14話 ラウンジの魔竜


 またも重症を負った二人は、五日かけて治療を終えた。命に関わる重症を負っていながら、数日で痛みも感じないほど完璧に治癒できるのは技術の進歩と言う他ない。

 魔法少女という存在は認知されていても、その詳細は秘匿すべき。故に専用の治療施設が国家運営局内に設置されており、リツとシアンはそこで治療を受けていた。


 そして退院が許された二人は家に帰る前に、魔法少女のために作られたラウンジにやってきていた。と言うより、モニターに吸い込まれて強制的に送られた。傷は完璧に治療されたが、体力までは回復しない。ここでゆっくり休めということだろう。

 別に病室の居心地が悪い訳では無いが、傷が治るまで動くことはできない。その窮屈さから開放され、羽を伸ばしたい気分だったので渡りに船だった。


 落ち着いた間接照明で照らされた居心地の良い空間には、様々なリラクゼーション器具が並んでいる。マッサージチェアや仮眠用ウォーターベッド。備え付けられたドリンクバーに、自由に取っていいお菓子。いくつも置いてある貸し出しのタブレット端末の中には、娯楽となる書籍データ、アニメーションにゲームなどが多数入っていると記載されていた。


 今日この後予定は何もないし、体力回復を兼ねて四日ほど休日が続く。クラウン様の意図通り、ここでくつろがせてもらおう。


 そう思い、リツはコーヒーを注いでお菓子を皿によそう。見る間にチョコレート味のクッキーやらカップケーキやらで埋め尽くされたトレイを持ち、たくさん並ぶソファーへ向かう。普段の配給食も悪くはないが、趣向を凝らされた菓子はそれなりに値段がする。せっかく食べれるならたくさん食べたいところだ。


(……あれ。シアンはどこに行ったんでしょう)


 のんびりお菓子を選んでいるうちに見失った相方の姿を探すが、どこにも見当たらない。

 まあそのうち出てくるだろう、と足を運び……。


「うぇっ!? ……シアン?」

「あ、リ、リツ……」


 びっくりした……。

 背もたれに隠れ、先客が二人寝転がっていた。なんとかコーヒーをこぼさずに済んだ。

 一人はシアン。もう一人は初めて見るが……魔法少女に変身せずとも、リツはそれが誰なのかすぐに理解できた。こんな特徴の人物は、絶望郷に一人だけ。


 絶望郷最強のオリジナル魔法少女、ドラゴニック☆ニュークリア。

 体の大半を覆う黒い刃じみた竜の鱗が衣装代わり。畳まれた翼に、丸められた尻尾、ねじ曲がった何本もの角。光るような青と緑の髪は、絶えずオーロラのように揺らめいている。肌色の部分は非常に少なく、顔ですらも頬より上は全て黒い鱗に覆われていた。


 そんな原子の魔竜が、なぜかシアンにがっちり抱きつきぐっすり眠っていた。

 スースーと寝息を立てていてもなお感じるプレッシャーは、『竜』という格の違う生物故だろうか。『亜竜』であるウィルムとは比べ物にならない。人間という生態系ピラミッドの頂点のさらに上の存在だ。クラウンやアルケミストとはまた違う種類の、本能的な恐怖に近い圧。


 ……で、そんな人の形をしたドラゴンに抱きつかれ、シアンはだらだらと冷や汗を流していた。


「……何してるんですか?」

「い、いや、なんか無理やり抱きまくらにされて……」


 心地よさそうに胸に顔をうずめるドラゴニック。ナイフのような爪の生える腕は、傷つけないように、しかしなぜだか絶対に離さないという強い意思を感じるほどがっちりシアンを捕まえている。なんで?


 ……それに、プレッシャーは確かに感じるが、そんな緊張するようなほどだろうか?

 ……あ、いや……もしかして。


 鱗の隙間から漏れる青と緑の光。見ている分には美しいが……彼女の名前から推測されるそれの正体を察すれば、感じるのは恐怖と生命の危機である。これ、チェレンコフ光じゃね?

