エピソード2 第九話

「……!?」


 銃を構えていた帝国兵は、突然の闖入者に驚き引き金を引くのが遅れた。

 アステルの方も着地した瞬間目の前で銃が構えられていたため驚いたが、魔法で思考を加速している分、次の行動への移行は早い。

 即座に帝国兵を蹴飛ばす。まともに喰らった兵は、小道の奥へと吹っ飛んでいった。


「ふう、ビックリさせやがって……」


 そう言って振り返ると、またこちらに向けられた銃口が目に入った。今度は複数。

 しかしその銃口から感じるのは殺意ではなく、困惑であった。目の前に突然現れた謎の人物が、帝国兵を蹴飛ばした。その事実に、レジスタンス側はどうすればいいか迷っている様だ。

 両手を上げて、敵意が無いことを伝える。


「待ってくれ、俺は怪しい者じゃないんだ。ある人物からの依頼であんたらを……」

「やはり、助けに来て下さったのですね」


 銃を構えた連中の後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。

 護衛の兵達が左右に割れると、中から見知った顔が現れる。

 フロリアだ。

 しまった。と、アステルは思った。

 可能ならば彼女と顔を会わせない内に依頼を終わらせて、戦場を去るつもりだったのだ。顔を隠した正体不明の存在として帝国軍を撃退し、自分という存在の介入をあやふやにする。そうすれば、自分がどちらか一方に肩入れしたという事実をあやふやに出来ると考えた。

 だが、まさか着地した地点で彼女と鉢合わせするとは、なんと運の悪いことだろうか。

 フロリアは護衛達に銃を降ろさせる。その表情はどことなく、うっとりしているようだった。


「必ず来てくれると信じておりました。アステ……」

「あー!あー!私は通りすがりの旅の戦士!アステ……アステリオン!実は先ほどある人物からの依頼を受けて、君達の助太刀に参った!」

「……はい?」


 念のため、街に入る前に顔に布を巻きつけておいてよかった。フロリアと遭遇してしまったことは想定外だったが、素顔は誰にも見られていないのでまだ誤魔化しがきく。


「このアステリオンが来たからにはもう安心だ!帝国軍は、この私が倒してやる!さあ、君達は早く安全な所へ!」

「な、何を仰っているのですか?アステ……」

「我が名は、アステリオンである!今日はこれだけでも憶えて帰ってね!!むむ!?あっちで誰かが助けを求めている声が聞こえるぞ!それでは、さらば!」


 アステルはそう言うと大きく飛び上がり、その場を去った。


「ああ!お待ちを!」


 フロリアが引き留めようとと声を掛けるが、彼は既に遠くまで行ってしまっていた。


「……将軍、一先ず今は移動を。色々考えるのは後に」


 副官が耳打ちする。確かに、すぐさま指揮所に行って次の指示を出さなければならない。だが、勇者アステルが加勢してくれるのなら、もう勝負は殆ど決まったようなものだ。それよりも重要なのは、この戦いの後、どうやってアステルを逃がさないかだ。

 フロリアには、アステルの狙いが何となく分かっていた。顔を隠しているのは、自身の介入を決定しないためだ。この戦闘を終わらせたら、さっさと姿を消すつもりだろう。仮に自分一人が彼を勇者だと言い張っても、信憑性は薄い。仲間達は信じてくれるかもしれないが、それだけでは意味がないのだ。

 重要なのは、仲間以外の人間達にレジスタンス側に勇者が着いたと信じてもらうこと。そうなれば、レグルナ党の行いが間違いだったということになり、こちら側に正当性が生まれる。レグルナ党を始め帝国に対し不信感が生まれ、こちらに味方する者が増える。そうなれば、情勢は一気にこちら側へ傾くのだ。

 彼は人間同士の揉め事に巻き込まれるのが嫌だと言っていた。そんな彼が救援に来てくれたのは、スゲルソンが何かを仕組んだからだ。

 そのチャンスを逃がすわけにはいかない。今度こそ絶対に彼を手放してはならない。


「……そうだな、すぐ指揮所に向かおう。4から7番までの隊長に合図だ。彼らをすぐに下がらせろ。……次の指示を出す」


 一方アステルは、屋根の上を飛び回っていた。次に向かうべきは、レジスタンス側で一番押されてる場所。

 上空高くまで一気にジャンプし、戦場全体を俯瞰する。

 街は既に半壊状態で、あちこちから煙が上がっていた。


「こりゃひでえな。人間同士でこんなことしやがって……」


 ポツリと呟く。

 人類の歴史において、戦争の相手は魔王や魔族だけではなかった。魔王が封印されたりしてその力が弱まっている間は、決まって人間同士で争っていた。

 土地、食料、金銭、権力……。魔王討伐までは意図的に目を逸らしていた部分を、今目の当たりにし、溜め息すら出ない。


「ん……おぉ……?ここは……?」

「よお、起きたか。見ての通り、ここは戦場だよ」


 気を失っていた魔王が、今になって眼を覚ました。

 眼下に広がる光景を見下ろすが、まだ頭がボーっとしているようだ。


「戦場……?なんでこんなところおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉおぉ!!!?」


 突然急降下が始まり、風圧を受けて顔の皮膚が捲り上がる。

 そのおかげか、頭の方もようやく目覚めたようだ。


「おい勇者!貴様これはどういうことだ!?今すぐ説明しろ!」

「知り合いに頼まれてな。レジスタンスに加勢することになったんだ」

「な、何故それに我を連れて来た!!?今の我は戦力にならんだろう!?」

「お前から目を離した隙に逃げられたらたまらんからな。口閉じろよ、舌噛むぞ」


 アステルは潰走しているレジスタンスの部隊と、彼らを追撃する帝国軍との間に着陸した。

 レジスタンス側着地したことになど気付かず一目散に逃げていく。だが、目の前に立ち塞がられた帝国軍の方は面喰らった。


「な、なんだ……!?」

「謎の戦士アステリオン、見参!君達、今すぐ回れ右して家に帰るんだ!」


 一瞬の沈黙の後、帝国兵たちが一斉に銃を構える。が、引き金を引くよりも早くアステルが動いていた。


「……え?」


 地面に残った兵士は何が起こったのかわからず、ただ呆然とするしかなかった。

 目の前の不審な男が一瞬で消えたと思ったら、銃口が砕けて仲間達が消えたのだ。そして、一拍置いて仲間達が落下してきた。それでようやく、仲間達が宙を舞ったのだと気付いた。

 アステルは一瞬にして銃を全て破壊し、部隊の8割を戦闘不能にした。


「そんだけ残ってりゃ、全員運べるだろ。運が悪かったと思って帰りな!」


 消えたはずの男の声が後ろからした。急いで振り返るも、既に男はそこには居なかった。

 ただ、そこに今さっきまでらしい気配だけが残っていた。


「ば、化け物……!!」


 残った兵士たちは互いに顔を見合わせ、一目散に逃げだす。

 その様は奇しくも、さっきまで自分達が追い立てていたレジスタンスそっくりであった。

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