1-3 車内/所長 

 異能が認知されてから世界にはそれにまつわる組織が公的、民間問わずにいくつも誕生した。その中の一つに希と満が所属する民間研究所、本宮研究所も含まれる。


 行きつけのラーメン屋から研究所までの距離は歩いて十分ほど。研究所に所属しているといえど肉体労働専門の二人はのんびり雑談しながら職場に向う。研究員は三人、発症者は希と満の二人だけというこぢんまりした研究所のドアを開けると玄関にて少女が仁王立ちしていた。


「やっと帰ってきたな!! お前らスマホはどうした!」


 希からすると短すぎて心配になる丈のワンピースにニーソックス。その上に白衣というなかなかに独特な格好をした、外見だけ見れば中学生に見える少女の名前は本宮恵茉ほとみや えま。この研究所の所長であり、希と満と同じ発症者である。


 恵茉の言葉に顔を見合わせた希と満はそろって上着のポケットに手を突っ込む。取り出されたスマートフォンを見つめた後、狙いすましたように恵茉に画面を向ける。


「マナーモード」

「充電切れ」

「そうだな……公共の場ではマナーモードにするのが社会人というものだな。だから満は許す。希は許さない」

「ちょっと充電忘れたくらいで怒らなくても」

「希、三回に一回は充電切れで通じないだろ。ちょっとじゃない」


 隣からの追撃に希は口を閉ざした。前方から恵茉の視線が突き刺さったので研究所の天井を見上げる。建設されて月日がたった研究所は古い。そろそろリノベを検討すべきではないかと口に出したら怒られそうなことを思う。

 つまり、少しも反省していなかった。


「妹からの連絡は絶対に出るのに、なんで私からの連絡は出ないんだ。わざとか」

「兄として妹からの連絡に出るのは当然のことだ」

「上司からの連絡もでろ」


 腕組みした上司、見た目は妹より年下なために悪いことをしたような気持ちになってくる。が、すぐに見た目だけで中身は百歳越えのババアだと思い出し、希は冷静になった。


「大変申シ訳アリマセン」

「謝る気がないなら黙ってろ」


 背伸びをした恵茉にお詫びもかねて頭を差し出すとスパーンと良い音とともに叩かれる。可愛い見た目に反して痛いがこれで少しでもスッキリしてくれるなら良い。ケラケラ笑っているだけで助けてくれない満を睨むとアイドルのようにウィンクされた。満の性格を知らずに顔に騙される奴らとは違うからなと睨み返しておく。


「説明は現場に向かいながらするからな。希、さっさと車だせ」

「ってことは仕事?」


 ここ最近暇だったせいか満が表情を輝かせた。犬であったらブンブンと尻尾を振っていただろう。希も読んでもよく分からない資料の整理やらデータの整理やらには飽きていたので、満までとはいかないまでも期待を込めて恵茉を見つめる。


「今日起こった集団睡眠事件の発症者に会いに行く」

「調査依頼来たのか!」


 靴を履きながら答える恵茉の前を満は往復する。完全に餌を前にした犬の行動である。躾がされてないタイプの。

 恵茉はそんな満の行動にはすっかり慣れているので気にせず靴を履いて立ち上がった。相変わらず踵が高く、リボンやらの装飾が多く歩きにくそうな靴だなと希が考えている間に腰に手を置き胸を張る。


「来てないから乗り込む!」

「さっすが所長!! 黙って引き下がらない! 往生際が悪い!」

「褒め言葉として受け取るからな」


 突っ込むのが面倒になったのか微妙な顔をした恵茉は白衣を翻して外へ向かう。満は上機嫌でその後ろに続き、最後に希が帰ってきたばかりのドアから外に出た。


 このメンバーで出かける時の運転は希の役目だ。恵茉は外見が中学生のために免許が取れず、満は助手席に座りたいという理由で免許を取らない。本日も助手席に座った満は上機嫌で鼻歌を歌い、買って知ったる様子で音楽の準備をしている。

 満の音楽の趣味は洋楽からJ-POP、アニソンとよく言えば幅が広く、悪く言えば節操がない。今回は音楽に詳しくない希でも聞き覚えがあるものだったので、おそらくJ-POPだろう。

