17話 爪痕 前
休日が終わり、爆弾騒ぎの前と同様に反乱軍の捜索、鎮圧を行う日々が戻ってきた。
しかし、三日経っても進展はない。絶望郷国軍による虱潰しの探索。ファミリア魔法少女による調査。続くそれらは、未だ大した成果を挙げられていない。リツのレーダーにも大したものは映らない。先の爆弾テロ騒ぎの時のように、敵の攻撃をいち早く察知できるという意味では無駄ではないが。
だが、絶望郷最下層を調べている時、シアンがふと目立たない位置にあった扉を見つけた。
むき出しの配管の隙間、死角になる位置にひっそりとそれはあった。近くのランプも耐用年数が過ぎているのか消えたままで、よほど注意していないと見逃しかねないような場所だ。
シアンが見つけられたのは、スパイ活動中、四六時中情報を見逃さないよう過ごしていたことで洞察力が鍛えられたからだろう。
手回し式のハンドルを回すと、旧時代の潜水艦のような分厚い鉄扉は不愉快に軋みながら開いた。中は真っ暗で、電気すら通っていない。
『“
シアンの魔法で暗闇を見通す。
扉の中は後ろ暗い者にとっては、隠れ潜むのに実にうってつけの場所だった。だが人気はなく、塵が積もり塗装が剥げ、そこら中が錆びきっている。
『さっむ!? 何ここ!』
『グレイザー様の温度調節の範囲外……いえ、完全に密閉されていたからですかね』
絶望郷の気温を維持しているのは、リツが慕うメルクリウス☆グレイザー。彼女が全域の温度を操作し、絶望郷は常にどこであろうと快適な温度に保たれている。
だが、ここはシアンが思わずテレパシーで叫んだ通り、本当に寒い。加えて、絶望郷の空調システムの影響も及んでおらず、淀んだ空気は息苦しい。
『こんな古い区画あったんだ……』
『下手したら、世界戦争以前からずっと放棄されていたのかもしれませんね』
『え、地図データ破損してるんだと思ったけど違うねこれ。ここ土の中扱いだよ。そもそも開発のための掘削すらされてない扱いだ』
『過去の機密エリアだったのでしょうか。……いや、ありえますね。ここ、兵器工廠じゃないですか? 入り口のゲートは妙に分かりづらかったですし……』
念のため会話をテレパシーに切り替え、警戒しながら歩みを進める。
しかし拍子抜けするほど何もない。それもそのはず、見かける制御コンパネを触ってもうんともすんとも言わず、錆びついた機械群は完全に機能が死んでいた。補修してアジトにしようのも、これでは一から作り直すのと手間が変わらない。
『うーん、ただの閉鎖区画かな……?』
『……いえ、どうでしょうね……。……おや?』
ふと見つけたのは、貨物駅のような施設。相変わらずクレーンなどは錆びついているが、他の箇所よりは比較的綺麗に見える。線路の片方は、絶望郷側へ。もう片方は、分厚いゲートが行く手を遮っている。その向こうは……絶望郷の外だ。
二人は顔を見合わせ頷くと、周囲を徹底的に調べることにした。
違和感の源は、割とあっさりと見つかった。
一つのレーンだけ線路に積もる塵が少なく、ゲートの方も同じく稼働の痕跡がある。
そして決定的なのが、開閉用のコンパネが生きていたことだ。
『これだけ内部が修理されてる。わざわざ電気も引っ張ってきてるみたいだね』
『よく分かりますね』
『そりゃ、スパイやってる時に色々いじくったからね。そっかぁ……絶望郷の外にいたんじゃ見つかるわけないね』
その可能性が考慮されていないわけではなかったが、可能性は低いと思われていた。絶望郷から一歩出れば死の世界であり、魔法少女の力なくして生きていくことはできない。
マスコットなら解決する技術を作り出していてもおかしくはなかったが、外部への道は全て厳重に封じられている。例えファントムの力で透明になっていようが、あんな列車が通ることはできないはずだ。クラウンの認識から逃れる強力な隠蔽だが、逆に言えばそれ以外からは丸見え。警備が通すはずもないし、ゲートの開閉記録に不自然な所は見つからなかった。
だがクラウンも把握していないエリアに出口があるとなれば話は変わる。
道化師の支配するこの都市は、再開発区域を除き彼女が作ったわけではない。旧政権時代の記録が残っていない以上、こういった場所が出てくるのはある種当然でもあった。
『さ~て……どうする? ピスメ』
『どうしましょう……。クラウン様、聞こえますか?』
『やっほ~ピスメちゃん! 聞こえるよ! どうしたの?』
そもそもモニターの少ないデータ破損区域の、更に奥。近くに監視カメラがあるわけもなく、リツは思念で道化師を呼んだ。声が届くかは不安だったが、いつも通りの明るい声がすぐに返ってくる。
つらつらと二人でここらについてを説明すると、道化師はうぅ~ん……と悩み始めた。
