エピソード2 第十二話

 結局、ホークランの街で一晩だけ泊まっていくことにした。

 日も暮れていたし、何より森の小屋を出てから戦闘が終わるまで動きっぱなしで疲れていた。一晩だけ寝床を借りて明日の明朝、誰も起きて来ない内に街を出ることにした。

 フロリアには、自分の正体を絶対に漏らさないよう強く言い聞かせた。もしばらすようなら、自分は二度と手を貸さないと言うと、彼女は残念そうにしながらも了承し、自分をあくまで「アステリオン」として扱うと約束してくれた。


「アステリオンさん!どうぞこちらも召し上がって下さい!」

「おや、コップが空ですね。おーい誰か!酒を持ってきてくれ!」


 夜、ホークランの街の中心では宴会が行われていた。

 何でも、帝国軍との正面切った戦闘で勝利したのは今回が初めてだったらしい。それを祝してとのことだ。

 レジスタンス側の被った被害を鑑みれば大敗もいい所だ。だが、そう思わない為にも酒が必要なのだろう。

 規模の小さい彼らは、少しでも士気が落ちるとそのまま崩れ去ってしまいそうなほど脆い。死んだ仲間や壊れた建物について考える前に、気分を高ぶらせる必要があるのだ。

 自分もその席に呼ばれ、今大勢の人に囲まれていた。


「ああ、アステリオン様、あなた様が来て下さらなければ私らは殺されておりました。ありがとうございます……!」


 しわがれた老婆が涙を流しながら手を取り、膝をつく。アステルは反応に困りながら、ただ黙って彼女の語りが終わるのを待った。

 こうやってお礼を言われるのは一体何人目だろうか。少なくとも20は超えている気がする。

 正直居心地が悪い。

 さっきから聖人だの、救世主だのと持て囃されているが、自分はそんな人間じゃない。スゲルソンに頼まれたから来ただけだ。ポスカが小屋に来なかったら、助けになんて来なかっただろう。

 レジスタンスが困窮しているのを知っていながら、自分の平穏を優先して引き籠ることを選ぶ。所詮その程度の人間でしかないのだ。


「皆、我らが英雄に、乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」


 何が英雄か。レジスタンスの戦士は300弱いたという話だが、もうそれも三分の一ほどになってしまったという。自分がもっと早く来ていれば、出なかった犠牲だ。

 口から乾いた笑いが漏れる。顔を隠しておいてよかった。きっと今の自分はひどく歪んだ顔をしているだろうから、頑張って気を張ろうとしている彼らに対して失礼だ。


「ねえ、アステリオン様。あなたのお話しが聞きたいわ。あなたは一体何者なの?」

「空を隼みたいに飛んでいたって聞いたわ!帝国軍の前では魔法が使えないって話なのに、一体どうしてなの?」


 年若い娘達が酒や料理を運んでくる。顔が赤く上気し、胸元をはだけさせてしなだれかかってきた。

 に慣れていないので、興奮とも恐怖ともつかない震えが全身に走った。

 なんとか平静を装うため、布の下で静かに、大きく深呼吸をする。


「ああ、それは……鍛錬の賜物、という奴だ」

「キャー!素敵!ウチの魔法士ウィザード達も鍛えればいいのに!」

「そうそう、皆本ばかり読んでいるんですもの。アステリオン様みたいに逞しくなって欲しいですわ!そうだわ、将軍に頼んで魔法士ウィザード達を鍛えてもらいましょうよ!」

「それいいわね!」


 ここの魔法士ウィザード達には少し悪い事をしたかもしれない。帝国の魔法対策が自分に効かなかったのは、きっと癒しの碧Hmeufのお陰だ。

 フロリアに聞いた話だと、帝国軍は魔力の働きを阻害する粉を散布しているらしい。そのせいで魔法が上手く発動できないとのことだが、癒しの碧Hmeufは毒や呪いまで自動で直してくれる。そのため、魔法を使うことが出来たのだろう。

