第4話:桜敗北

「真理愛」私立澄川女学院中等部三年バスケ特待生の山元桜は同級生、七瀬真理愛に告白しようと学園に有る桜の大木に呼び出した。


 桜の花が満開だった。


「桜……」ここに呼び出されるという事を真理愛は十分に理解している。


 二人はしばらく見つめ合う。


「ごめ――」言いかけた真理愛を桜は唇で塞いだ。真理愛は驚きに目を見開き、そして抗うのを止めた。目を閉じる。自分に恋人を選ぶ権利など無い――それが14年の人生で真理愛が得た教訓だった。桜なら悪くない。そんな思いが心を巡る。


 桜は真理愛を抱きしめるとさらに深くその口を貪った。真理愛はその暗い情熱におののく。


 真理愛は桜が下着を取り返す為にどんな犠牲を払ったか知っていた――直美たちに桜の痴態を収めたスマホの動画を見せられたのだ。


 彼女が払った犠牲に報いるには、我が身を差し出すくらいはしないといけない――真理愛は真剣にそう思っていた。


 それに自分なんかの為にそこまでしてくれたことが嬉しかった。


 限界までキスしていた桜は力尽きる様に唇を離すと大きな息をついた。


「真理愛。何も言わないで聞いて。私、貴女を愛してる。貴女の答えは聞かなくてもいい。私の想いだけ伝えさせて」桜はまくしたてる。


 桜は目を涙に滲ませて真理愛を見つめた。


 沈黙が落ちた。桜の花びらが二人の間を舞い落ちる。


「いいよ」真理愛は桜に呼びかけた。


「私、桜のものになっても」その言葉に桜は喜びだけでない複雑な思いを抱いた。


〝静香先輩はいいの――?〟桜は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。真理愛が苦しむだけだ、そう桜は思う。藪蛇だろうとも感じた。せっかく真理愛が恋人になってくれると言っているのにこちらから何もかもぶち壊しにすることは避けたい。


