22話 サテライトイレイザー掌握阻止 中


 得心がいったと頷くシアン。

 その言葉で、リツもああ、と思い至る。


 現状を受け入れられず、栄光に縋り、空想だけを見ていた。そんな連中の子供であり、だからこそ放逐され、反乱軍へ。

 現実に目を向けたシアンと違うのは、信じたいものだけを信じ、世界を閉じていることだ。


 アルケミストが以前ちらと言っていた。魔法の力は精神力の発露だと。

 思考停止して同じ場所に居続け、責任転嫁しているウィルムの魔法はアジト襲撃時と大して変わっているように思えなかった。


「その姿を見て改めて実感したよ。非効率的な思想が極まった人間はこうも醜いんだって」

「テメェ……!! クソクソクソ、吹っ飛べ!! 消え失せろッ!! “ハイスヴァルムの憤怒プロミネード”!!」


 部屋、そして通路を埋め尽くす爆炎から辛うじて逃れ、武器を構え直す。

 駆け出した瞬間、唐突に焦れたような声がスピーカーから響いてきた。


『く、くそ、は、はやくしし、とめろ!』

『何やってんだよお前ら!!』

『アレも全部起動するわぁ! さっさと何とかしてぇ!』


 ファントムはじろりと、殺意のこもった目でスピーカーを見やる。喚くガキのような言葉えの苛立ちがよくわかった。


 通路の向こうからガシャガシャと聞こえてきた、何かの駆動音。

 姿を現したのは、通路の幅ギリギリの大きさを誇る機械兵器。カマキリのような、と一言で表せるそれは、四脚を俊敏に動かし迫ってくる。やはり微妙に形がまちまちで、武器もブレードだったりライフルだったりとバラバラだ。


 トリガーを引き、ブレードを振り回し、ハルバードが敵を割り砕く。

 アンチマテリアルライフルの弾丸がウィルムの炎を食い破る。ファントムの奇襲を何度も捌き、艦内を破壊しながら二人は進んでいく。


「畜生……なんでこいつらこんなに強ぇんだ!」


 対する亜竜と亡霊の息は荒い。

 リツとシアンが魔法少女となってから、未だ二月ほどしか経過していない。しかし、オリジナル魔法少女による日々の訓練に、数度の死闘が二人を強くした。


 しかし、二人も無事ではない。マスコット製の機械兵器は非常に頑丈で、リツのレールガンを叩き込んでようやく一機落とせるほどの耐久性を誇っていた。構造の狭さ故に一度に全てを相手する形ではなかったが、そんなものが十と少し増えれば形勢は逆転する。


 何よりも厄介なのは、認識外から飛んでくるファントムの槍だ。シアンの懸念通り、解除と上塗りのいたちごっこになったそれは、何度も二人を襲った。不可視の槍の威力はそれほど高くはないが、確実に魔法障壁をすり減らし、二人の体に傷を作っていく。ウィルムの炎やマスコット兵器と合わさり、リツもシアンも出血が嵩んでいく。


『これ以上時間はかけられません、ねッ!』


 換装したレーザーブレードで、マスコット兵器の鎌を切り飛ばす。


『隙を作る! カマキリを破壊して!』

『了解、です!』

「“スカイシャドウ空観影姿”!!」


 有言実行、シアンは五体の分身を作り出す。

 そしてリツを中心に囲み、外側をハルバードで薙ぎ払う。

 ガギャ、とマスコット兵器が吹き飛び、飛び込んできていたウィルムがギリギリの所でそれを避けた。

 敵が離れた。今!


 ――“兵器創造マギファクチュア・ガトリンググラインダー”!


 両手に作り出したガトリング。ギュルギュルとスピンアップを始めたそれを――。

 三倍に増やす!


「“兵器改竄モッドファクチュア・トリプルガトリング”!!」


 赤紫の光が形を成す数秒を、シアンが稼ぐ。

 槍を弾き飛ばし、炎を切り飛ばす。背後から迫るマスコット兵器も、空色の影が押し留める。


「スクラップにしてやりますよ……!」


 左右それぞれ三門のガトリングがうなりを上げる。

 加えて……放つ弾丸も、特別なそれに!


「“弾丸合成ユニオンバレット・罪追銃刑弾”!!」


 ガチン!