 癒しの碧Hmeufは自分専用に調整した魔法だ。他人に教えても意味がない。

 後でフロリアには魔法士ウィザード達の体を鍛えても意味は無いと言っておこう。


「ねえ、アステリオン様。あの魔族は使い魔なの?」

「……まあ、そんな所だ」


 娘が指差した先には、子供達にもみくちゃにされているデオの姿があった。


「わー!もこもこだ!」

「ねえこれしっぽ?うごくの?」

「おい、やめんか貴様ら!我を一体なんだと……ひひひひ!おい!変なとこを触るな!くすぐったい!やめんか!」


 大人たちにとっては魔王の脅威の記憶はまだ新しく、今のデオのような小さい魔族でも怖がって近付こうとしない。

 だが、魔王の恐ろしさを知らない子供達からしたら、二足歩行の喋る犬にしか見えないらしい。

 子供がそんな珍しいものを見たらどうするかと言えば、興味の向くまま体のあちこちを触ったり、引っ張ったりして、すっかり玩具になってしまっていた。

 フロリアにはボコの身に起こったことは言っていない。というか、言えるわけがない。話がややこしくなるのが目に見えている。

 取り敢えず、見た目がそっくりの別個体ということで話を通した。


「皆!聞いてくれ!」


 突然大きな声が上がり、賑やかだった宴の席が一瞬にして静まり返る。

 声の主はフロリアであった。将軍の顔つきで、酒の席のど真ん中に立っていた。


「まずは此度こたびの戦いを乗り越えられたことを、感謝する。勇敢なる戦士諸君が、死力を尽くして闘ってくれたお陰だ。そして、散っていった者達に、精一杯の敬意を……」


 フロリアが胸に拳を当て、瞳を閉じると、周りの者達も同じように倣った。

 やってないのはデオと子供達だけだ。

 その光景は何処か、帝都の広場で見た景色を思い出させた。


「……ありがとう、同志達よ。我々レジスタンスが結成してから今まで、帝国とは幾度か交戦してきたが、今回は初めての勝利と言ってよい。この勝利は同志たちと、そして……正義の武人、アステリオン殿のお陰だ」


 皆の視線が一斉に自分に集中する。

 期待と羨望に満ちた眼差しが、居心地の悪さを加速させる。


「彼の登場は、まさしく天からの救いであった。皆を代表して、まずは私から感謝の言葉を述べさせてもらう。ありがとう、アステリオン殿。君は我々の救世主だ」


 割れんばかりの拍手喝采が贈られる。

 ここで何か一言でも気の利いた言葉が言えればいいのだが、そのような技術は持ち合わせていないのが残念だ。


「彼が我々に力を貸してくれれば百人力だ。だがしかし、彼に頼りっぱなしというわけにもいかん。我々レジスタンスは、帝国に対し歴史的正義を証明せねばならない。たった一人の英雄に頼り切っていては、いつか足元を掬われてしまう。そこでだ、このホークランは、帝国から独立することにした」


 人々からどよめきの声が上がった。困惑と興奮が7対3ぐらいのどよめきだ。


「諸君らの心配はもちろん理解している。この小さな街一つで、どうやって生きていけばいいのか、帝国に勝てるのか。不安もあるだろう。だが、それは今までもそうだったではないか。今まで我々は、この小さくか弱い脚を、それでも奮い立たせて戦ってきた。戦ってこれたのだ。そして今日、帝国はいよいよ、民間人も関係なく、残虐にもこの街に攻め込んできた。今回は何とか撃退できたが、次もこのように行くとは限らない。ならばこそ、声を上げるのだ!我々は、勇敢に帝国に立ち向かうと!レグルナ党の恐怖には屈しないと!大陸各地には、レグルナ党のやり方に不満を持っている者達が大勢いる!彼らに見せてやるのだ!今ここに、我ら在りと!ホークランは今ここに、セロギネスの名のもとに、新たな国家首都として定めることを宣言する!同志達よ、私と共に、その拳を振り上げてくれ!」

「「「「「うおぉぉぉぉおおぉおぉぉおぉ!!!!」」」」」


 さっきまで困惑の方が勝っていた雰囲気が、一気に興奮に塗り替えられた。

 フロリアが拳を振り上げると、それに合わせて周りの人々も拳を振り上げる。


「万歳!セロギネス将軍、万歳!」

「我らが王家に、栄光あれ!」


 フロリアは気付いているのだろうか。

 この光景が、アイナが演説を行った時とそっくりだということに。

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