1-5 病院/異能差別

「本宮所長は今回の発症者についてどうお考えですか」


 操上の背を見送ってから真渕が真面目な顔をして恵茉に問いかけた。真渕は真面目過ぎていつも怖い顔をしているが、今回はいつも以上に顔が険しい。

 異能力はかかったストレスによって変化する。ストレスが大きければ大きいほど異能の力も強く、それにより発現するディザイアーも強い。

 一度に十二人を眠らせるほどの広範囲能力ともなれば、横山が感じたストレスは相当なものだ。これが人を傷つける方向に向かなかったのは不幸中の幸いといえる。


「早急な精神ケアが必要だろうな。能力の強さからいって心身ともに相当な負荷がかかっているだろう。それに加え、真面目そうな性格というのが問題だ」

「真面目でなにか問題あるのか?」


 真面目とは良い意味で使われる言葉だと思っていたが恵茉は苦い顔だ。真面目が服を着て歩いているような男である真渕は恵茉の発言に不満そうな顔をした。


「真面目なことは美徳であることが多いが、場合によっては真面目さ故に自分を追い詰める。真渕くんだってそれで発症した口だろう」

 恵茉の問いかけに真渕はだまりこんだ。実際その通りなのだろう。


「真面目すぎる人間は自分に全ての責任があると背負い込みがちだ。横森くんもそうだったんだろう。だからブラック企業という環境から逃げる選択肢をとらずに発症するまで自分を追い詰めてしまった」

「すぐに異能局で働くのは難しいということですか?」

 

 真渕の問いかけに恵茉は壮大に顔をしかめた。外見が女子中学生なだけになかなかダメージの入る表情だ。さすがの真渕も一瞬ひるむ。


「異能症は病気だと何回いったら分かるんだ? 異能局がやっていることは患者を無理矢理戦場に連れて行くようなものだと何度も言っているだろう」

「ですが、異能に対応出来るのは異能者だけです」


 真渕は真っ正面から恵茉を見つめ返す。一切のブレのない信念に希はひそかに顔をしかめる。真渕の場合は組織に洗脳されているわけでもなく、本気でそう思っているから質が悪い。クソ真面目もここまで来ると有害なのだなと希は気づかれないようにため息をつく。


「対応させる気がないの間違いだろう。異能といえど万能ではない。身体能力の上昇は数で対応すればどうにかなる。異能についても発症者の境遇と言動を分析すればある程度の予測は立てられる。私たちの異能は願望で出来ているのだからな」


 恵茉はそこまで一息でいうと心底不快という顔をして腕を組んだ。


「発症者に対応を丸投げしているのは金をかけたくない、人員を割きたくない、異能という意味の分からない存在に関わりたくない。そういう政府、世間の考えの結果だろう。毒には毒。悪には悪。異能には異能をあてがってお互いにつぶし合えばいいという人間の醜い心の表れだ」

「……そうはいっても、実際異能者によって一般人に被害が……」

「異能者ではない。発症者だ。国の代表である君たち、しかも患者の一人である君が差別発言を口にするとはどういうことだ」


 中学生の外見からは似合わない圧に真渕がひるむ。いくら見た目が中学生に見えても中身は真渕よりも何十年も生きている存在だ。積み重ねた知識と経験が違う。

 言い返す言葉が見つからなかったようで真渕は唇を引き締めた。それでも納得したのとは違う。状況や恵茉の立場を考え、これ以上討論を続けるのは愚策だと思っただけなのだろう。恵茉だってそれは分かっているだろうが、真渕と同じくこれ以上討論を重ねても無駄だと思ったらしくひりついた空気を引っ込めた。


 こういった議論はこれが初めてではない。視点と考え方の違いだ。

 恵茉は医者であり研究者という立場から発症者を患者として見ている。一方真渕は自分が発症者であるにも関わらず、発症者は一般人の生活を脅かす悪だと思っている。

 実際に事件を起こす発症者は少なくなく、日々それの対応に当たっている真渕が発症者を悪と認識するのは致し方ない気もする。だからといって今日発症したばかりの弱っている人間を連れて行くのは人道に反する。いくら有用な異能だとしても本人の回復を待ったうえで、本人の意志で異能局に所属するかどうかを判断させるべきだ。


