1-4 病院/異能局

 発症者の名前は横森和真よこもり かずま。経歴を洗ってもこれといった特徴もない、ごくごく普通の一般人である。今後も平々凡々とした人生を歩む予定だっただろう彼の最大の不運は入社した会社がブラック企業だったことだ。


「横森くん以前にも精神や体調に支障をきたして退職したものは出ていたようだ。今まで発症者が出なかったのが不思議なくらいだな」


 スイスイとタブレットを操作しながら恵茉はいう。今日起こったばかり、いまだマスコミも情報を得られていない事件だというのにどこから情報を引き出してきたのか。

 

 百年以上生きているお婆ちゃんと聞くと最先端技術に疎そうなイメージがあるが恵茉はその逆だ。好奇心旺盛なこともあり二十代の希よりもスマートフォンを含めた情報端末、電子機器を使いこなす。むしろ希が今どきの二十代にしては疎すぎると言われるが、興味ないものは頭に入らないのだから仕方ない。


「横森くんが発症したことにより連鎖的に発症者が出る可能性あるよな」

「その可能性も含めて異能局は調査に乗り出したんだろう」


 満の言葉に恵茉が苦い顔をした。

 学校や会社など区切られた組織内で発症者がでた場合、連鎖するように発症者が急増することがある。

 人間には心を守るため、負担やストレスをあえて認識しないという機能が備わっているらしい。とっても所詮は誤魔化しだ。同じ環境に置かれる人間が発症することで、ストレスから目をそらしていた人間は己のストレスを自覚する。これにより連鎖的な発症が起こり、周囲に発症者が続出することによるストレスでさらに発症者が増えるという負の連鎖が発生する。


 ストレス緩和法制定前はこうして異能者が急増する状況が多かった。ブラック企業産の発症者は攻撃性の高い異能を発祥するケースが多く、深刻な社会問題へと発展。それによりストレスを他者に意図的に与える行為は重罪とする法律が出来上がったのである。


「連鎖発症した患者はどうなるんだろうな」

「異能局がいらないと判断したら開放されるんじゃないか」

 他人事のように話しているが恵茉の機嫌は悪い。それはそうかとハンドルを操作しながら希は思う。


 異能に目覚めた人間をどうするか。その問題に対して各国が打ち出した方針はシンプルだ。異能には異能を。この方針により各国は戦闘に適した発症者を集め始めた。政府の方針に従わないものには枷をし、管理する。従ったものには地位や名誉に報酬を与え、裏切らないように手厚く保護する。

 

 国がこのような方針なこともあり、発症者を異能者と呼ぶような差別意識は消えない。超常的な力を操る発症者に対して恐怖を覚える感情は理解できる。しかし多くの人間は大事なことを忘れている。

 発症者はストレスによって発症した患者であり、明日、自分が発症しない保証はないのだ。


「そろそろ病院つくよ」


 満が地図アプリを眺めながら言う。雑談している間に目的地に近づいていたらしい。恵茉の表情が少し引き締まるのが見えた。それとは対象的に満の表情は自然体。どころか楽しそうですらある。


「お前はいつも楽しそうだよな」

「人生楽しまなきゃ損でしょ」


 流れる音楽に合わせて鼻歌を歌う満は悩みなんて何一つありませんという顔をしている。それでも間違いなく満は発症者で、過去に過度のストレスを感じて発症している。

 その姿を見ていると改めて思う。異能病は誰もが発症する可能性のある病気なのだ。


 満ナビに従ってたどり着いた目的地、横森が搬送された病院には人だかりができていた。今の御時世、発症者など珍しくはないが一度に十二人を眠らせる強異能となると人の興味を引いたのだろう。見慣れた異能局の真っ黒な車のほかにマスコミらしい車が数台、中継がつながっているのかカメラの前でリポーターが話している。病院スタッフの迷惑そうな顔などお構いなしだ。


