21話 サテライトイレイザー掌握阻止 前
長い。死傷黒雲とは、これほど分厚いのか。既に国家運営局の屋上から死傷黒雲までの距離の二倍ほどは飛んだはず。それでもまだ届かない。
ドラゴニックが穿った穴は存外広く、あの砲撃の威力を物語っていた。遙か上方、ごく小さな青い点が、黒雲の上。しかし、流れる黒雲は徐々に形を取り戻していく。
「……行きはよいよい、帰りは怖い。どうやって帰ろうねこれ」
「さぁ。私は、それこそ死ぬつもりで来ましたが」
死傷黒雲を抜けることは不可能。ドラゴニックのブレスという力技で無理やりにそれを捻じ曲げたが、上に行けば黒雲により通信が封殺されるため、もう一度穴を開けてもらうことは出来ない。つまり、帰還する方法はない。
リツはそれでもよかった。シアンに語ったようにやりたいことは多々あれど、何が何でも叶えたい夢というわけではない。絶望郷の敵、そして己の仇であるマスコット……ファントムをこの手で殺せるならば、支払う命という代金と、得られる愉悦は釣り合っているだろうと思うだけだ。
しかし……貴方はどうなのです? 青空の下暮らすのが夢と語っていたはずだ。言外にそう問いかければ、シアンは微妙な表情をした。
「や、あーしは死にたくはないね。でもまあ、ここで自分が行かないと結局全部ダメになるから、しょうがなくかな。あとさ、ほら」
どことなく弾む声は、この先に悲願が待っているから。
「もし最後だとしても、空が見れるなら、悪くないかなって」
「……そうですか」
「それに……うわっちょ、避けて!」
不規則に結合していく雲が、行く手を複雑に阻むようにじわじわと猶予をなくしていく。時折壁のように行く手を阻むそれを避け、ときに無理やり突破し、ひたすら上へ。アルケミストに渡されたタリスマンが、楕円のバリアを形成し有害物質を防ぐ。しかしバチバチと鳴るそれは、すぐに限界が訪れることも示していた。
「ヤバい! リツ、出口が……!」
「塞がったなら開けるまでですッ! 反動に注意! “
ガチン、と引き金の音。
ドラゴニックの砲撃とは比べ物にならない程度の、しかし十分な威力が残り僅かな汚染の暗雲を吹き飛ばす。同時、アルケミストのタリスマンが砕け散った。
だが間に合う!
ボッ、と黒が弾け、視界に広がるのは――。
――青。
青い、空だ。
見上げれば、青より藍と言うべき色合いの蒼穹。
死傷黒雲に覆われた地平線に、空に焦がれた少女の髪と同じ水色が見える。
本物の陽光は、絶望郷を照らすそれと違い眩しくて直視できない。
言葉は出てこなかった。仮想空間で見たそれと同じ、しかし全く違う壮麗な世界。
リツの語彙では、この美しさを語ることはできそうになかった。
隣を見れば、相棒は静かに涙を流していた。
道化師からその名を授けられるほど、憧れた光景だ。
「……シアン」
「……うん。行こうか」
視線を美しい空、それを汚す邪魔な存在に移す。
絶望郷の上空エリアから離れた場所に浮かぶのは、基地で見た空中戦艦そのもの。断続的に放物線を描いて発射される何か――黒雲爆弾だろう――が雲に沈み、絶望郷へと落ちていく。
「えらく遠くにいるね」
「サテライトイレイザーに巻き込まれないように、でしょうね」
シアンはバサリと、リツは機械音を鳴らし翼を動かす。
近づけば、空中戦艦の様相が見えてくる。
焼け爛れたかのように装甲が溶け、一部その隙間からはスパークが漏れる。ファントムとマスコットの会話から、準備が足りていなかったのだろうとは推察できるが、それにしても損傷が激しいように見える。
万全の空中戦艦であれば展開されているだろう、シールド装置による薄緑のフィールドも見当たらない。リツとシアンが無傷で通り抜けられたのがおかしいのだ。アルケミストのバリアタリスマンは相当に強力だったらしい。
「迎撃に注意!」
「おーけい!」
バッと散開した瞬間、数秒前の自分を砲弾が貫いた。
死傷黒雲を通り抜けるための装甲が開き、火砲が覗いている。
だがディストピアが保有する空中戦艦と比べると、その数は非常に少なく、精度も悪い。なるほど、レーザー砲が積めていないと推定マスコットが言っていたのはこういうことか。
複雑に飛び回れば、狙いのヌルい対空攻撃など人間サイズという小さな的には当たらない。
が、続けて発射されたのは迎撃用ミサイル。戦闘機を落とすためのそれが複雑な軌道を描いて迫りくる。
「どうする!」
「まずは黒雲爆弾を! 発射機を破壊します!」
「おーけい!」
――“
――“
ぐるりと身を翻し、ミサイルとすれ違う。そしてアサルトライフルで魔法の弾丸をバラ撒けば、自動追尾する弾丸が二人を追う迎撃ミサイルを貫いていく。
ぐわん、と戦艦に張り付くように接近。機銃の射線を切ってからその上部へ躍り出る。
空中戦艦の甲板は平らではない。旧時代の創作物に登場する宇宙戦艦のような、と形容すればいいだろうか。全方位からの攻撃に対応するため、上面もガチガチに覆われている。その装甲が開き、隙間から迫撃砲のように黒雲爆弾が発射されていた。
「や、生身でミサイルに追われる体験をすることになるとは思わなかったよ!」
「全くです!」
先に発射されたものはかなり落としたが、追加が来た。
さっさと仕事を済ます!
