エピソード2 第一話

「───どうだ?これで我が魔王だと信じたか?」


 瓶の中でスライムが語り終える。その尊大な語り口に見合わない小さな体を精一杯大きく見せようと伸び上がるが、どうあがいても瓶の中に閉じ込められたスライム以上の存在には見えない。


「……その魔王がなんでこんな姿になってるんだ?」


 アステルは瓶を小突きながら尋ねた。その表情は実に気怠げで、不機嫌そのものであった。

 それもそのはず。さっきまで帝都でぶん殴られたり追いかけっこをしたりで疲れ切っているのに、帰ってきたら食料庫が空になっていて、しかも空にした犯人のスライムが自分は魔王だなんて語りだしたのだから。

 正直瓶ごと土に埋めて見なかったことにしたいのだが、そうもいかない。

 先ほどこのスライムの語ったことは、確かに魔王じゃないと知りえない情報であった。

 確かに自分は、行方をくらませるために周りに黙って魔王城に乗り込み、そして一人で魔王を討った。魔王との決戦も、このスライムの言った通りのものだし、最期の台詞も間違っていない。

 しかし、俄かには信じがたい事実だ。世界を恐怖に陥れたあの魔王が、今は小瓶すら割れないスライムになってしまっている。


「フフフフ、驚いているな?確かに殺したはずの魔王が、なぜこうして生き永らえていたのか、と。それはだな……」

「お前が不死身なのは知ってるよ。俺が聞きたいのはなんでそんな姿になってるかってところだ」


 魔王は不死身の存在。封印しようが殺そうが、やがて力を取り戻し復活する。

 歴代の勇者達が命がけで探り、導き出した結論がそれだった。勇者会議でその情報を得ていたため、魔王が生存していた事実にはさして驚きはない。

 だが、魔王は勇者会議の存在など知るはずもない。そのため、秘匿していたはずの自身の秘密をあっさりと喋られ、面を喰らったようだ。


「そ、そうか、驚かんか……。我とて好き好んでこのような姿をとっているわけではない。貴様の言う通り、我は不滅の存在。肉体を破壊されようが、時間が経てば力が戻り復活する。貴様に敗れてから15年、これほどの月日があれば、力は十分に蓄えることができた……筈だった」


 アステルはスライムの話を聞きながら、食料庫に何か残ってないかと思いもう一度開けてみた。だが残念なことに、何度見ても中は空だ。

 仕方ないので瓶を持って畑に向かう。まだ小ぶりだが、何とか食べられる野菜があったはずだ。

 スライムは気にせず喋り続ける。


「だが、どれほど待とうと一向に力が戻らん。我の計算なら今頃は獣の姿にはなっているはずなのだ!だが未だ、このようなみすぼらしい姿のまま……。猫に追われ、犬から隠れ、地べたを這いずり回る日々……何と惨めなことか!」

「ハッ、ざまあねえな。今まで散々人間をいたぶってきた罰だ」


 畑の土を少し退けて、成長具合を見る。人参と、ネギは何とか食べれそうだ。いくつか掘り起こして小屋へ戻る。


「我はこうなった原因を探るべく、最も人間が集まっている場所へ向かった。詳しくは言えないが……我の力の源は人間と密接に関わるものでな。この大陸で最も人間が集まるところ……帝都へと向かったんだ」

「ほーん」


 魔王は力の源に関してぼかしたが、実はそのも割れている。

 こいつはその所業に反して、人間の正の感情を餌にして力を付ける。長らく魔王の弱点は光や聖なるものだと勘違いされていた。しかし、七代目が魔王の復活周期に人類側の発展や復興具合との相関を見出だし、八代目が闘いの中で真の弱点を暴いたことで、この説が決定的となった。

 そのことを勇者会議で知らされていたため、決戦はあのような形になったのだった。

 こちらがそのことを理解していると魔王が知れば、次から対策されるかもしれない。なので敢えて知らないふり、興味のないふりをする。


「何カ月もかけ、人や獣の目を逃れながら、なんとか帝都に辿り着いた。その地下下水道から地上を見上げた時、目を疑った。地上を埋め尽くすのは、恐怖と熱狂。我の餌となるもののなんと少ないことか。……我は絶望した。魔王という恐怖の象徴を排除しておきながら、その手で魔王と変わらぬ恐怖を作り出す人間共に」


 恐らく、アイナの事だろう。旗を持った人々や広場に集った民衆、そして、弾圧されるレジスタンスや魔法士ウィザード達。確かに、希望というよりは恐怖と熱狂といった雰囲気ではあった。

 だが、ここまで来るとほとんど力の源を言ってるようなものだが、魔王はそれに気付いているのだろうか?

 切った野菜を鍋に入れ、火にかける。その時、話の中で何か聞き覚えのあるワードが出てきたことに気付いた。


「……ん?待てよ、地下下水道って言ったか?」


 スクロールを使って帝都に侵入した時、一瞬悪寒と共に左腕が疼いたような気がした。まさかあれは……


「そう!その地下下水道で、我はもう一つ信じられないものを目にした。目の前の壁が突如光り輝いたこと思うと、人間が飛びだして来たのだ。その人間というのは、誰だったと思う?」


 スライムが生き生きと伸び縮みする様を見て、思わず頭を抱えた。

 なんと運の悪いことだろうか。こいつがあの時あの場に居合わせていたとは。


「貴様だ勇者!我は貴様に復讐をすべく、まだ起動していた魔法陣サークルへと飛び込んだのだ!貴様の大切なものを滅茶苦茶にしてやるためにな!」

「……それで、食料庫を空にしたのか。確かに今の俺には一番効果的だったな」

「ふざけるなよ貴様、なんだこの様は!どことも知れん森の中、木こりが住んでいるような何もない家、おまけに家族もいないと来た!これが我を討った勇者の生活だと!?腹立たしいにもほどがあるわ!もっとこう、酒池肉林の贅沢三昧を繰り広げんか!貴様は英雄にして救世主だろう!?」

「うるせえな、俺はこの生活に満足してたんだよ。大体、地下下水道に俺が現れた時点でまともな生活をしてないことぐらい察せるだろ。力だけじゃなく、知能まで失ったらしいな」

「いや、てっきり愛人との逢瀬の為にあんなとこに出て来たのかと……」

「愛人……?ああ、フロ──彼女はそういうのじゃない。お前の勘違いだ。残念だったな」


 こいつはどうも、フロリアを俺の愛人だと勘違いしていたらしい。そう思い込んでウキウキで魔法陣の中に飛び込んだのだろう。俺の妻にそのことをバラしてやろうなどと考えていたのだろうか?

 だが残念なことに、飛び出た先には妻など存在せず、一人暮らしの木こり小屋だったというわけだ。

 アステルは煮込み上がった野菜を皿に盛りつけ、テーブルに着く。そして自然の恵みに感謝をささげ、野菜を口へと運んだ。

 まだ食べ頃ではないが、それでも十分な甘みが口いっぱいに広がる。その甘みを少量の塩がさらに引き立てる。疲れた体に自然の恵みが染み渡るようだ。

 スライムは何かギャーギャーと喚いていたが、もう何も耳に入らなかった。

 その後、「交渉しよう」とか、「いいことを教えてやる」とか言っている魔王を小瓶ごと食料庫へ仕舞い、ベッドに潜り込む。

 そして、自分の魂をここではないどこかへと飛ばす。

 ひと眠りする前に、勇者会議だ。

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