20話 空へ
転がり込むようにしてディストピアへ帰還した二人は、即座にモニターに吸い込まれた。
視界が切り替わった先は治療室。瀕死のリツと、重傷のシアン。ここに連れてこられるのはある意味当然だ。だが、寝ている場合ではない。
「クラウン様……! 敵が、雲の、雲の上に……!」
『一刻を争うのはわかった。でもまずはアルケミストの作った霊薬を飲んで。話はそれから』
ベッドに寝かされ、医療スタッフに液状化した黄金のようなものを飲まされる。
ごく、と嚥下して数瞬後。体の内から張り裂けるような痛みが走り、寝かされていたリツは己を掻き抱くようにして丸まった。変身が解け、機械の半身がボロボロと崩れていく。貫通した腹と、失った半身が煮え立つマグマのように熱い。
が、気づけばそんな地獄の苦しみも嘘のように消え去っていた。体を起こせば、ボロボロになった量産服から覗く体に傷は一つたりともなかった。失った左半身も、腹の傷も全て元通り。むしろ調子がよいとまで言える。隣ではシアンも「ひどい目にあった」と愚痴をこぼしつつも、傷一つ無い体で天井を見上げていた。
数秒ぼーっと呆けていたリツだが、すぐに焦る理由を思い出す。
「っ、そうだ、クラウン様!」
『うん、目が覚めたね。替えの装備も用意してあるから、準備しながら何があったのか教えて。霊薬飲んだ直後は体が軋むから、ゆっくりでいいよ。でも素早くね』
ぎこちない体をほぐすようにして動かしつつ、二人はマスコット基地で何があったのか話す。リツが概要を説明し、シアンが補足する形だ。抽出したデータ――幸いにもデバイスに大きな損傷はなく、情報の欠落はなかった――を電子的に手渡せば、目を通した道化師の頬が珍しく引き攣る。
『うっげ……色々ヤバいね。二年近くあったらマスコットも色々やるだろうとは思ってたけど、ここまでとは。しかもこれで全部じゃないのがやばい』
道化師は画面の中で渋面を作り、ため息をついた。
『持って帰ってきてくれた情報と合わせて、整理して状況を伝えるね。まず――』
反乱軍の目的は絶望郷の転覆。かつての旧政権の時のように、革命を起こし頭をすげ替えようとしている。
『反乱軍は大した勢力じゃないけど、ディバインのファミリアとマスコット兵器が暴れてる。アジト襲撃の時の蜘蛛型兵器だけじゃなくて、かなり気合入った奴もいてちょっと苦戦気味。二年間ずっと作り貯めてた兵器を放出してきてるんだろうね。どっかからか野生化ミュータントまで捕まえてきてるし』
幾分か動くようになった腕を新しい量産服に通し、装備を身に着けつつ状況説明を聞く。
『ほら、爆弾テロ騒ぎの時、ファントムが何かしてそうって言ったでしょ? あれ、列車の時にウィルムが使ったワープ装置のアンカーの仕込みだったみたい。ちょうど二人が出発した後に国軍の子が見つけて、色々調べてたんだ。その時にマスコット兵器がワープしてきて超びっくりだよ。見つけられてないワープアンカーからも出てきたしね』
だからか。絶望郷の強固な防壁、それが機能せず内側に直接敵が現れた。故に混乱が大きくなっている。
「すみません……。もっと上手くやれればよかったのですが」
『見つかったのは失敗だけど、君達はよくやったよ! いきなり衛星砲が降ってくるよりずっといい! フリューゲルを確認できたのも大きいよ……!』
敵の行動のトリガーを引いてしまった失態を、クラウンはそれ以上の情報を入手したと笑って許す。
『あの時ああしてれば、みたいなifの話をしてるとキリがないからね! もし二人がバレずに無事に帰ってきたとしても、こっちから戦力を差し向けて奇襲するって時に入れ替わりで攻められたらたまったもんじゃないし。それでもリツちゃんは気にしちゃうだろうから、次の働きで挽回してくれたらいいよ!』
「……ありがとうございます」
リツは準備の手を止め、モニターの道化師に向かい頭を下げた。