「“
飛び回りながら、黒雲爆弾発射装置に照準を定め……次々と狙いを変えつつ、四連射。
いつだって、発射口は狙い目だ。
対物弾丸が金属を食い破り、そして爆発。
装填されていた黒雲爆弾のウィルム結晶が誘爆。用意されていたのだろう次弾ともども炸裂し、内部から凄まじい火柱が立ち上った。ウィルムの魔法特有の、溶岩のように粘りつく火がドロドロと構造を溶かしていく。
「ひとまずこれで黒雲爆弾は止まったでしょう。中に入りますよ!」
「りょうかい!」
火柱の間を縫うように飛び、迎撃ミサイルの追尾を撒く。
「こっち来てピスメ! あーしの魔法で突入する!」
「略さないでください!」
シアンに抱きつくように集合。一分も減速せず、そのまま戦艦の装甲へ突っ込んでいく。
「“
目に飛び込んでくる、装甲や機械の断面。ぶつ切りに見えるそれを通り抜け、幾つかの部屋もすり抜ける。
すべてを無視して侵入したのは、戦艦の制御を行うメイン制御室。コンソールが並び、ホログラムのモニターが戦艦周囲の状況を映し出している。空席がやや多いのが目立つが――減った火砲の分に、AI運行によるものだろう――、反乱軍達が一様に被害状況の報告や指示を飛ばしていた。その中の一人がこちらに気づき、騒然と焦りの声が部屋を埋めていく。
「獲物がたくさんいて嬉しいですよ」
ニタ、と歪む口元。
――“
早すぎる魔法少女の侵入に慌てふためく反乱軍を、アサルトライフルの斉射が永遠に黙らせる。罪を感知し曲がる弾丸は、一人一発確実に頭を穿っていった。
アルケミストからもらった見取り図がそのまま役に立った。死傷黒雲を抜けるための装甲等に大きく手が入っているのであれば、内部構造を弄る余裕はあまりないと見て正解だった。何せ、空中戦艦は全長数百メートルにも及ぶ、技術の髄を集め緻密に設計された芸術品とも呼べるものだ。わざわざ内部を作り直す必要もない。
『くそ、俺たちの邪魔をするなよ!』
『無粋ねぇ全く!』
スピーカーから聞こえるのは、マスコットらしき若い声。ここにいた連中の中にはいなかったか。つまりハズレ。どこかに専用の部屋でも作ったか。
焦りと苛立ちが声に滲んでいる。いい気味だ。震えて待ってろ。
「で、ここからは?」
「まずはハッキングを止めます」
クラウンに託された小さな王冠。それを制御コンソールにカコン、と押し当てる。
『な、なぁ!? う、うそ、そだ!』
『制御が!』
くすくす、ケラケラと笑う声と共にマゼンタの電子波紋が空中戦艦に広がっていく。
最強のセキュリティでもありコンピューターウィルスでもある、ネットワークの支配者ディストピア☆クラウン。その彼女が作り出した魔法の電子兵器。望む意思に従って、プログラムを好き放題書き換える。
「えぐいねぇ」
「このまま掌握しきって……いや、ダメでした。遮断されたようです」
魔法のそれであるため、本来のコンピューターウィルスとは性質が違う。侵食の手を伸ばしきる前に道を絶たれてしまった。
「やはり連中を始末しなければ。後部の最奥、一番奥まった部屋が目的地です」
「おーけい、行こうか。……ああ、だけどお出迎えが来たね。どうする?」
「もてなしを受けている暇はありません。踏みにじって行きましょう」
本来の入り口から管制室へ現れたのは、薄紫の喪服と橙の亜竜。
「てめぇら……!!」
「……やはり貴方達ね。フリューゲルの光から生き延びるとは。備えておいてよかったわ」
ディバイン☆ファントムと、ディバイン☆ウィルム。
頭上には、ディバイン☆フリューゲルの眷属であることを示す、刺々しい光輪が浮かぶ。
