エピソード2 第六話

 小屋に戻ると、ボズとボブが心配そうにしながら待っていた。

 今のボコを彼らに会わせるにはいかないため、ボコは怪我をしたので絶対安静にしなければならないと嘘を吐き、帰らせた。

 二人のしょんぼりとした後姿に心が痛む。

 だが、魔王は弱体化したとはいえその権能が働いていないかどうかは分からない。

 魔王の権能の一つ、魔族の凶暴化。彼らだって立派な魔族なので、その権能が生きていれば凶暴化してしまうだろう。

 非常に申し訳ないが、しばらくはあまり近寄らせないようにしなければ。


「ふむ、こうしてみると本当に狭い小屋だな。おまけに妙に臭い」


 魔王は小屋の中に入るなり鼻をひくつかせてそう言った。


「我を討った末に得た報酬がこれとはな。全く呆れて言葉も出ん」

「うるせえな。俺は平民の出だからこれぐらいが一番落ち着くんだよ。あと臭いのはボコの鼻が利きすぎるからだ。そんなに臭くねえ」

「ふん、まあ致し方なしか。魔王城の天蓋付きのベッドが懐かしいわい」

「……お前、ベッドで寝たりしてたのか」

「当たり前だろう。逆にどこで寝てたの思うておったのだ?」

「椅子に座ったままだと思ってた」

「首と腰が痛むだろう、それ」


 そして、魔王と俺の共同生活が始まった。

 万が一にもボズ達に魔王を見られるわけにはいかない為、奴には家から出ないよう強く言い、目の届く場所で畑仕事をした。ボズ達がちょくちょくお見舞いに来てくれたが、会わせることができないのが心苦しい。

 魔王は食事の味付けに一々文句をつけてきたり、イビキがうるさいと文句を言ってきたりした。だが意外なことに、夜寝てる間に襲ってくるような素振そぶりは見せなかった。

 久し振りに感じる土いじりと、穏やかな生活。だがその間も、頭の片隅には常に黒いもやのようなものがかかっていた。

 フロリアと、アイナたちのことだ。

 自分が首を突っ込んで、そのまま放置している問題。結局答えを出せないまま、5日が過ぎようとしていた。

 あれから勇者会議は一度も開いていない。魔王の件で二代目を始めあれこれ言われるのは目に見えてるが、本題はそこじゃない。自分がどうすべきか、未だに答えを出せずただ時間だけが過ぎていく。

 結局自分はどうしたいのだろうか?アイナを止めたい?フロリアを助けたい?だが、どうすればいい?

 レジスタンに協力して彼らを勝利に導けば、一応その二つは達成されるだろう。だが、その後に待っているのは恐らく、アイナの死だ。それは、嫌だ。

 アイナのやり方は過激だ。レジスタンス側が勝利すれば、今までやってきたことの報いを受けるだろう。少なくとも、今のフロリアは同じ仕打ちを与えかねない。

 自分にそれを止める権利なんてどこにもないが、それでも、その結末だけは起こしちゃいけないような気がしていた。

 それに、


『君のためだよ。アステル』『全て、君のためなんだ』


 アイナが言ったこの言葉の意味、自分はまだそれを理解していない。

 彼女が本当に自分の為にクーデターを起こし、弾圧を行っているのなら、その意味を理解しなくてはならない。

 だが、フロリアの話の限りだとレジスタンスはかなり劣勢で、今にも壊滅寸前らしい。自分がその意味を理解するまでに、フロリア達が処刑されるのも、どうにかして止めなくてはならない。

 そんなことをぐるぐると一人で考えながら、結局一日が過ぎていくのだった。


 そして6日が経った日の朝、それはやってきた。


「おい、勇者!我の方にニンジンを多く盛り、肉を少なく見せてるな?狡い真似をするでない!」

「気のせいだろ。お前の身体は玉ねぎを食えねえんだから、代わりにニンジンを多めにしてんだ。肉は少なくねえよ」

「いいや、少ない!貴様のを寄こせ!」


 そんな言い合いをしながら朝食を摂っていると突然、ドアがノックされた。

 そのノックの音の位置が、明らかに高い。ボズ達獣人コボルドではないことは確かだ。

 食卓に緊張が走る。魔王に目で合図すると、奴は何も言わずベッドの陰に身を隠した。

 ドアの側に寄り、声色をなるべく変えて話しかける。


「はーい、どちら様でしょうか?」


 するとドアの向こうから、低い男の声が聞こえた。


「……明けの烏商会の者です。アステル様に御用があって参りました」

「スゲルソンからの使いだと……?」


 アステルはそっとドアを開ける。するとそこには、見上げるほどの大男が佇んでいた。

 帝都で警備兵から逃げ回ってる時に手助けしてきたあの男だ。確かスゲルソンが、彼のことをポスカと呼んでいた記憶がある


「ああ、アンタか。まあ入れよ」

「失礼します」


 彼は頭を下げて小屋に入ってきた。小屋が小さいのか、それとも彼が大きすぎるのか、少しでも背伸びをしたら天井に頭をぶつけそうだ。

 食卓の上の朝食を片付けて席を勧める。

 魔王にはまだ隠れたままでいてもらうよう目線で合図を送った。すると奴はいかにも不服そうにしながら、ベッドの下に潜り込んで行った。


「それにしても、よくここがわかったな?王国が血眼になっても見つからなかったんだが」

「帝国軍の部隊を撃退したでしょう。それも一方的に」

「……ああ、なるほど」


 この間ボコを撃った連中が、俺の存在を報告したのか。その情報をどこかから仕入れて、この場所を割り出したらしい。


「それで、一体何の用だ?この間の借りの事か?だが残念ながら俺は金なんてものは持ってなくてな……」

「ええ、その件で参りました」

「……何?」

「この間の借りを、返していただきに参りました」


 ポスカは座ったままこちらを見下ろしながら、無感情な声で言う。


「アステル様、あなたにレジスタンスの救援を依頼したい」

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