私は泣いてないだろうか。頭と頬が熱くてなにも情報が入ってこない。

 必死に口を動かす私を見て、そいつは珍しく微笑みながら言った。


「美味しいね」

「う、うん」


 ……次からは、もう少し甘みを抑えるようにしよう。

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即ちチョコとは恋である 蜂蜜酢 @Hachimitu888

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