驚きに顔をしかめる亜竜と違い、亡霊は変わらず冷静な表情だった。それでも言葉の端には苦虫を噛み潰したような、しかし納得したような色が混じる。
――“
――“
開戦の合図代わりに作り、改造したのは、二丁のサブマシンガン。
銃口下部に取り付けられたレーザーブレードが、長剣のように長く伸びた。
「……本当に、忌々しい……。あの道化師と同じ。どこまでも私の邪魔をする」
「では、私もクラウン様にならって貴方を殺すことにしましょうか!」
途端、ファントムの眼が殺意に染まる。
冷たい無表情には青筋が浮かび、取り繕った仮面の下で激情が爆発しているようだった。
「
薄紫の槍の散弾を号砲に、火蓋が切って落とされる。
ハルバードを作り出したシアンが、それをぶん投げたのを合図に、リツも飛び出していく。
低い姿勢から跳躍。コンソールを蹴り飛び上がり、重力翼でやや高い天井へ。逆さに着地したかと思えば天井を蹴り急降下。
あり得ない挙動に、ファントムの放つ槍の斉射は虚空を貫いた。
振り下ろしたレーザーブレードは、反射的に動いたウィルムの爪で受け止められた。
「速っ!? コイツ……!」
くるりと体を回し、低い姿勢から回転斬り。飛び上がっての切り上げ。左のブレードで横薙ぎ。刺突は避けられたが、爆刑弾を撃ちつつ追うように狙いを合わせていく。
が、突如床をすり抜けて槍が飛んできた。
亡霊らしい、ファントムの力。
だが、反乱軍の拠点に乗り込んだ時、それは散々見た。
「ウィルム。被害は考えなくていい。貴方も魔法を使いなさい!」
「なら楽になるぜ! “ハイスヴァルムの
床が赤熱し、溶岩の爆発が起こる。その魔法も一度見た。
避けた先に、宙に浮かぶファントムがこちらに手を向ける。
槍だ。どこから――。
「っが!?」
不可視の攻撃を喰らい、体勢を崩す。
くそ、見えなかった!?
リツを狙って突っ込んできたウィルムの攻撃を、割って入ったシアンが受け止めた。
戦乙女は生み出した剣でウィルムを追い払い、リツを助け起こすと同時に魔法を唱える。
『リツ! “
『今のは!』
『あいつ、槍を透明にしてるんだよ! 今あーしの魔法で見えるようにした!』
面倒な!
クラウンの推測では、『隠す』能力だったか。その範囲や効力がどこまでのものかは知らないが……リツやシアンと同じく、解釈次第で様々なことが出来る能力だ。
「……最初の私を殺した道化師ばかり警戒していたけれど、
「やれるものならやるといいでしょう! 返り討ちにしてやりますよ……!」
お前が殺した、お前が原因で死んだ者全ての怨恨を晴らす。
お前ごときの、自由を履き違えた身勝手な夢に、築かれた秩序を破壊させてなるものか!
放った弾丸は隔壁を穿つ。
再びの槍の斉射に、シアンは対抗するかのように空色の雨を作り出した。
『引き剥がす! “
雨のように重力に導かれ降るのではなく、水平に。金属の壁が細かく穿たれ、みるみる内にボロボロになっていく。
ファントムは床をすり抜けやり過ごし、範囲外に逃れたウィルムは再び魔法を放つ。
「“ハイスヴァルムの
爪痕の形に広がる爆炎。壁に追い詰めるようなそれを、天井側へ大きく飛んで躱す。
「“
電磁誘導を行う二又のレールが、クレイモアの名前通り大剣となった兵器。
リツは炎が己の下をくぐると同時、背の重力翼を稼働させ弾丸のように飛び出した。
巻き込まれ溶け落ちていくコンソールを瞬きの間に飛び越え、吶喊するのは亜竜めがけて。
「ッ!!」
大剣の刺突を辛うじて防いだウィルムの爪が凄まじい金属音を奏でる。
一拍遅れ、ウィルムは砲口が己に向く形で受け止めたと気づいた。
だが遅い!
