16話 休日 後
「さて、何しましょうか」
「お、これとか?」
食事を終え、二人は
おぉ……と思わずリツも声を漏らすほど、再現された五重塔は雄大だった。だが、選んだ本人は建築物そっちのけで、現代では絶対に見られない、青い空をじっと見上げている。
「……これが現実でも見れるならなぁ。綺麗だし開放感すごいけど……偽物だって分かってると、どうしてもなぁ」
設定をいじり、夕焼けにしてみたり、夜にしてみたり、他の建造物を読み込んでみたり。中には、再現された過去文明の街並みなんてものもあった。
その中で数百年前にそびえ立っていた、空の名を冠す塔を見上げながらぼんやりと歩く。
「……それで、私の話でしたね」
少しばかり魔法少女が関わるため、少しでも人目がある場所では話したくはなかったが、VR空間内ならうってつけだ。
「うん。なんで反乱軍が嫌いなのさ。や、反乱軍が嫌いなのは連中が平和を乱そうとするからとか、合理的じゃないからってのは分かったけど、それだけじゃないよね」
「分かっています。……そうですね。一言で言うなら、両親を死に追いやったからです」
リツは自分の声色に、じわりと憎悪の色が混じったのを感じた。努めて冷静に語ろうとしても、滾る怒りは抑えきれない、
「あー。そりゃ納得の理由だ。革命軍に殺されたってことかな」
「少し違います。両親は革命軍に所属していました。無茶な作戦に駆り出され、そのまま帰ってこなかったんです。制圧目標の施設はどういうわけか、蒸発し跡形もなく消滅した、と」
「それは魔法少女の攻撃?」
「後に調べた所、違うようでした。まあ、仮にそうだとしても何も思いませんが。炎に生身で飛び込め、と言うような作戦でした。その炎がどんな兵器だろうと、魔法少女だろうと何も変わりません」
言い切れば、シアンは微妙な表情をしていた。何か言いたいことはあるが、思いついたことが正しいのかどうか決めあぐねているような顔だ。
「……何か?」
「や、ちょっとね。……疑問がまとまったら聞くよ。というか、両親革命軍にいたんだね」
「本人たちの話だと、同調圧力と言うか……住んでいたコロニー内で、反乱を起こすという風潮が強まり、それに異を唱えた人間は私刑に処されるような状態だったそうです」
「うわ、そりゃひどい」
次に切り替えた風景は、夕焼けの渚だった。
再現された美しい風景に、思わずほう、と感嘆のため息を漏らすシアン。
「……綺麗だね」
「立ちっぱなしも何ですし、座りましょうか」
崖際に腰を下ろせば、沈みゆく偽物の太陽を見つめながらシアンも隣に座る。
「話を戻します。そんななので、革命軍にいながら両親は体制寄りの人間だったようです。ですが、最悪の自由時代を生きていく上で最も強い組織力を誇っていたのは革命軍であることも事実。生きるためには、そこでやっていくしかありません。そうでない人々の地獄はさんざ目にしました。その判断は間違っていないと今でも思います」
絶望郷の道化師が平和を保つこのコロニーは、たった数年前はそこかしこで戦闘が起こる無法地帯だった。絶えず銃声が鳴り、どこかで人が死んでいる。そんな世界だった。
「……ん、リツって施術その頃に受けてたって話だったよね? 時系列どうなってるの?」
「そもそも、私が『両親』と呼んでいる二人は血縁上の親ではありません。記憶の始まりが曖昧なのですが、気づいた時にはすでに両親と暮らしていました。どうも魔法少女化施術を受けた後、何らかの理由で捨てられていたようです。そこを拾ってもらった形ですね。とても可愛がってもらいました。苦しい生活でしたが、両親と一緒なら苦ではありませんでした」
「へぇ……ちょっと羨ましいかも」
「血縁でないことは早めに知らされましたし、私の身の上については両親も知らなかったようですが、それでも愛してくれましたよ。最悪の自由時代にどこのとも知れない子供を拾うなど、お人好しもいいところです」
皮肉げに言うリツだが、思い返すその表情はどこかほころんでいた。
「だからこそ、両親を使い捨てるように死地へ送った革命軍が嫌いです。……帰ってこない両親の安否を確認しに行った時、対面した革命軍の指揮官は作戦失敗をどうでも良さそうに告げたのです。そして『使えない連中だった』と言い捨てました。激昂して殴りかかったのですが、数発入れたぐらいで拘束されました」
「数発は入れたんだ。と言うか、その頃から狂犬だったんだね……」
「貴方に言われたくはないです」
リツは思わず渋面を作った。シアンも片眉を歪める。
「え? あーし客観的に見て狂犬っぽいかな?」
「そうではありませんが、効率狂いでしょうに。ともかく。そのまま殺されそうな所に、魔法少女の襲撃がありました。施設を破壊し、私を取り押さえていた革命軍を氷の彫像に変えて助けてくれたのがグレイザー様というわけです」
「なるほどね。そこで関わりがあったんだ。リツがグレイザー様推しなのも納得だね。ポスターとかも……」
「ポスターは関係ないです」