「大盛況だな」

「病院側は迷惑だろうけどな」

「全く病院を何だと思っているんだ」


 車から降りた満はテーマパークにきた子どものごとく目を輝かせ、背伸びをすると周囲を見渡した。その隣に並んだ希は「患者さんの迷惑になりますのでお引き取りください!」と叫んでいる病院スタッフに気の毒そうな視線を向け、恵茉は顔を歪めて仁王立ちし腕組みをしている。


「この状況、どうする? 入れてくださーいって言っても無理そうだけど」

「知り合いの医師がいるからソイツに頼む」

「所長、ほんとに顔広いな」


 恵茉の交友関係の広さはいつものことながら驚かされる。百年も生きてると自然と知り合いが増えるのだろうかと希は考え、己の友達の少なさを思い出してないという結論を出した。

 いつの間にやらテレビクルーに近づいて、「どこの局? いつ報道されんの?」と笑顔で話しかけている満であれば百年と言わず数年後には友達百人出来てそうだが、希にはそんな芸当不可能だ。人間には向き不向きがあると一人で納得していると黒いコートに身を包んだ二人組が近づいてくる。その顔が見慣れたものであることに気づいた希は軽く手を上げた。


「こんなところまで異能局は大変ですね」


 真っ黒なスーツにコートは異能局の制服である。公用車も黒いおかげでどことなく不気味な印象だ。公的機関がこれだから発症者で差別が減らないのではないかと希は思う。国が発症者を内心どう思っているのか透けて見える気がして気分が悪い。

 

 そんな制服に身を包んで希たちに近づいてきたのは真渕敬治まぶち けいじ。メガネをかけたいかにも真面目そうな男であり、実際堅物だ。異能局の発症者のリーダー的な立ち位置で、異能局に所属していない発症者に対しても小うるさいのが特徴。


「お前らこそこんなところで何をしている。本宮所長にはまだ協力要請をしていませんが」


 前半は希、後半は恵茉に向けた言葉だ。社会人らしく相手によって言葉を使い分けているが、冷たい声音と表情が変わらないのであまり意味がない。


「協力要請されてから動いたのでは遅いだろ。十二人もまとめて眠らせるような強異能、相当なストレスがかかっていると見える。心身ともに疲弊もしているだろうし、そこら辺をまとめて対処できる超有能な人間など私以外にいないだろう」


 恵茉は胸に手を当ててふんぞり返った。すごい自信だがこれが自意識過剰じゃないからさらにすごい。

 恵茉は不老を利用して己の好奇心を満たすために様々な学問を学んだ。異能症はストレスと強く結びついているという理由から医学と精神学を学び、カウンセリングまで手を出した結果、研究者であると同時に異能症の医者のような扱いになっている。異能局としても恵茉の存在はなくてはならないもののため、今回のような行動も大目に見てもらえるのである。


 真渕も否定が出来なかったようで顔をしかめて黙り込んでいる。そんなに分かりやすくて社会人としてやっていけるのだろうかと心配になるが、分かりやすいからこそ上からすれば扱いやすいのかもしれない。そう思うとまた気分が悪くなるので考えるのをやめた。


「ねー、ねー、みつるんは?」


 話が一段落したのを察して、真渕の後ろにたっていた女性、操上くりがみみくるが話しかけてきた。ピンクと水色という派手なツートンカラーに派手なメイク。成人はしているはずだがノリは完全に女子高生。

 異能局の制服は女性もパンツスタイルが規定のはずだが、堂々とスカートを履いている。支給されたコートにも刺繍やらフリルやらが施されており、服装一つでルールに縛られない自由な性格であることがうかがえる。

 そんな操上はかなりの面食いで満の顔がお気に入りである。


「満だったらあっちでコミュ強発揮してる」


 目を離している間にテレビクルーと肩を組むほど打ち解けている満を指差す。満を視界に収めた途端、操上は表情を輝かせ、短いスカートを翻してかけていった。

 高校生の妹がいる希としては心配になる短さだ。

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