勇者会議 その②後編

「魔王の事よりも、俺が今一番相談したいのはそれなんだよ」


 アステルは大きな溜息を吐き、肩を落とす。前回の会議で四代目に判断材料が少ないと言われ、アイナに直接会いに行った。しかし、得られた情報は少ない。

 何故アイナがあのようなことをしているのか、理由を聞いてもさっぱり見当がつかなかった。分かっているのは、アイナは自分の意思で行動をしている。ただそれだけだった。

 二代目は「くっだらねえ」と吐き捨て、頭の後ろで手を組んで明後日の方を向いてしまった。三代目がちょっかいをかけるが、全て無視している。


「アイナに直接会って話したけど、結局何が何やらさっぱりだ。あれは確かにアイナで間違いない。なのに、途中からなんだか別人と話してるみたいな感じだったし、おまけにミニスまでけしかけてくるしよ。会えば何か分かると思ったが、余計に謎が深まっちまった。……四代目、アンタの目にはあいつはどう見えた」

「そうですね……。あの演説の時は、熱狂的な支持を受けるカリスマ、としか思いませんでした。ですが九代目と軽やかに会話する彼女は、まるで別人でしたね。あの仮面と服装がそぐわない、普通の女性だと思いましたよ。……彼女の様子が変わったのは、九代目に軍門に下るよう説得した時からでしたね」

「ああ、『私と共に来ないか』。そう口にした瞬間から、アイツはまるで別人のようだった」

「ふむ……ではそれまでは、貴方のよく知るアイナ嬢だった、ということですね?」

「ん?ああ、そうだが」

「なるほど……ならば……」


 四代目は口に手を当て、何か深く考え込む。その眉間の皺が、より一層深くなった。

 その時、ふとある可能性に思い当たった。何故今まで考えなかったのかわからないぐらい、順当な可能性に。


「……なあ、アイツ、誰かに操られてるんじゃないか?あの仮面とかさ、いかにも怪しいじゃん」


 そう考えればしっくりくる気がした。

 ただの村娘だったアイナが、いきなり政治組織の首魁になったのも、クーデターを起こしたのも、その裏に誰か黒幕がいて、操っていると考えれば納得がいく。

 人を操る魔法は、かなり高度なものだったと記憶しているが、存在しないわけではない。ならば、可能性としては十分にあり得る。

 何より、アイナが操られているのならば、自分のがはっきりする。そう思えた。

 だが、四代目はその可能性をすぐさま否定した。


「……いえ、その可能性は低いでしょう」

「何でだ?そう考えれば辻褄が合う。アイナは矢面やおもてに立たされているだけで、アイツを魔法で操っている黒幕がいるんだ。皇帝になったガーランドか、あるいは別の誰かか。魔導研究局を潰したり、魔法士ウィザードを迫害してるのも、そのことに気付かせないためだ。そう考えれば、色々合点がいくだろう?」

「確かに、その可能性も無いことはないでしょう。ならば、何故アイナ嬢を使う必要があるのですか?彼女の出自はただの平民でしょう。傀儡にするならば他にもっといい役が大勢いたはずです」

「へ、平民なら王都市民の賛同を得やすかったからとか?」

「それならば王都に住んでいる不特定多数の誰かで問題ない筈です。黒幕がいるとして、わざわざ彼女を選んだわけは?」

「……俺に対する牽制?いざとなれば、人質にとって俺を脅すため……?」

「その線も薄いでしょう。貴方と彼女の関係を知っている者が、そう多くいるとは思えません。まあ、彼女が吹聴していれば話は別ですが……。しかし、それなら貴方との関係を、演説などの際にもっと強調しているはずです。自分は勇者の古くからの友人だと。ですがフロリア嬢の話にもそのようなことは出て来ませんでした。ならば彼女は、貴方との関係を大っぴらにしていないと考えられます。それに……黒幕がいるとしても、わざわざ貴方を敵に回すような真似は愚行としか言えません」

「な、何故?自分で言うのも何だが、人質を使って俺を引き込めるならそれに越したことはないだろ」

「九代目、それで一時黒幕に膝を屈したとして、最終的にどうしますか?」

「……まあ、ぶっ飛ばすな。死なない程度に」

「そうでしょう。それにお忘れのようですが、貴方は一人で魔王城に突入し、そのことごとくを滅ぼした、戦略的存在です。そんな貴方の不興を買えば最終的にどうなるか、馬鹿でも考えがつきますよ」

