10話 多面結晶の錬金術師 前


 シャワールームで一騒動あった翌日、二人の姿は国家運営局内の魔法少女研究所にあった。昨夜シアンが言ったように、作戦の顛末を聞くため、そして魔法少女の力を扱う訓練のためだ。

 魔法少女に変身して、モニターをくぐる。移動したのは、やけに白い部屋だった。様々な検査機械が並ぶ中に研究者用のデスクがあったり、模擬戦闘ブースへ続く扉や、そのブースを監視し測定するための小部屋へ続く階段等もある。


「ヒヒッ、来たね二人共」


 顔を向けた先には、白衣に身を包んだ一人の少女。

 黄金のように綺羅びやかな、だが手入れされていないボサボサの髪。化学物質模型のような螺旋だったり、化学記号らしき何かを模したピンで細かに飾られ、宝石箱から溢れた金貨のようにも見える。モノクルの奥、きらりと光る金の目は隈が濃く、偏屈な研究者そのものだ。白衣の下にはスチームパンク風とでも評すべき、ファンタジーチックな小洒落た服が見える。


 アルケミスト☆トラペゾヘドロン。

 五人しかいない、絶望郷のオリジナル魔法少女。その一人だ。


 無から様々な物質を生み出す魔法を使い、絶望郷に必要な資源を日々作り出している存在。島国であるこの国で手に入らない金属資源を初め、あらゆるものを虚空から作り出している。アルケミストがいなければ、絶望郷はここまで続くどころか成立することもなかっただろう。


 今日が初対面というわけではなく、クラウンの眷属となって後、検査や訓練の際に幾度か顔を合わせたことがある。

 彼女ともう一人は処刑ニュースにもあまり登場せず、その容貌を知る者はあまり多くない。だが、クラウンと同種の異様な存在感とでも言うべき気配を感じる。説明などされずとも、彼女こそがそうであると、オリジナル魔法少女であると魂に理解させる色を纏っている。


「よろしくお願いします」

「よろしくですー」

「ヒヒッ、よろしく。クラウンから何するかは聞いてるよ。そうだね……まずは検査しながら、アジト襲撃作戦の顛末を話そうか」


 モニターを通るための変身を解除し、薄着でベッドに寝転がる。何の検査なのかも仕組みもさっぱり分からないが、度々行われるこれが必要であることは理解できる。シアンも隣のベッドに身を横たえた。


「大方は君達の知る通り。あの場にいた反乱軍は全員捕縛したよ。列車に乗って逃げたごく一部は別だけど、かなりの数を捕まえた。成人前の少女がやけに少ないっていう気がかりもあるけどね。多分魔法少女施術に使われたからだとは思うけど」

「ウィルムみたいなのが他にもいるのか……面倒だね」

「ヒヒッ、全くその通り。話を戻すけど、同時に襲撃を掛けた三つのうち、二つが人員の配置や情報収集のための施設。君達が担当した箇所が、兵器を作る工場だったようだ。想像はつくだろうが、あの火球銃や蜘蛛型兵器を製造していたようだね。どうも、作っていたのはそれだけじゃないようだが」

「……疑問なのですが、マスコットが作り出した兵器をそこらの人間が作ることが出来るのですか? 常であれば考えられないほどの技術力がなければ成し得ない、そんなものであるというイメージがあるのですが」


 アルケミストは手元のパネルを操作しながら、うーんと唸る。


「確かにそうではある。魔法少女とかそうだね。だが、マスコットの得意分野は様々。あり得ない新兵器を作り出す奴から、既存の技術を劇的に改善する奴もいる。あの蜘蛛型兵器なんかまさにそうだ。アレは性能の割に製造コストが安すぎる。何せ見た目通り、殆ど廃材でできてるからね」

