勇者会議 その②前編

 巨大な円卓以外何もない真っ白な空間、「会議場」。

 基本的に自分が議題を発表するまでは勇者達の魂は姿を現さない。しかし、今回は議題をまだ発表していないのに、既に席に着いている者がいた。

 褐色の肌に先の尖った耳、黄金色に輝く瞳孔、少年と呼ぶのが相応しい背丈と容姿。

 不機嫌そうに頬杖を突いているその少年は、二代目勇者であった。


「や、やあ、二代目。まだ議題も発表してないのに出てきてるなんてどうしたんだ?」


 二代目はこちらを睨み、苛立ったような声で話す。


「どうしただと?態々わざわざ全部言わなくちゃ理解できないのか?相変わらずおめでたい頭をしてるな、アステル」


 開口一番で罵倒が飛んでくる。アステルはこの少年のことが昔から苦手であった。


「はは……、久しぶりに話すのに容赦ないな」

「お前にとって久しぶりでも、俺達はずっとお前の事を見てるんだ。そりゃもう見飽きる程にな。ところで話を逸らしたつもりかもしれんが、そんな下らん手に引っ掛かるのは頭の悪い獣人コボルドぐらいだ。何で俺がここに居るのか、お前では理解できないという話だったな?いいだろう、教えてやる。会議をわざわざ開くまでも無いことを、お前が聞こうとしているからだ」


 反論を一切許さない流れるような罵倒が叩きつけられる。

 この半人半魔の少年は会議に滅多に顔を出さないくせに、出てくるとたいてい面倒なことになる。今回に至っては議題を発表する前から居た。今回の会議は話が拗れそうだ。


「開くまでも無いって、俺はまだ何も言ってねえよ」

「ふん、あの魔王の残骸の処置について、俺達に聞きに来たんだろう?答えは最初から決まってる。さっさと殺せ、だ」

「それもあるけど、他にもいろいろあるんだ。それらを全部ひっくるめてあんた達の知恵を借りたいんだ」

「あの小娘共のことか?それこそくだらんな。自分でどうにかしろ」


 アステルは二代目の言うことを無視し、自分の席に着く。


「はい、というわけで今回の議題は……『今後の方針について』」


 二代目は舌打ちをし、そっぽを向いた。

 円卓の席に、影が浮かび上がってくる。


 初代勇者―欠席

 二代目勇者―出席

 三代目勇者―出席

 四代目勇者―出席

 五代目勇者―欠席

 六代目勇者―欠席

 七代目勇者―出席

 八代目勇者―出席


 影の形はやがて鮮明になり、かつての勇者達がその姿を現した。

 前回いた六代目の姿はない。二代目がいると分かり、会議が荒れるのを察知したようだ。実に賢い。

 三代目はその姿を現すと同時に、二代目に飛び付いた。


「や~ん師匠~~~!!会いたかったぁ~~~~~~~!!!」

「放せ、このバカ!鬱陶うっとうしい!」


 二代目は三代目の生前からの師匠で、会議メンバーの中では三代目が唯一彼に懐いている。

 どれだけ彼に罵倒されようが一切響かないそのメンタルが、正直羨ましいと思うこともある。

 まあ、会議を引っ掻き回す二代目と、会議であまり役に立たない三代目が乳繰り合っててくれるならそれに越したことはない。

 それよりも、前回出てきていなかった七代目が今回は来てくれたことがありがたかった。


「七代目、よく出てきてくれたな」

「うむ、まあワシもいつまでも凹んでられんしのう」


 老人のような言葉遣いをするが、その見た目は若い。勇者の魂として会議場に顕現する際、その容姿は肉体の全盛期のもので再現されるという。七代目はそれなりに長生きしたので精神面では老人のままであり、口調と容姿のずれが顕著だ。


「ご子孫のことは残念でした。心中お察しします」


 四代目が目を伏せながら気遣いの言葉を発する。八代目も彼と同じように目を伏せ、手を組んだ。自分もそれに倣う。

 三代目もさすがに場の空気を察して、二代目にじゃれつくのをやめた。

 二代目はバツの悪そうにソッポを向いた。


「ああそんな気を遣わんでもらって構わんよ。これも王族の定めのようなものじゃろうて」


 七代目は勇者として魔王を封印した後、当時の王女と結婚し王族となった。セロギネス王家は彼の血筋に当たる。もちろんフロリアもだ。

 自分の子孫が処刑されたと聞けば、ショックを受けていない筈はない。

 だが、素朴な青年の顔をした老人は、穏やかに笑っていた。


「そんなことよりも、じゃ。さっさと会議を始めんか。わざわざワシのような老いぼれを慰めるために開いたわけではなかろうて」

「……そうだな。それじゃまずは、ここまでの経緯についてまとめるぞ」


 そう言ってアステルは前回の会議の後からあったことを掻い摘んで話した。

 アイナに会いに行ったこと、そこで彼女が行動を起こした理由を聞いたこと、君のためだと言われたこと、理解出来なくて決裂したこと、箱庭の守護者ガーデンガードと闘ったこと、フロリアはスゲルソンに任せたこと、そして、スライムと化した魔王のこと。