「ぐ、うう……」


 ぐうの音も出ない完璧な正論だ。そこへさらに八代目が追い打ちをかける。


「そうだね、四代目の言う通りだ。彼女は魔法で操られているわけでも、何かに取り憑かれてるわけでもないと思うよ」

「八代目まで……」

「だって、彼女の魔力の色は正常だったからね」

「……」


 そうだった、こいつは人の魔力の色が見えるんだった。

 だったら四代目の説明ほとんどいらなかっただろ。


「……最初にそれを言っていただければ、すぐに終わったんですけどね」


 四代目が大きな溜息を吐く。

 アイナが操られていないことは分かった。だが、それで何か進展したわけではない。振り出しに戻っただけだ。


「……じゃあ、なんでアイツはあんなことやってるんだ?」


 結局、アイナが何故あんなことになっているのかがわからない。操られていないなら、どうして?

 すると、七代目がここに来て口を開いた。


「九代目、あの娘はお主に理由を問われた際、『君のため』と言っておったな。あれは何か心当たりがあるのか?」

「いや、さっぱりだ。何であのタイミングで俺が出て来たのか、こっちがききたい」

「ふーむ、なるほどのう……。まあ、その件は深堀しても今は分からんじゃろう。それよりも重要なのは、あの娘が確かに自分の意思で行動している、ということじゃ」

「い、いやでも……!」

「まるで別人のようだった。そう言いたいのか?じゃが先程、操られている可能性は無いと分かったではないか。それに……自分でやったと認めたのは、お主を誘う前、別人だと感じるその前じゃ」

「あ……」

「つまり、あの娘は間違いなく、己の意思で行動を起こした。それは紛れも無い事実じゃ」

「……」


『そうだよ』『王家も、元老院も、魔導研究局も、全部私が潰した』

 あの時のアイナの顔が脳裏に浮かぶ。まるで雑草を刈ったことを報告するかのようにそう言った彼女は、間違いなく俺の知るアイナだった。


「九代目、貴方が別人のように感じた彼女は、恐らく外向き用の顔でしょう。政治に携わる者は、時に己の顔も、信念も変えることが出来るのです。それは本当に、別人のように変わるのですよ。彼女が生き馬の目を抜く政界で戦うため手にした能力なのでしょう」

「……そうか」


 アイナが、自分の意思で。

 未だに信じられないことだが、どうやら認めるしかないらしい。

 あの泣き虫だったアイナが、フロリアの家族を処刑した。その事実が頭の中で跳ね回り、酷く痛む。平衡感覚が崩れそうになる。だが、もとより上下の無いこの空間で倒れることなどできない。

 そして話題は容赦なく、へと突入する。


「それで、九代目。貴方はこれからどうするのです?」


 避けられぬ問題を突きつけられる。俺は、どうすべきなんだ?

 黒幕がいるのなら、そいつをぶっ飛ばせば済む話だ。だが、その黒幕は恐らくいない。強いて言うなら、アイナ自身が黒幕だ。

 だが、だからと言って何をすればいいのだ?


「ほっほ、そんなの決まっておろう?」


 アステルの代わりに、何故か七代目が応える。


「九代目はレジスタンスに協力し、帝国と闘う。これしかあるまい」

「え……?」


 七代目は素朴な好青年の顔に、笑顔を浮かべた。何故だかその顔が、皺だらけの老人のように見えた。


「フロリアの家族が処刑されたのは、まあ彼奴らが下手を打ったのもあるが、お主が姿を消したことも大きい。ならば責任をとって、フロリアの力になってやるべきではないかの?」

「せ、責任って……」

「それにお主、本当は覚えておるのであろう?結婚の約束のことを」

「うっ、それは……」

「フロリアの方は律儀に操を立てておるようじゃが、それを無碍にするのは、いくら何でものう?」

「七代目、そこまでですよ。我々はあくまで過去の亡霊、助言は与えてもその行動を縛るのはいただけません」


 四代目が割って入る。

 七代目は自分の子孫にどうしても肩入れして欲しいようだ。だが、正直レジスタンスの方にも手を貸したくない。アイナとの衝突はもう避けられないだろうが、それでも、どちらか一方だけに手を貸すような真似はしたくなかった。


