第9話

 議事堂前の広場。昼は人で埋め尽くされていたこの場所は、今は猫一匹おらず静寂に包まれていた。

 その静寂を破る様に、飛び込んでくる影が四つ。

 三つの影が一人を取り囲むようにして広場に降り立った。


(クソッ!思ったより早え……!)


 取り囲まれている一人……アステルは周囲を見渡し、このままの逃走は不可能と判断する。

 今自分を取り囲んでいる3人は、帽子、巨漢、ローブ。

 先ほど同時に姿を現した修道服は、広場の時計台の上に立ち、こちらを見下ろしていた。


「……魔法の使用は禁じられてるはずだが?」


 アステルは不敵な笑顔を作って尋ねる。

 こいつらは疾きの白Srmopwndに着いてきた。となると同系統の魔法を使用しているはずだ。

 巨漢が答える。


「ハッ!その通りさ!でも俺達は特別なのヨ!」


 その後に帽子が続く。


「我々は、アイナ総帥直属の特務部隊、『箱庭の守護者ガーデンガード』。総帥の許可を得て、魔法の使用を許されている」


 そしてローブがしわがれた声を出す。


「お前さんを、捉えるために、組織された、対勇者、部隊、さ」

「俺をだと……?」


 唯一言葉を発していない修道服の方を見た。彼女は未だ時計台の上に立ち、微動だにしていない。

 それを隙と見たのか、巨漢が動いた。


「余所見してんじゃねエ!」


 鎖を纏った拳が、アステルへと襲いかかる。

 疾きの白Srmopwndを掛けているお陰で回避は容易い。だが、巨漢の次の一撃が想定よりも速い。

 加速した拳が再び空を切り、鎖が擦れ合う耳障りな音が響く。


「ハーハッハッハ!お前さんには感謝してるゼ!勇者様よオ!」


 まるで空振りの反動が存在しないかのように、次から次に拳が繰り出される。

 外れた拳の一発が、広場の石畳を粉々に砕いた。

 回避自体は可能だ。だが、もし一発でもまともに喰らえばただでは済まないだろう。

 そして敵は、巨漢一人ではない。

 悪寒が走り、その原因に目を向ける。帽子がこちらに銃口を向けていた。


「貴方が現れてくれたお陰で、我々の存在意義が果たせる。アイナ総帥のお役に立てる」


 その瞬間、巨漢の繰り出した拳を避け、その腕を足場に高く飛び上がる。

 銃声が轟き、弾丸は何もない空間を通り過ぎた。

 しかし、悪寒は消えない。


「……ッ!!」


 空中で思い切り身をよじる。

 弾丸が、頬すれすれを通過する。

 二度目の銃声が聞こえていない以上、今のは一発目の弾丸だということになる。通り過ぎた弾丸は、そのまま夜の虚空へと消えて行った。弾丸自体を操作しているわけではないようだ。


(だとすると……跳弾か)


 上空から広場を見渡すが、帽子の立ち位置からここへ跳弾できるようなものは見当たらない。


(一番怪しいのは……)


 修道服はこちらを見上げてはいるものの、特に何かしている様子は見られない。彼女の周囲の魔力の流れにも、違和感はない。

 残るは一人、ローブ。

 見た目で判断するのは早計だが、恐らくあのローブは魔法士ウィザード

 帽子の跳弾も、巨漢のあのスピードとパワーも、あのローブが何かしらの魔法を使用した結果に違いない。

 空を蹴り、ローブ目掛けて一直線に突っ込んでいく。戦場の定石、魔法士ウィザードを真っ先に潰せ。

 だが、定石というのは相手も知っているもので、強者は当然対策をする。


(……っ!?)


 またしても悪寒。

 空に横蹴りを入れて、強引に軌道を変える。

 銃声と共に、弾丸が迫り、頬を掠めた。

 帽子が、こちらの軌道を予測して銃を撃っていた。ローブをカバーするように。

 そこまで考えたところで、背中に衝撃が走る。

 巨漢の拳が、鎖ごと背中に喰い込む。


「ぐ……っ!!?」

「バーハハハハハ!」


 そのまま空中で錐揉み回転し、広場の壁に叩きつけられた。

 衝撃で肺の中の空気が強制的に排出される。

 トカゲの様な無様な格好で、地面にずり落ちた。


(痛ててて……、容赦なしか。普通の人間なら死んでるぞ)


 巨漢の一撃は、間違いなく即死レベルのものだった。

 普通の人間なら、背骨どころか全身の骨が砕けていたであろう一撃を受けてなお、アステルは立ち上がる。

 久々に感じる外傷的な痛み。そして、


「ヘヘヘヘヘ!立ち上ったぜオイ!さすがは勇者様だ、そう来なくっちゃなア!」


 巨漢が鎖をジャラジャラと鳴らしながら、肩を回す。


「だが、いさか拍子抜けだゼ!魔王を倒したっつーからもっと強いかと期待してたんだけどヨ!」

「ゲホッ……丸腰一人相手に三人掛かりたあ、情けねえとは思わねえのか」

「何だト……?」

「取り合うな」


 その時、修道服が初めて言葉を発した。


「そいつは勇者だ。油断するな。話しに付き合うな。手を緩めるな」

「……わかったヨ、ボス」

(クソ、挑発もダメか。でもこの声、どこかで……)


 巨漢が突っ込んでくる。間一髪で避けて、距離を取る。

 挑発は効かなかったが、今の数秒で十分だ。敵の位置、考え、連携、全ての繋がりが、何となく見えた。

 巨漢の拳がまたしても石畳を砕き、塵を巻き上げる。

 それに続いて銃声。こちらはあえて、

 左肩が撃ち抜かれて血を吹き出す。高熱を伴った痛みが全身を駆け巡る。

 だが、致命傷ではない。


「何!?」


 帽子が驚いた顔をする。

 やはり、狙い通り。最初の弾道はあくまでこちらの動きを制限するための牽制。本命は跳弾後。だが肉体という分厚い壁を通過した弾丸に、跳弾するほどの勢いは残らない。

 ならば初撃は体で受け止めて問題ない。痛いだけだ。痛みには慣れてる。

 それに、銃弾程度のダメージならば問題ない。


「ウオアアアアアア!」


 巨漢が雄たけびを上げる。銃弾を受けた今が好機と見たのだろう。負傷した左側から猛烈な勢いで突進してくる。

 だがアステルはその突進を、左腕で迎撃する。


「ヘブッ!?」


 相手の意表を突く左腕でのアッパーカット。

 巨漢の大きな体が宙を舞い、石畳に投げ出される。

 巨漢は白目を剥き、完全に伸びてしまった。


「バカな!?あれだけのダメージを受けて……!?クロープ!」

「アイツ、回復魔法、唱えていない!おかしい!」

「そんなことはどうでもいい!ラボリオの回復を……ごほっ!?」


 帽子が言葉を終えない内に、その腹にアステルの拳がめり込む。

 彼の手に持っていた銃が手から滑り落ち、甲高い金属音が鳴った。


「ジャ、ジャッカス!!」


 ほんの数秒前まで圧倒的に優勢だった『箱庭の守護者ガーデンガード』達は、一瞬にしてその数を半分にまで減らした。


「ふぅ~……戦場の定石も、案外当てにならねえな」


 アステルはぐったりとなった帽子─ジャッカスを巨漢─ラボリオの腹の上に放り投げる。


「で、どうする?俺としては痛み分けってことで手打ちにして欲しいんだが」

「い、痛み分け、だと……?どこが、だ!お前の身体のどこにも、傷なんて付いて、いないじゃない、か!!」


 クロープと呼ばれた人物は、焦りを隠せないしゃがれ声でアステルを指差し、後ずさりする。

 彼(あるいは彼女)の言う通り、アステルの服は破け、血で汚れているものの、その肉体は傷一つ付いていなかった。

 左肩の弾痕もいつの間にか塞がっていた。

 アステルが使える4つの魔法の内の一つ、『癒しの碧Hmeuf』。

 それは、アステル専用に調整された回復魔法。他人に使用することができない代わりに、超常的な回復能力を発揮する。そして詠唱が必要ない。肉体が損傷したそばから、自動的に回復を行う。さらに、呪いや毒なども自動で回復する。

 一見便利な魔法に見えるが、一つだけ欠点がある。それは、回復に際し凄まじい痛みを伴うということ。

 普通の人間なら発狂し自死を選ぶような痛みを、アステルは気合と馴れで耐えている。


「傷は無えけど痛えもんは痛えんだよ!だから痛み分けっつってんだろ!」

「ま、魔法の詠唱は、なかった……!お前が使ったのは、高速化と、筋力強化、だけの筈……!なのに、どうして……!」

「教える義理はないな。で、どうすんだ?ここで俺を見逃すか、それとも2対1で続行するか」

「な、舐める、な!猛る炎Futyn!」


 クロープが詠唱すると、火球が発生しアステル目掛けて飛翔する。


轟く雷Snbcg凍てつく冷気Igmalzo!」


 さらに雷、氷塊が、嵐のように殺到する。

 これほど高出力な複数の魔法を同時に操ることができるのは、ほんの一握りの魔法士ウィザードだけだ。

 だが、前衛のいない魔法士ウィザードというのは戦場において、少し派手なまとでしかない。

 アステルは風のように走る。炎と氷の隙間を、雷の檻の間を、目にも留まらぬ速さで走り抜ける。

 そして、クロープが炎の熱波で目を瞑ったほんの少しの間に、目の前まで到達していた。


「ば、馬鹿、な……!?」

「ったく、髭が少し焦げちまったじゃねえか、よ!」


 ポカンと拳骨げんこつを喰らわせると、クロープは気を失った。

 アステルは焦げてチリチリになった髭先を撫でながら、辺りを見回す。

 重なって伸びている巨漢と帽子、足元で大の字になって倒れているローブ、そして、未だ時計台から動こうとしない修道服。


「さてと、それじゃあ……、これで痛み分けってことでいいか?」


 修道服へ、警告の意味を込めて言う。

 これ以上は痛み分けでは済まなくなるぞ、という警告だ。

 それに対する、修道服の返答は……無言の槍の投擲だった。

 咄嗟に一歩下げた右足のすぐそばに、槍が突き刺さる。


「うお!?危な!!てめえまだやる気かよこの野郎!」

「……クソ勇者が」

「……あ?」


 地響きのような低い、怒りの籠った声が仮面の下から響く。

 だが、どこか聞き覚えのある声だった。

 修道服が、仮面を外す。


「今更ノコノコ現れやがって……、何のつもりだ……」


 朝日が昇り始めた。

 今まで隠れていた素顔を、あかつきの光が照らし出す。よく見知った顔だった。

 綺麗な顔立ちが、怒りのせいで酷い人相になっている。

 かつての旅路で、よく見た表情だった。


「げえ!!??ミニス!!?」


 それはかつて、魔王討伐の旅を共にした仲間。

 聖職者プリーストとして時に仲間を癒し、時に痛めつけた、悪魔の様な聖女。

 名を、ミニス・マニスという。

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