第2話:静香

 山元桜が同室の斎藤梓に嬲り者にされる一週間前の事。中等部の体育館裏で七瀬真理愛は学院の君、澄川静香に迫られていた。

「真理愛――」腰まで伸びた豊かな黒髪に文句のつけようのない美貌。女性にしては高い背。細身だが出ている所は出ている静香――真理愛と並べば一点の瑕疵もないカップルだろう。

 

真理愛も思わず胸がときめくのを押さえられなかった。


「私、欲しいの」


 真理愛は思わず次に続く台詞を想像して頬を赤らめてしまう。


「貴女の――」


 真理愛は天にも昇る様な心地になる。


「――女性の証の付いた下着を――いた―ッ!」

 ――スパン!

 綺麗な音を立てて真理愛は赤らめた頬を怒りに染めて静香を引っぱたいた。


「先輩の馬鹿!嫌いです静香先輩なんか!」真理愛は静香を突き飛ばすと中等部の校舎へと一散に駆け出した。


「私の……真理愛の下着……」真理愛に拒絶されて呆然と地面にへたり込んだ静香は、ただただその背を目で追う事しかできないのだった。


 *   *   *


 先輩の馬鹿!先輩の馬鹿!先輩の馬鹿――!

 真理愛は駆けながら静香に期待した自分を呪っていた。


 自分の経血の付いた下着――真理愛にとって生理は誰にも知られたくない秘事だった。生理用品が合わなくて経血が付いてしまった下着を真理愛は捨てるに捨てられずタンスの奥に隠していたのだが、自分を苛めている中等部のボス、中島直美たちにその事実を知られて引き渡さないと更に苛めると脅されていた。


 級友の桜にひょんな事からそれを話す事になり、任せてと言われ、真っ青になりながら下着を桜と一緒に処分しようと決意した時、直美たちに下着を奪われてしまったのだ。


 静香にはその事実を伝えてはいなかったので、静香は下着を真理愛が持っているものと信じて疑わなかった。

 直美たちから下着を取り返すには静香も味方に引き込まないと駄目だろうと分かってはいたが、静香が下着を手放さず処分させてくれないなら元の木阿弥だ。


 目の前が真っ暗になりながら、真理愛はどうしようと誰にも相談できない悩みを抱えて、こう叫ぶのだった。

 ――神様なんて大嫌い――と。


 桜がどうにかしてくれる――私と一緒に下着を返すよう直談判すれば—―しかし直美たちがそれで折れてくれるかと言えば大分分の悪い賭けだろうと思えた。


 桜を信じない訳では無いが桜も真理愛も一般の生徒。対して直美は代議士の娘だ。


 静香や直美と比べて特段の権力を持っている訳でもない自分たち。

 どうして世界はこんなに不公平で残酷なんだろう。


 神様なんて大嫌い。真理愛に出来る事はただただ神を呪う事だけだった。


 *   *   *


 そして静香が真理愛に引っぱたかれてから三日が過ぎた。

 桜は一人で直美とその取り巻きに下着を返すよう直談判に行った。


 いつも直美たちがたむろしている旧寮の使われていない集会室に出向く。

「何で私があの女の下着を持ってるなんて思うのさ」ソファに腰掛けた直美は酷薄な笑みを浮かべて桜を見る。


「隠そうとしても無駄よ」桜は新聞部の後輩から買った真理愛を直美が脅している音声をスマホから流す。

「これを聞いてもしらばっくれるの?」


 スマホから流れるいじめの内容に取り巻きたちが青ざめる中、直美は平然としている。

「ふうん。それで。持ってたとして何か悪い訳? 私に処分してくれってあの女が頼んだのよ?」音声を聞いても直美は余裕しゃくしゃくといった様子だ。


「貴女ね――」そこまで居直られると思っていなかった桜は呆れと怒りを共に直美を睨み付ける。

「あの女の下着を返して欲しい。そう言うのね」直美は含み笑いを浮かべる。

 桜は内心嫌な予感が走るのを感じたが、真理愛の為にも引き下がるわけにはいかなかった。


「それなりの誠意を見せてくれれば考えないでもないわよ」

「何か欲しいって言うの?」桜は警戒心を露わにする。

「こっちに来なよ」

 桜の耳元で直美は囁く。

「アンタがあの女の代わりに慰み者になるって言うならその下着とやらを返しても良いわ」


「何をしろって言うのよ」桜は顔を青ざめさせながらそれでも気丈に答えた。

「私の性奴隷になりな。ずっととは言わないから」直美は桜の耳に息を吹き掛けた。


「条件が一つあるわ――真理愛には手を出さないで」初恋の相手が汚されるより自分が汚されるほうがマシだ。桜は心の底からそう思っている。


「良い覚悟ね。まず服を脱いでもらおうかな」桜のそんな思いを感じ取ったのか直美の目に貪欲な光が宿る。

「ここで――?」直美のねちっこい視線と取り巻きたちの興味深々といった様子に桜は怖気が走るのを禁じ得なかった。

「嫌なら良いわ。貴女の代わりに真理愛に慰み者になってもらうから」


 少しの沈黙が落ちた。

 屈辱に身を焦がしながら桜は目を閉じ、制服の上着に手をかける。取り巻きたちが囃し始めた。

 ――神様なんて大嫌い――桜は心の中で呟く。


 スカートがはらりと床に落ちる。キャミソールを落とし、ブラジャーに指をかけた。

 直美の冷酷な目線に桜は奥歯を噛む。少しの躊躇の後、桜はブラジャーを投げ捨てた。その態度に直美たちから歓声が上がる。

「あと一枚。あと一枚――」桜は泣きたくなった。両手で胸を隠す。


「もういいでしょ。これ以上は許――」思わず泣きごとが漏れる。

「許さない」直美が冷酷に言い放った。暫く、と言っても数分の事だ。桜は観念した。愛する人を救う為だ。そう言い聞かせて桜はショーツに指をかけためらいながらもゆっくりと引き下ろした。ヒューっと口笛を鳴らしたのは直美だった。


 恥ずかしさと悔しさで死にたい気持ちの桜に更に絶望的な命令が降ってくる。

「舐めなよ」最初桜はその言葉の意味が分からなかった。

「何を――」桜は自らの胸と股間を左右の手で隠して問いを返す。

「鈍いね」直美は立ち上がるとスカートを両手で摘まみ上げた。


「『させて頂きます』って言ってからだよ」

「サセテイタダキマス――」桜は手をそのままにして直美に近づく。

「ショーツはアンタが脱がせるんだよ。隠したままなんて虫の良い事は考えない事ね」直美の下着に手をかけ、引き下ろす。直美のそこは既に熱く潤っていた。


 桜の鼻息が直美の下腹部にかかる。直美は軽く身を震わせた。あんただって感じてんじゃん、桜は少し思い上がると、直美の下の口に舌を這わせる。直美の一番感じる部分を刺激する。焦らすなんてしてやりたくもない。


「くッ――!イイ!良いよ!アンタ」直美は声を荒げると女性の部分を桜の口に押し付けてくる。

 さっさとイかせてやる――桜はそう腹を決めると直美の秘豆を責め立て一層早く舌と指を動かす。

「ヒッ、ひン、イイッ!ン、んんっ、ンッ、あ、っン、んおっン、イク、イクいく!んああぁッ――!!」直美の絶頂は唐突に訪れた。

〝ざまあみなさい〟桜はその姿に歪んだ達成感と優越感を覚える。

 ――二人のあられもない姿を写しているカメラがある事に桜はついに気が付かなかった――。

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