15話 休日 前


「ふぁ……」


 リツはあくびをしながら寝室の扉を開けた。

 ラウンジでゆったり過ごした二日後。貰った四日の休日のうち、二日目だ。体力を回復させるため、昨日はだらだらと半分寝て過ごしたが流石にそろそろ動きたい。しょぼついた目をこすって居間に出れば、玄関に立つシアンの姿が見えた。


「……どこへ行くんですか?」

「や、ちょっと怪しいとこ探索しに行こうかなって」


 一瞬思考が固まり、眠気が吹き飛ぶ。


「は? そういう指令でも下ったんですか?」

「や、自己判断だけど」


 休日なのに!? 困惑するリツに、やはり当然のような顔のシアン。


「体は治ったし、動けるんなら動いた方が効率いいじゃん?」

「……昨日、見かけなかったのは起きているタイミングが違ったからだと思っていましたが……まさか」

「え? 昨日も行ってたよ。怪我で二日も無駄にしちゃったから」


 嘘でしょ。


 と、ふとシアンを抱きまくらにしていたドラゴニックの姿が脳裏に浮かぶ。

 あれはもしかすると、強制的に休息を取らせようとしていたのかもしれない。

 だとすると……。


「それじゃ行ってくるね~……。……どうしたの?」

「ダメです」


 なにが? ときょとんとした顔のシアン。


「何のための休日だと思ってるんです、かっ!」

「え? ぐえっ――」


 何だかイラついたリツは、シアンの首根っこを引っ掴んでソファーに放り投げた。


「な、なにすんの」

「休息も規則の内でしょうが! 効率よく役割を果たし、絶望郷のために動けるように用意されてるんですよ! 休憩はそのために存在するんですから、思う存分羽を伸ばさないとダメでしょうが! 何勝手に行動しようとしてるんですか!」

「え、えぇー」

「今日は、私の用事に付き合ってもらいます!」


 一方的に宣言すれば、シアンの表情が困惑から思考を回す色に変わる。

 ややあって、はぁ、と面倒そうにため息をついた。


「……わかった。降参」


 これでよし。

 本人は気づいていないようだが、どう見ても体力が回復しきっていない。体格の劣るリツになすがまま引っ張られたのがその証拠だ。その状態で何かあったらそれこそ一大事だろう。

 そういう意味では連れ回すのはよくないかもしれないが、気分転換するだけでも違うはずだ。




 支度を整え、数十分後。二人は連れ立って都市を歩いていた。人通りはまばらで、ちらほらとすれ違う程度。外周とまでは行かずとも、国家運営局からいくらか離れた場所である上、勤務時間である国民が多いからだ。

 数週間前までは、リツもこの時間帯は国軍学校に通っていた。そこはかとなく非日常を感じ、何だか不思議な気分である。魔法少女の任務は日時を問わず不規則であり、国軍学校のように規律正しいわけではない。日数だけ見ればとうにそんなものは消えているだろうが、その半分が治療に消費されていたため、少し浮つくような感覚が残っていた。


「……クソ真面目だと思ってたけど、違うね。バカ真面目……って言った方が正しいかも。まさか反乱軍の捜索を止められるとは思ってなかった」

「ド級の効率厨には言われたくありませんよ。疲労困憊の状態で敵を見つけても逃がすだけでしょう。貴方流に言うなら、それこそ効率悪いじゃありませんか」

「……まあ、一理あるね。で、何しに行くのさ」

「今日は遊び倒しますよ。近くに大きなアミューズメント施設があるんです」

「ふーん」


 興味なさげな声のシアン。無理やり誘ったとはいえ、その無関心さは何なのか。


「でも意外だね。リツが自分から遊びますとか言うの。ほら、自由が嫌いなんじゃないの? 初対面の時めっちゃ睨んできたじゃん」

「その言葉は嫌いですが、嫌いなのは自由を標榜する連中であって、自由という概念そのものが嫌いなわけではありません」


 むしろ、リツの性根は怠惰な方だ。必要でないことはあまりしたくない。


「え、あーし反乱軍と一緒にされたの?」

「いきなり自由がどうとか言いだしたらそうなるでしょう……。今時自由がどうとか主張してるの反乱軍だけですよ。まあ、貴方が連中とは違うことは分かりましたが」

「なーんか壁を感じるんだよね」


 不満げなシアン。

 リツはそれを鼻で笑い飛ばす。


「貴方の行動の全てに、効率がいいからという言葉がつくからですよ。今日あっさりOKしたのだって、私について知れたら効率がいいとか、そんな理由でしょうに」

「ありゃ、気づかれたか。ほら、この間リツさ、自分のこと話してくれなかったでしょ? だから成果の出づらいアジト捜索より、信頼を深めた方が効率いいかなって。ラウンジでもちょっと聞いたけど、ちょっとだけだったし」


