第6話:真相

「真理愛――それってどういう――?」真理愛に別れを告げられた桜は動転する。恋人に触れようとするが、拒まれた。


「ごめんなさい――でも、駄目なの――」真理愛の目から涙が流れ落ちる。真理愛は自分を掴もうとした手を振りほどくと背を向けて走り去った。


 桜は必死に手を伸ばす――しかしショックを受けた状態で追いかける事も出来なかった。


「真理愛……どうして……」桜は愕然と部屋に戻った。


 余りの事に梓も声をかけるのをためらう。


 桜は梓に抱きつくと声を殺して泣き始めた。


「私、嫌われちゃった……どうしよう、どうしよう梓……私、どうしたら……」


 梓は胸に顔をうずめて泣く想い人を無言で抱き締める。


*   *   *


「静香先輩――いや、澄川静香。貴女が真理愛を横取りしたんでしょう?」三日後、ようやく立ち直った桜は真理愛を寝取ったのであろう泥棒猫、静香に詰め寄る。部活の時間だ。静香は剣道着に身を包んでいた。一方桜は制服姿。部活をサボって来ていた。


 言われた静香は宇宙人でも見るような目で桜を見つめた。


「何を言ってるの?」


「ふざけないで! 真理愛を手籠めにでもしたんだわ! ――きっとそうよ! 私にそうしたように! 貴女以外にそんなことする人はいない!」


「いきなり酷い言いようね」静香は額に手を当てて溜め息をつく。長い髪が揺れた。


「それに今私は部活の最中なんだけど。貴女も部活なんじゃなくて?」


 練武場の横で桜は静香を糾弾していた。そんなに長い間留守にしていられないだろう。


「そんなことはどうでも良いわ――正々堂々と勝負しないで脇から人の彼女をかっさらうなんて卑怯よ!」


「仮にそうだとしても、真理愛が貴女を振って私のものになったのならそれが彼女の意思なんじゃないかしら?」


「やっぱり!」


「あのねぇ。神に誓って私は貴女から真理愛を奪ってないわ。真理愛に聞いてみたの?」静香は憎らしいくらい落ち着いている。


「そんなこと――」尚も納得しない桜だが、剣道部の部員が静香を呼びに来たのを見て潮時を悟る。


「静香先輩、撃ち込みの稽古見て下さい。いつまで油売ってるんですか」


「悪いわね。すぐ戻るから――」


 静香は桜を見ると腰に手を当てて言った。


「とにかく、私はそんなことしてない。納得いかないならいくらでも付き合うわ。貴女も部活はサボらないことね。それでは山元桜さん、ごきげんよう」静香はそれきり桜の方を振り返らずに練武場に戻って行く。


 桜はその後ろ姿に舌を出した。絶対尻尾を掴んでやる、そんな思いで頭を一杯にして。


*   *   *


「静香先輩が真理愛先輩に手を出したという確定的な証拠は無いっす。桜先輩。もう少し調べないと絶対とは言えないですけど、多分シロっすよ」新聞部所属の後輩、八坂庵は桜にそう言った。二つ分けにした三つ編みが揺れる。眼鏡が顔の印象を地味にしているが本当は可愛らしい顔立ちだ。


 桜はまだ納得した様子に見えなかった。庵は溜め息をつくと桜に提案する。


「真理愛先輩にうちからそれとなく聞いてみるっすか?」


「お願いできる?」


〝この人はうちの気持ちも知らないで――〟庵は内心でもっと盛大な溜め息をついた。彼女も桜に想いを寄せているのだが、この唐変木は一向に気付く気配が無い。ともかく真理愛が想い人と別れたのは庵個人にとっては〝良いこと〟なのだが、素直に喜べない自分がいる。想い人が傷つくのを見るのは辛いということもあるのだ。