「とりあえず、横森さんに会ってから決めよう。栄養失調気味って話だし、治療が先だろ。しばらくは入院って形になるんなら、その間にゆっくり勧誘すればいい」


 恵茉から聞いた話と発現した異能を考えると真渕のような圧のある人間が対応しても怖がられるだけだと思うが口には出さない。希は恵茉と同様、異能局をよく思っていないので、発症したばかりの患者が分けもわからないまま異能強に所属させられるような展開は望んでいない。病室にでもこっそり異能局に関する注意書きでも忍ばせておこうと考えている。

 そんな希の思考を知らない真渕は「そうだな」と頷いた。真面目すぎて融通が利かないが、真面目すぎるので基本的には素直なのである。扱いやすいのか扱いにくいのか分からない男との討論が終わり、希はこわばっていた体から力を抜いた。


「じゃあ、満回収して横森さんに会いに行こう」


 いまだにマスコミはうるさいがなんとかなるだろうと希は今度の方針を口にした。恵茉と真渕から異論もないので満を回収すべく周囲を見渡した希は悲鳴のような声を聞く。


「あそこ!」


 集まっていたテレビクルーの内の一人が頭上を指さして叫ぶ。釣られて周囲の人間が顔を上げ、周囲は騒がしくなる。

 視線の先にはあったのは屋上。そこには安全のために作られた柵を乗り越え、今にも飛び降りてしまいそうな青年の姿があった。青年の隣にはモコモコした服に身を包んだ子供の姿がある。その頭には本来人間にはありえない羊の角。ラーメン屋で満と共に見たディザイアーに違いない。

 

「ディザイアーだ!」

 テレビクルーの誰かが叫ぶ。それに希は舌打ちした。発症者が何人も入院しているという話は聞いていないので、間違いなく横森から発現したディザイアーだ。


「今日発症したばかりで発現って、絶対制御出来てないだろ!」

「誰か、下にマットか何か、クッションになるものを用意しろ!」


 希のやけくそな叫びの後に真渕の冷静な指示が響く。こういう対応の早さを見ているとさすが場慣れしていると思う。


「操上!」

「呼んだ?」


 いつのまにか操上が戻ってきている。その後ろには真面目な顔をした満の姿もあり、屋上の横森とディザイアーを見つめていた。


「お前のディザイアーでどうにか出来ないか」

「距離が遠い。あと、好みの顔じゃないから無理」

「使えない!」

「ケイティーだって無理でしょ。彼、犯罪者じゃないし」


 騒ぐ真渕に対して操上は冷静だ。

 異能は万能ではない。願望が具現化するという性質上、元になった願望の影響を大きく受ける。操上の異能は人を操る精神操作系のものだが、操上自身が操りたいと思える存在でなければ効果を発揮しない。操上の好みは美形。満であれば効果が高まるが恵茉に見せて貰った写真からみるに平凡な顔立ちの横森には効果がない。

 真渕の能力も特定の人物にしか効果を発揮しない。真渕の異能は犯罪者に罪を自白させることで体の自由を奪うというものだ。攻撃性の高く犯罪思考の相手には強力な異能だが、こういう場面では全く役に立たない。


「落ち着け! 被害者は全員軽症だ!! 君は被害者であって何の罰も受けない!」


 真渕が叫ぶ。声は横森に届いたようだ。隣に立っているディザイアーの顔が真渕に向けられる。遠すぎて表情は見えないが敵意はひしひしと伝わってきた。


「異能者になった時点で、僕の人生はおしまいだ!」

 真渕の説得に対しての横森の答えはこれであった。悲痛な叫びを聞いて恵茉が額を手で押さえる。


「だから、異能差別はやめろとあれだけ言っているのに!」

「まーまー所長、今それいってもどうにもならないからさー」


 なんとかなだめようとする満の言葉は恵茉に届いていないらしく、恵茉は歯ぎしりしながら地面をガンガンと蹴る。感情が高ぶると恵茉の行動はとたんに子供らしくなる。精神が体に引っ張られるのだと前に言っていたから、今の恵茉は相当ご立腹なようだ。気持ちは分かる。


 発症者は社会的に不利である。就職にも影響するし、異能局の監視からは逃れられない。普通の人間として生きることは不可能だ。そういった状況に絶望し、自殺する発症者は後を絶たない。

 しかし社会はそうした発症者に対してこれといった対策は打ち出さなかった。理由は簡単だ。異能を操る危険な存在が死んでも誰も困らない。むしろ不安分子などいなくなってくれた方が嬉しいのだ。

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