 一応全員知ってはいるはずだが、情報の認識を揃えるために話した。

 一通り話し終えると、まず二代目が真っ先に口を開いた。


「だから、なんでさっさと魔王を殺さんのだ!お前は阿呆なのか?この15年で、その判断すらできんほど鈍ったのか?」


 二代目の声からは隠せない苛立ちが漏れている。魔王を殺さずに会議を開いたことがよほど気に食わないらしい。

 尤も、彼の気持も理解できる。彼は父親が人間、母親が魔族の混血ハーフだ。父親は彼が幼い頃に母親と彼を捨て、どこかへ消えたらしい。それゆえに彼は非常に重篤な人間嫌いである。だが、それ以上に魔族嫌いであった。

 彼は混血という理由で迫害を受けただけでなく、魔王の手によって母親の命を奪われたのだ。

 そのため、魔王を始めとする魔族全体に激しい憎悪を抱いている。

 だから、こんなに気が立っているのだろう。


「いや、そう言われてもな……」

「僕はアステル君の判断は間違っていないと思うよ」


 口を挟んだのは八代目だ。


「……理由を言え、八代目」

「君達も知っての通り、魔王は不滅の存在だ。現状で彼を殺す手段は、恐らく無い。何度肉体を消滅させようと、力を蓄えればやがて復活する。今殺しても大きな意味は無い」

「今のうちに潰しておけば、奴の復活はまた遅れるだろう」

「それでは勿体もったいないよ、二代目。アステル君が魔王を捕まえることが出来たのは、僥倖ぎょうこうだ。彼は手元で管理しておくべきだ」

「何だと?」

「僕たちの時は、魔王の復活は大体100年~200年前後だった。その時の魔王は今回のような完全撃破ではなく、封印や撃退が精々だったね。でも今回は初めての完全撃破だ。魔王の復活にどれほど時間が掛かるかわからない。300年か、あるいはもっとか。少なくとも僕らの時よりはかかることは間違いない」

「まどろっこしいなあ。つまり何が言いてえんだ?」


 三代目が欠伸をしながら要約だけを求めた。こいつは二代目に会いに来ただけのくせに偉そうに円卓に足を乗せている。


「つまりだ、ここ15年で蓄えた力を今失ったところで、次の復活までの時間を考えれば誤差に過ぎないってことさ。彼にとって重要なのはやがて復活することで、その早さは重要じゃない」

「なるほど、つまりあの状態の魔王はまだ殺さず、確実に封印、あるいは消滅させる方法を研究する、ということですか」


 四代目は眼鏡のブリッジを押し上げると、納得したように頷いた。

 だが、八代目は首を振る。


「ううん、それもいいけど、もっと簡単で確実な方法があるんだ」

「なんと……それは一体?」

「保管した魔王を、毎日少しずつ削るんだ。死に過ぎないよう、かつ力を付け過ぎないようにね。そうすれば、あの魔王は未来永劫粘獣スライムの姿のままだ」


 八代目は涼しい顔をして言い放った。

 あまりのえげつない発想に、他の勇者達が若干引いている中で、二代目だけが手を叩いて絶賛する。


「なるほど、そりゃいいな!よしそうしよう!これから毎日あの魔王の体を少しずつ削いで、永遠に責め苦を味合わせよう!」

「永遠って……九代目も人間ですよ。どんな形であれ、いずれ死にます。そうなれば魔王はいずれ復活しますよ」

「そこはほら、子供、孫と、受け継いでいこうよ」

「この髭もじゃに子供ぉ?無理無理!それは無いって!」


 三代目に笑われるのは腹立たしいが、事実だからしょうがない。自分は子供を作る気は無いし、仮にできたとしても、そのような残忍なことを自分の子供に受け継がせるのは勘弁だ。

 八代目は少々人間味の薄い所があるから、こういう発想がよく飛び出してくる。


「九代目、アナタはどういうつもりであれを殺すのを保留にしたのか、聞かせてもらえますか?」


 四代目から急にパスが飛んできた。

 実は自分の頭で考えるのが面倒になったから、意見を聞きに来たのだが、そんなことを言えばまた二代目の罵倒の嵐が吹き荒れるに違いない。

 嘘でもいいから適当な理由をつけなければ。


「あー……四代目とおんなじだ。どうせ今殺しても意味ないって思ってな」

「フンッ!どうせ何も考えていなかったのだろう」


 二代目の悪態は無視する。何も考えていなかったのは紛れも無い事実だ。


「わかりました。取り敢えず魔王は殺さず手元で保管し、その不死の秘密を研究するということで。何か異論のある者は?……いませんね。では九代目、くれぐれも管理には気を付けてくださいね」


 四代目が取りまとめる。

 異を唱える者はいなかった。二代目は不服そうだが、わざわざここから場を乱すような愚行を冒す奴ではない。

 ホッと息を吐く。これでようやく、に進むことが出来る。


「……で、だ。魔王のことはこれでいいとして、九代目。もう一つ重要な件があるのだろう?」


 魔王の話の時はずっと黙っていた七代目が、待ちかねたとばかりに口を開いた。

 その優しげな眼に、老獪な光が宿る。


「フロリアと、そして帝国について、じゃ」

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