『さて、話を戻すね! 絶望郷で暴れてる反乱軍はサテライトイレイザーのことは知らされてなさそうだね。やれ革命だー、占領して俺たちの時代をーとか言ってるから』
「……囮扱いですか」
もしサテライトイレイザーが発動し、絶望郷に降り注いだら。
指導者の入れ替えだとか、そんなことを考える以前の問題だ。今攻めてきている反乱軍も確実に巻き添え。文字通り塵も残さず蒸発して死ぬだろう。
『だろうね。状況と捕虜から聞き出した話から推察するに、反乱軍の指導者みたいな奴は何人かいる。ファントムが裏から誘導してたとして、最後は使い捨てにしたんだろうね。自由時代の時からそういうことする奴だったから』
「うぇー、害悪すぎるでしょ……」
『全くだよ』
マスコットにとって、今反乱軍が暴れているのも時間稼ぎにすぎない。
サテライトイレイザーさえ起動させることができれば、奴らの目的は達成される。
『だから、さっさと空中戦艦に乗り込んでハッキングを止めないといけない。もし私達の誰かが行けるなら簡単に終わるだろうけど、そういう訳にはいかない。都市を離れることはできないし、フリューゲルは頭一つ抜けて強いんだ。今は何とかメルクとニューク、トラッペにマザーが抑えてるけど、五対一でもけっこうしんどいんだよね。あれはもう一回、確実に殺さないと』
絶望郷はオリジナル魔法少女の力で保たれている。管理が役割であるディストピア☆クラウンにマザー☆ブレイン、資源を創造するアルケミスト☆トラペゾヘドロンは一時的にサポートを切れるものの、電力のほぼ全てを己の力で賄うドラゴニック☆ニュークリア、絶望郷の気温維持を担うメルクリウス☆グレイザーは無理だ。息が出来なくなった絶望郷を立て直すのは酷く難しく、最悪そのまま滅ぶ可能性すらある。
『そんなわけで、空中戦艦は二人に対処してもらうことになる。前にも言ったけど、君たちは私の眷属の中でも特に強力な魔法を使えるからね。死にかけたところ悪いけど、お願いね』
「承知しました。許可が下りるなら自分が行きたいと思っていましたので渡りに船です」
「……あーしらが行くのが一番効率いいか。頑張るしかないね」
『うん。任せた。あ、そうだ。これ持ってって』
モニターの中からクラウンが投げてよこしたのは、手のひらサイズの小さな王冠だった。
「これは?」
『私特製のコンピューターウィルスさ! 上手く行けばそのまま空中戦艦の制御を奪えると思う。ただ、普通のコンピューターウィルスじゃないから、魔法の力を介して感染していくんだ。これを使ったら一瞬で制御を奪えるわけじゃないから、そこだけ注意ね。リツちゃんの魔法に互換性を保たせたから、奪った制御をコントロールできるはず』
「承知しました」
互換性……そんなことまでできるのか。改めて、オリジナル魔法少女の非常識さを思い知る。
『……そろそろ準備できたかな? 飛ばすよ』
視界が切り替わり、国家運営局の屋上。
疑似太陽の上に鎮座するドラゴニックが、細かく青い熱線を放ち何かを消していた。
見れば、それは死傷黒雲から次々と隕石のように降ってきており、黒雲をモヤのように纏ったまま落ちてきている。それを塵も残らないようなエネルギーで、元から存在しなかったかのように蒸発させていく。
「……あれは?」
『死傷黒雲の汚染物質を纏わり付かせて爆発する汚染兵器さ。ドラゴニックが対処してくれてるけど、そのせいでフリューゲルを相手するのがしんどくなってるんだ。これも時間稼ぎの一環だろうね』
運営局の端に寄ると、遙か前方、高空で戦うフリューゲルとグレイザーが見えた。オリジナル魔法少女同士の熾烈な戦い。天翼が破壊の光弾を放てば、巨大な氷が盾となる。反撃として飛ばされた塔もかくやの氷柱は、白い光に焼かれ蒸発した。道中遠目に見た、なれど遥かに激しさを増した魔法の応酬が文字通り世界を震わせる。
絶望郷のビル壁面のモニターは、その全てが無表情に銃を構えるクラウンを映していた。画面の中からひたすら放たれるのは、遠目にも見た直角に曲がり確実に敵を狙うレーザー。光線が雨霰と絶望郷を乱れ飛ぶ。