 今のシアンは生身だ。……ヤバいかもしれない。


「……クラウン様?」

『放射能は本人がコントロールして漏れないように無害化してるから、何も問題ないよ!』


 ぼそっと呟けば、いつもの処刑ニュースが流れていたモニターからそんな声が聞こえてくる。


「これでひと安心ですね」

「どこが???」


 ……まあ、クラウンの言葉は逆説的に、ドラゴニックが名前通り核物質の塊であると言っているようなものだ。そんなものに抱きつかれていて平静でいろと言う方が無理である。


「寝てしまえばいいのでは? どうもドラゴニック様も離すつもりはなさそうですし、『効率的』だと思いますが」

「寝れるか! 時間の有効活用って意味じゃそうだけど――あっすいませんドラゴニック様動かないで……ちょ、くすぐったいし……鱗がチクチクする……」


 ここまで狼狽しているシアンは初めて見た。リツはちょっと面白くなってしまった。ぐずるように身動ぎしたドラゴニックはやはり腕を離すことはなく、シアンは疲れ諦めた顔で抱きまくらの身に甘んじるしかなかった。……胸が大きいから抱き心地がいいのだろうか。


 しかし、なんでこんなところに。

 彼女の仕事は原子力発電による電力供給と、そのコントロール。能力を十全に活かし、絶望郷へエネルギーを送り続ける役目を果たしているのだ。……のだが、こんな所で寝ていてもいいのだろうか。強力なバッテリーでもあるのか? それとも遠隔で制御できるのか。


 まあ、シアンの所在はわかった。リツがのんきにドリンクバーでコーヒーを淹れている間に捕まったのだろう。


(あっ、美味しいですねこれ)


 まだ冷や汗が止まらないシアンをよそに、リツはしばらく貸し出し端末でコミックを読みながらクッキーをつまむ。旧時代からサルベージされた漫画データだ。よほどの長編らしく、全てを購入して読むのは若干躊躇われる量だったため、これ幸いと読むことにした。


「落ち着かない……」

「……そんなにですか?」

「や、意識があるのにじっとしてるのが……。何か動いてないと気が済まないんだよね」

「効率厨……」


 やはり偏執的だ。シアンは呆れた視線も意に介さない。


「そう言えばさ、なんであんなこと聞いたの?」

「どれの……あぁ、連中の動機とかの話ですか?」

「そうそう」


 シアンが言うのは、ベッドの上でクラウンから今回の爆弾騒ぎの顛末を聞いた時のことだ。


 リツとシアンが戦ったのは魔法少女ディバイン☆グール、グーラだけだったが、無論今回のテロを起こしたのはあの双子だけではなかった。グールグーラは護衛、そして魔法少女を相手する役割。爆弾を設置していたのは反乱軍所属の放逐民だ。


 しかし、あの火球銃も無く貧弱な通常のライフルだけを持った兵力に魔法少女が劣るはずもない。監視者が隠蔽魔法の対象ではなくなったことで、カメラに映る全てはあっけなく制圧されたらしい。


 爆弾についても、確認された全てが撤去された。

 リツとシアンがいた区画だけではなく、重要施設の並ぶ主要区画をはじめ、合計五つの区画に爆弾が設置されていた。作動した爆弾も多かったが、絶望郷国軍、ファミリア魔法少女、そして何よりメルクリウス☆グレイザーらの尽力により、犠牲者は少ない。絶望郷の構造体には少なからず被害が出てしまったが、致命とまでは至らなかった。


 被害箇所は、物質を創造できるアルケミストも協力し、急ピッチで修復が進んでいる。流石に根幹構造体は強度を高めるため特殊な構造をしており、いくらか時間がかかるそうだが、数ヶ月もかかることはまずないだろう。


 しかし、ファントムは見つからなかった。


『後手になってるね……。ファントムの隠蔽能力がどこまでのものかってのは推測するしかない。今回マザーと監視を入れ替わって下っ端は見つけたけど、マザーはモニターから攻撃することはできないし、処理能力をかなり食っちゃうからね。ずっとはできない。しかもそれでもファントム見つからなかったから、自分だけ完全に透明になってたりするかも』


 クラウンとマザー☆ブレインは、二人共が絶望郷の管理に力を使っている。

 似た能力だが司る概念が違うため、得手とする分野もそれぞれ異なる。


 道化師がネットワークや監視、人による判断が必要な政治方面の管理をしているのに対し、ブレインは絶望郷内の様々なデータ管理、機械にAIの統制コントロールを司っている。力の及ぶ範囲が被っている部分もあるため、お互いの役目を一時的に交代できはするが、得意とする事象ではないため効率が著しく落ちてしまう。


 また、ブレインはあくまで機械管理の能力であるため、監視の目を巡らせるのは管理下のAI。それではマスコットの監視阻害技術を突破できないし、クラウンによる魔法の監視ではないのだ。故にファントムの魔法という抜け道が、クラウンより強力に作用する。より少ない魔法の力でカメラから逃れることができてしまうだろう。

