勇者会議 その①

 真っ白な空間に、アステルは立っていた。

 地面は無く、天井も無い。

 立っている上下の感覚すら狂いそうだった。ただ目前の巨大な円卓だけが、この空間に上下の概念が存在することを教えてくれていた。

 アステルはこの場所を、「会議場」と呼んでいた。

 何故アステルが今このような場にいるのか。それは彼自身がこの場を開いたからだ。


『勇者会議』。それは歴代の勇者に脈々と引き継がれる秘儀。

 この会議場を開き、

 魔王を滅ぼすために、知識を蓄え、受け継ぐ、究極の儀式。

 もう勇者としての責務は終わったためなるべく使いたくなかったが、さすがにここまでややこしい状況だと使わざるを得ない。

 会議を開いている間は瞑想状態となり、外敵に対して非常に無防備になるため、安全に一人になれる時間が必要だった。

 スゲルソンが一人部屋を与えてくれたため、ようやく開くことができた。


「はい、そんじゃあ会議始めっぞ。今回の議題は……『幼馴染が国家を転覆させた件』について!」


 円卓には九つの席が備え付けられている。アステルは自分の席につくと声を張り上げた。

 すると、幾つかの席に人影が浮かび上がってきた。


 初代勇者―欠席

 二代目勇者―欠席

 三代目勇者―出席

 四代目勇者―出席

 五代目勇者―欠席

 六代目勇者―出席

 七代目勇者―欠席

 八代目勇者―出席


 人影はやがてくっきりとした形になり、かつての勇者達がその姿を現す。


「お兄ちゃん久しぶり!」


 天真爛漫な笑顔の少女───六代目が、身を乗り出してこちらに手を振る。


「君も大変ですね、九代目」


 眼鏡を掛けた神経質そうな男───四代目が、不憫そうに溜め息を吐く。


「あれ?師匠来てないんだ。久々に会えると思ったんだけどなー」


 脚を円卓に乗せている女───三代目が、隣の席を見ながら言う。


「やっ、そろそろかと思ってよ」


 髪を後ろで一つにまとめた青年───八代目が、優し気な声で呟く。


 彼らこそ頼りになる相談役、歴代の勇者達であった。

 今、この会議場には九代目の勇者アステルを合わせて、五人の勇者の魂が集っていた。


「……初代と二代目はいつものこととして、五代目と七代目もいないのか。七代目の意見を聞きたかったんだがな」


 アステルは空になっている席に目を向ける。

 この秘儀、必ずしも全ての勇者の魂が呼び出せるわけではない。

 議題によっては出席を拒否されることもあるのだ。


「彼はセロギネス王家の血筋ですからね。自分の子孫が殺されてショックなのでしょう」


 四代目は何かを語るたびに溜め息を吐く。

 見た目の通り神経質な男で、生前は魔王封印後に人類が起こしたゴタゴタに巻き込まれ苦労したらしい。

 魂だというのに白髪が目立つ。


「だがあんたがいてくれて助かったよ。流石に他の面子じゃ話になりそうにないからな」

「ちょっと、それどういう意味よ」


 三代目が口を膨らませながら文句を言う。

 この女、戦闘の腕は相当のものだったらしいのだが、それ以外のことはてんでからっきしなのだ。計算、炊事、知識、政治力、そのどれもが一般人以下。

 師匠である二代目は頭の切れる奴なのだが、こいつの方は今回の会議においてはまるで役に立たないだろう。

 本題に入ってもないのに、にらめっこを始めた六代目と八代目に関しては言うまでもない。

 四代目が溜息を吐く。


「そう言われましても、今回は私もお役に立てるかわかりませんよ。流石にこんなケースは……今までにありませんでしたからね」

「てかさあ、ウチあんまり理解してないんだけど、今どういう状況?」

「……全部知ってるはずだろ。何で理解してないんだ」


 全ての勇者の魂は、アステルの目を通じて世界の情報を共有している。

 魔王を討伐して以来一度も会議を開かなかったが、それでも同じ情報を得ているはずだ。ここ2日の出来事も、アイナのことも。


「まあ、ややこしい状況なのは確かです。今一度情報を整理したほうがよろしいかと」

「わかったよ……。えー、どっから分かってない?」

「全部。あのアイナっていうの、誰だったっけ?」

「わたし覚えてるよ!アステル君の友達!ちっさい頃よく遊んでたよね!」

「……そう、正解だ六代目。その幼馴染が、俺が隠遁してた15年の間に、村の名前で政党を立ち上げて王家を蹴り落として、今国の実質的トップに立っている。あと変な仮面付けてた!そんで王家の生き残りが反抗活動に参加しろって迫ってきているんだよ!」