『……よし。二人にお願いするよ! ほんとはもう二組ぐらい同行させたいんだけど、隠密能力持ちの子達は今別の任務を任せてかかりきりになってるんだよね。外となると軍隊を動かすのも一手間かかるし……』
クラウンのファミリアに、姿を隠す能力を持つ者は少ない。リツやシアンは魔法の範囲が汎用的であるがため、燃費こそ悪いものの己を闇に紛れさせることができるが、力を与える上位者が司るのは『絶望郷』。支配者側、つまり『見つける側』だ。潜入が得意な眷属はなかなか生まれない。
勿論、軍の中にそれが得意な部隊は存在するし、今もどこかで活動している。だが、彼らには機動力において魔法少女に大きく劣る。特殊なサイバネ施術を加味しても、まだ及ばないし、足を補うために車両なんぞ持ち出そうものなら目立って仕方がない。
その点、汎用的な能力を持つピースメーカーとブルースカイは使い勝手がいい。
『よし、じゃあ念のため防護装備取りに戻っておいで! それがないと万一変身が解けたら死んじゃうからね! 準備できたら出発していいよ! ……でも気をつけてね。絶望郷の外じゃ、私にテレパシーは届かない。眷属としてのパスは繋がってるけど、やばいことになってもこっちからじゃ知覚できないから、助けに入るのはちょっと難しい。ちょっとでも危ないと思ったらすぐに帰ってきてね。マスコット基地があるって確認とれるだけでも十分だから。いい? どんな形であるにせよ、敵がオリジナル魔法少女を保有してることは確かだからね』
『承知しました。お任せ下さい』
『うん。それじゃ頑張って! 絶望郷に希望あれ!』
『『絶望郷に希望あれ』』
急いでモニターのある場所まで戻り、数分で支度を整える。
そして制御室側の通路から、閉ざされた人員用の扉のロックを解除。
軋み錆びついた音と共に、ゆっくりと外への道が開く。
本来絶望郷の外は有害物質が大気に溶けているため、特殊な濾過フィルターを用いたガスマスクが必須だ。魔法少女の頑丈な体はそれさえも意に介さないが、万が一変身が解けてしまった場合、そのまま猛毒の空気を吸って死にかねない。故の防護装備だ。
絶望郷内の空気が清浄なのは、自由時代以前からずっと政府に貢献し続けているマスコットの一人が作り出した空気清浄モノリスのお陰である。不思議なモニュメントじみたこの装置は絶望郷のいたる所に置かれ、国民が息をできるように絶えず稼働し続けている。空気を留め置く働きもあるこれが、上方が開け外の空間と繋がっていても不浄な空気の侵入を防いでいる。
忘れ去られていた扉の向こうは、緩やかに登る線路脇の通路だった。
『隣のコロニーまで行くハメになりそうですね……』
『仕方ないね。“
『“
二人は翼を作り出し、シアンの魔法で空気抵抗等の目に見えない障害による影響を取り除く。
そして線路を辿り、障害物に激突しないよう注意しながらトンネル内を飛び続ける。
所々足場が崩れていたり、天井の配管が垂れ下がったりしていたが、線路上には何もない。最低限列車が通過できる程度だが、確実に人の手で整備されている。
『あれ、なんだろうここ。反乱軍の本拠地……にしてはゲート開きっぱなしだし、廃墟そのままだし』
『旧時代の駅ですね。分岐が多い。かなり大きい場所だったようです。あの推定機密エリアへ続く線路は、何でも無い通常のラインに紛れさせることで隠していたのでしょう』
『なるほどね。……じゃあ、ここで終点じゃないわけだ』
『塵の落ちた線路を探すしかありませんね』
行き先は簡単に絞り込めた。この駅も半ば朽ちており、通れるように整備された路線は一つだけだった。
その先は外。死傷黒雲の下、死に果てた世界。
『……相変わらず酷いですね』
時折降り注ぐ汚染雨により変色した廃墟。光が差さず死に絶えた植物。生命の気配などは全く存在しない。遠くに見える川の水も、有害物質が多分に混じっているだろう。墜落した空中戦艦の残骸がちらほらと散見され、廃墟に埋もれるようにして数多の兵器が朽ち果てていた。明かりなど一つたりとも存在しない、シアンの魔法無くして見ること叶わない暗黒の世界。
そんな世界を切り裂くように、ずっと先までレールウェイが伸びている。背後を見れば、その高架は絶望郷まで伸びていた。
『普通に出たんじゃ即見つかるから、わざわざこんな所から出入りしてたんだね』
『よく見つけたものですね……。先を急ぎましょう』
飛んでいると、半径十キロはあるクレーターの上に差し掛かる。衛星兵器による宇宙からの砲撃で生まれた、バカでかい窪地だ。
世界戦争の爪痕は深い。地形が変わるような爆弾が降り注ぎ、小国は耐えきれず滅ぶ。幾千の空中戦艦や戦闘機が空を埋め尽くし、地上は火砲の群れが所狭しとひしめく。
記録映像に残された当時の様子を見たことがあるが、あまりの光景に現実感が無く、よく出来た映画の一幕と勘違いしかねないほどの戦火だった。