 クラウン曰く、本人が直接コントロールする機械兵士等はその限りではないらしいが……常の業務を止めなければ、全域を見張ることはできないらしい。


 実行犯である放逐民への尋問でも、ファントムの影は掴めない。

 反乱軍の幹部を裏から操り、自分の存在を隠して反乱軍をいいように動かしているのだろう、とのこと。自由時代も、ファントム――マンティスは同じやり方で革命軍を手駒として使っていたらしい。


『しかもさ。実際あのマスコット製の爆弾は脅威だったけど、こんな平時に散発的に起こしても普通に対処されるのは目に見えてるでしょ。国軍の皆にいくらか犠牲者が出たのは悲しいけど……だから、多分これは目眩まし。皆で対処してる間に、裏でコソコソ何かやってたんだよ』


 もし、そんな企みを水面下で続けているのなら早く見つけなければ。

 そう気が急いたが、リツもシアンも重症で、起き上がりたくとも起き上がれない。ベッドに縛り付けられたまま、ずっと治療を受けていた。


『二人には休暇をあげる! これからどんどん忙しくなってくるだろうから、怪我で失った体力をきっちり回復させておいてね!』


 諸々の情報を聞き、ふとリツは道化師に質問をした。

 それが、テロを起こした放逐民の言い分。動機だった。


「リツはあんまりそういうの気にしないと思ってたんだけど」

「ええ、そうですね。ただ……グールグーラの言葉が、少々引っかかりまして」


『正義ぶって弱者を虐げるお前達が理解できるわけがない』


 絶望郷がそんなにも憎いのか、というリツの叫びへの、怨嗟の籠もった言葉。


 作戦報告書には、実行犯の三分の一ほどが爆発に巻き込まれ死亡したと記載があった。ファミリアに見つかり、どうせ捕まるのならと自爆した者までいたそうである。

 どうしてそうまでするほどの恨みを抱いたのか。それを知りたかった。


「え? ……どうしたのさ。アレを気にしてたの? あんなの的外れの恨み言じゃん。熱でもあるの?」

「私は至って元気ですが」

「うっそだぁ! 鼻で笑って『アホ言ってないでさっさとお縄につけ!』みたいな感じじゃんリツ! 絶対おかしいって!」

「貴方が私をどう思っているのかよーく分かりました……」


 口の端がひきつる。確かに客観視するとそういう感じなのかもしれないが、揶揄されると少々イラッとする。

 何かイタズラできそうなものは……と考えた所で、口に入れようとしていたクッキーが目に入った。今ならドラゴニックに抱きまくらにされているせいでシアンは抵抗できない。


「身動きできない状態で飲み物が欲しくなるお菓子を口に詰め込む刑に処します」

「すいませんでした。……やめて! 謝ったでしょ!」


 リツはシアンの口に押し付けようとしたクッキーを食べ、自分の席に戻る。


「まあ、実際あんなものは妄言に過ぎないとも思っていますが。何をどう言い募ろうが、一歩間違えば絶望郷崩落の危険すらあった大規模テロの実行犯であることには変わりありません。もっと言うなら、正義ぶって他者を虐げる、とは、かつての革命軍そのものでしたから。その後継である反乱軍が言うのは実に滑稽です」


 ある種、絶望郷が確立するまでは立場が逆だったのだ。


 最悪の自由時代を終わらせたオリジナル魔法少女達も、たった五人で戦っていたわけではない。アルケミストの能力で物資を作り、クラウンとブレインの能力で人々を纏め、マスコットとディバイン☆フリューゲルを確実に滅ぼすための軍が作られた。

 公的な名前のない、言うなれば『道化師軍』は、それこそある程度体制を整えるまでは密かに動き、息を潜め手を伸ばした。そして大仕掛の罠を作動させるように、一気にケリをつけたのだ。


 かつてグレイザーに命を救われたリツもそこに拾われ、食料や弾薬、医療品などの管理や作戦準備など、忙しなく働いた。まだ訓練も受けておらず、ただの少女――施術は受けていたようだが――だったリツは、末端も末端でしかなかったが。

 しかし、あの組織は正しく自由に対する叛逆の軍勢だった。言うなら、『無法』という政府に対するレジスタンスだった。


「本来、クラウン様達が私達を守る義務も何も存在しないはずなんです。それなのに、革命軍討伐後魔法を使ってまでこの都市を運営してくださっている。私達は、言わば絶望郷の恩恵に甘んじている身であり、救われた側です」