 つんざく銃声は、もはや一つの音にしか聞こえない。

 ヴーーー!!!と鼓膜を殴るように震わせる爆音と共に、罪を追う弾丸が空間を埋め尽くした。

 縦横無尽に飛び回る凄まじい弾丸の嵐は、圧倒的な物量で敵を打ち据えていく。


「ぐぎぃぃぃっっっ!!?」


 大きな爪を盾に己を守るも、全方位からの弾丸は防ぎきれず悲鳴を上げるウィルム。

 カマキリじみた兵器にも次々と弾痕が刻まれ、ついには蜂の巣に。


 ウィルムにトドメを刺そうと、弾丸の雨の中シアンが駆け出した。


 ならば己は亡霊を警戒すべき。

 器用にシアンだけを避けて飛ぶ弾丸の一部が、ある地点で直角に曲がり床を穿ち続けている。

 その先にファントムがいる。


 場所が分かるなら対応もできる。

 来い――。

 だが。


「“世界失認ワルドアグノジアの槍”!!」


 そう魔法の名が聞こえた瞬間、全てが消えた。


(ッあ……!? これは……!?)


 目に映るのは暗黒。

 いや、暗闇が見えているのではない。何も見えていない。

 何の音もせず、戦場の匂いも感じない。

 そして触覚も存在しない。


 立っている感覚も、心臓が脈打つ感覚も、体が存在するという感覚も、全てが消滅した。


 状況を確かめようにも、何もすることが出来ない。

 魂だけが、そこに浮かんでいるような気分。


 思考だけが空回る。どこだ。何が。どうすれば――。

 焦る中、感覚は消えたのと同じぐらい唐突に戻る。

 光、音、感覚が戻り……ズギ、と脳髄を焼く痛み。


「ッッ、!? ああああぁぁっ!?」

「ピスメ! しっかり!!」


 げほっ、と荒い息をつけば、ようやく状況が見えた。

 己の右腕と右脚が、付け根ごと吹き飛んでいた。左腕と脇腹も抉れ、血が噴き出していく。


『何、が……!』

『ファントムの魔法! 次が――』


 シアンに支えられる形で辛うじて立ち上がる。


 ――“兵器創造マギファクチュア・ウェポンボディ”

 失った体を魔法の機械で補う。


 痛みを無視して思考を回す。

 引き伸びる思考。

 時が止まった中、一人考えに没頭するように、頭の中で言葉が渦を巻く。


 奴の魔法だというのなら……何だ。

 考えろ。

 ……隠す、能力。

 目も耳も感覚も、全てが消えた。


 恐らくはこちらの『認識』全てを隠すことでの感覚消失!

 シアンは『拘束されない』能力故に効きが悪かったのか、対象が己だけだったのか。


 ウィルムの魔法や、不可視の槍で魔法障壁を小さく削るように戦っていたのは、この感覚消滅魔法を使い確実に殺すため。

 なら、それが叶わなかった次は……!


「ッ……!!」


 第六感に突き動かされるまま、リツは動く。

 振り向き飛び上がろうとし――。

 瞬間、ドズ、と腹を不可視の何かが貫く。吹き飛び、串刺しされ壁に縫い付けられるリツ。


「がふぁッ……!!」

「リツ!!」


 シアンの悲鳴じみた声。

 だがリツは歯を割れんばかりに食いしばり、持てる力の全てで意識を繋ぎ止めた。

 そして。


「つ、かまえた……ッ!!」

「なぁ……!?」


 手を伸ばし、万力のように全力で虚空を押さえつける。

 そこには掴まれたことが原因か、透明化が解けたファントム。


 捕らえたぞ!

 口の端から血が垂れるのも気にせず、リツは凄惨に笑ってみせる。


 これまでの戦いで、ファントムは壁を抜けたり槍を透明化させたりしてきたが、自分自身を完全に透明にすることはなかった。

 できない? そんなことはないだろう。その能力を使って、クラウンすら欺いたのだ。


 だからこそ、切り札として使ってくるはず。

 己を透明化させての攻撃という手を切ってしまえば、常にその択を警戒させることになる。

 動きが鈍るかもしれないが、奇襲は上手くいかなくなる。

 故に温存する。

 そして最も有効に使えるタイミング、それは今しかない!


 サテライトイレイザー発動に、最も脅威となるのは自分。

 クラウンウィルスは使い捨てだが、あれは電子兵器・・・・だ。リツの魔法であれば再現できる。


 道化師の悪意を流し込まれれば、今度こそ空中戦艦はリツの制御下に堕ちる。

 だからこそそれを防ぐべく、殺せるチャンスがあれば確実に狙ってくるという確信。


 深手を負ったが、もう逃がさない!!

