エピソード2 プロローグ
かつて我は、魔王と呼ばれていた。
我が使命はただ一つ、人界を滅ぼし、世界を魔族の物とすること。
人間の悲鳴は甘美な調べ。人間の血肉は極上の美味。故に人間の街を焼き、人間を殺し、蹂躙し、弄んできた。
人間というのは実に脆弱で愚かな生き物であったため、我が野望は達成の目前まで何度も迫った。
だがその度に邪魔者が現れた。勇者と呼ばれる者達だ。
人間の中から時折現れるそれは、我の想像を超える力を持ち、幾度となく我が眼前に立ち塞がった。
ある時は我を封印し、ある時は我を版図から追い出し、我が野望を打ち砕いてきた。
その度に
我には時間があった。永遠の命と、時間。幾度退けられようとも、時間が全てを解決してくれた。
勇者が死に、再び力が蓄えられたら、また野望を叶えればよい。ここ数千年はずっとそうしてきたし、そう思っていた。奴が、現れるまでは。
今代の勇者は、とにかく情報が無かった。
分かっていたのは平民の出であるということと、あまり魔法を使わないということ。それからアステルという名前。
人類側もどうやら進歩というものをするらしく、勇者の情報は徹底して隠されていた。
そして、今代の勇者とその一行の進軍速度は、我の想像を遥かに超えて速かった。
対策を練る間もなく、我が版図は勇者一行と、その後に続く人類軍によって削り取られ、気が付けば勇者一行は我が居城の直ぐ側まで迫っていた。
我は急いで各地に散っていた幹部たちを呼び戻した。人類軍に版図のほとんどを渡すこととなるが、奴らの勢いは勇者あってのもの。城の守りを固め、勇者さえ殺せば取り戻すのは容易い。そう考えて、強力な幹部たちの波状攻撃を仕掛けるつもりだった。だが、全ては無意味だった。
居城の近くに
仕入れた情報によると、我が居城への侵攻は明日の朝。それまで人間共は酒盛りをし、英気を養っているらしい。勇者も確かに確認したと、斥候は伝えて来た。
我々もそのつもりで、勇者と人間共を迎え撃つための準備をしていた。トラップを仕掛け、武器や道具の手入れをし、あらゆる状況に応じた作戦を考えた。
準備は万端。勇者を迎え撃ち、その後人類軍を滅ぼす。皆やる気は十分だった。
しかし、幹部の一人が血相を変えて報告に来たのが終わりの始まりだった。
「申し上げます!ゆ、勇者が……!勇者が単身でこの城に乗り込んできました!!」
「何だと!?人類軍の動きはどうした!斥候は何をやっていた!」
「それが、人間共はまだ何も動いていないようで、斥候も勇者が仲間達と一緒に寝床に入るのを確かに確認したと……」
「馬鹿な……!?だが、数はこちらが圧倒的に上だ!それに幹部共もいる。狼狽えるようなことではない。むしろ奴一人なら好都合ではないか!」
「へ、陛下、実に申し上げにくいのですが、その幹部達が皆、戦死しました……」
「────────────────は?」
「ゆ、勇者は、我々の知らない魔法ヴぉッ!!!!??」
その瞬間、目の前で報告していた幹部が弾け飛んだ。そして彼の代わりと言わんばかりに、巨大なメイスが突き立っていた。
顔を上げる。玉座の間の扉に、大穴が開いていた。とっさに防御魔法を発動しようとする。だが、遅かった。
蹂躙はとっくに始まっていた。
大剣、ランス、ハンマー、レイピア、ハルバード、刀、斧、槍、フレイル、戦鎌、パイク、ナイフ、クラブ、ポール……ありとあらゆる武器が、超高速で飛んでくる。
防御魔法が間に合わず、最初の大剣が片腕を斬り落とした。続いてランスが足に突き刺さり、避けることも叶わなくなった。ハンマーが、斧が、クラブが、我が骨と肉を次々と砕いていった。後で知ったことだがこの武器は勇者が持ち込んだものではなく、城に乗り込んできてから現地調達したものだったらしい。
我には強力な再生能力があった。魔法を受けることで、その魔力を喰らい血肉に変える術が。だが、この飛来する武器はただの物理攻撃。その再生は発動しない。
ただこの破壊が、早く終わってくれるのを祈ることしか出来なかった。
それはとても戦いと呼べるものではなく、一方的な攻撃であった。
信じられなかった。こんなことは、初めてだった。今までの勇者に、こんなことをする者はいなかった。
我が眼前に、仲間と共に堂々と立ち塞がり、そして死力を尽くして闘う。それが勇者だったはずだ。どんな奴でも、少なくとも一言二言ぐらいは喋らせてくれたぞ。
それがこんな、不意打ちみたいなマネをして、たった一人で、こんな無体な戦法で、我を殺すのか?
生まれて初めて味わう蹂躙されるという体験。我はあの時、情けなくも涙を流していた。
どれほど時間が経っただろうか。
永遠のように感じたが、本当は一瞬だったのかもしれない。武器の在庫が切れたようで、破壊の嵐は収まった。
玉座の間は見る影もなく破壊され尽くし、辺りには武器の破片や残骸が散らばっている。
我が手足はもはや存在せず、体も半分ほどしかない。意識があるのが自分でも不思議なくらいだった。
残った僅かな力で顔を上げる。玉座の間の入り口に、小さな人影が見えた。どうやらあれが勇者らしい。報告よりも、想像よりも、ずっと小さな少年だった。
「き、貴様が、勇者アステル、か……」
僅かな力で、声を絞り出す。
勇者は何も言わず剣を抜き放ち、こちらにゆっくりと歩いてくる。始末するつもりのようだ。
「く、くくく……私を倒したことは褒めてやろう。人界にはつかの間の平穏が
必死に、血の唾を撒き散らしながら呪詛の言葉を吐く。
呪詛と言っても、本当に呪いが込められているわけではない。単なる負け惜しみだ。
「平和になった世界に、お前の様な存在はただ邪魔なだけだ!魔王を……この私を、一人で殺せるような理不尽。向かわせる先のない、絶対的暴力!お前は畏れられ、利用され、迫害さるだろう!そしてお前の愛する者達も!嫌が応にもそこに巻き込まれるのだ!」
勇者の歩みも、視線も、欠片も揺るがない。呪詛はまるで心に響いていないようだ。
それでも、悔しくて、口惜しくて、呪詛を吐くのをやめられない。
「私の出まかせだと思うか?人々はそんなに愚かではないと申すか?だが私はこの目で見て来きた!かつての勇者たちが、私を退けた後どのような目にあってきたのかを!あれから人類はどれほど進歩したか?変わっとらんさ!全くな!お前も、お前の大切な者達も、人類によって絶望を味わうのだ!」
勇者の歩みが止まった。
我の言葉に反応したから、ではない。歩む必要がなくなったから、足を止めたのだ。
我は奴を見上げていた。
迷いなく、剣が振り上がる。
「くはははははは!勇者よ!貴様の往く先に、呪いあれえぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
剣が振り下ろされ、我の意識は途絶えた。
我の体は霧散し、塵となって消えた。
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