 相変わらずすよすよと寝ている、ドラゴニックをちらりと見やる。

 彼女もまた、革命軍を討ち果たした英雄の一人。最初の魔法少女ディバイン☆フリューゲルを正面から相手取り、この世の最後とも形容できるほどの戦いを繰り広げた存在だ。


「それなのに、なんでそんなに恨んでるんだってことだね。奴ら放逐された~みたいなこと言ってたし。反乱軍と違って、最初は絶望郷の住人だったはずなのにってことか」

「ええ。ですから、なぜ反乱軍になど協力するのだろう、と。皆、あの自由時代を経験しているはずなのに」

「あぁ……。で、結果はお察しと」


 クラウンに教えられた、連中の動機は主に二種類。

 一つは、自由時代に比較的いい立場を得ていたが故に、窮屈な絶望郷に不満を感じた者。

 もう一つは、目先の欲に釣られ……安易に反乱軍に協力。そして放逐され、逆恨みのように絶望郷を憎む。


 戦う中、グールグーラが漏らした言葉が全てだった。奴を含めた爆弾騒ぎの実行犯は、大多数が同じような考えだった、とのこと。


 それを、反乱軍の上層部……その裏に潜む亡霊に利用されたのだ。


『自分たちがどうなってもいいから、絶望郷に手傷を負わせたい』


 ファントムに扇動されて歪んだ連中の意志はこうだ。

 酷く非合理的で、リツにはその思考が理解できなかった。


 グールグーラの目に見た怒り。それを感じ、自業自得だろうと苛立ったのは覚えている。だが、他の反乱軍と同じで、その先に何かがあるのだと思っていた。無論、それがリツにとって許容できるわけではないが――それすらもない? 無理心中と何も変わらないではないか。


「オリジナル魔法少女の皆様が助けてくれたからこそ、この国は辛うじて形を保っている。だからこそ、少しでも世界が良くなるように、皆で協力し生きていかなければならないのに。……短絡的な考えでルールを破った先にあるのは、ペナルティが重なった後の放逐です。わかりきったそれを逆恨みして……そして鎮圧され、粛清されて死ぬ。そんな未来が待っているなど自明でしょう。それでも弓引くなんて……」

「……リツって案外、性善説を信じてるんだね」


 ドラゴニックに抱きつかれたまま、シアンは呆れたように、だが感心したように言う。


「クラウン様を信じてるのもそうか。クラウン様が強制されたわけでも、そんな義務があるわけでもないのに国民を助けようとしたから……って感じかな? んで、治世も完璧と。そりゃリツなら信頼するし、だから絶望郷を乱す連中が心底嫌いなわけだ」

「……ええ」


 なるほどね~と頷くシアン。その拍子にドラゴニックがぐずるように身じろぎし、シアンはぐぇっと変な声を出した。

 

「チクチクする……。……それで、グールグーラとかの話だけど。そもそもちゃんと考える頭があったら放逐なんてされないでしょ。世の中には頭の良くない人がいっぱいいるからね。自分だけがよかったらいい、なんていう他人を尊重しない連中も山程ね。反乱軍に潜伏してる時に実感したよ」


 その言葉で脳裏に浮かぶのはウィルムだ。思考停止そのもの、反乱への妄信的な言動はリツをして唖然とするしかなかった。


「あんな連中のことなんて気にするだけ無駄。所詮は放逐民の戯言だよ。今だってクラウンネット登録の窓口は開かれてるから、何も非がないなら登録すればいいだけの話だし、放逐されたんなら自業自得」


 酷薄なシアンだが、それを実行し絶望郷の臣民としての立場を取り戻した彼女には、そう言い切れるだけの資格がある。やったことは内通だが。


「まあ、反乱軍はそういう連中の集まりだからね。同じ意見の連中しか周りにいないと、それが真理だって思い込んじゃうんだよ、人間って。スパイしてる時も、時々幹部みたいな奴から的外れな鬱陶しいご高説を聞かされたよ。ものすごい非効率な時間で発狂しそうだった」

「……私を攫おうとしていたファントムが、理想がどうだの言っていましたね」

「えー、自由時代の元凶の理想なんてどうせろくでもないよ。知りたくもないね」


 リツも反乱軍に対しては悪感情しかないが、シアンも相当だ。恐らくその源泉は『非効率的だから』なのだろうが……下手をすればリツ以上に、連中を不要物として見ているのだろう。