 ――“兵器改竄モッドファクチュア・パワードアーム”!!

 その腕を掴んだままの機械右腕の出力を魔法で上げ……。


「くたばれッ!!」

「うぎっ……!!」


 陥没するほどの勢いで、ズドンと床に叩きつける。


「ピスメ!! どいて!!」


 名を呼ぶ声に、床を転がって場所を譲る。

 傷がよじれ激痛が走るも、腹の風穴を魔法で塞ぐ。

 入れ替わるように、シアンの一撃がファントムを叩き潰した。


「ぎうっ! あぐぁ! 何、で……ッ!?」


 何度も何度も斧槍を振り下ろすシアン。

 恐らくは、ファントムに対し『魔法の影響を切る』魔法を掛けたのだ。


 己に魔法を掛けても効力がなく、故に床をすり抜けて逃げることは出来ない。

 だが、戦いの余波でボロボロになっていた床がついに限界を迎えた。

 バラバラになった金属構造ごと、下のフロアへと落ちていく。


「“スカイバード空観翼々”!」


 刹那の時間にシアンに抱えられ、リツは墜落を免れた。

 肩を借りつつ着地し、薄紫の亡霊を見やる。


「ハァ、ハァ、私の、自由、を……!!」


 落ちたファントムは、床に叩きつけられなお立ち上がった。

 虚空から滲み出る槍の群れ。

 ふらつく体を幽鬼のように持ち上げ、手を振り上げて号令を――。


「夢半ばで、死んで、ください」


 タァン……と、リツの作り出した拳銃が火を吹いた。

 眉間に弾丸を喰らい、ファントムは仰向けにゆっくりと倒れた。


 じわ、と金属の床に血の池が広がっていく。

 念のため、リツはもう二回トリガーを引いたが、亡霊は銃弾の衝撃に揺れるだけ。


 数秒、共にそれを見つめていたが、シアンがふいにリツを支える手をほどく。

 そして上方めがけ、ハルバードを投擲した。


「ぐああっ!? クソ、が……!」


 それが直撃したのは、満身創痍ながらもようやく復帰したウィルムだった。

 奇襲を目論んでいたようだが、あえなく撃ち落とされガシャンと床に転がる。


「絶望、郷の、犬が……! てめぇらさえ、いなければ……!」


 身を捩り、口から漏れるのは濁った憎悪だった。

 シアンが処刑人の如く、斧槍を携え亜竜に迫る。


「ずっと、楽しく、生き……」


 空色の戦乙女が、容赦なく断頭台の一撃を振り下ろした。

 ごろ、と転がるものを無感動に一瞥し、シアンはこちらに向き直る。


「……何とかなったね」

「二度とゴメンですがね」


 腕はやたら吹っ飛ぶし、今日だけで二回も腹が貫かれた。

 リツは苦痛をこらえながら立ち上がり、血に沈んだ喪服の亡霊を見やる。


「……気にしてる?」

「いえ」


 リツの産みの両親を殺したと、ファントムは言っていた。

 それが事実かは分からないが、リツの過去を知っていたのは確実だろう。


 リツが魔法少女研究所から放り出された経緯は、クラウンも知らなかった。

 マスコットの制御下にあったクラウンは、その中でどうにか他のオリジナルにコンタクトを取り、脱出することと研究所の破壊を最優先として動いていたらしい。魔法少女の素材とされていた実験体の子供たちのことまでは、気にかけている余裕はなかったのだと聞いた。


 言葉の端々から推測するに、自由時代において、ファントムはその気になればいつでもリツを殺せたのだろう。奴が魔法少女研究所を牛耳っていたのなら、そこで被検体となっていたリツの生殺与奪を握っているも同然。

 しかし、クラウン達の攻撃で研究所は崩壊。

 逃げる前にリツを始末しようと思えばできたが、捨て置いた。脅威になどなるまい、と考え。


 確証はないが……そんなところだろうか?