 しかし、静香が真理愛を寝取ったのでなければ、何故真理愛は桜を振ったのか、それが分からない。何かひと悶着ありそうだ――庵はそんな気持ちを拭えなかった。


*   *   *


「やっぱり私の言った通りでしょう」澄川静香――私立澄川女学院の理事長の孫娘にして、高等部二年、剣道部所属、が勝ち誇る。


 静香、庵、梓、そして桜の四人は寮の静香の部屋に集まっていた。


「で、真理愛が私を振ったのは中島直美のせいなのね?」桜が庵を見る。


「そうっす。真理愛先輩は隠してるっすけど。別れないと桜先輩の凌辱動画をネットにばら撒くと脅されて――」


「あの時の様子をスマホで撮ってたのね。迂闊だった」桜は渋い顔になった。直美に性奉仕した動画を何とかしないと、真理愛が返ってこないどころか自分の退学も有り得る。


 中島直美――代議士の父を持ち、澄川女学院に多額の寄付をし、中等部のボスとして君臨しており、真理愛を虐めている。静香と言えども迂闊に手は出せない相手だ。


 四人は頭を寄せ集めて思案する。


 桜が直美に弱みを握られていることは全員承知していた。


 桜の退学は全員が望んでいない。それに早くしないと真理愛も直美の毒牙にかかる可能性が高い。


 庵は自分の持っているその時の動画、直美たちのものとは違い、直美の顔そのものが映っている――を持っていることをここで明らかにすべきか葛藤していた。


 この動画を使えば直美から桜の動画を取り上げることができるのは間違いない。


 桜と真理愛を救うことが出来るかも知れないが、撮影したのが自分だと分かれば間違いなく桜にももちろん皆に嫌われる。絶交になっても不思議じゃない。


「――庵さん? どうかしたの?」静香が庵の顔を覗き込んでいた。整った顔が間近に迫っていることに庵はドキッとする。


「心ここにあらずって感じね」梓も庵を見つめる。


「そんなこと無いっす――」しどろもどろになる手前で何とか返事を返す。


 庵は他に何か良い方法が見つからないかと頭を必死に回転させた――しかし妙案は浮かばない。


 やっぱり我が身を犠牲にするしかない――庵は覚悟を決めると三人に話し出す。

「上手くいけば桜先輩も真理愛先輩も助けて、直美に逆ねじを食わせることができるかも知れない方法があるっす」話しながら庵は自分の気持ちが落ち着いていくのを感じた。直前まで動転してたのが噓のようだった。


 *   *   *


「私が呼んだのは桜と真理愛だよ。あんたらも来いなんて言ってない」中島直美はあからさまに機嫌を損ねていた。


 旧校舎の空き教室を直美とその取り巻きは根城にしていた。


 真理愛に性奉仕させた後、桜と真理愛の情交を撮影してそれを使って二人を学院から追放する腹積もりだったのだ。


 同性愛者に正義の裁きを下してやる。直美はそう思っていた。


「澄川静香、斎藤梓、八坂庵。あんたら三人は帰りな」先輩である静香に対しても敬語を使わない。


「そんなこと言って良いのかしら。貴女が何を企んでいるかなんてお見通しなのよ」静香が桜と真理愛の前に出て腰に両手を当てる。


「桜さんの動画、消さないと逆に貴女が退学よ」


 静香はスマホの動画を見せる。


 見る間に直美の顔色が変わっていく。動画には桜に性奉仕させている直美の顔がはっきりと映っていた。


「八坂庵――あんただね」顔を青ざめさせながら呻くように直美は言った。


「この動画を学校に通報されたくなかったら、私の言う事を聞いてもらう」静香の宣告に直美はがくりと肩を落とした。


「直美様」取り巻きが直美に近づく。苛立たし気に腕を振って助けを拒んだ。


「貴女が動画を晒したなら私もこの動画を晒す、さっきは消せと言ったけど、そうね、お互いに動画は残しておきましょう。どちらかが裏切ったら確実に罰になるように。真理愛や桜さんをこれ以上苛めるならそれも動画を晒すことにするわ」


 直美は唇を噛みしめる。これ以上ない屈辱感に囚われる。打つ手が無い。


「じゃ、ごきげんよう。中島直美さん」静香は手を振って桜たちに一緒に帰るよう合図する。五人の姿が消えると直美はテーブルに拳を叩き付けた。


 完全敗北だった。

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