「そういえば、シアンは潜入中ファントムとの関わりはあったのですか?」

「いや、列車の時が初めてだったよ。ウィルムの変身前とは知り合いだったけど、魔法少女だとは知らなかったし」


 知り合い、ですか。

 ウィルムの様子からすれば、顔見知り程度の仲ではなかったのだとも思うが……そこを深掘りしても仕方がない。


「まあ考えすぎない方がいいと思うよ。リツは笑いながら造反者を鎮圧してればいいじゃん」

「笑いながら……」

「え? 自覚ないの? めちゃくちゃ圧制者の下で権力を振りかざして好き勝手してる奴みたいだよ」

「いえ……楽しんではいましたが、そこまでゲラゲラ笑ってません。……いないはずです」


 またしても揶揄するようなセリフだったが、言いたいことは伝わった。


「……ところでさ」

「何でしょう」

「ドラゴニック様起きないんだけど。効率わる~い……」

「……寝てしまえばいいのでは?」

「やだぁ~……病室で寝っぱなしだったじゃん……もう寝れないよ……」


 別に声を落とすこともなく会話していたが、すやすやと寝ている魔竜は全く起きる様子はなかった。リツはドラゴニックの口元からちょっとよだれが垂れていることに気づいたが、見なかったことにした。多分きっと放射性物質が含まれてるなんてことはないはずだ。


 その後会話は途切れ、コミックを読むのに集中していたリツが顔を上げると、ああだこうだ言っていたシアンは結局寝入っていた。悩みなんかなさそうな顔で夢の中である。


 リツとシアン、ドラゴニック以外に誰もいないラウンジの端のモニターから、国営放送の音声が小さく聞こえてくる。広めのラウンジだが、今日は貸切状態である。

 本来なら同じ眷属同士もう少し関わり合いがあるらしいが、諸々の都合で合同で任務に当たることがほとんどなく、知り合いはいない。このラウンジで同僚に出会えるのを少しばかり期待していたが、いないものは仕方がない。ゆっくりと静かな時間を楽しむのも乙である。


 そのままさらにしばらく。何度かコーヒーをおかわりしに行き、たくさんよそったお菓子がそれなりに減ったころ、むくりと魔竜が起き上がった。


 ぽーっとした寝起きの表情で、体を伸ばし大きくあくび。眠たげな目をこすり、固まった体をほぐすように翼を広げる。それを眺めていると、きょろ、と見回した竜眼がこちらの視線と結ばれた。軽く会釈を返すと、ドラゴニックはソファーの上を猫のようにつたってこちらにやってくる。隣に来るのかと思えば、体をよじ登るようにしておぶさってきた。なんだかやけに動物のような動きだ。


「……な、なんでしょうか」


 顔を近づけてじーっと見つめてくるドラゴニックに居心地の悪くなったリツはぼそりとそう漏らしたが、ドラゴニックは何も答えない。


「……食べます?」


 クッキーをつまむと、ドラゴニックの視線がそちらに移動する。

 そして給餌を待つように、あーっと口を開けた。


 え、と一瞬だけ思考が固まったが、リツがクッキーを差し出すと、ぱくんとそれを頬張った。そのまま飲み込むのかと思ったが、ごりごりと噛み砕く音が聞こえる。ちらっと見えた口の中は、人間の歯ではなく、肉食恐竜のそれに似たギザギザな牙が並んでいた。

 やはり動物のような仕草で――竜のような、と形容するのが正解だろうか?――クッキーを飲み込んだ魔竜は、もっとくれと催促するようにじっと見つめてきた。


 皿ごとの方がいいかな、と持ち上げ近づけると、蛇のような舌を伸ばして口に含んでいく。もぐもぐとクッキーを頬張る姿が、なんだか可愛らしく思えてきた。


『ニューク! お菓子食べてる所悪いけど仕事だよー! リツちゃんもありがとうね!』

「い、いえ。……食べてしまって構いませんよ、ドラゴニック様」


 皿にもう数えるほどしかお菓子がなくなった所で、スピーカーからクラウンの声が聞こえた。ドラゴニックはぴく、と顔を上げると、皿からクッキーを手に取り、逆にリツの口元に差し出してきた。


「い、いただきます」


 リツがそれを頬張ると、ドラゴニックは背中から降り、優しく頭を撫でてきた。


「クュア」


 鳴き声のような声を発すると、ぴょんとソファーから降り、まだぐっすり寝ているシアンの頭も慈しむように撫でる。そしてそのまま、てくてくとラウンジから去っていく。


(……なんだか不思議な方でしたね……)


 リツは、去っていく小さな魔竜の揺れる尻尾を眺めつつ、照れくささを隠すよう、撫でられた頭を触った。

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