エピソード2 第十一話

 帝国軍を撤退させるのはどうにか成功した。スゲルソンからの依頼はこれで完了だ。

 自分から首を突っ込むのは正直避けたかったが、後悔はあまりない。

 何も知らない内にフロリアが帝国軍に捕らえられ、処刑されたことを後から知ったら、きっとその方が後悔したはずだ。

 全部奴の思い通りに動かされてしまった気がするが、少しだけ感謝もしている。


「さて、それじゃあ自分の役目は終わったことだし、そろそろ帰りたいのだが……」


 最後の帝国兵が去って行ったのを見届けながら、アステルは隣に立つ女性に対してそう言った。


「いえ、そうおっしゃらずに。せめて何かお礼をしなければ、こちらとしても示しがつきません」


 その女性……フロリアは、にっこりと微笑みながら言った。

 アステルは勝負が決してすぐに帰らなかった。

 自分が戦闘不能にした帝国兵を、レジスタンス側が捕虜にしたり殺したりしないように頼んだのだ。自分が殺さなかったからと言って、自分のせいで動けなくなった帝国兵がその後レジスタンスに殺されてしまったら、態々命を奪わないよう努力した意味がない。何より、自分のせいで誰かが死んでしまうのは目覚めが悪い。

 だから、帝国兵全員が無事撤退できるよう見張っていたのだが、そうしているうちにフロリアが隣に立っていた。

 そして、お礼がしたいから今日はこの街に泊まって欲しいというのだ。


「お礼なぞ不要。そも私は他人から頼まれて助太刀したに過ぎない。下心があったわけではない」

「まあ、なんと清廉潔白な!ではせめてご夕飯だけでもご一緒に……」

「要らぬ。それは傷病兵に与えてやってくれ。貴方がたも余裕があるわけではないでしょう」

「こちらの心配まで……。ではせめて、そのお顔を皆に見せてやってはくれませんか?勇者様が味方になったとあれば、病床に臥せっている者達にも勇気が湧くはずです」

「勇者?はて、何のことやら。何度も申し上げているが、私は旅の戦士、アステリオンだ。勇者アステルなどではない」


 この期に及んでしらを切ろうとすると、フロリアは顔に巻いている布を掴んでグイっと引っ張り、顔を近付けた。

 さっきまでの大人しそうな女性の顔は消え、「将軍」の顔つきに変わる。


「いつまでその三文芝居をするつもりだ?貴様がアステルだということは分かり切ってるのだ」

「何を根拠にそんなことを……」

「ん」


 フロリアは、アステルの陰に隠れて立っていた獣人コボルドを指差す。


「……こいつがどうかしたか?」

「とぼけるなよ。私はボコと一度会っているのだぞ」

「いや、こいつはボコじゃない。なあ?」

「うむ、その通り!我が名はデオ・ゾー……!」

「こいつはデオって言うんだ。ボコなんかじゃない」

「おい、勇者!我がまだ喋っているだろうが」

「……」

「……」


 事情を分かっていない魔王の一言で、今までの茶番が全て無駄になってしまった。

 フロリアは訝し気に眉根を寄せ、魔王を見る。今のボコの中身は魔王であるため、違和感を抱いたのだろう。そしてようやく顔を離した。


「……まあいい。顔を隠す事情は理解しているつもりだ。とにかく今回の救援、感謝する。貴方が来てくれなければ、我々は全滅していただろう」

「私も頼まれたから来ただけに過ぎない。恩義は感じる必要はない」

「明けの烏商会……スゲルソンに頼まれたのだろう?」

「……そうだ」

「そういう契約だった。明けの烏商会と取引すれば、貴方を味方に引き入れてくれるとな。奴の話では戦闘が始まるまでに貴方が到着するはずだったのだがな……」


 それが、ポスカが森で迷ったせいで遅くなってしまった。

 二人は後ろを振り返る。破壊された家屋、足を引き摺りまがら死体を片付ける兵達、泣き叫ぶ子供と、それをあやす親。

 人間同士で行われたとはとても思えないような、凄惨たる光景だった。


「俺を、責めているのか」

「いや、そうじゃない。ただ理解して欲しいのだ。我々の現状、そして、レグルナ党がどういった者達を迫害しているのかを」


 そう言うと彼女は歩いていった。作業をしている者達に大きな声で指示を飛ばす。

 その小さな背中にはあまりにも多くの物を背負わされていた。


「……おい、勇者。我はいまいち状況が掴めんのだが、今人間共の間で何が起こっているのだ?」


 魔王……デオはこちらの袖を引っ張って聞いてきた。

 見上げるその瞳が本当にボコそのもので、心底腹が立つ。


「……お前の望んだとおりのことだよ、魔王」


 そしてアステルはこれまでの経緯いきさつを彼に語った。もちろん、アイナのことはぼかしてだが。


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 帝都の議事堂、その執務室。アイナ・テオセラは部下からの報告を黙って聞いていた。

 ホークランにおける殲滅戦は、思わぬ邪魔が入り失敗に終わったとのことだった。

 報告を行う部下は、この失敗に対してどのような罰を下されるかと怯えていたが、アイナはただ一言、


「ふむ、そうか……」


 とだけ言い、彼を下がらせた。

 今執務室にいるのはアイナと、修道服を着たミニスだけだ。

 ミニスは執務机に腰掛けながら口を開いた。


「顔を隠して偽名を名乗ってるが、間違いねえ。こんなこと出来るのはクソ勇者ぐらいだ」


 その手には報告書の束が握られている。


「あの野郎、案の定向こうに付きやがったか。やっぱりあの時仕留めておくべきだったな」

「……」


 アイナは何も言わず、ただ手を組んで佇んでいる。

 その仮面は硬質な光を放つばかりで、感情らしきものは映さない。


「第47師団の件もある。もう奴を野放しにしておくわけにはいかない。これ以上は、アンタの面子も持たねえだろ。……箱庭の守護者ガーデンガードで出る。異論はないな」

「……うん、頼むよ」


 ミニスは机から降りると、ドアの方へ向かって歩いていく。


「あのクソ勇者を、何が何でも連れ帰って来てやる。だからアンタは、ドーンと構えて待ってろ」


 それだけ言って、部屋を出た。

 部屋を出ると、3つの人影が待ち構えていた。箱庭の守護者ガーデンガードのメンバー達だ。

 巨漢のラボリオ、帽子の銃士ジャッカス、そしてローブのクロープ。

 勇者に伸された時のダメージはすっかり癒えていた。彼らの目は、勇者へのリベンジに燃えていた。


「出発だ。明日の明け方、勇者を捕らえる。雑魚共、この前のような無様な姿を晒すなよ」

「「「はっ!」」」


 ミニスが腕を振るうと、何もなかったはずの手に光の槍が現れた。

 彼女は不敵な笑みを浮かべる。


「待ってろ、クソ勇者……!私直々に仕留めてやる……!」

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