「FIREッ!!」
「ぐぎぁッ!!?」
ギュゥゥゥゥン!!と、加速された魔法の弾丸が空気を散り散りに裂いた。
至近からモロにそれを喰らい、ウィルムは壁を突き破って吹き飛んでいく。
『追撃!』
「“
散弾銃に切り替え飛び出す。刃を拡張し、槍と言うよりも長剣に近い形に改造する。
壁をすり抜けて飛んできた槍は、得意の超機動で躱す。
「全く、よく避けるものね……」
聞こえたファントムの呟きは無視し、壁に空いた穴から奥へ。ここらは乗組員の居住区らしく、通路の脇に部屋が並んでいる。それを斜めに破壊した奥から、ウィルムの炎弾が飛んできた。
一発目は避け、二発目はショットガンで消し飛ばす。
三発目の前に、トリガー。罪追弾が壁に隠れたウィルムを狙い撃つ。
遮蔽が無意味なら、と飛び出してくる亜竜。
「クソが!! ようやく好きに暮らせそうってのによ!」
ふーん、とそれに呆れたような声を漏らしたのは、剣を追従させるシアン。
リツの代わりに亜竜の爪をハルバードで受け止め、押し込んでいく。
「まーだそんなこと言ってるの!? 流石に呆れるよ!」
「お前こそ何言ってる! 絶望郷があんな苦しい生活の生みの親だろうが!!」
「思考停止は罪だよ!!」
「ぐぁ!?」
組み合う中、シアンの蹴りがウィルムのみぞおちに突き刺さった。
吹き飛んでいく亜竜を負い、シアンが苛烈な追撃を始めた。
通路を砕き、壁を砕き、剣を飛ばし間隙なく追い詰めていく。
亜竜は爪で受け止め、ファントムの援護で何とか躱し、時に壁を溶かし下がるしかない。
途中、ウィルム結晶銃を持った反乱軍が加勢に来たが……そんな程度ものの数にも含まれない。リツの罪追弾に貫かれ、シアンが振りまく破壊に巻き込まれ倒れ伏していく。
が、突然シアンが横殴りに吹き飛んだ。
魔法障壁で大部分は防いだものの、鎧に切れ込みや刺突痕が残る。
ウィルムの追撃は、リツが床や壁ごと切り刻むように暴れ防ぐ。
ダァン!と散弾銃をぶっ放し、亜竜を牽制。
しかしリツも正面から見えない攻撃をモロに受け、勢いのまま壁に叩きつけられた。
『また透明槍……! 先程魔法で見えるようにしたはずでは!』
『もう一回! “
続けての槍は、しっかと視認できた。
それをシアンが斧槍の一撃で叩き落とす。
『これ……多分こっちに魔法をかけてるんだ! 解除はできるけど、
『ッチ、厄介な……!』
舌打ちと共に、もう一度引き金を引く。
「“
右方から壁をすり抜け迫る喪服の魔法少女を、シアンが全力で攻撃した。
砕けた壁が更に破壊され、スクラップと化していく。
シアンが出した結論はシンプル。ファントムが壁を盾にするのなら、それごと砕けばいい。
「がふッ……!! 私に干渉できる……!?」
驚きの声に、シアンは何も返さない。情報をやる意味はない。
ファントムの言葉からして、魔法すらもすり抜ける状態になっていたのかもしれない。
だが、様々な事象を無視する性質を付与されたハルバードは、魔法障壁以外の全てを貫通する。
「お前も厄介ね、内通者。その魔法、反乱軍のいい旗印になったものを」
「ヤダよそんなの。カス共に担がれても嬉しくないね!」
追撃に散弾をばら撒くが、ファントムはすんでの所で床に沈むようにして逃げていく。
再び、爪を燃やすウィルムをレーザーブレードで防ぎ、ガチン!と得物が火花を散らす。
「クソが! 自由に暮らせないのはお前たちのせいだ!! 普通に暮らしてただけなのに、お前らがオレ達を追い出したんだ!!」
「追い出されるようなことをするからでしょう……!」
「それまでと同じように過ごしてただけだろうが! なんで非常食ばっかり食わねぇといけねぇんだ! なんで好きなことして過ごしちゃいけねぇんだ!!」
非常食? 配給食のことか?
吹き飛んだ壁の向こう側に転がり込むウィルムを追い、部屋に突入。
倉庫らしき部屋だ。シアンに吹き飛ばされ、ウィルムは備品箱をなぎ倒して止まる。
「……なるほどね。やっぱりウィルムって旧時代の富裕層出身なんだ。あーしと一緒か」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます