1-9 研究所/後輩

「希~見てみて、すっかり真渕が弄られキャラになってる」


 研究所にて書類の仕分けをしていた希は、飽きてスマートフォンを弄り始めた満にとあるネットニュースサイトを見せられた。「異能局のエース、真渕啓治に迫る」という見出しの記事には真渕の写真が掲載され、活躍が面白おかしく紹介されていた。


「横森さんの事件以来、すっかり面白キャラで定着したよな真渕」


 横森が飛び降りようとした光景は生放送で中継されていたらしく、それに対する真渕のちょっとズレた返しはネット民の心を大きくつかんだらしい。ネットで散々おもちゃにされた結果、異能局は黒くてなんか怖いという印象を大きく塗り替えることに成功した。真渕は頭を抱えていそうだが黒くてなんか不気味よりは良いだろう。発症者の中でも人の目に触れる立場なのだしもっとフレンドリーな印象を浸透させてほしい。


「みくるんは可愛いって人気みたい」


 次に満が見せてくれたのはSNSのまとめサイトのようだった。多くは隠し撮りらしい写真だが中には一般人とのツーショットも映っている。真渕と違って話しかけやすい雰囲気の女性のため男女問わず人気が出ているとの話だ。


「異能局の広報担当に就任してくれないかな」

「みくるんの顔面至上主義が広まると違う批判集まるかもよ?」


 満の言葉に希はインタビューにて「顔の良い人間以外価値なし」と真顔で語る操上を想像し、ゾッとした。冗談ではなくいいそうなのが怖い。病気の影響も多大にあるが発症以前から近い思考を抱いていなければディザイアーとして発現しないのも事実。


「異能局もそこら辺分かってるから今まで発症者を表に出してこなかったんだろうし」

「発症者は極端な思考に偏るからな」


 真渕が堅物過ぎるのも病気の影響といえなくもない。元々あった主義や願望をさらに強めるのが異能症の特徴だ。

 今のところは物珍しさやらギャップやらで上手くいっているようだが、今後どうなるかは分からない。人類の歴史でいえば異能が見つかったのはつい最近で、社会が異能に対して対策を取るようになって百年も立っていない。人類は異能症との付き合い方を探っている途中なのだ。


 他にはどんな意見があるのだろうと画面をスクロールしていると気になるまとめを発見した。クリックすればそこには見慣れた相方の姿が遠目に映っている。


「お前もいつのまにか有名になってるな。謎のイケメン」

「どんなに隠れても世界は俺を見つけてしまうらしい」


 わざとらしくキザったらしいポーズを取った満を見て、この顔面力なら仕方ないかと希は思った。満が目立ったおかげで一緒にいた希は注目されなかったようだ。巨大な黒いライオンのラの字もネットにはなく希は密かにほっとした。


「満は今日から外行くときはマスクにサングラスに帽子な」

「それ別方向で注目集めるし、通報されるだろ」

「警察なら真渕に連絡すればなんとかなるから問題なし」

「問題しかない!」


 唇を尖らせた満は机に顎をのせてブツブツと文句をいう。ちょっと可哀想になってきたので椅子から腰を浮かせ、向かいに座っている満の頭を乱暴になでる。妹はこれをするとセットが乱れると文句を言ったが、容姿が良すぎるせいか身なりにそれほど気をつかわない満は嬉しそうに笑った。


「お兄ちゃん、やさしー」

「俺には妹しかいない」

「ってことは弟枠残ってるじゃん。そこに俺入れといて」

「無茶苦茶なこというな」


 兄弟は枠とかそういうものではないと思うが、満が自分の弟と考えると悪い気はしない。目を離した隙に誰かにさらわれるんじゃないかと気が休まらないが、近くで見張れるだけ他人よりは良いのかもしれない。


「よし、今日から満は俺の弟。というわけで兄命令、書類やれ」

「兄だからって何でも言っていいわけではありません。よって弟は拒否します」


 真顔で言い切った満を希もまた真顔で見つめる。しばし二人の間に沈黙が続き、同時に立ち上がると満はドアの方へと逃げだし、それを捕まえるべく希は走る。

 一足先にドアにたどり着いた満に希が舌打ちした瞬間、満の悪行を止めようというようにドアが開き、満が「ギャンッ」という犬みたいな悲鳴を上げてその場にうずくまった。おそらく鼻を思いっきりぶつけたのだろう。人よりも鼻が高いばかりにダメージは大きそうだ。


 ドアを開けた人物、恵茉はドアの横でうずくまる満と少し離れた場所で両手を合わせる希を見て全てを察したらしく白い目を満に向けた。


「仕事をさぼるからだ」

「サボってないもん。今からサボろうとしたけどサボってないもん」

「仕事をさぼろうとするからだ」

「所長、何か用事?」


 言い訳を塞がれてしゃがみこんだまま肩を落とした満をスルーして希は恵茉に話しかける。この時間であれば研究室に缶詰になっているのでわざわざ希と満がいる作業部屋にやってくるのは珍しい。なにかあったのだろうかと興味本位で聞いた言葉に恵茉はよくぞ聞いてくれたとばかりに胸を張った。


「一ヶ月前に怒った病院自殺未遂事件、覚えているか?」

「今ちょうどその話してた。真渕があれを切っ掛けにお茶の間の弄られキャラになって良かったねって」

「真渕くんには言うなよ。絶対キレるから」


 言わないよと希は返したが恵茉からは不審そうな顔を向けられた。そこら辺の信用はないらしい。希にも言うなよという視線を向けていたが未だに鼻を押さえたままの希は視線を泳がせる。そんな二人の反応に恵茉はため息をついた。


「その事件を切っ掛けに横森くんは私の担当患者になったわけだが、彼がこのたび無事退院することになってな」

「それは良かった!」


 しゃがんでいた満が立ち上がりキラキラした目を恵茉へと向けた。満のこれは社交辞令とかではなく本心からのものだ。それが分かるだけに恵茉も満に孫を見るような優しい目を向ける。


「保護観察はどこがやるんだ? まさか異能局じゃないよな」


 発症したての患者は異能とディザイアーになれるために保護観察期間が設けられる。その期間中に保護観察継続の監視が必要な重患者か、一般人に混ざっても問題ないという軽患者かの判断が下される。重患者となれば保護観察官の監視、報告義務が発生するが、軽患者であれば年に一回の抜き打ち検査と住民票などの必要書類の提出をきちんと行うだけで済む。発症者の分かれ道である。


 といっても一度に十二人を眠らせた強異能の横森は重患者と判定されることが確定している。眠らせるという一見平和な能力も使い方と場所によっては大きな事件を引き起こす。異能を恐れる政府が横森を野放しにするとは思えない。

 そうなると誰が監視に着くかが発症者にとっては重要になる。厳しい観察官に当たった発症者の人生は悲惨だと聞く。


 遠目に一度見ただけで大して話していない相手とはいえ、同じ発症者が不遇な目にあう未来は望んでいない。どうなったのかとじっと恵茉を見つめれば、恵茉はニヤリと口角をあげた。


「横森和真の保護観察官は私、本宮恵茉が担当することになった!」


 胸に手を当てて「誉めろ」とばかりにドヤ顔をする恵茉に満と希は気づけば同時に叫んでいた。


「さすが所長! すごい、偉い、頭良い!」

「さすが所長! 可愛い、賢い、年齢不詳!」

「希、最後のは褒め言葉じゃないからな」


 顔を思いっきりしかめられたが気にならない。良かったなと希と満は顔を見合わせてお互いの背中をたたき合った。


「それでいつから来るんだ? 部屋は? 俺の隣?」

「部屋はお前の隣だ。後輩だから色々と教えてやれ。でもってもう来てるぞ」


 うんうんと恵茉の話に頷いていた満は最後の言葉に首をかしげた。同じく話を真面目に聞いていた希も目を丸くして固まる。恵茉は悪戯が成功した子供みたいな顔をして中途半端に開いていたドアを全開にした。そこには縮こまるようにして立っている横森和真の姿が。


「よ、よろしくお願いします」


 二人の視線の圧に耐えかねたのかどもりながら横森が挨拶し、小さく頭を下げる。その姿を見た満は謎の奇声を上げながら横森に飛びつき、希と恵茉は顔を見合わせて笑みを浮かべる。


 こうして研究員三人、発症者二人のこじんまりとした研究所は、研究員三人、発症者三人のこじんまりとした研究所になったのである。

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