エピソード2 第十四話

 ラボリオとミニスに挟まれたまま、既に数十秒が経過した。

 アステルの前後に立つ二人はまだ動かない。同じく、アステルも動けなかった。

 ジリジリと、焼けつくような重圧を四方から感じる。今自分は完全に包囲されている。迂闊に動くことはできないのを理解していた。

 だが、ただ何もせず動きを止めていたわけではない。この数十秒の間に二人を観察し、幾つかのことに気が付いた。

 ラボリオには、この前のような迂闊さや粗雑さは見られない。だがそれはこちらの出方を冷静に窺っているというよりも、何かを待っているようであった。

 それはミニスからの指示か、または別の合図かはまだわからない。だが、少なくとも注意すべきは彼よりもミニスの方だろう。

 彼女は旅を共にした仲間だ。長い旅と幾度にもわたる戦いを経て、こちらの戦闘スタイルや弱点は知られている。癒しの碧Hmeufのことは一度も話したことはなかったが、前回の戦闘でタネは理解したと言っていた。恐らく、対策も講じていることだろう。

 こちらは逆に、ミニスの事をあまり知らない。正確には、今のミニスを、だ。

 旅をしていた時の彼女は聖職者プリーストであり、後方から回復魔法などで仲間を支援するのが主な役目だった。

 嗜虐的な性格ではあったものの、その役割はしっかりとこなしていた。

 だが今の彼女は恰好こそ聖職者プリーストのそれであるものの、その両手にはおおよそ聖職者プリーストに似つかわしくない二本の白い槍が握られている。

 一体何がどうなってそんなものを握っているのか、想像もつかない。

 視界はラボリオに、意識はミニスに強く向けたまま、ただひたすらに相手の出方を待っていた。

 じっとりとした汗が、首筋を伝い服の襟に染み込む。互いに睨みを利かせたまま1分ほどが経過しようといていた時、たまたま今まで奇跡的にバランスを保っていた瓦礫の一つが音を立てて崩れた。それが戦闘開始の合図となった。

 アステルは反射的にそちらに一瞬だけ意識を逸らしてしまう。

 ミニスはその一瞬の隙を逃すことなく動いた。槍を構え、アステル目掛けて疾風の如く突撃する。

 だが、アステルは既に疾きの白Srmopwndを唱え終わっていた。思考と行動が加速しているため、それを避けることは容易い。

 だが、嫌な悪寒が走った。ミニスの突撃を敢えて避けず受け止める。槍を掴み、穂先が突き刺さらないように耐える。

 上空と左右を何かが高速で掠めた。恐らく銃弾と、何らかの魔法だろう。回避先に攻撃を置く。以前の戦闘でも使われた技だ。

 だが、今回はそれだけで終わらなかった。


「舐めるなよ、クソ勇者」

「……っ!?」


 掴んでいる槍にさらなる力が籠められるのを感じた。力の赫Mkdihftaの出力を上げて必死に踏ん張ろうとするが、耐えられない。

 凄まじい膂力に、槍ごと体が持ち上がった。


「なっ……!?」

「あああああああああ!!!」


 そしてミニスは、槍二本と男一人を持ち上げたまま走り出す。

 その先で、ラボリオが腕を構えて待っている。前後からの力で串刺しにするつもりのようだ。


「くっ!」


 槍を軸にして体を持ち上げ逃れようとするが、その時肩に焼けるような痛みが走る。

 銃弾が右肩を貫いた。筋肉と骨が破壊され、再生までの一瞬力が抜ける。

 ラボリオはすぐそこまで迫っていた。


(マズい……!)

「はっはー!喰らえ、『鎖腕槍双撃さわんそうそうげき』!!!」


 ラボリオの腕がアステルの体を薙ぐ。

 ミニスの槍とラボリオの腕、前後から加えられた強力な力によりアステルの体を槍が貫く……ことはなかった。

 腕を喰らう直前、アステルは身を捩り槍の穂先を寸でのところで躱した。

 槍が体を貫くことはなかったが、腕の一撃をもろに喰らい凄まじい勢いで吹っ飛ばされ、そのまま瓦礫の中に頭から突っ込む。


「クソっ!後一歩のところで……!」


 ラボリオは土煙を上げる瓦礫の山を見つめながら悔しそうに顔を歪める。

 ミニスはそんな彼を無視して声を上げた。


「ジャッカス!撃て!」


 それと同時に銃声が鳴り響く。すると土煙の中からアステルが飛びだしてきた。

 アステルは隠れているジャッカスと魔法士ウィザードのクロープを見つけるため、上空へと飛び上がった。

 だが、それが悪手だった。

 足場のない空中では、機動性は大幅に落ちる。

 そこへ、ミニスが再び突撃してくる。棒で弾かれた玉のようなスピードで、一直線にアステルへと向かって行く。


「ぐうっ!」


 腕を交差して何とか槍を受け止めるが、勢いを殺すことは出来ず二人はさらに上空へと上がって行く。

 ミニスの仮面が鼻先数センチの所まで迫ってきた。


「クソ勇者、何で今更戻ってきた?」

「……!」


 白く無機質な仮面の下から、怒りを抑え込むような声が聞こえる。


「てめえが勝手にいなくなったせいで、どんだけの人間が苦労したと思ってるんだ?ああ!?」

「知らねえよ……!俺の役目は魔王を倒して終わりだっただろ……!」

「それで、役目が終わったら雲隠れってか?だったら、何で今このタイミングで出て来た!」


 ミニスが蹴りを入れて二人は離れる。

 アステルはまたしても悪寒を感じ首を傾けた。ついさっきまで額があった位置を銃弾が通過する。

 弾丸の軌道から発射された位置を特定しようとするが、見つからない。恐らく跳弾を経由しているのだろう。


「俺だって、好きで出て来たわけじゃない!」

「じゃあずっと隠れてろよ!俺達の邪魔をすんじゃねえ!」

「そういうわけにもいかないんだよ!」

「はーん、なるほど」


 ミニスの脚に、鎖が巻き付く。見ると、ラボリオが腕に巻いていた鎖を伸ばしていた。

 ピンと張った鎖を掴むと、それを大きく振り回す。ミニスもその鎖に振り回される。

 二回ほど回った後、鎖が空へ向けて放された。勢いを持ったミニスが、再びアステルへと接近する。


「あの女に、惚れたのか」

「違う」

「じゃあなんでアイツの味方してんだ!」


 今度は組み合わない。身体を捻ってその突撃を避ける。

 今の彼女は空中でも機動力を得ている。先にラボリオをどうにかすべきと判断し、空を蹴って地上へと加速した。

 だが、ラボリオはニヤリと笑うと鎖を思いっ切り引っ張った。上へと向かっていたはずのミニスの体が下方向へと引っ張られて、アステルへと追いつく。

 槍の突きを躱して、アステルはミニスを蹴った。防がれはしたものの、距離を離すことに成功した。

 地上に着地し荒くなった息を整える。そして、足の鎖を外して着地したミニスを見て言った。


「お前に関係ないだろ!そんなこと!」


 ただ、自分は目の前で困ってる奴がいたから、何となく助けただけだ。

 フロリアだからとか、別の誰かだとか関係ない。

 そうだと素直に言えば、良かったのかもしれない。


「……あっそ。お前はそういう奴だったな」


 そう言うミニスの声は、少し震えているように聞こえた。

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