2-4 車内/分類

 依頼主の家へは車で行くことになった。運転はいつも通り希である。当然のように助手席に座った満は今日は何を聞こうかとスマートフォンを操作した。慣れない様子で和真が後部座席に乗り込むのを確認し希は車を発進させる。


 ほどなくして流れ始めた音楽は日本国民なら誰もが一度は聞いたことがある子供向けアニメの曲だった。なんでそのチョイスと聞けば今回の患者が子供だからだそうだ。子どもと言っても小学生じゃなくて中学生だぞと口からでかかったが、世間ズレしている満に言っても分からないだろうと口をつぐんだ。

 

 満ナビのもと車を走らせる。満は流れる音楽に合わせて鼻歌を歌っていたが、バックミラー越しに確認した和真の顔はこわばっている。初めてのことで緊張しているのだと伝わってきて、希もつられて緊張してしまいそうになった。


「そんな緊張しなくても大丈夫。今日は面談だけだから」


 和真の様子に気づいた満が後部座席の方に明るい笑顔を向ける。和真がまぶしさに目を手で隠す姿がバックミラーに映った。満は顔が良すぎて直視すると目が潰れそうになる。顔から光線が出ていると言われても納得してしまいそうな威力だ。

 これには慣れるのに個人差があるが和真の反応を見るに時間がかかりそうだ。ちなみに人の顔に興味がない所長と研究員は秒だったらしい。人の顔に興味がないにもほどがあるだろうと話を聞いたときは呆れたものだ。


「満の言うとおり今日の仕事は依頼主から事情を聞いて、できたら患者の様子を確認する。話を聞くのは満がやるから和真は座ってるだけでいい」

「その後のカウンセリング計画は所長が考えるし、こんな事例もあるんだなって参考程度に聞いてればいいよ。あまりに他人事で聞いてると怒られるから親身な態度はとって欲しいけど」


 こちらからすれば数ある案件の一つだが当時者からすればそうではない。ディザイアーの存在を知らない者はいないというのに自分が関わることは想像もしていない人間は多い。そういう人間は突然ふってわいた不幸だと必要以上にうろたえる。実際は突然でもなんでもない。原因はストレスなのだから予兆はどこかに必ずあったはずなのに、本人も周囲も発症してから気づくのだ。

 

「それなら俺たちが行くよりも本宮所長が直接行った方が早いんじゃ……」


 希と満の説明を飲み込んだ和真はかすかに眉を寄せて不思議そうにつぶやいた。和真の最もな疑問に希と満は視線を合わせて「あー……」という微妙な声を出す。


「俺達は所長がすごい人だって知ってるけどな。見た目がな……」

「何も知らない人間がディザイアーの専門家もしくはカウンセラーを呼んで所長が来たらふざけてんのかって思うだろ」


 希と満の言葉に和真は眉を寄せて苦笑を浮かべた。和真も初めて恵茉を見た時は驚いた側なのだろう。

 満と希が研究所に所属する前は依頼主や患者との面談は山崎が行っていたらしい。律だと若すぎて微妙な反応をされるのでついて行くとしても助手と名乗るのだとか。見た目でその人の人となりや知識はわからないと知りながらも人間はどうしたって視覚情報に引っ張られる。異能だと説明したところで誰もがすんなり信じてくれるとも限らない。

 恵茉が患者や研究員を受け入れているのは助手や研究対象という他に表だって動けない自分の手足を求めているというのが大きい。


「所長がいった方が早いのは確かだけど、学者じゃなくて患者じゃないとわからないこともあるし、病気を発症したての不安な気持ちに関しては昔過ぎてもう覚えてないって言ってたからな」


 今頃研究所で資料とにらめっこしているだろう恵茉のことを思う。直接会って話しを聞きたい気持ちはあるが今の自分は研究者目線が強すぎて警戒されるだろうとも前に言っていた。患者に警戒されては治るものも治らない。相手から素直な話しを聞くのは顔の良さから人の口を軽くする満が適任なのだ。

 

「そう考えると今回の適任は和真なわけ」

「お、俺ですか!?」


 満の話に納得していたらしい和真は突然満に水を向けられて驚いた。希も満に任せればいいだろうと考えていたので少し意外に思う。


「俺も希も発症してそれなりに時間たってるし、どっちかっていうと攻撃型ディザイアーだから、防御型ディザイアーの気持ちって分からないんだよね」

 満の言葉に納得した。

 

 ディザイアーの異能はいくつかに分類されている。一番数が多くてわかりやすいのが攻撃型。満の何でも切るという異能はまさしくそれであり、敵と認識した相手に襲いかかる希の異能も攻撃型に分類される。

 次に多いのが自分を守ろうとする防御型で、和真はそれと操作型の複合タイプと分類されそうだ。細かい区分に関しては朝食を食べるなり研究室に引きこもった研究員たちが勝手にやるだろう。


「今回の患者は防御型だろうから和真の方が気持ちわかると思う」

「ストレス対象を排除しようとする人間と身を守ろうとする人間じゃ考え方が違うからな」


 希は排除しようとした側なので相手を攻撃しないという選択をした患者の気持ちはよく分からない。相手が憎くはなかったのか、怒りはなかったのか。深く眠ろうと姿を消そうと傷ついていることは変わりがないのになぜ耐えることを選んだのか。

 考えても理解はきっとできないのだろう。発症したあの瞬間に戻れたとしても希が望む異能は相手を攻撃するものだったに違いない。


「脳筋には精細な人の心はわかんないから、和真に頼んだ」

「脳筋っていうと一気に俺達バカみたいじゃん」


 胸に浮かだ様々な感情を飲み込んで、希は軽い調子でいった。満は呆れた顔をしていたし、和真も戸惑っていたが重くなるよりは良いだろう。発症原因に向けた人に向けるには物騒過ぎる激情を理解してもらいたいとも思わないし、出来ることならもう表には出したくはない。

 しかしながら発症した以上、無理だろう。護りたいと強く思う相手が危険にさらされた時、自分の枷があまりにもあっさり外れてしまうことを希は自覚していた。それを恵茉は病気の影響だから気に病むなと言っていたが、気に病まずにいられるはずもない。

 まるで獣だ。そう言ったのは誰だったか。発症した直後は記憶が曖昧でいろいろな人にいろいろな言葉を浴びせかけられた気がするがよく覚えていない。それでも獣という単語だけはやけに耳に残った。


 希の中には獅子のような姿を持ったもう一人の自分がいる。あれが恵茉にとってのサクヤのような願望であり理想なのだとしたら希は刑務所に入っていないのが不思議なくらい凶悪な人間なのだ。


「おーい、希? どうかした」


 考え事をしていたらしく、気づけば隣から不思議そうな満の声がした。ハッとして気を引き締める。運転中にぼんやりするのは危険だ。気持ちを切り替えるためにハンドルを握る手に力を入れ、前を向いたまま満の問いに答える。


「どんな患者なんだろうなと考えてた」

「ふーん」


 平静を装ったつもりだったが満にはバレている気がした。出会ってから五年。発症し家族と友人と会えなくなってから希の隣にいたのは満だ。満は人の感情に敏感で出会った当初は無口で反応も乏しかった希に対して根気よく接し続けた。今の希を誰よりも理解しているのは満に違いない。だから、希の誤魔化しはあっさり見抜かれていることだろう。


「もうちょっとで目的地つくね」


 それでも満は追求してこなかった。地図アプリを眺める横顔はいつもと変わらない。それに希はほっとした。あらためて自分にはできすぎた相棒だと思った。

 

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