「それで九代目、貴方は……」

「……わからねえよ」


 ポツリと、言葉が漏れる。


「どうしたいかなんて、わかんねえよ。俺はただ、全てが丸く納まって、後腐れなく静かに暮らしたいだけなんだ」

「……もうそんなこと言っている場合ではありませんよ。貴方の存在はレジスタンス、帝国、双方にバレました。遅かれ早かれ、貴方は戦いに巻き込まれます」

「そんなことは分かってる!でも、どちらか一方にだけ手を貸すのは嫌なんだ。俺は、フロリアのことも、アイナのことも知っている。俺がどちらかに手を貸して、それで戦いが終わったとしても、もう一方のことがずっと心に残り続ける。それじゃあダメなんだよ!俺は、後腐れなくゆっくり過ごしたいんだ!」


 自分でも、子供のような駄々を捏ねているというのは分かっている。だが、これだけが唯一の望みなんだ。故郷を離れ、血反吐を吐くような訓練をして、過酷な旅を終えた後に望んだ、ただ一つの報酬。

 金銀財宝も、地位も名誉も何もいらない。ただ、平和な世界で市井の人々が笑顔で暮らすのを想像しながら、自分のような怪物は森の奥でひっそりと暮らす。

 それだけでよかった。それで、全てがうまく行くと思っていた。


「……それで、具体的に何をするんだ?」


 二代目が明後日の方を向きながら、心底うんざりしたような声を出す。


「どうせ何も考えてねえんだろ?四代目も七代目もお優しいからてめえに協力してるだけでな、本当はこんなことに付き合う義理はねえんだ。勇者の役目は魔王を倒すこと。その後に起きる人間同士のいざこざなんざ、関係ない話なんだよ。それをてめえはなんだ?あれはしたくない、こうはなりたくないだの適当なことばっか言いやがって。俺はもう付き合ってられねえ」


 そう言うと二代目は立ち上がり、姿を消した。


「あーあ、師匠行っちゃった。じゃ、ウチももうここに居る意味ないな」


 続いて三代目が立ち上る。


「あ、そうだ。あの箱庭の守護者ガーデンガード?だっけ。あいつら、あの槍女が加わって初めて真価を発揮するタイプだと思うから、次会った時は気を付けなよ?ウチから言えることはそんだけ。それじゃーねー」


 そして彼女も消える。

 四代目が深い溜息を吐き、眼鏡のブリッジを押し上げた。


「……二代目は論は極端ですが、理が無いわけではありません。貴方の勇者としての役目は終わった。人々の諍いは、当事者たちに任せるのが筋というもの。そこに貴方の知り合いがいたのは、偶然だと割り切ることも大切ですよ。それに……結局、生きているのは貴方なのです。決めるのはあなた自身なのですよ、九代目」


 四代目も立ち上がり、その姿は煙のようになって消えた。


「まあ、フロリアに協力する決心がついたらいつでも呼んどくれ。いくらでも知恵を貸してやるわい」


 七代目も消えた。

 会議場は、あっという間に八代目とアステルの二人だけになってしまった。


「……アンタは行かないのか」


 アステルが八代目に問いかける。


「どうして?君がまだ解散宣言してないじゃないか」


 八代目はまるでこちらがおかしいかのように首を傾げた。ここまで減ったらもう会議などではないというのに、この青年はそのことが分からないらしい。


「……解散だ。会議は終わりだよ」

「うん、それじゃ。君が後悔なき選択ができるよう、祈ってるよ」


 八代目も消えた。

 一人残されたアステルは、ただ誰に聞かれるともなくぽつりとつぶやく。


「……ちくしょう」


 15年の歳月の間に変化した者達、世間。魔王を倒して、自分が人々の前から消えれば、全てが丸く納まると思っていた。

 しかし、現実は違う。魔王を倒せる個人が消えたところで、世界は何も変わらず、うねり続ける。その力の前に自分は、余りにも無力だった。

 だが、それでも。


「……何か、あるはずだ。何か、道が……!」


 会議場が消え始めた。まもなく、夜が明ける。

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