エピソード2 第十三話

 ホークランの宴は深夜を過ぎるまで続いた。

 フロリアの独立宣言もあり、まるで祭りのような大騒ぎになり、結局3時間ほどしか眠ることが出来なかった。

 しかし、それでも十分休めた方だ。魔王討伐の旅では、三日三晩寝ずの行軍がざらにあった。その時のことを思えば、飯をたらふく食えて風のない屋内で眠ることが出来るというだけでも贅沢なものだ。

 夜明け直前、皆酒と戦闘の疲れでぐっすり眠っている中、アステルはまだ眠ったままのデオを抱えて寝床を出た。

 仕事を終え、体を清めたフロリアが夜這いを掛けようと彼の寝床に向かっていたことなど当然知る由もない。それで彼女が幼子の様に頬を膨らませたこともだ。

 辛うじて戦禍を免れた教会の屋根の上に立ち、破壊された街の半分を眺める。

 まだ片付けられてない瓦礫から、折れ曲がった片腕が飛び出ているのが目に入ってしまった。


「……」


 アステルはその瓦礫の側まで飛んだ。

 デオは一旦地面に置き、瓦礫を退かす。中から出てきた死体の頭は潰れていた。顔は分からないが、服装からして男性だったようだ。せめて全身を出そうと瓦礫を退かそうとしたが、すぐにその必要がないことに気付く。彼は下半身も瓦礫で潰れされていた。

 顔と下半身の無い死体を瓦礫の中から取り出し、すぐ近くの壊れた家屋の中にあったベッドに横たわらせる。


「ふん、そんなことして何になる?」


 いつの間にか目を覚ましていたデオが、心底馬鹿にした口調で訊いてきた。

 アステルの返事を待たず、デオは勝手に話を続ける。


「今からこの街に埋まっている全ての死体を掘り起こすつもりか?その為にわざわざ早起きして、我を連れ出したのか?お優しいことだな、ほれぼれするよ」

「……黙れ」


 デオは全てが分かった上で言っている。全ての死体を瓦礫の下から救い出すつもりがないことも、人目を避けるために明朝に寝床を出たことも。

 この顔の分からない死体を掘り出したのは、たまたま目に付いたからだ。それ以上の理由は無い。

 デオは破壊の跡をしげしげと見ながら、愉快そうに顔を歪める。


「しかし、これが人間同士の争いというものか。ふむ、我々の所業に負けず劣らず、といったところではないか?どう思う、勇者よ?」

「……別にどうも思わねえよ」

「ほほう、この有様を見ても何も思わないのか。何とも冷たいことだ。我ら魔族の行いを誰よりも見て来た貴様なら、何か思うところがあると思ったのだがな……。いやそれとも、人間と魔族の所業に大した違いは無いと、そう言っているのかな?」

「黙れ」


 だが彼は、ボコの体に手出し出来ないと確信しているのか、全く話をやめようとしない。


「貴様が血反吐を吐きながら我を倒した果てがこれとはな。流石の我も気の毒に思うぞ。なるほど、貴様が森に籠ったのも頷けるな。……まあ、貴様が森に籠らなければこんなことにはなっていなかっただろうが」

「黙れ!」


 アステルはデオの首を掴むと壁に押し付けた。

 腕に込められた力は、自分の怒りを抑えるので精いっぱいだ。少しでも力を緩めたらボコの体ごと殺してしまいかねないほど、怒りで頭が沸騰していた。

 だが、デオは勝ち誇ったような笑みで顔を歪め、嘲るように笑う。


「ふははははは!無様だな勇者よ!貴様から我が敗れたあの後の話を聞いた時は、笑い死ぬかと思ったぞ!人間共は、我が為しえなかったことをやったわけだ。勇者に絶望を味あわせるという偉業をな!」

「黙れぇ!」


 ボコの体のことを忘れて、首を掴む手に力が入る。

 背後から声を掛けられなければ、うっかりそのまま殺していたかもしれない。


「取り込み中のところ悪いな。今、勇者って聞こえた気がしたんだが?」

「……っ!?」


 咄嗟に振り返る。視界に入ってきたのは、巨大化する”点”であった。

 身体が反射的にそれを避けると、後ろの壁が砕け散り土煙が上がる。そして、それは”点”ではなく”線”であったことを理解した。

 それは、見覚えのある「槍」だった。


「……ミニス?」


 土煙が晴れると、そこにはやはり見覚えのある修道服と、仮面を着けた女が立っていた。


「よう、クソ勇者。いや、今はアステリオンって名乗ってるんだっけか?まあ何でもいいが、つまらん三文芝居はするなよ。ムカつくだけだ」

「……何でお前がここに居る?」

「そりゃこっちのセリフだ。何で今更てめえがこんなとこにいやがんだ?」

「……」

「こっちの質問にはだんまりかよ。ま、いい。たとえどんな理由だろうと」


 ミニスの両手に、二本の槍が現出する。

 彼女はそれをクルリと振るうと、穂先をこちらに向けた。


「……てめえはここで終わりだ、クソ勇者。お前はレジスタンスに協力し、国家に損害を与えた。箱庭の守護者ガーデンガードの名において、反逆者に鉄槌を与える」

「デオ!少し隠れて……!」


 デオを遠ざけようとしたことで、戦闘態勢に移行するのがほんの一瞬だけ遅れてしまった。

 だが、たとえその一瞬が無くても結果は同じだっただろう。目の前のミニスに釘付けで、背後の気配に気が付かなかったのだから。

 背後の壁、それを突如として突き破ってきた二本の腕が、アステルの両肩を掴んだ。


「なっ……!?」


 鎖の巻き付いた太い腕は、壁を破壊しながらアステルを引き抜く。


「ぐはははは、よう勇者様!いつ以来だったか?」


 腕の主は以前帝都で戦った箱庭の守護者ガーデンガードの一人、巨漢のラボリオだった。

 彼はアステルを軽々と持ち上げ、振り下ろした。風を裂く音と共に、アステルの体が地面に叩きつけられる。


「ぐっ……!?」


 叩きつけられた体が、まるでボールの様に跳ね上がった。

 アステルは空中で態勢を変え、着地する。今の一撃で内臓と骨が幾つか逝ったらしく、血の塊が咳と共に排出された。

 だがそれは大した問題ではない。癒しの碧Hmeufのお陰で即座に回復が始まっている。焼けたのこで切りつけられるような痛みが全身を走っている。

 今腕にデオはいない。壁から引き抜かれるとき、咄嗟の衝撃で手を放してしまったようだ。

 ミニスに殺されていないことを祈るしかない。


「はっはー!この間はよくもやってくれたな!だが、今回はこの前のようにはいかねえぞ!覚悟しやがれ!」


 ラボリオは両腕の鎖をジャラジャラと鳴らしながら、大声を上げる。

 外観に依然との変化は見られないが、纏う雰囲気には確かな自信が感じられた。

 周囲を目線だけでざっと見渡す。帽子の銃士と、ローブの魔法士ウィザードの姿は見えないが、張り詰めた空気が彼らの存在を物語っていた。恐らく、この瓦礫の街のどこかに身を潜めているのだろう。前に広場で戦った時のようにはいかなそうだ。

 何より……


箱庭の守護者ガーデンガード、これより、勇者捕縛の作戦を開始する」


 槍を振るうミニスの存在が、それ示していた。

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