サインとか貰っておけばよかったな、とちょっと思わないではないが。
いや、でも……サイン色紙など旧文明の創作物の中にしか残っていない。絶望郷に紙やペンなど存在しないのだ。もらうにしてもどうすれば……。
どうでもいい方向に思考が逸れたが、シアンの声で引っ張り戻される。
「で、そういうことがあったから別に魔法少女そのものが嫌いってわけじゃないんだね。最悪の自由時代を引き起こしたのも魔法少女なのに、そっちには何も抵抗感ないんだってちょっと不思議だったんだ」
「魔法少女がイコールで反乱軍というわけではありませんし、私を救ってくれたのも魔法少女ですから。その後、クラウン様が組織した絶望郷の前身に保護され、今に至るわけです」
納得できましたか? そう聞けば、シアンは「ある程度はね」と答える。
「ちょくちょく気になる所もあるけど……多分、リツが施術で記憶を失う前の性格とか、そういうのも影響してるんだろうね」
言いつつ、シアンはコンソールを開き時間シミュレートの速度を数倍にした。みるみるうちに太陽が沈み、星空と月が登ってくる。わぁ、と目を輝かせるシアン。
「それは確かにあるでしょう。……実は目星もついています。恐らくですが、私は旧政権の政治家の子供です」
「なんでそうだって?」
どう説明したものか、としばし美しい銀河を見つめる。今はもう見れないものだ。
「……魔法少女化施術の被検体は皆子供。ですが、それをどこから調達したのか? その辺から攫ってくるなんてマネ、いくら革命軍でもしないと思いませんか?」
「あ……うん、もう分かったよ。殺した政治家の子供を使ったんだね」
適当な子供を使ったとかバレると士気が落ちそうだし、と嫌そうな顔で言うシアン。
「……流石に効率いいとは言いませんでしたね」
「あーしを何だと思ってるのさ。効率いいからって罪もない子供実験体に使うなんてもうクソ野郎の発想じゃん。効率よくても、犠牲にしていいのは性根の腐った犯罪者だけでしょ」
「違いないですね」
犯罪者だとしてもあれほど躊躇いなく裏切れるのにはちょっと引いたが、その考えには同意だ。
「で、リツもそうやって被検体にされた一人ってことだね」
「状況証拠でしかありませんが。革命軍による自由時代の混乱は言葉にすると一つずつ順番に起きたように思えますが、どうもそういうわけでもなかったようです。最初の魔法少女を含む、マスコットが提供した戦力で旧政権の政治家を襲う。そこで奪った物資などで兵糧を補充し、また次へ……と」
「なるほど。そこで捕まえた子供は生かしておいて被検体にしたわけか。で、アルケミ様は何も知らずに……というか騙されてその子達を魔法少女にしちゃったわけだね……」
「恐らくは。旧政権を滅ぼしてからも魔法少女は作られていたようですし。私が最後の一人か二人だったのでしょう。その後クラウン様が支配を逃れ、魔法少女研究所を壊滅させた際に私の身柄が宙ぶらりんになり、両親に拾われた……こんな流れだと思われます」
どうやってクラウンがマスコットの支配を逃れたのか、その時どういう状況だったのかは知らないが、大筋は間違っていないはずだ。
「なるほどねー……。色々納得いったよ。合理的なリツが『直接の死因になった存在』じゃなくて『死に追いやった元凶』を恨んでるのも納得できた。生みの親を殺して、拾ってくれた親も死に追いやった奴なんか許せるわけないもん。きっとその悪感情がなかったら、また違う考えになってたんじゃない?」
「……そうかもしれませんね」
降り積もったリツの憎悪は深く、溶けることはないだろう。少なくとも、復讐の火が反乱軍を焼き尽くすまでは。
「だから、あの連中を叩き潰すのが楽しくて仕方ないのです。復讐は何も生まない、なんてゴミみたいな言葉もありますが、間違いですよあんなもの。誰が言い出したんですかね?」
「さぁ……?」
会話が途切れ、二人はきらめく仮想の銀河へ視線を移す。早回しで空が動き、やがて地平線が白んでくる。
「ああ、やっぱり現実で見たいなぁ。動物とかもいたらよかったのに」
「動物……自然生物に興味が?」
「や、というよりもまだ自然環境があった頃の、過去の世界に興味があるかな。ここは風景にリソース割いてて配置されてないみたいだけど、数え切れないほどいたらしいし」
「そんなにいて何か支障が出なかったのでしょうかね? それか、自然生物の存在も折り込み済みだったのか。……そういえば、ここは生物館も併設されていましたね。どうです?」
「え!? そんなのもあるんだ……。行こう!」
数分後。
シアンはガラスにへばりつくようにして動物を眺めていた。
「かわいい~!」
見ているのはギョロッとした目が特徴の、緑色のトカゲ。カメレオンだ。給餌の時間だったらしく、用意された餌を舌で掴んで飲み込んでいく。
(かわ……かわいいか? う~ん)
感性は人それぞれだ。リツはあまり言及しないことにした。