そして何より恐ろしいのは、死傷黒雲により強制的に戦争が終わっただけであって、降伏宣言などが行われたわけではないということだ。形式的に見ればまだ戦争は続いている。絶望郷が軍備を縮小できない理由がこれである。死傷黒雲を克服した戦艦群が突然現れ爆撃してくる可能性だってあるのだ。
言葉少なに低空を飛ぶ。語ることがあれど、この終わった世界では雑談する気にもなれない。
やがて線路の先、山間に築かれ、そして捨て置かれたコロニーが見えてきた。雪に覆われた廃棄都市が、明かりもなく寂寥と共に佇んでいる。
『……ここでしょうかね』
『魔法で姿を隠しておこう。何か作れる?』
『ステルス装置であれば、恐らく』
『おっけ。じゃあこれまで通りコミュニケーションはテレパシーで。なるべく音は立てないようにね』
『分かっています』
姿を消し、厳重に閉じられたコロニー入り口のゲートへ。やっていることがほぼファントムと同じであることに少々思う所はあるが、それはそれ、これはこれ。
『どう侵入しましょうか。ハッキングするにせよ、ゲートの開閉音でバレそうですね』
『いや、簡単だよ。“
リツにも同じ魔法をかけたシアンは、そのままずるりとゲートをすり抜けて行く。手だけ出して手招きされたのでリツも同じように進むと、実体がないかのように体が鉄の障壁を通り抜けた。
『……よくよく考えれば、自身の身体異常すらもないものにできる貴方が、壁程度越えられないわけもありませんね』
『へへん。これぐらいなら余裕余裕』
ともあれ侵入には成功した。鉄道はさらに先、コロニーの奥深くまで伸びている。
『どうする? 最悪ここで撤退してもいいってクラウン様言ってたけど』
『……絶望郷にも余裕はありません。せめてもう少し情報を持って帰りましょう』
『賛成。行き来するのは効率悪いしね』
『整備されている箇所を辿って、生きている施設を探しましょうか。絶望郷より小さいコロニーとはいえ、反乱軍が全体を整備できる力があるとは思えません』
線路をたどりコロニーの奥へ、音もなく誰の目にも映らない状態で進んでいく。人の気配は薄く、寒々しい廃墟ばかりが目についた。だが、やはりここでも線路上に瓦礫がない。
そしてたどり着いた積み下ろしプラットホームには、当然のように列車が停まっていた。よく観察せずとも、シアンが力技で切り離した連結部がすぐに分かった。あの時取り逃がした列車と見て間違いない。
『この周辺ですかね』
『そうだね。んー、ここも軍事施設っぽいね。都合いいから再利用した感じだ』
『で、あれば……順に調べていきましょうか。魔法のおかげで、監視カメラを気にする必要はありませんし』
『でもファントムが怖いなぁ。多分、『隠蔽』だか何だかの魔法って話だったよね。逆にこっちの隠密見破られちゃうかも』
『そうなったらもうどうしようもありませんね。全力で逃げましょう』
リツの作り出したブレスレット型のステルス装置も、どこまで姿を消せているのか正直自分ではわからない。魔法は強力だがその分曖昧であり、肉眼を誤魔化せてもサーモグラフィー等を無力化できるのか試していないので分からない。故に一種の保険のように扱うべきだろう。
『……お、ここ人いない。何の施設だろう』
シアンの手際は驚くほど良かった。リツは国軍学校で訓練を受けたこともあるが、潜入任務の実戦経験はない。素直に相方の指示に従って動くことにした。
スパイとして一年以上反乱軍に潜り込み、その中で絶望郷と敵対しないよう、だが役立たずにならないように動き回り、そして無数の情報を抜いた経験は伊達ではない。
人のいない、がらんどうの部屋にゲートをすり抜けて潜り込むと、監視カメラの位置を即座に把握。そしてすぐにその視界を見抜き、映らない奥の端末を操作する。
データを管理する小さな管制室のガラス越しには、何かの儀式場にも見える奇妙な実験室があった。すでに作られていたものは完成したのか、運び出された後のようだった。
『パスワードか……んー、どうしようか。あーしがスパイしてた時はこういう電子データ的な情報はあんまり抜けなかったからなぁ』
『ふむ……それなら。“
作り出した小さな電子コネクタを端末のポートに突き刺すと、表示されていたパスワード画面が粉々に砕け散る。ウィルスを電子兵器と解釈して作り出した。これまでの訓練の中で作れることは実証済みである。
『いいねぇこれ。あーしが潜入してた時にも欲しかったな。……え、うわ、なにこれ』
『は……? なんてものを……!』
端末の中、データを覗けば、そこにあったのはおぞましい研究の産物。
その技術は、『ファミリアセル』という名がつけられていた。
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