「本当にいいのね。真理愛」桜は恐る恐る尋ねる。


「いいわ」真理愛はうなずいた。


 桜はおずおずと真理愛を抱きしめる。真理愛は桜を抱き締め返した。


 桜の花が一陣の風にどっと散った。


 *   *   *


 真理愛と桜が付き合い始めたことは学内にあっという間に広まった。


 納得いかないという者は沢山いた。


 付き合っていることを知った上で自分を恋人にしてほしいと頼んでくる者も少なくなかった。


 桜の幼馴染、斎藤梓や桜に想いを寄せる八坂庵、学院の君、澄川静香――はそれぞれに思いを遂げるべく動き始めていたのだった。


 *   *   *


「で、愛しの聖母様は横からかっさらわれてしまったって訳?」


「そうなんですよぉ。小夜さぁん」ススキノに有るビアンバー「ワルキューレ」で静香はくだを巻いていた。


 飲んでいるのはノンアルコールカクテルなのだが、辺りの雰囲気にすっかり酔っている静香はスピリタスを一ボトル開けたアル中の中年男性みたいに顔を赤らめている。


「でも感触は良かったんでしょ。キスもしたって言ってたじゃない」


「真理愛はぁ私の想いをぉ分かってくれたと思ったんですけどぉ」静香はグラスを傾けると一気にあおった。


「でもぉ選んだのは私じゃなかったんですぅ。小夜さんカクテル追加で」静香はカウンターに突っ伏してグラスで天板をバンバンと叩く。


「まだ終わったって決まった訳じゃないでしょ。本当に好きなら奪い返せば良いじゃない。はいカシスオレンジノンアルコール」


 小夜と呼ばれたバーテンダーがグラスを渡す。


「でもどうすればぁ」


「静香ちゃんの良い所は剣道でも恋でも最後まであきらめずに真っ向勝負を挑むとこだとお姉さんは思うけど」


 真っ向勝負、その言葉に静香は反応した。


「うふ、うふふ、うふふふ、真っ向勝負、その手が――」静香は立ち上がるとカシスオレンジノンアルコールを一気飲みした。


「じゃあ小夜さん!私はこれで!!」静香の髪は腰まである――バイクに乗る時は編んでジャケットの中に入れていた――をしまうとポーチを持って入口に走る。


「静香ちゃん!料金――!?」


「ツケといてください!待ってなさい真理愛!」


 ガタガタと階段を駆け下りる音がする。小夜の耳に静香のバイク、MT-03が排気音も高く走り出す音が聞こえた。


 *   *   *


「で、何で私が静香先輩に押し倒されないといけないんですか?」真理愛の恋人、山元桜は自分にのしかかる澄川静香をこれ以上ないという程の冷たい目で見た。


「貴女は真理愛の恋人、でしょ?」


「はい。一応」


「なら私が貴女を恋人にしたら真理愛の恋人の恋人でしょう?」


「はい。そうですね」


「恋人の恋人もまた恋人――貴女が恋人になったら同時に真理愛は私の恋人って事じゃない」


「なんでそうなるんですか!?」桜は思わず怒鳴る。頭がくらくらした。このアホ女は何をぬかしているのだ。


「まあ良いじゃないそういうの」静香は嬉々として桜の制服に手をかけた。


 身長なら静香の方が上――静香は170センチに3センチほど届かないと言った上背に剣道で鍛えた身体の持ち主だった。体力だけならバスケ特待生の桜も負けてはいないが静香の細い腕はまるで鋼の様に桜の抵抗を受け付けない。


 静香の長い髪が桜の頬をくすぐる。


 桜は必死にもがくが、制服の中に手を入れられてしまう。


「ねえ、良いでしょ?桜さんは私が相手じゃ嫌なの?」


「そういう問題じゃないです!――あン」何とか静香の手を止めようとした、しかし胸の尖りをブラの上からこすられて力が抜けてしまう。


「駄目――真理愛とだってまだなのに」


「じゃあ桜さんの初めては私って事ね」桜は静香が思いとどまってくれる事を期待したがそんな願いは軽く無視された。


 首筋に唇を這わされて背中が逆立つような感覚に襲われる。嫌なのに――嫌じゃない。強引なのに、もっといじめて欲しいと思うような絶妙な攻めだ。


「んん」桜は身体の奥が熱っぽくなってきたのを悟って愕然とする。


「桜さんのいやらしい部分、もう濡れてるわよ」静香の言葉に血液が逆流する様な感覚が襲う。


 静香は左手で桜の利き手を押さえるともう一方の手で桜のあわいをなぞった。


「はう……ン――いやあ!」足をばたつかせるが完全に静香の脚は桜の内側に入り込んでいる。


「ねえ桜さん。私のものになってよ」女芯の辺りを回るように嬲られる。


 桜は押し黙った。このまま流されてはいけない。そんな思いで必死に抵抗を試みるがブラはずらされ、胸が剥き出しだ。ふくらみを優しく撫でられて思わず甲高い声を漏らす。


「あ…あ……イヤ、イヤ……」身体の中心に溜まった熱が全身に広がってくる。いつの間にか静香の手は桜の手から外されていたがその事にも気付かない。


 桜はすすり泣いて快楽に耐えた。気持ち良いのが許せない。だからといって静香を拒んでる訳でも無い。どうして欲しいのかも混乱の淵に消える。


「お願いです――もう、止めて――」


「ふぅん。止めて欲しいの?」静香は一際激しく桜の女の部分を刺激した後、手を離した。桜は電気が走った様な感覚が急に無くなったのを知って愕然とする。もう少しだったのに――。


 静香は優しい笑みを浮かべたまま何もしてくれない。


「あ、止めないで。静香先輩――」思わず口をついて出た言葉を止めようがなかった。


「どうして欲しいの?」静香はあくまでも意地悪だった。


「そんな」一度ついた熾火はもう消せない。


「ちゃんと言って。そうじゃないと分からないわ」静香は口の端を吊り上げて笑う。正しく悪魔の笑みだと桜は心底思った。


「私を――」


「私を?」静香は焦らす。


「私を、めちゃくちゃに――!」桜は静香に抱きついて声を上げた。恥じらいも捨てて懇願する。


「よくできました」静香は笑みを深めると、桜への攻めを再開した。


「あっ、あっ、あっあ、あぁー」一呼吸ごとに桜の中で快感が高まっていく。静香の指の動きに合わせて嬌声が漏れた。


「ああ、イく――イっちゃいます!静香先輩――!」


「良いわ、イって――イっちゃいなさい、桜!」静香の指が桜の秘所を嬲り散らす。


「――!!」桜は身体の内側から弾け飛ぶ。がくがくと全身が震え、脳裏から視界全部が真っ白に染まった。


 ――桜は言葉も発せずに、ただ身体を貫く快楽に全身を投げ出した。


 桜は陥落した。完全な敗北だった。

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