その後も二人で次々と飼育されている自然生物を見て回る。旧時代には陸と海とで施設が分かれていることの方が多かったようだが、現代では一纏めだ。バカでかい蛇、巨大な猛獣、やけに足が長い鳥、不思議な形の虫、魚の群れ。その間、シアンは小さな生物の殆どに『かわいい』という感想を呟いた。
「こんなのにも毒があるんだねぇ」
「それで身を守っていたのでしょう」
ライトアップされた水槽をほわほわと漂うクラゲを見ながら、妙にしみじみと呟くシアン。コレはリツも可愛いと思う。ぬいぐるみでも買って帰ろうか。
「見て見てリツ! 変なのがいるよ!」
シアンはもう別の水槽の前へと移動していた。やたら効率を重視する印象が強いが、雰囲気通り奔放であるのも事実だ。
リツは最後にクラゲを一瞥し、シアンの元へ向かう。
小さい生き物が好きなのと対照的に、シアンはなぜか猛獣の類にビビっていた。
「うわぁ……」
「ちょ、だからなんでさっきから私に隠れるんですか! ガラスの向こうにいるから無害でしょうに!」
「え、だってあんなにでかいんだよ!? 怖いじゃん!」
「なんで……?」
あれだけ造反者と命のやり取りをした後、なんで虎とかライオンを怖がるのか全く分からない。確かに大きいが、暇そうにあくびをする姿は全く恐ろしくは見えなかった。
自分より大きい生物が苦手なのだろうか……? 育った環境故に、動物の類への知識がなく、初めて見るからこんな反応なのだろうか。
(え、まさかドラゴニック様に抱きつかれてカチコチになってたのってそういうのじゃないでしょうね。動物っぽい動作ではありましたけど……)
その後もたっぷり数時間かけて、二人は生物館を見て回った。死傷黒雲による環境破壊から保護するため片っ端から集められた自然生物。その中でも特に見ていて面白い、興味を引くようなものだけが展示されているのだが、それでも全てを見るには時間が足りない。何せ、生物というくくりには植物まで含まれているのだ。どういう基準で配置されているのかイマイチ分からない並びな上、凝られたデザインの複雑なフロア構造は階層がキチンと分かれておらず、順路もよく分からない。来場者が全てを見学することはハナから想定されていないのだろう。
そのお陰か飽きもせず楽しめたのだが、かなり時間が経ちそろそろお腹が空いてきた。もう夕食の時間だ。昼はパスタだったから、豪勢にステーキでも食べようか。そう思って、リツはじとっとした目をシアンに向ける。
「……そろそろ行きませんか?」
「あと五分……いや十分……」
「行きますよ!」
強めに声を掛けても動かないので、リツはおもちゃで遊ぶイエネコの前から動かなくなったシアンを無理やり引きずって移動することになった。
「もっと見てたかったのに……」
「貴方あそこに三十分ぐらいいませんでした? 私が別の生物見に行って戻ってきてもまだへばりついてたじゃないですか」
「だって可愛かったし……」
ぶー、と口を尖らせたシアンだが、運ばれてきたステーキを見て一瞬で機嫌を直した。目がキラキラ輝き、口からよだれが垂れそうな表情だ。
「わぁ……! すごい! まだジュージュー言ってる!」
かぶりつきそうな勢いだったが、落ち着いてナイフとフォークでステーキを切り分ける様子はやはり非常に上品だった。
「あちあち……ん~美味しい!」
本当に美味しそうに食べるな。
リツは自分も、小さく切った肉にソースを絡め口に運んだ。
「や、今日はありがとね。楽しかったよ。リツのことも色々知れたし」
「それは何より」
「ふふ、でもリツが自分から遊ぶとか言うのは意外だったなー。リツって禁欲的に見えて、案外欲求を優先するっていうか……結構やりたいことやろうとするよね」
またその話か? 思わずじとっと目を細める。
「よくよく考えたら、部屋の様子からもリツの性格は想像できたけどね。グレイザー様のポスターとか買ってたり、散らかってたり。ゲームのコントローラーもあったよね」
「グレイザー様のポスターは関係ないですし、部屋は片付けたじゃないですか」
誰にも迷惑を掛けないから後回しにしていただけであって、同居人が増えるのに自堕落に散らかしていては障りがある。
「そもそも真面目ちゃんはウルフカットなんて髪型にしないだろうしね」
「……いいじゃないですか、髪型ぐらい好きなものにしても。そりゃ私だって、毎日美味しいものが食べたいし、もっと遊びたいです。洒落た服を着て、今じゃ不可能な旅行なんてものもしてみたかった」
言葉を切り、視線を上へ。
見据えるのは天井の遥か向こう側。世界を覆う闇の結界、死の雲だ。
「わかるよ。だからあーしも空が見たいわけだしね。頑張っていこうよ。直接環境改善には携われなくても、役目を果たしてやれることをやるためにさ」
「……そうですね、ええ。頑張りましょう」
「絶望郷に希望あれ、ってね」
遊びに出た休日は、そんなふうに、和やかに過ぎていった。
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