11話 多面結晶の錬金術師 後
「話を戻すが、もう一つの理由は自衛のためだ。最悪の自由時代、魔法少女という災害を生み出したワタシは狙われていたからね。己の身を守る術が必要だったんだ。さっきチラッと言ったが、その時すでにクラウンとは協力関係にあったから、クラウンに見張ってもらって自分を魔法少女にしたってわけだ。お、計測終了。次はこっちだ」
この様々な計測機器も、その知識を使って作ったのだろう。思えば、魔法少女化施術という特大のブラックボックスに関連する計測機器がこれだけあるのだ。ヒントはすでにあった。
「そして、何より大好きな魔法少女になりたかったから、だろうね! ヒヒッ」
「えぇ……」
「メルヘンな魔法を使って、わるものを成敗する勧善懲悪の具現! そんな魔法少女が大好きさ。今でもそうなんだ。昔のワタシがどうだったかなんて考えるまでもないね。ヒヒッ、絶望郷で販売されてる魔法少女のグッズとかも結構監修してるしね。プロパガンダが主な制作理由だが、愛があればもっとよいだろう?」
「じゃ、リツの部屋にあったグレイザー様の電子ポスターとかも……」
「ワタシが作ったやつだろうね。グッズ作っていいか聞いても中々頷いてくれないから種類が増やせないんだ」
「えっグレイザー様のグッズ少ないのそういう理由なんですか……」
リツは関係ない所で小さな衝撃を受けた。
「元々何の話をしていたかな……そうだ。アジト襲撃作戦の顛末だったね」
「……あの、ファントムについて何かわかったことはないのですか?」
「ヒヒッ、そうだそうだ。話しておかないといけなかったね。どこまで聞いた?」
「奴が最悪の自由時代を齎した元凶、とだけです」
朦朧とした意識の中、ごく端的に聞いただけだ。「ヒヒッ、殆ど概要だけか。なるほど」と呟き、錬金術師は機械を操作。リツ達の顔の前に、再び画像が映るホログラムが浮かぶ。
そこに映るのは、色素の薄い髪にカマキリのヘアピンを髪に挿した少女。カメラを睨みつけるような、異様な輝きを放つ目が嫌に印象的だった。日付は五年前。
これが『マンティス』の画像なのだろう。なるほど確かに、魔法少女へ変身しているため髪色などは違うが、顔立ちは全く同じだ。
「かつてのマンティスは魔法少女ではなかった。リツ君との戦闘、そこで使われた魔法の規模からして、近頃魔法少女になったばかりだと考えられる。魔法少女化施術という複雑なものを把握するには、流石に時間がかかったんだろうね、ヒヒッ。マスコットにはそれぞれ得意分野があるんだが、自由時代に奴が作ったものにはあまり一貫性がなくてね。だから恐らく、奴の得意分野は『模倣』と『応用』だ。調べてみればどれも元の技術があるものばかりだった」
ピッピッと、切り替わっていく画像に映るものは、確かにバラバラだ。銃器から何かのプログラムのソースコード、二足戦車まで。反乱軍が使っていた火球銃のように、魔法少女の力を一般兵器に転用するというのも、奴の技術故に可能だったことだろうという。
「んー、ところで、マスコットの名前と技術って何か関係あるんです?」
「いや、全く無いよ。かつてのワタシは『バタフライ』だったが、そう呼ばれていたから魔法少女を作った訳では無いしね。人間という幼虫から、魔法少女という美しい蝶へ……なんて、ワタシの場合は一応そんな解釈ができるわけだが、たまたまだ」
「ああ、だから『カマキリ』なのに、魔法少女として戦う際の武器は槍だったんですね」
「そう。魔法少女としての姿も、他の何かに関連性があってそうなるわけではないしね」
ちょっと不思議ではあったのだ。なんで鎌じゃないんだろう、と。
「話を戻すが、奴は陰謀を回すのも得意だった。いつから企てていたのか、そして何をどうしたのかは分からないが、マンティスはいつからかマスコットの大半を引き入れ、管理部まで一部掌握していたんだ。どれもクラウンが後から調べてやっとわかったことだよ。上を一部でも思い通りにできるなら、政府に従うマスコットに都合のいい情報を渡してうまく動かすこともできる。そうやって、魔法少女を手に入れ、革命軍に技術や武器を提供したんだ。そうして最悪の自由時代が始まった」
ホログラム画面は、当時の混乱を映したものに切り替わる。否が応でもあの地獄を思い出してしまい、リツは思わず渋面を作った。