 

「また異能局に嫌味言われるんじゃないか?」

 恵茉が後ろに乗り込んだのを確認してバックミラー越しに目を合わせると恵茉は腕組みをして鼻で笑う。


「嫌味を言いたいのはこっちの方だ。発症者の保護と声高に叫んでいるがやっているのは囲い込みだ。有益な異能は社会のためと言いながら酷使し、有害な異能は秩序のためと自由を奪う。これが社会性を身に着けた人間のすることか」


 恵茉はクッションに身をあずけると大きなため息をついて足を組む。実感のこもった物言いは中学生の見た目とは不釣り合いで、恵茉が本来であれば死んでいる年齢であることを思い起こさせる。


「所長、未だに勧誘されるもんな」

「それは満もだろう」

「俺だけ仲間はずれか……」

「希の異能は異能局からすると使い勝手悪いんだろうな。ハマるとめちゃくちゃ強いけど」


 気にするなという言葉とともに頭を撫でられるが子供じゃないと払いのける。満は楽しげに笑うと恵茉に伝えられた住所をスマートフォンで検索し始めた。この車にはカーナビが付いていないのでカーナビの役割は満が担っている。

 車が発進し研究所の敷地を出ると恵茉のため息が聞こえた。


「そもそも有益な異能、有害な異能という考えが間違っている。異能は病気。発症者は患者だ。ストレスによって発症する病気の患者にさらなるストレスを与えてどうする」

「なんか、頭良さげなこと言ってる」

「良さげじゃなくて私は頭がいいんだ」


 ふんぞり返る恵茉の姿がバックミラーに写り、希は笑う。たしかに恵茉は頭が良い。希は逆立ちしたって研究所の所長なんかになれる気がしない。

 だからこそ、恵茉は老いというものに強いとストレスを抱いた。己の肉体、特に頭脳が衰えてしまうことに恐怖に近い感情を覚えた。そのストレスによって恵茉は発症し、自身の分身であり願望、ディザイアーが発現した。恵茉の発現させたディザイアーの異能は不老。


 人によっては喉から手が出るほどにほしい能力だろうが、それによって恵茉は中学生の見た目から成長できず、車の運転もできなければお酒も飲めない。不老の異能を利用できないかと考えるあらゆる組織に付け狙われているため護衛なしに外出もできない。

 

 希と満はディザイアーについて研究する恵茉の研究協力者であり、護衛、そして恵茉に保護観察されている立場だ。

 発症者は国に異能を登録され、居場所を定期的に報告する義務が課せられる。保護観察は報告をしなくてもよいが、代わりに保護観察官に見張られることになる。

 希と満が毎日を平和に過ごせているのは恵茉が保護観察官になってくれた事が大きい。恵茉でなければもっと厳しく監視されたに違いない。保護観察官によってはGPSをつけ、常に位置を監視しているという。異能局に所属となれば異能に関わる危険な事件に引っ張りだこにされただろう。そうなればラーメン屋の店主と打ち解けるような時間はなかったに違いない。


「所長の夢は異能症の治療法を見つけることだよな」

「ああ! そのために私はこの病気にかかったと思っている」


 自信満々に答える恵茉を見て希は控えめな笑みを浮かべた。恵茉であればそのうち治療法を見つけるだろう。本人が言う通り恵茉には時間がたっぷりある。


「治療法見つける前にうっかり病死とか事故死とか殺害とかされないでね」

「事故死と殺害に関してはお前らが頑張れ。私の護衛だろ」

「病死に関しては護衛にはどうにも出来ないので集中し始めると飲食忘れる癖直してください」

「あっそうだ。発症者の情報伝えるのを忘れていた」

「話そらすな」


 希の言葉を無視して恵茉は持ってきたタブレットを開くと発症者の情報を読み上げる。満は恵茉と希のやり取りを楽しげに眺めていて、車内ではどっかで聞いたけどどこで聞いたか思い出せない流行らしい曲が流れている。

 いつも通りの平和な光景に希は仕方ないから追撃の手を緩めてやった。

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