エピソード2 第八話

 ホークランという街は、帝都から離れた僻地にあり、総人口も700人に満たない小さな田舎の街である。

 特産品と呼べるものは近くの河で採れる魚ぐらい。見所などほとんどない寂れた街だ。

 だがこの街にも一つだけ、誇れるものがあった。それは、先王の妃の出生の地であるということである。

 故にこの街はかつての王家に強い忠誠心を示しており、裕福とは言えないながらも毎年献上品を貢いでいた。王家はその忠誠心を称え、毎年返礼の手紙を送り返していた。

 田舎故に都市部で起こっている情報が断片的にしか入ってこなかった。それに加え、元々セロギネス王家のシンパが多かったこともあり、クーデター後も親王国派であった。

 街の代表はレジスタンスを取りまとめているのがフロリアだと知り、秘密裏に接触して彼らを匿うことを約束した。

 そして今ではこの街がレジスタンスの最大にして唯一の拠点となっている。

 そしてこの街は今現在、戦場と化していた。


「バリケードを固めろ!負傷者した者はすぐに自力で下がれ!」


 街の中心部、指揮所と化した講堂の中で、フロリアが声を張り上げる。

 帝国軍との戦闘が始まって30分、想定していた防衛ラインはとっくに超えられていた。

 街の半分は既に瓦礫と化し、こちら側の死傷者は増える一方だ。

 当然だ。兵の数も質も、圧倒的にこちらが劣っている。地の利は一応こちらにあるとはいえ、それだけでどうにかなる状況ではない。

 はっきり言うなら、戦ったこと自体が間違いだった。レジスタンスの主要メンバーも、ホークランの権力者達も、全員が退散すべきだと言ってくれた。

 そして、今も。


「将軍、もう限界です。せめてあなただけでもお逃げください」

「ならん。兵達を残して戦場を後にするなど、セロギネスの名に泥を塗る行いだ」


 隣の副官の提案を、即却下する。

 気が弱く引っ込み思案なだが、心優しく気配りがよくできる、よくできた女性だ。その彼女が勇気を振り絞ってしてくれた提案を無碍にすることに、心が痛む。

 許されるのなら、彼女にこそ逃げて欲しい。だが、今それを口にすることはできない。

 この戦いは、最大の賭けだ。この賭けの勝利の目撃者は、一人でも多くなければならない。


『セロギネス様、実は一つ、ワタクシ共の方からお話しがありまして───』


 隠れ家の明け方、アステルから別行動で自分を逃がすという伝言を聞き、どうすべきか考えていると、スゲルソンが提案をしてきた。


『セロギネス様は、勇者様が帝国の手に落ちる可能性を危惧しておられますね?』

『────そうだな、もちろんその可能性も考えている』

『ではワタクシ共があのお方の行動を保証しましょう。そして必ずや、勇者様を貴方方レジスタンスの味方にして差し上げます』

『何?それは本当か?』

『ええ、もちろんですとも。ワタクシ、出来ないことは申し上げません。ただし、それにはいくつかの取引が必要になります』


 そうして言われたのが、今後レジスタンスの物資の購入に「明けの烏商会」を一枚噛ませて欲しいということ。こちらはすぐに承諾した。

 レジスタンスは常に物資が不足しているし、取引相手も少ない。スゲルソンは胡散臭いが、彼らとの取引にアステルまでついてくるならこちらに得しかない。

 だが、問題は次の方だった。


『我々は貴方がたレジスタンスの情報を、帝国政府に売りつけます』

『……何だと?貴様、ふざけているのか?』


 スゲルソンは大仰に慄いたようなふりをして、話しを続けた。


『おお、そんなに怖い顔をしないでください。ワタクシ共は帝国のお膝元で商売をしている身。レグルナ党に睨まれればすぐに信頼を失ってしまいます。そうなれば、商売どころではありません』

『レグルナ党からの信頼を損なわないために、我らの情報を売ると?話にならん。却下だ』

『まあまあそう言わず、お話しだけでも聞いてください。確かに貴方がたの情報は売りますが、嘘を混ぜることだってできます。貴方が決定的に隠したい情報や、逆にこう信じてくれたら助かるなあ、といったことを、ワタクシならば彼らに吹き込むことができるのですよ?』

『そもそもお前と取引しなければリスクを背負う必要はないだろう』

『あーごもっともでございます!ですが、レジスタンスの現状敗戦続きで厳しいと伺っております。ここいらで一つ、大きな転換点が欲しいのでは?勇者様を味方に引き入れつつ、レジスタンスが大勝を納めることが出来る。そんな考えがあるのですが、聞かれますか?』

『……』


 そして、私はスゲルソンの提案を受け入れた。

 仲間たちの命と、レジスタンスの最終的な勝利、その二つを天秤にかけて、後者を取ったのだ。

 もう後戻りはできない。賭けに負けたのならその時点で地獄に落ちる覚悟はできていた。


「ほ、報告します!第三次防衛ラインを突破されました!敵はすぐそこまで迫っています!」

「……指揮所を退げる。防衛ラインは6-15まで下がれ。総員、撤収開始だ!」


 急いで指揮所を引き上げる。

 外に出ると、帝国軍の放った砲弾が近くの建物に直撃した。轟音と共に破片が辺りに散らばる。


「全員無事か!怪我した者はすぐに手を上げろ!」


 幸運なことにも今の一発で負傷者は一人も出なかった。

 急いでその場を後にし、次の指揮所に向かう。


(まだか……!まだか、スゲルソン……!)


 奴の話が本当なら、アステルはとっくに到着してる頃だ。だが、未だに彼が来た様子はない。

 やはり、あの男を信用したのが間違いだったか。初めから、自分達に勝ち目など無かったのではないか。諦観が頭を過る。


「将軍!!」

「─────え?」


 横合いの小道から、こちらを狙う銃口が見えた。

 余計なことを考えてしまったからか、気付くのが遅くなった。今更気付いたところで手遅れだ。

 全ての動きがゆっくり見える。思考だけが高速で回転するも、肉体が着いてこない。


(アステル様……)


 復讐を果せなかった。同志たちの命を無駄にした。心残りは山ほどある。

 だが、頭に浮かんだ顔は、たった一つの憧れ……


 ズドンと、大きな音がした。

 だが、銃声ではない。銃口からは何も発射されていない。

 銃と自分の間に、何者かが降り立ったのだ。

 顔は布で覆い隠されていて、わからない。だが、その小脇に抱えられている獣人コボルドには見覚えがあった。

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