 過去を聞き出すことはできなかったが、さして重要ではない。


「どんな経緯があろうと、反乱軍が敵であることに変わりはありませんので」


 そしてたった今、復讐は成った。反乱軍の首魁と思しき亡霊は始末した。


 しかし――まだ仕事は残っている。

 翼で穴の空いた天井から抜け出、二人はマスコットのいるだろう部屋を目指し走る。


『嘘だ!? マンティスがやられた!? そんなことあるはずがない!!』

『そんな、どうしたらいいのよぉ!?』

「……醜いですね。そのまま死んでくれるのが嬉しいですが」


 ハッキングに没頭していたのか、マスコット兵器を送り込んで安心していたのか。今更騒ぎ出し、取り乱す無様さにリツは顔をしかめた。


『し、しぬ!? そ、そ、んなのみ、みみととめられる、か!』

『てめぇらと違って、生まれた時からモルモットだったんだぞ!』

『私達が、他を好き放題できないと釣り合ってないじゃないのぉ!!』


 聞こえたのか。集音機能のある監視カメラが呟きを拾ったらしい。


「ふーん。復讐か。それが悪いなんて言いやしないよ」


 走る中答えたのはシアンだ。どうでもよさげな声色は、至極冷たい。


「リツ見てたら、復讐がどれだけ生きるエネルギーになるかは分かるし、犠牲になった人間の悲哀だって分かる」


 親の巻き添えとはいえ、一度放逐され捨てられた身。絶望郷には不要だと断じられた身。


「だけどそれはそれ、これはこれ」


 たどり着いたのは、厳重にロックされた部屋の前。


「あーしが目指す夢のため。青空の下で自由に暮らす、その最高効率の道のため」


 シアンはハルバードで壁ごとドアを切り刻み、バラバラになったそれを蹴破って押し入る。

 妙にだだっ広く感じる部屋の中央にいたのは、それぞれ狼、フラミンゴ、トカゲの被り物をした白衣の科学者だった。


「お前達の復讐が成就すると効率が落ちる」


 戦乙女の処刑宣告が終わった瞬間、リツは三度引き金を引いた。

 違わず被り物の中の頭が撃ち抜かれ、マスコット達は崩れ落ちた。


「お疲れ、リツ。……これで復讐できたね」

「はい。ファントムを殺して、ついでにマスコットも殺して。ふふ……とても晴れやかな気分です。それより」

「これがファミリアセル……。吐き気がするね」


 部屋の奥に鎮座するのは、趣味の悪い祭壇のようなオブジェ。

 十数人の少女が、祈るようなポーズで機械に縛られ、重なり合うようにして無数のケーブルに絡め取られている。イカれたカルト宗教が偶像として崇めていそうなアレが、『ファミリアセル』と呼ばれる外道の技術、その産物だろう。


「元はエンジンルームだったのでしょうか」

「ジェネレーター取っ払って代わりにアレ置いたんだね。妙に広いのはそのせいか」

「で、これは……」


 中央、マスコットがいじっていたデバイスを覗く。

 ファミリアセルを構成する魔法少女の一人から伸びるケーブルが接続され、画面には『掌握率78%』と表示されていた。


 これだ。もうこのカウントを進める者はいないが、止めなければ。


「セルに繋がってる……ってことは、能力の抽出でもしてたのかな」

「ハッキングにエネルギーが必要とは思えませんし、それが正解でしょうね」


 屈み込み、デバイスに手をかざす。


「“兵器創造マギファクチュア・クラウン――」


 王冠を作り出そうと、力を掌に集め……。


『まだ諦めない』


 怖気を感じる声が、ぞくりと背筋を震わせる。

 状況を確認もせず、リツは背の重力翼を後方へ向け全力で稼働させた。

 床から飛び出したのは、薄紫の槍。


「ファントムの槍……!」

「殺したはずでしょ!?」


 眉間を打ち抜き、追加で急所を穿ったはず。

 まさか、グールグーラのように復活能力があるとでも!?


 パラ、と光の粒子となって消え去った槍。

 する、と床をすり抜けファミリアセルの手前に現れたのは、やはりファントムだった。


 しかし、その体は薄紫に発光し、輪郭がゆらりと炎のように揺らめく。

 半透明の体の向こう側が透けて見え、亡霊という言葉そのものの様相だ。


『諦めないわ……! 私の自由を取り戻すために!!』


 ファントムはくるりと向きを変え、ファミリアセルに触れる。

 途端、亡霊の体はほどけ、セルへ染み込むように消えていく。


 ぐにゃりとセルを構成する機械が歪んでいく。

 どう見ても『隠す』魔法のものとは違う。

 だがリツはすぐに思い至った。


 『亡霊』としての魔法。

 壁をすり抜け、溶けるように消え、今度は……。


 ……アレに取り憑こうとしている!

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