 ほらこれだ。端正で人の良さそうな顔立ちに似合わない、酷薄な効率勘定を偏重するのがシアンだ。ついでにリツの言う通り休息にもなってさらに効率アップとか考えていそうである。


 暗雲を頭上に、車道レーンを見下ろしながらしばらく歩く。


 地下深くまで掘り抜かれた絶望郷にも、基準となる海抜ゼロメートルの地上レベルは存在するが、その地面は人工的な基盤だ。大きく穴が空き、五百メートル下の最下層までの吹き抜けになっている箇所も存在する。無論、そういった場所付近は強化ガラスの壁で覆われ、万一にも落下しないように安全策が取られている。何となく眺めていれば、貨物運搬ヘリがゆっくりとコンテナをぶら下げ出てきたり、ドローンが隊列を組んで地下に降りて行ったりしていた。


 歩行者レーンの左右には、監視カメラが街灯のような頻度で並ぶ。その視界を映すモニターもそう。一つ横の、裏路地とも言えるレーンの方はカメラが少ないが、そちらを通る者は少ない。その奥に用事があるなら別だが、わざわざ人目を避けるなど後ろめたいことがあると白状するようなものだ。絶望郷は、道化師の目だけでなく人々の目でも監視されている。


 途中、見慣れない機械兵器が歩行レーンの端を歩いていく。アジト殲滅作戦の時に国軍が連れていたものよりも大きく、騎士のような重厚な装甲を纏っている。両腕はガトリングガンになっており、一度火を吹けば人はおろか下手な戦車ですら蜂の巣になることだろう。

 絶望郷の警戒レベルが引き上げられ、街を巡回するようになった機械兵士。マザー☆ブレインの管理下であるそれは、五メートルほどの威容を見せつけるように歩みを進めていた。


 マザー☆ブレインはあまりに表に出ないため、どんな役目を背負っているか分かり辛いが、やはり彼女なくしても絶望郷は成り立たない。

 物資の需要に合わせた供給、工場の稼働、システムの調整など、あらゆるプログラムとAIを己の元に一本化し、最適になるよう全てを管理しているのだ。その中には絶望郷の警備や防衛の計画も含まれている。


 その数字を元に、クラウンが様々な判断を下し……また、それに合わせてブレインが調整する。そうしてギリギリのバランスで、常に最高効率で都市を動かす。

 全てをクラウンが牛耳っていると思われがちだが、クラウンは政治や司法に大きく力を割いているため、コントロールしているのは能力的に相性が良い監視方面だけである。国を動かすのは道化師だが、その血を循環させているのはブレインなのだ。


『“絶望郷に希望あれ”』


 電子ポスターが広告を切り替えるサイクルには、必ずデフォルメされたクラウンのイラストと、そのクラウンが定めた標語が組み込まれている。監視カメラの視界を映さない、コマーシャルを流すモニターもそう。


『“絶望郷に希望あれ”! 皆の道化師、ディストピア☆クラウンだよ! わるものがいないかキョロキョロチェック! みんなで協力して、このつらい時代を生き抜こう! 私はいつでもみんなを見守ってるよ!』


 監視をほのめかす言葉と共に、国家運営局のロゴ、その目を模した意匠が動く。忘れるな、常に私が見ていることを。ある種の脅迫に近い意図を秘め、それでも行き交う人々はその背に重みを感じていない。

 至極単純。ルールを守り、日々を懸命に生きればいい。己の命を続けるため、絶望郷のため動けばいい。そうしていれば、道化師が、オリジナル魔法少女が守ってくれるのだから。


「お、あれかな?」


 五分ほど歩くと、目的地が見えてきた。巨大な箱のような建築物は、遠目でそうと分かるように明るい色のライトで装飾されている。壁面には大きなモニターが並び、存在を絶望郷に公表しているファミリア達が様々なスポーツやゲームで遊んでいるアニメーションや、流行りの娯楽作品の広告が流れている。


