第3話
遠い昔の記憶。
王国の片隅に、レグルナ村という小さな村があった。
大人子供合わせて50人にも満たない閑散とした農村。
俺はそこで生まれ育った。
アイナは俺と
よく泣き、そしてよく笑う奴だった。
俺に勇者の紋章が現れて、王都へ行くことになった時、他の皆が喜ぶ中であいつだけ大泣きしていたっけ。
旅立つ日も結局、ずっと泣いてたな。
俺は、あいつに……
「……様、……テル様……!……アステル様!」
「……え?」
「どうなさいました?心ここに在らずといった様子ですが……」
フロリアが心配そうにこちらを覗き込む。
どうやらアイナの名前を聞いた衝撃で意識が飛んでしまっていたらしい。
急いで笑顔を作り取り繕う。
「あ、ああ、大丈夫だ。何でもない」
「何度も呼びかけてるのにお答えにならないので、心配しました。お疲れですか?それとも、昨日の戦闘で頭をぶつけて……!」
「いや、本当に何でもないんだ!ただ少し考え事を……」
「考え事、ですか?もしやそれは……」
しまった、今のは失敗だった。
アイナのことを考えていたのは事実だ。しかしそれをフロリアに教えるわけにはいかない。
クーデターを起こし、王国を滅亡へ導いた奴の正体が、自分の幼馴染かもしれない。
そんなことを言えば絶対に話が拗れる。
ただでさえ面倒な状況なのに、これ以上ややこしくしたくなかった。
限界ギリギリの頭で、何とか誤魔化す方法を考える。
だが、フロリアの言葉は予想もしていないものだった。
「どうすれば帝国を打破し、王国を復興できるか、その算段を考えてくれていたのですね!」
「……ん?」
「流石アステル様!レグルナ党のことを訊いたのも、私の話を聞いた段階でガーランドがただの傀儡だと見抜いていたからなのですね!そして真の敵であるレグルナ党について訊き、どうすれば打倒できるか考えていたと……。私、感服いたしました!」
「え?ああ、まあいや、そんな所かな。うん」
フロリアは期待と羨望でその翠の瞳を輝かせ、こちらを見ていた。
勝手に勘違いしてくれてよかった、と内心で胸を撫でおろす。
しかし、この勘違いは何一つとして肯定してよいものではなかった。
「ではやはり、我々レジスタンスに協力してくれるのですね!」
「……………………え?」
「ああ父よ!私が仲間を失い死の危機に瀕したのは、勇者様と再会するための試練だったのですね……!おかげで我々は、100万の兵よりも心強い仲間得ることができました……!この導きに感謝します……!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
彼女は何やら手を合わせ感激している様子だが、いくら何でも聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「はい?どうかなさいましたか?」
「いや、なんか、今の話の流れだと、俺がレジスタンスに参加する~、みたいな感じに聞こえて……」
「?はい、そういう話をしておりますが……」
フロリアはきょとんとして答える。まるで質問したこっちがおかしいかのように首まで
レジスタンスに?協力?俺が?
今の話で何でそうなった?
いや、原因は分かる。彼女の勘違いを否定しなかったからだ。
反帝国の考えを否定しない=レジスタンスに協力してくれると、彼女の中では自然と繋がっているのだろう。
だが、さすがにここで流されるわけにはいかない。きっぱりと否定しなければ。
「あー、その……俺はまだ、レジスタンスに協力すると決めた訳じゃないんだ」
「……?」
フロリアはまるで初めて知らない言葉を聴いたかのような表情でこちらを見ていた。
そして首をさっきと逆に傾げ、口を開く。
「よくわからないのですが、今のはどういった意味ですか?」
「そのままの意味だ。俺はまだレジスタンスに協力するなんて一言も言っていない」
「帝国の打破を考えていると、そう仰ったではありませんか」
「確かにあなたの話を聞いて、帝国やレグルナ党について考えは巡らせていた。でも、協力するなんて一言も言ってない」
「……もう一度聞きますが、貴方は我々に協力してくれるのですよね?」
「いや、だから……」
その瞬間、セロギネス将軍が立ち上った。
さっきまでとは別人の様な、怒りの籠もった表情でアステルの胸倉を掴み持ち上げる。
「協力せんとは言わさんぞ!貴様のせいで王国は崩壊し、父と姉上たちは殺されたのだ!その責任を取れと言っている!」
「おわあああいきなりかよ!?いや待て、責任って何だ!?王宮の失策を俺のせいにするな!」
「貴様が素直に帰還していれば、あんな策を取る必要はなかったのだ!大体貴様、さっき自分にも非があると認めたではないか!」
「そりゃ少しは罪悪感を感じてるよ!でもな、王宮の政治とかのあれこれに利用されるのがわかってて素直に帰ると思うか!?俺はそういったゴタゴタに巻き込まれるのが嫌だからこの森に隠れたんだ!」
「誰もそんなことするつもりなど無かった!お前の思い込みだ!」
「王室入りの話を勝手に進めてただろ!」
「貴様も承諾した話ではないか!」
「しとらんわ!」
「何を言う!」
セロギネス将軍が凄まじい剣幕で捲し立ててくる。
顔を小指の長さほどまで近付け、お互いの唾が飛ぶにも関わらず、一切引こうとしない。その姿のどこにも、淑やかな姫の面影はなかった。
だが、こちらも引くわけにはいかない。
アイナとレグルナの名前が関わっている以上、もうこの件は自分と無関係とは言えない。どうあがいても両陣営の争いに巻き込まれることになる。
だからこそ、慎重に動かなければならない。
偶然先に出会ったのが姫様だからレジスタンス側に付きます、なんてことは愚の骨頂だ。
彼女は何が何でも自分を引き入れるつもりだろう。
さっき言っていた、「100万の兵より心強い」というのは比喩ではない。
本物の勇者が味方にいる、たったそれだけで、政治、軍事の両面においてレジスタンス側が有利になると言っても過言ではないのだ。
逆に言えば、ここで勇者を逃せばもう後がない。
帝国からの急襲を受け、レジスタンス側はもう限界なのだろう。
だから、あらゆる手を使ってでも勇者を引き入れる気でいる。
二人は今度は睨み合ったまま、押し黙る。
一つの失言が、互いの生命線を断つ致命傷になる。
一旦ヒートアップした頭を冷まし、次に繰り出す一手を考えていた。
だが、そこに思わぬ
「あ、あの~……」
緊張した空気にそぐわない、間の抜けた呼びかけが耳に届く。
二人は声のした方へ目を向けた。
「その……旦那を放してやってはくれませんか?」
茶色い毛むくじゃらの、小さな生き物。
ボコがいつの間にか申し訳なさそうに立っていた。
「ま、魔物……!?」
フロリアは掴んでいた胸倉を手放し、警戒態勢に移行する。
しかし、そんな彼女に関わらずアステルは暢気な調子でボコと会話を始めた。
「ボコ?お前いつからそこにいたんだ?」
「へえ、つい今しがた。ドアを叩いても開かないんで、窓から中を覗いてみたら、旦那が締め上げられていましたんで。ですがお元気そうで何よりです」
「お前もな。その様子だと、連中には見つからなかったみたいだな、よかったよ。ボブとボズの調子はどうだ?」
「旦那の薬草のお陰でもうだいぶ良くなりました。ありがとうございます」
「いや、こっちこそ助かった。いいタイミングで来てくれたよ」
ボコはよく分かっていないようだが、取り敢えず褒められたことが嬉しくて得意げに尻尾を振る。
フロリアはそんなやり取りする二人を交互に見ながら、口をパクパクさせている。
「な……!な……!?」
「……そうだフロリア。こいつはボコ。俺と同じくこの森で暮らしている
「一緒に暮らしている……?何を言っているのですか!?いえそもそも喋ってますわよこの魔物!?」
「魔物って言うなよ。ちゃんとボコって名前があるんだ。それに喋る魔物ぐらい普通にいるだろ」
「人語を話す魔物なんて聞いたことありませんわ!魔物、ひいては魔族は皆邪悪で凶暴、見つけ次第即軍に通報し、殲滅するというのが鉄則です!王国軍が全て殲滅したはずなのに、まだ生き残りがこんなところに……」
やっぱり殲滅はしていたのか。それに彼女の話によると王宮は色々間違った情報を流布していたようだ。
人語を話す魔族なんて山ほどいたし、そもそも魔王からしてそうだった。
恐らく殲滅の邪魔になるから、意思疎通できると言う情報は隠していたのだろう。
まあ、そこら辺の話は別の機会にしてやるとしよう。
「ボコは大丈夫だ。大人しいし人を襲ったりしない。そもそも凶暴な魔族ならもうとっくに襲いかかっているだろ」
「それは……そうですが……」
フロリアはまだ訝し気にボコを見ていた。
ボコは恐らく彼女が言ってることの意味をあまり理解していないのだろう。
首を傾げながら尻尾を振っている。
「あとそいつはな、帝国軍に見つからないようここまでアンタを運んできてくれたんだ」
「私をここに……?そういえばそんなことを言っていましたが、まさか本当なのですか……?」
「当たり前だろう。お礼ぐらい言った方がいいんじゃないか?」
「ええ……ですが……」
「首の横辺りを撫でてやると喜ぶぜ」
「うう……」
フロリアは恐る恐るボコに近づいていく。
ボコの方は、野生の勘で彼女が危険ではないと判断してるのか、大人しく待っている。
フロリアはゆっくりと手を近付け、その首筋を撫でた。
「……少し臭いですわね」
「旦那にも、雨上がりのお前は臭いとよく言われます。……ヌフッ、グフッ!」
「……フフ、変な声。今度洗ってあげるわね」
首筋を撫でられ、変な声を出すボコを見て、フロリアの表情は途端に柔らかくなる。
さっきまでの剣幕が嘘みたいだ。
一触即発のタイミングで割り込んでくれたボコには感謝しかない。
おかげで頭がすっきりし、考えがまとまって来た。
「……フロリア、俺は何も絶対に協力しないって言ってるわけじゃないんだ。ただ、今はまだ協力を確約できない。それだけは分かってくれ」
「先程は、貴方の事情も考えず怒鳴ってしまって申し訳ありません……。貴方の力がどうしても必要だったのです。レジスタンスは今、壊滅の危機に瀕しています。我々がいなくなれば、帝国の暴虐を止める者はいなくなるでしょう。そうなれば、奴らに虐げられている者達を誰が守るのでしょう。どうすれば、貴方のお力を得ることができますか……?」
「そうだな……。まず情報が欲しい。アイナ……とかいう人物が、どんなことをしてるのか、この目で、耳で、直接確かめたい。協力するかどうかは、それを見てからでないと決められない」
「……分かりました。それでは」
「ああ」
アステルは窓の外に目を向ける。
ついに、この森を出る時が来た。
15年ぶりになる森の外。何が起きてるのか、どうなっているのか、そして……アイナについて、知る必要がある。
「帝都へ行く」
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