「……ん、じゃああの火球銃は?」

「アレもマスコット技術の産物だが、ちょっと話が違うんだよ。ヒヒッ、火球銃はコアの部分に、魔法少女が作り出した結晶が使われていた。実は蜘蛛の鎌もそうだ」


 寝転がる二人の顔の前にホログラムが現れる。そこに映るのは、朱色の塊。銃弾ほどのサイズで、宝石のように透き通って見える。もう一つは、分解された蜘蛛型兵器の鎌。特殊な高周波ブレードだとばかり思っていたが、これも魔法少女関連の技術だったのか。両者ともよく観察すると、僅かに魔法陣にも見える模様が刻まれていた。


「君達が交戦したウィルム。奴の魔法反応と同じエーテル粒子がこの結晶から観測できた。つまり、これはウィルムが作り出したものと見て間違いないね、ヒヒッ。こっちの鎌はまた別の反応だ。ともかく、これらを武器に組み込み、その力を利用する仕掛けになっていた。……よし、立って。次の検査だ」


 言われるまま移動し、腕にコードの繋がった機械をはめる。

 エーテル粒子が何なのかは分からないが、要するに。


「魔法少女が作り出せないから、今いる魔法少女の力を兵器に転用しようとした……という解釈でよいのでしょうか」

「その通りだよ。そして、君達が切り離したコンテナ車の中には火球銃が満載されていた」

「うげ……。あの列車二十両ぐらいなかった?」


 それ全てに積まれていたとすると……相当な量の武器が反乱軍に渡ったことになる。

 しかも、どことも知れない第四のアジトに。あの列車はリツとシアンが取り逃がした後、行方不明となった。クラウンだけでなく、その指示で進路を予測し急行した兵士も列車を見つけることはできなかった。ファントムの魔法により目に映らない列車を追うことはできず、行き先の予測もつかない。現在地図データ破損エリアへの武力捜索が進められているものの、未だ成果はないと聞く。


「ただね、あの列車の荷物全てがコレかと聞かれれば疑問も残る。あの工場には、コレ以外にも色々作っていた痕跡があったからね」


 ウィルムがやけに時間を稼ぐような戦い方をしていたり、その割に列車が出るのが遅かったのは、これらを積み込んでいたから。加えて、製造物を残さないようにしていたのだろう。


「うわ~マジかー……。最重要レベルの場所だったんじゃんあそこ」

「ヒヒッ、反省するのは大事だが、あまりクヨクヨしても仕方がないさ。クラウンも予想していないほどの『大当たり』だったわけだからね。余剰戦力があれば送りたかったところだけど、その余裕はなかったし。他の二箇所は情報通りかなりの戦力だったというのもある。理想は掴めなかったかも知れないが、君は最善を尽くしたよ」


 実際、シアンの情報がなければ斑に点在する破損エリアの中で、アジトにピンポイントで襲撃をかけることはできなかっただろう。全ての不明地点を同時に襲撃するなどという非現実的なことをしている余裕も、それを行って十全に制圧できるほどの戦力もない。

 未だ絶望郷は砂上の楼閣。薄氷の上に辛うじて建っているだけなのだ。


 次だ、と言われ、二人はさらに移動する。


「マスコットの大半が向こうについてる現状、何が飛び出してきてもおかしくないからねぇ。しかもこの結晶、強く衝撃を与えると爆発するんだ」

「うわ……。脱線させて止めるなんてことをしなくてよかった……」


 もしそんなことをしたら――ディバイン☆ファントムの妨害で上手くいかなかった可能性が高いが――メイン搬送レーンが壊滅的な打撃を受けただろう。代わりに反乱軍の企みを止めることはできただろうが、コラテラル・ダメージが大きすぎる。


「あの作戦に関する、君達に説明していない事項はこのぐらいかね。何か質問あるかい?」

「じゃあ一つ。ちょっと話変わるけど、これ何の検査なんです?」


 シアンの微妙な敬語にリツは半眼になって批難の視線を向けるが、錬金術師は気にした様子もない。


「魔法少女は生物兵器ってことは理解してるだろう? そしてこの技術は、実のところワタシでもよく分かっていないことが多い。だから細かく検査して、身体データや血液、魔法の源泉となる体内エーテル粒子……ほらアレだ。創作物でよくある魔力ってヤツに近い。それの流れとかをしっかり見ておかないといけないんだ。この脳波測定もそうだね」

「脳、ですか。記憶が無くなるという副作用があるのですし、確かに検査は必要ですね」

「第二施術は、第一施術を脳にも施すものだからね。実際やってることは同じなんだが、未だ解明されてない生物的コンピューターをイジるのは中々難しいんだ。方法が確立してなかった初期は成功率も悪かったしね」


 ……ん?

 脳をかすめた疑問が形になる前に、シアンがそれを代弁してくれた。


「なんだかえらく詳しくないです? しかもその言い方だとまるで……」

「『まるで自分で作ったみたい』、かい? ヒヒッ」


 得意げに、しかし別の暗い色を交えながら、錬金術師は言葉を引き継ぐ。

 その通り。なぜなら――。


「ワタシがマスコット“バタフライ”……魔法少女の開発者だからさ」


 ……は?


 ……確かに、クラウンは『魔法少女の開発者は絶望郷が確保済み』と言った。

 だが、まさかオリジナル魔法少女として与しているとは!


 驚愕が冷めやらないリツをよそに、シアンが戸惑いながらも手を挙げる。


「え、えっと、さっき脳を弄るって言いませんでした?」

「言ったね」

「オリジナルになってるってことは、まさか自分で自分の脳みそを……?」

「そうらしい。記憶を失う第二施術以前は覚えていないが、それ以降は全部自分でやった。横でクラウンが見てたから本人証明もバッチリだよ」

「マジで……?」


 シアンもドン引きである。


「魔法少女を作る手法は記憶が裁断される前のワタシが作った。今持っている知識は情報として記録されていたバックアップから得たものに過ぎないが、思い出せなかろうと自分の書いた論文のようなものだからね。すぐに覚え直せたよ。第二施術で記憶がグチャグチャになっても心の深層に残滓は残るからね」

「な、なぜ、自分で自分を……?」


 ようやく気を取り直したリツがおずおずと聞けば、「幾つか理由がある」と指を立てる。


「まずは贖罪のためだろうね。……ああ、施術前に自分で残した記録から読み取れたことだ。伝聞調になるのは許してくれよ」


 それが自分だと分かっていても、記憶の連続性がないのだ。何を考えていたか予測はできても、もはや己の感情ではない。


「偏った教育と恣意的な思考誘導によって、自分がどれだけのことをしているのかなんてマスコットのワタシは全く分からなかったわけだが……。ヒヒッ、クラウンから全てを聞いて、真実を知ったわけさ。『施術が失敗した子は、失敗しただけで生きている』『完成した子の力で、世の中がどんどん良くなっている』なんて言葉が、全部ウソだったってね。かつてのワタシは、魔法少女に憧れて、物語の中のそれを作っていたつもりだったんだろう。でも実際に出来上がったのは、世界を滅ぼしかねない生物兵器だ」


 魔法少女という兵器はあまりにも常軌を逸している。オリジナルから力の根源を貸し与えられているだけのファミリア魔法少女でさえ、人間一人分の維持コストで最新鋭の兵士の数十倍、下手したら数百倍の働きをするのだ。オリジナルは、そのファミリア魔法少女と比較しても比べるべくもない力を持つ。絶望郷のオリジナル魔法少女が、たった五人で億を超える人々の生活を支えているのを見ればよく分かる。


「だから後戻りできないと知っても、オリジナルになることを決めたんだろう。せめて自分が全てを奪ってしまったクラウン達、施術により死んでいった子達に報いるために。……リツ君。君の記憶を奪ったのもワタシだろう。謝って済むことではないが、それでも言おう。すまなかった」

「……いえ。私は……はっきりと自分の心境を断言はできませんが、アルケミスト様へ悪感情は抱いていないと思います。今の話からすれば、悪いのは革命軍ですから」

「……そう言ってくれるとありがたいよ」

 

 アルケミストは、引きつった笑みを一瞬だけ穏やかなそれに変えた。

 まるで、赦しを得た罪人のような笑顔だった。

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