 ディストピア、と名乗っていながら、娯楽関係は驚くほど規制が少ない。無論、規制機関の検閲により許可されないものはあるが。

 恐らくは、支配者が道化師であるがこそ。国が運営する娯楽施設や、旧文明の娯楽データサルベージ部門も存在する。娯楽なくして人は生きていけない。クラウンはそれを知っているのだろう。


「わーでかいね。来るの初めてだな」

「放逐される前にも来たことはないのですか?」

「や、なかったね。親がちょっとね……意味不明な思考してたから。こういうとこは早いだの教育に悪いだの……。じゃあ不正するなよって話だよね。そっちの方が教育に悪いでしょ」


 奔放な雰囲気の中に、黒い感情が混じる。以前に仲は良くなかった、となんでもないことのように語っていたが、かなりの嫌悪が混じる声色だった。


「……同意しますが、それより早く受付を済ませましょう」

「あー待ってよリツ」


 ロビーの端末で二人の国民番号を照会し、自由利用の料金を払う。


「ボウリングでもしますか。一人でやっても仕方ないと思ってやってなかったんですよね」

「リツって国軍学校にいたんだよね? 同期と……」

「…………」

「あっ……ごめんて」


 生暖かい目でこっちを見るな。


「そういう貴方は友人と呼べる人物はいるんですか?」


 途端に目を逸らすシアン。もじもじと視線をさまよわせた後、困ったように微笑む。


「……えっと……リツぐらい?」

「……この話やめましょうか」


 シアンに友人がいないのは、言葉通りの意味か、人間関係ごと絶望郷へ売り渡したからか。何にせよ楽しい話にはならない。


「今時こんな非効率そうなスポーツの施設あるなんてね。スポーツだよねこれ?」

「私の知識が正しければスポーツだったはずです。娯楽なんて非効率なものでしょうに。ゲームのRTA等、効率を求める遊びは例外でしょうが」

「なにそれ?」

「どれだけ早く目的を達成できるかのタイムを競う遊びです」


 シアンならハマるかもしれない。ゲーム自体が非効率とか言い出すかもしれないが。

 安全靴に履き替え、ボールを選んでレーンへ向かう。やはり人はまばらで騒がしくはない。よほど大声を上げなければ迷惑になることはないだろう。


「やり方は分かりますか?」

「いやそのぐらい分かるよ。でもリツ先にどうぞ」


 ホントに? と目を細めたが、まあいいかとボールを投げる。

 ガコォン! と音が鳴り、シアンが驚いて飛び上がった。そのままボールはよろよろとガーターに落ちていく。


「ふむ」

「いやふむじゃないよ。投げ方絶対おかしいでしょ。溝に落ちちゃったし」

「……そうですか?」

「そうですかじゃないよ。他の人の投げ方見なよ」

「ジロジロ見るのはマナー違反でしょう」

「じゃあ端末で調べりゃいいじゃん……」


 シアンの番となったが、彼女はいきなりストライクを叩き出した。


「なるほど。こうするんだね。わかったわかった」

「……きっとビギナーズラックです」


 ちょっと強がってみたが、あれはどう見ても実力だった。

 再びボールを投げたが、またも轟音が鳴る。


「……待って待って。なんでそうなるの? 転がすというか、滑らせるような感じだよ」

「そう言われても……」

「ほら見てなって」


 その後シアンの指導の元数回練習し、リツはようやくまともに投げれるようになった。だがその頃には、どうしようもないほどのスコア差が生まれていた。


「くそう……」

「へへーん」


 イラっとしたので、次はARガンシューティングを選んだ。これも初めて遊ぶゲームだったが、結果はリツの圧勝だった。シアンはそこまで銃器に精通していないらしい。


「大人げないなぁ。何この異常なスコア……。あと、銃の狙いはいいのになんでボウリングはあんなにコントロール悪いの?」

「使う筋肉が違うじゃないですか」

「……うーん?」


 シアンは困惑と不満が入り混じった表情を浮かべた。


 その後もレースゲームだったりリズムゲームだったりでしばらく遊び、少々疲れたところで昼食にしようと飲食店エリアへ向かう。些か高値だが、専門職が作った料理を食べられる。

 死傷黒雲により空が閉ざされてから食料の生産コストが冗談のように跳ね上がり、現在配給食と呼ばれている完全食料で効率的に栄養を接種しなければならなくなった。その結果、料理は専門技術となり、よほどの好きものとコック以外で料理ができる人間はいない。魔法少女のラウンジに用意されていたお菓子も専門職がつくったものだろう。