その中を、無数の機械兵器が飛んでいる。数えきれないほどのそれは一つの生物であるかのうように流動的に動き回り、的確にフリューゲルを攻撃し、グレイザーをサポートして回っていた。恐らくは、マザー☆ブレインの兵器群。個々では敵わずとも、同胞のサポートとして十全に役目を果たしている。たった今も、余波が絶望郷に降り注がないよう、群れの一機が流れ弾を己の体で受け身代わりに破壊されていく。その返礼と、新たに飛び上がった飛行兵器群が一斉に誘導ミサイルを放った。
『道はこっちが作る。二人は全力で飛んでいって』
「承知しました。……行きますよシアン」
「おーけい! 変身、ディストピア☆ブルースカイ!」
「変身、ディストピア☆ピースメーカー!」
空色と赤紫の燐光をそれぞれ纏い、二人は魔法少女の姿となる。アルケミストの霊薬は使い果たしたはずの魔法少女の力をも器から溢れんほどに補充した。明日にもなれば副作用で動けなくなるらしいが、今動ければ問題はない。
「ああ二人とも、少し待ってくれ」
霊薬のことを考えていれば、それを作った張本人が背後からやってきた。
手渡されたのは、小さな首飾り。
「即席で作った、死傷黒雲を弾くバリアを展開するお守りさ。出来得る限りの防御能力を持たせたが……どれだけ効果があるかは明言できない。気休めだ。あと、参考程度に絶望郷が保有する空中戦艦の内部構造マップを送っておこう」
「ありがたいです。助かり――」
礼の言葉を遮ったのは、ガシャン!! とガラスが砕けるような衝撃音と、空間を震わせる余波。分厚い万年氷の盾の先、歪みながらも透けて見える向こう側では、フリューゲルの魔法によるものだろう白い爆風が広がるのが見えた。
「こっわ……」
「ヒヒッ、防御はメルクリウスの本領さ。飛んでいく君達も絶対に守ってくれる」
どこか得意げなアルケミスト。ほら、と促され、二人は魔法を唱えた。
「“
「“
「“
飛行のため邪魔になる空気抵抗やGの影響を切り、それぞれ翼を作りだす。
と、モニターからずるりとクラウンが現れる。
ホログラムの体ではない。実体だ。
洒落たデザインの靴が金属の床に触れ、カツンと音を立てる。
「絶望郷のために、君達の夢のために。改めて、絶望郷の支配者として命じる」
絶望郷の支配者は、普段の道化の笑みではなく、冠を戴く上位者の目で二人を見た。
「反逆者の乗る空中戦艦を破壊し、サテライトイレイザー発動を阻止したまえ。……頼んだよ、二人共。“絶望郷に希望あれ”」
「「了解!! 絶望郷に希望あれ!!」」
二人の敬礼に頷きを返し、クラウンは疑似太陽の上、原子の魔竜に向け叫ぶ。
「ニューク!」
合図を受け、黒雲爆弾を消していたドラゴニックが動く。
原子の魔竜は、ぐねりと首を上方、暗雲の天井へ向け……。
『――グロロロロロ……!!!』
大気を震わせる咆哮と共に、開かれたアギトに青い光が収束。
一拍の後、臨界したそれは一際大きく輝き、鼓膜を裂くような高音と共に放たれた。
超高エネルギーの荷電粒子が、極太のビームとなって死傷黒雲を貫いていく。
「行けぇッ!!」
クラウンの声に、リツとシアンは全力で飛び上がった。
「頑張れ、魔法少女!!」
アルケミストの声援を背に、ぐんぐんと高度を伸ばしていく。
ちら、と視線を下に。
上空から見下ろすディストピアの景色は、その名に反して美しかった。
これで見納めになってもいい。そんな覚悟で、リツは夜景を目に焼き付ける。
最中、第六感に従うまま視線をずらし側方を見れば、何かが光った。
次の瞬間には、視界に広がる灰色の氷。その向こうで広がる、ふざけた規模の白い爆炎。
続けて、二度、三度と広がる氷華と裁きの光。さらに二重の盾として、ブレインの飛行兵器が群れとなり二人の姿を隠す。
天翼に狙われている。だが、ドラゴニックが穿った黒雲の穴まであと少し!