「その後ワタシ達オリジナル魔法少女が革命軍を滅ぼした時、マンティスも確実に殺したはずなんだ。後方に隠れてたマスコットもまとめて殲滅したからね。だが……アレは替え玉だったのかもしれない。ヒヒッ、逃してはいけないと即座に塵にしてしまったから確認なんかできていないしね」
「まあ……そりゃそうか。あーしでもさっさと殺すかな。捕まえといて万が一脱走されたら困るなんてもんじゃないし」
「だろう?」
次で終わりだ、とアルケミストが検査機械の動作を終了させた。揃って上体を起こし、腕に嵌めた機械を外していく。
「そんな奴が再び現れたんだ。アレが偽物である可能性はもちろんあるが、かなり厄介な能力を持った魔法少女であることは事実。ヒヒッ、頑張ってくれよ君達。ワタシ達オリジナル魔法少女は細かいところに手を回せないからね。忙しいのもあるが、モニターワープが使えるのはクラウンの眷属だけだ」
「あ、そうなんだ。……え? クラウン様もです?」
「いいや、クラウンはまた話が違う。彼女は能力で自分の存在を分割し、偏在させることでこの絶望郷を管理している。だが、そうしている間は実体化できないらしい」
ああ、とリツは病室にやってきたクラウンを思い出す。『ホログラムの体で失礼』と言っていたし、その背後のモニターでは変わらず処刑ニュースが流れていた。あれはどちらも本人だったのだ。存在を分割だの、偏在だのと凄い単語が聞こえたが……あまり追求するべきではないだろう。
「……そんな、ある種の弱点を私達が知っても良いのですか? 万が一情報が漏れたら……」
「おいおい、そんなことクラウンが対策していないはずがないだろう?」
それもそうだ。
そのうちに検査が終わり、リツは変身した状態でシアンと共に隣の模擬戦闘ブースにいた。アルケミストは部屋の上部、強化ガラスの向こうにある観測室でこちらを見下ろしている。
「リツ? リツ? おーい」
「え? は、はい。すみません。少し情報量が多くて……呆けていました」
「しっかりしてよ。まあビックリしたのは分かるけどね」
そのまま始まったのは、魔法少女の力を使った模擬戦だ。本気でやれば相手を殺める危険が高く、訓練で致命傷を負うわけにはいかないので、互いに魔法の威力を落として戦う。
シアンは変わらず剣を浮かべ、重量など感じないかのようにハルバードを軽々と振るう。対してリツはそれを高速起動で避けつつ、銃剣での斬撃や至近からの接射を放つ。
『ヒヒッ、やっぱりいいなぁ、魔法少女……うへへ、がんばえ~……』
マイクから漏れ聞こえてくるアルケミストの声に大いに集中を乱されながらも、二人は戦いを続ける。最中ちらっと目をやれば、錬金術師はどこからか取り出したマゼンタと空色のペンライトを振っていた。わざわざ
「きっ……」
「何を言おうとしましたか今」
「……リツもあんな感じでグレイザー様のグッズ集めてるの?」
「一緒にしないでくださいよ!?」
あと、グレイザー様のグッズは種類が少ないのでそんなに持ってない。
『ウヒヒッ……。さて、二人共一旦中断しよう』
す、と動きを止め、観測室を出、模擬戦ブースに入ってきたアルケミストを見やる。
「さて、魔法少女は魔法を使う。この魔法の性質は、その名前――司る概念から関連するものであることが殆どだ。例えば、我らがディストピア☆クラウンは『ディストピア』に関する魔法を使い、ワタシなんかは『アルケミスト』……つまり『錬金術師』じみた魔法を使うことが出来る。ほら、こんなふうにね。ヒヒッ」
アルケミストが取り出した、錆びきった金属片が瞬時に黄金へと変わる。そしてそれはふわりと解け、絶望郷の支配者を象った小さなフィギュアに変形した。
「これは、本人の認識、解釈次第で結構範囲が広がるんだ。魔法だからね。そうして考えると、君達の魔法はまだまだ物理法則に囚われている」
「なる……ほど?」
「私はその、できることの差がオリジナルとファミリアの能力の違いだと思っていましたが……」
リツの言葉に首を振るアルケミスト。
「ファミリアとオリジナルの違いは、扱えるエーテル粒子の規模さ。確かに、オリジナル魔法少女はいとも簡単に凄まじい規模の魔法を使う。だがファミリア魔法少女とて魔法少女だ。規模を小さくすれば、いかにも魔法らしいことができる」
例えば、とリツの持つ銃を指差すアルケミスト。
「ピースメーカー。保安官。そこから派生して、『兵器を作る魔法』を持つようだ。なるほどカッコいい銃だ。特にこの紫のラインがいいアクセントになっている……」
そこ何か関係あるんですか?
