アザと君と(仮)

分倍河原弌

プロローグ

「やーい!黒ベベっち!」


 突然何かで後頭部を叩き殴られたかのような激痛が走った。一瞬のことで、何が起きたのか僕は状況を飲み込めずにいた。でもすぐさまその敵意に満ちた言葉が自分に向けられていることに気がついた。目と目が合う。彼女の目は楽しいオモチャを見つけたかのように僕を嘲笑っている。僕は何も言い返せない。それを見透かしたかのように彼女は畳み掛ける。


「ねえねえ、知ってる?伊藤くんって黒ベベっちって呼ぶとすぐ泣くんだよ。」


 教室にいた他の子にもそう言いふらしていた。以前にも同じことがあったのだろうか。脳が動いてくれない。その場から逃げ去ることもできずに僕はただただ立ちすくんでいた。ざわざわとした声があちこちから聞こえてくる。僕を庇ってくれる子も、その子の言葉を否定する子もいない。僕は独りぼっちだ・・・。孤独と恐怖に押し潰され、身体も心も涙でぐちゃぐちゃになっていった。



 僕には口元に直径2.5cmほどの黒アザがある。黒べべっちとは、そんな黒アザを持つ僕を蔑称するあだ名だ。時には、「顔にうんこついてるよ!」とか「レーズン!レーズン!」、「でっかい鼻くそだあ!」・・・etc。なんて言われたりもする。でもそれに抗う言葉を僕は持っていなかった。

 僕は人とどこか違う。そう思い至るのはごく自然なことだと思う。でもそんなふうに考えるようになったのはいつ頃からだろう。さっきの記憶が蘇る。それは丁度、小学校に進学して間もない頃の記憶だ。彼女とは保育園では一緒になることはなく、小学校で同じクラスに割り振られて席も隣同士だ。

 それは登校初日だった。教室の席で僕の顔を見るなり開口一番、彼女は言い放った。


「ねえ、口のそれなーに?」


 僕は固まって動けず、声も出せなかった。しばらくして、彼女の僕への興味が失せ視線が外れる。緊張の糸が切れたのも束の間、僕はそのまま机に突っ伏して独り泣きじゃくった。

 黒べべっちは、彼女からのそんな詰問から生まれた。彼女は事あるごとに、執拗に、僕のアザをひいては僕の存在そのものを蔑んだ。まるで人じゃない何かに触れるみたいに。

 彼女の言動は僕にある疑念を抱かせた。僕は人とどこか違うのか?疑念はクラスメイトへの猜疑心へと変貌していった。教室という場所は声が!視線が!飛び交うところだ。耳に入る声が、目に映る視線が、僕を蔑み、嘲笑っているように思えた。日を追い、月日を重ねて、次第に声が入らなくなった。視線だけが未だ彷徨っている。

 一ヵ月が経ち、一年が経ち、いつしか感情が死んでいった。仕舞には声も出せなくなっていった。学校も休みがちになり、そうこうしているうちに気がつけば中学生になろうとしていた。

 

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アザと君と(仮) 分倍河原弌 @bubaihajime

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