「簡潔な説明ご苦労さまー」


 三代目は意地の悪い笑みを浮かべて卓上の脚を組み替えた。

 その横で四代目がかぶりを振る。


「まず前提を確認させてください。何故あの仮面の女性がアイナ嬢だと分かるのですか?彼女とは20年近く会っていないではありませんか」

「同姓同名で、レグルナ村の名前を使っていて、別人なんてことがあり得るか?」

「無いとは言い切れないでしょう。他に証拠があるのですか?」

「それは……何というか……直感的にそうだと思ったんだ」

「直感ですか……。まああなたの直感が侮れないのは確かですが……」

「同じだと思うよ」


 今までずっと六代目と遊んでいた八代目が口を開いた。


「纏っている魔力の色が同じだった。多分彼女はアイナちゃんで間違いないと思うなあ」

「八代目が言うなら間違いないね。しっかしよく覚えてたなあアンタ」


 八代目は三代目の言葉に対し首を傾げた。


「?皆は覚えていないのかい?」

「そもそも魔力の色が見えるのはアンタくらいだよ」

「……わかりました。彼女がアイナ嬢であることは確かなようですね。それで、九代目はどうしたいのです?」

「どうしたいって……」

「アイナ嬢かフロリア嬢、どちらの肩を持ちたいのか、という話です」


 アステルは言い淀みしばらく考え込んだ後、目を逸らしながら答えた。


「……どっちの肩も持ちたくねえ。平和に平穏に暮らしたい」


 四代目はこめかみに手を当て、三代目は爆笑した。


「だーははははは!久しぶりに聞いたわそれ!」

「……そうでしたね、あなたはそれだけが望みでした。失踪も隠遁も、九代目たっての希望でしたね。ですがもうそんなことを言っている場合ではありませんよ。森から出たのも、それがわかっての事でしょう?」

「いやそれはわかってるんだけどよ……、こっからどうすれば全部丸く収められるかを教えて欲しくて……」


 四代目が眉間を押さえる。


「正直な所、全て忘れて森に帰れと言いたいところなのですが……、あなたのことです。関わった以上首を突っ込まずにはいられないのでしょう」

「ああ」

「……情報が足りません。アイナ嬢は暴力的で残虐な手段でクーデターを成し遂げました。また、先の演説で魔法士ウィザードを弾圧しているかのような発言も見受けられました。そういう意味では、レジスタンスに加担し、帝国を打倒する方が正当性があるように思えますが……、セロギネス王家が偽勇者で国民を騙していたのも事実。自業自得とも言えますね」

「……で、どうすれば?」

「判断するには情報が足りないと言っているのです。つまり……」

「アイナちゃんに会いに行こうよ!」


 四代目の言葉を六代目が遮った。

 行先を失った言葉が喉の手前で止まり、どこかムズ痒そうだ。


「アイナちゃんに直接会いに行って、お話ししようよ!そしたら、アステル君が本当にどうしたいか、わかるんじゃないかな?」

「直接、会いに……」

「僕も六代目に賛成だよ」


 八代目が口を挟む。


「直接会って、彼女が間違っていると思ったらその場で殺せばいい。逆に正しいと思ったら、何食わぬ顔で戻ってきてフロリアちゃんを確保すればいい。君ならそれが可能だ」

「……お前、人の話聞いてたか?」

「もちろんだとも。何かおかしいこと言ったかい?」


 爽やかな笑顔のままそう言い放つ彼を見て、六代目以外は呆れ果ててしまった。

 だが、何とか方針は決まった。


「そうだな……。確かに、一度アイナと直接話した方がいいな。聞きたいことが多すぎる。それであいつが間違ったことしてるって分かったら……」

「分かったら?どうすんのさ?」

「……そん時に考える」

「ぎゃはははは!言うと思った!」

「ふぅ……まあ、また我々の力が必要ならお呼びください。いつでも力になりますから」

「ああ、頼むよ先輩方。……それじゃ、これにて終わりだ。勇者会議、解散」


 そう言うと勇者達は揺らいで消えた。

 それと同時に円卓も消え、白い空間も崩れていく。

 肉体の温もりが戻ってくるのを感じた。

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