エピソード2 第十話

「報告です!ソーゲン隊、ロッカス隊、共に壊滅したとのことです!」

「何だと!?」


 帝国陸軍准将ブレイゾンは、天幕の中でその報告を聞いて書きかけだった報告書を握り潰した。

 ここは戦場だ。いくらレジスタンスが寄せ集めの烏合の衆とはいえ、地の利が向こうにある以上、無傷での勝利は難しい。

 だが、彼は完璧主義者であり、同時にクーデター以前からガーランドに心酔していた生粋の軍人だった。

 栄えある帝国軍の選ばれし戦士達が、レジスタンスの急ごしらえの兵卒如きに敗北したという報告は、彼にとって耐えがたいものであった。


「一体どういうことだ!誇り高き帝国陸軍が、レジスタンスのゴミ共相手に何をしていた!?皇帝陛下の顔に泥を塗るつもりか!!」

「も、申し訳ありません!なにやらレジスタンス側も策を用意していたようでして……」

「ふー……まあいい。多少の損耗は想定の上だ。それで、ゴミ共は一体どんな策を使たのだ?」

「そ、それが……」

「ほ、報告です!」


 別の兵士が息を切らしながら天幕へと飛び込んできた。


「ワーブ隊、ゲモン隊、ジョズ隊、壊滅!」

「─────は?」

「ご、ご報告を!ラビオ隊、ギャリップ隊、潰走したとのことです!」

「!?」

「准将!こちらも撤退の報告が!」


 前の報告が終わらない内に、次から次へと撤退の報告が舞い込んでくる。

 おかしい。ついさっきまでこちら側が圧倒的に優勢だったはずだ。それが数十分も経たない内に、一気にひっくり返っている。

 何だこれは一体。自分は夢でも見ているのか?いや、レジスタンスに協力する魔法士ウィザードが、幻覚を見せているのだ。きっとそうに違いない。


「……准将、ご報告が。あります」

「……なんだ?」

「その、観測部隊からの情報を申し上げます。信じられないことなのですが……この被害は、たった一人の魔法士ウィザードによるものだということです」

「ば、馬鹿な!?そんなわけあるはずないだろう!!対魔法粉塵鉄の雪を散布しているのだぞ!?魔法が使えるはずないだろう!」


 魔法士ウィザード達はレジスタンスと同じく迫害されている立場にある。帝国を共通の敵として、その多くがレジスタンスに身を寄せている。

 かつて魔法士ウィザードの存在は戦場において脅威であった。火球を降らせ、嵐を起こし、非力な兵に剛力を与える。魔法士ウィザードの質と数こそが、勝敗の行く末を左右していた。

 だが、それは過去の話だ。クーデター時に開発された対魔法粉塵『鉄の雪』。大気中の魔力の動きを阻害するだけでなく吸引した者の体内で魔力の生成を妨害する働きを持つ。

 これの登場によって、戦場の主役は魔法士ウィザードではなくなった。

 この戦場にも、もちろん散布されている。故に、兵達の報告は信じられないものだった。


「報告によりますと、その魔法士ウィザードはたった一人で戦場を飛び回り、武器も持たず、素手でこちらを無力化していっているということで……」

「馬鹿な!?でたらめを抜かすな!!そんなことがあるわけなかろうが!!」

「で、ですが現に撤退してきた者達からもそのような報告が……」

「ええい、どこのどいつがそんな腑抜けたことを抜かしているのだ!幻覚でも見ているに違いない!私が直々に喝を入れてやる!!」


 ブレイゾンは肩を怒らせながら天幕を出た。

 部下達の報告が、何一つとして信じられない。いや、信じるわけにはいかない。何が起きたのかもよくわからないまま敗走して帝都に帰ることなど、出来るはずもない。

 せめて、何が起きているか自分の目で確かめなければ。

 そう思って外に出た。そして、その光景を目の当たりにしても、何が起きているかは理解出来なかった。

 確かにここは、帝国軍の陣地の筈だ。戦場の遥か後方にあり、兵達に与える食料や、医療品などが揃えられている拠点だ。

 だがその拠点は今や見る影もなく無残に破壊されていた。

 地に倒れ伏し呻き声を上げる帝国兵達。破壊されたいくつもの天幕。

 その中で立っている人間は一人。


「な……」


 その人間は、まるで何事も無かったかの如く仁王立ちをしていた。

 顔に布を巻きつけているため人相は分からないが、男の声だった。その首に巻き付けられているのは、獣の死体だろうか?

 自分の後に続いて天幕の中から部下達がぞろぞろと出てきては各々のリアクションを取っているが、そんなものは頭に入ってこない。

 男は片手を上げてこちらに話しかけて来た。


「よう、アンタが指揮官か」

「馬鹿な……こんなことが……」

「取り敢えず兵を引いてくれないか?アンタのとこの兵は大体7割ぐらい戦闘不能にした」

「な、何なのだ、一体……これは、夢でも見ているのか……?」


 ブレイゾンは目の前で起きている現実を受け入れることが出来ず、薄ら笑いを浮かべながらその場にへたり込んでしまった。

 男はそれを見て溜め息を吐く。


「ふー……話が出来そうにないな。おい、後ろのあんたら。代わりに全軍に通達してくれねえか?被害甚大につき撤退だ、ってな」


 背後で部下達がざわつく。全員どうすればいいのかわからないのだ。

 それもそうだ。こんな状況を想像できるはずもない。圧倒的優勢をたった一人に覆され、拠点まで壊滅され、その本人に撤退を進言されるなど。


「貴様は……一体何者なのだ?何が目的で、こんなことをしている?」


 頭の中に浮かんだ疑問が、自然と口から零れ出た。

 男は大仰に身振り手振りをし答える。


「……私は旅の戦士、アステリオン!理由はちょっと話せない!ごめんね!」


 それを聞いたブレイゾンは口から泡を吹いて倒れた。

 これまでに起きたことと、目の前で起きたことと、これから自分の身に起きるであろうこと。それらに頭が耐えきれなかったのだ。

 ホークラン攻略戦。この作戦に投入された帝国軍兵士1521名。内負傷者1057名、死亡者0名。この被害は、アステリオンと名乗る謎の戦士一人によってもたらされたことは、後の歴史書には記されていない。

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