「“兵器改造(モッドファクチュア)・グラビティブースター”!!」
重力翼を魔法で改造。シアンが背に浮かぶそれの内側、リツの肩を抱くようにして掴まったの確認し、一気にブースターを吹かす。
まるでブラックホールのように漆黒を晒す穴へ突き進み……突入。
暗黒の回廊へと、二人は消えていく。
「……行ったね」
死傷黒雲の穴へ飛んでいったピースメーカーとブルースカイを見送る。二人を狙う光弾を止めた氷塊が解け、水蒸気となって消えていく。
「やっぱり君は、支配者をやるには優しすぎるよ」
錬金術師の慰めるような言葉を背に、クラウンは絶望郷を見下ろし手を掲げる。
己の力を分け与えた眷属に、死んでこいと命令したようなものだ。
「私は道化師。そして絶望郷。それは『バタフライ』もよく知ってるでしょ」
「……そうだね。それが君の美点だ。さて、それじゃあ私達は絶望郷の幹部らしく、やることをやろう。全ては絶望郷のため、そして他ならぬ君のために」
アルケミストが腕を振ると、ぐねりと黄金色の魔法陣が広がった。
「……相変わらず、そういう言い回しが好きだね」
「ヒヒッ、大好きさ。さあ、やろう」
「うん」
ドズン、と振動。
二人の背後に、母なる頭脳の操る最終兵器が降り立った。最強たる魔竜を模した、竜の姿をとる殲滅兵器。アルケミストとブレインが共に作り上げた、魔法機械の叡智。
クラウンがアイカメラの向こう、運営局内で戦況を見続ける友に頷くと、彼女の最終兵器は機械にあるまじき速度、加速で飛び立ち、天翼に襲いかかる。
クラウンはふわ、と浮かび、その背にカメラやモニター、ホログラムの情報板が寄り集まった翼を生やした。
「監視切断」
閉じることのない、絶望郷中を見張る目を閉じる。反乱軍の対処は、軍とファミリアに任せてある。広く広く睥睨する目を、ただ一人に向けようと問題はない。
「“
ヴン、と絶望郷の上空に、ホログラムのモニターが浮かび上がる。
一つ、二つ――百、千、万――十万、百万――。
幾千万、大小様々な窓に映るクラウンが、チャキ、と銃を構えた。
その先は、最初の魔法少女、ディバイン☆フリューゲル。
「もう一度、君を殺そう。自由の天翼と成り果ててしまった君を」
最悪の生物兵器。そして――。
「絶望郷に希望あれ。……“
革命の道具にされてしまった、哀れな最初の犠牲者を。
「“
数千万の道化師が、一斉に引き金を引いた。
都市を染め上げるマゼンタのレーザーを合図に、全霊の戦いが始まった。
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