「うっま! 美味しいこれ~!」


 ミートソースパスタを頬張りながら目を輝かせるシアン。配給食主体の食事であるため、どうしてもフォーク等を使う機会は少なく、汚いとまでは言わないがぎこちない人間が多い。だがシアンはかなり行儀よく食事を進めていた。


「気に入ったのなら、一週間に一度程度なら食べに来られますよ。頂いている給金からすればそのぐらいは問題ないでしょう」

「そうだね……時々来ようかな。放逐民暮らしで舌が痩せてたから余計に美味しく感じる。両親と絶望郷にいた頃とか、自由時代の前とかはちょくちょく食べてたんだけどね」

「だからマナーいいんですね」


 シアンは慣れた手つきで麺をフォークでくるくると絡め取っていく。傍から見てもそうと分かるほどご機嫌だ。鼻歌でも歌いだしそうである。


「リツほどじゃないよ。なんかすごい上品に食べるじゃん」

「私のことはいいんですよ。……貴方の両親はどんな人達だったのですか? 無理に話せとは言いませんが」

「む……ごくっ、や、別にいいよ。端的に言っちゃえば、昔の栄光を忘れられない没落貴族みたいな人たちだったね。世界戦争以前に成功してた企業の上役とかの子供だったのかな? で、死傷黒雲のせいで状況が一変したのに、楽だった過去に縋って現実を見てなかったんだ。後から知ったけど、生活の質を維持するために色々アウトなことやってたみたいだよ。自由時代からずっと両親は革命軍を支援してたし。しかもその後、革命軍との関係をどさくさに紛れて隠蔽してクラウンネット登録したんだ。なのに反乱軍に手を貸して放逐されたんだからもう救えないよね」


 なるほど。嫌いな人種だ。リツは目を細め、しかし何も言わずパスタを口に運ぶ。


「何も知らなかったあーしもしばらく恩恵にあずかってたわけだけど。まあこれは言い訳だね……。とにかく、あーしはそんなんに育てられてたからさ。小さい頃はもう両親のお人形さんだったよ。両親に言われるがまま行動して、言われるがまま暮らしてた。無邪気に空が見たいなんて夢を見て、無知なまま革命軍を応援してたりしたね」


 言葉を切り、一口ミートソースを頬張る。


「んぐんぐ……ぷぁ。空が見えるほど環境を改善させるためには文明としての力がいるって気づいたのは、それこそ放逐された後。我ながら理解するのにどれだけかかってるんだか」

「何と言うか……」

「バカバカしいでしょ? その頃には両親の考えとか教えをそこそこ疑ってはいたんだけど、今までずっと従って生きてきたからどうしていいかわかんなくて。で、放逐されて生活水準がゴミになった時に悟ったわけだよ。あ~もうダメだって。見栄とか過去に縋るなんて非合理的。革命とか反乱なんて手段は体制の立て直しに時間がかかり過ぎて非効率的。絶望郷が上手く行ってるのを外から見て、『空を見る』ためにはそこに戻るのが最高効率だって思ったんだ」


 そして、ずっと従ってきた存在……両親を切り捨てた。シアンの世界の大部分を占めていたそれを削ぎ落とせば、残ったのは『空を見たい』という夢だけ。


 だからこそ、それを成就するため、効率よく、ただひたすら効率よく。

 出来上がったのが今のシアン――ディストピア☆ブルースカイというわけだ。


「まあそんな感じ? 何にせよクラウンネット登録戻ってよかったよ」


 そうか。シアンはその生い立ちから、何かに従うか、効率を追い求めるか。それ以外の暮らし方……生き方を知らないのか。両親の人形だった頃はともかく、反乱軍に潜り込んで色々工作している時は文字通り休みなく動いていたのだろう。


 己が娯楽を教えてやらねば……といったような使命感を抱いたわけではないが、今日遊びに連れ回したのが何かシアンにとってプラスとなったらよい。

 そう考え、リツは最後の一口を頬張った。


「あ、そうだ。今度こそリツのこと教えてよ。ラウンジでも色々聞いたけど、まだ話してないことあるでしょ? あーしのこと色々教えたんだから、変わりに教えてくれるよね?」

「ん゛……ごきゅ、貴方まさか……」

「何のことかな~?」


 リツから自分への理解が深まり、自分は話したんだからそっちも話せ、とリツのことを強く聞く理由付けにもなる。

 なるほど効率がいい。リツは頬を小さく引き攣らせながら、水を喉へ流し込んだ。

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