「が、一般的なものの範疇だ。コレは絶望郷で標準配備されている規格ではない。ないが、作ろうと思えば作れるだろう」
しげしげと眺めた後、アルケミストは己の手にリツの持つサブマシンガンブレードと寸分たがわぬものを作り出した。ホログラムで現れた仮想敵に発砲し、光の粒子が霧散する。
「しかし、そこに君の能力の発展性がある。これは『絶望郷に存在しない』兵器だ。どういうことか君ならすぐに思い至るだろう。ヒヒッ、ほぼ答えだしね。まあ当然、逸脱すればするほど力は消費するんだがね。バランスを考えることだ」
……なるほど。そういうことか。
目からウロコが落ちた思いで銃を見下ろす。
確かに、『一般的な』兵器ばかり作ってきた。しかし、確かに己も魔法少女なのだ。
で、あれば。
「よしよし、理解できたようだね。さてブルースカイ、君は……」
「ふぎゃっ!? ちょ、アルケミ様!?」
「ヒヒッ。そのぐらい抜けられるだろう?」
顔を上げると、シアンが縄でぐるぐるに縛られていた。しかし、一言二言呟けば体を弦巻きにした縄が一瞬で解け、パタリと地面に落ちる。
「『拘束されない』能力といったところか。君は割と使いこなしているが、純粋な魔力攻撃としてのバリエーションが少ないかもしれないね。勿論、能力を突き詰めるのも重要だ。訓練を続け魔法を熟練させていけば、君もそうしていた通りあらゆる使い方ができるだろう。解釈の幅を広げることが君の強みに繋がる」
拘束されない? それだけ聞いてもよく分からない。シアンは先の戦いで、剣を生み出して飛ばしたり、ハルバードで斬りかかる攻撃しかしていないのだ。
「さて、このアドバイスを踏まえた上でもう一度模擬戦だ。魔法は精神力の発露だ。君たちが色んなことを経験し、考え、強くなればなるほど魔法の力も伸びていく。絶望郷のため、どんどん力をつけていってくれよ」
そう言い、アルケミストが模擬戦ブースから出ていった。再開はモニター室の準備ができてからになるだろう。
「……結局、貴方はどんな能力なのですか?」
「や、アルケミ様の言う通り、『拘束されない』だよ。物理的なものだけじゃなくて、色んなものを『拘束』と見做して、その制限を外すことができるんだ」
言いつつシアンが作り出したのは、普段使っているハルバードだ。
「例えば、このハルバードは『物理法則に囚われず対象を切断できる』っていう風になってる。武器だけじゃなくて、他のこともできるよ。アジト襲撃の時は足が千切れたけど、『四肢切断による不自由』を『拘束』と見做して、そんな制約がないように動けるようにしたし」
「それは……かなり強力ですね。解釈次第でどんなことでもできるのでは?」
「うん。さっきのアドバイスも要はそういうことなんだろうね。強い能力って意味だとリツもそうだと思うけど。想像した兵器を創り出せるって、汎用性の塊みたいなもんじゃん」
「十分に活かしきれてはいませんでしたが」
準備ができたとスピーカーからの声。武器を構えて相対する。
「……まあ、もうちょっと早くアドバイス欲しかったよね」
「それには同意ですが……いや、慣れていないうちに色々言われても中途半端になるだけではないでしょうか。アジト襲撃作戦前なんて今よりもっと未熟だったわけですし」
「確かに。……じゃ、やろうか」
「ええ。反省を飲み干し、絶望郷のために」
互いに新たな手を知った模擬戦は、手加減しつつ、それでもなお熾烈な戦いとなった。
……相も変わらず、メルヘンなアニメのそれを応援するような、錬金術師の「がんばえ~!」という気の抜ける声に集中を乱されはしたが。
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