04話 バディ


 魔法少女。

 それが生物兵器の名前であることは、誰もが知っている。

 そして魔法少女を作り出したのが、『マスコット』と呼ばれる科学者集団であることも。


 マスコットとは、絶望郷設立以前の旧政権が作り出した、意図的に脳の機能を調整されたデザイナーベイビー達のことだ。サヴァン症候群の者のような突出した能力を持たせ、現状を打破する、ブレイクスルーとなる技術を生み出すことを目的としてそれが実行された。


 その計画自体は上手く行った。

 成長したマスコット達はそれぞれが各々の分野で飛び抜けた才能、技術を持ち、様々な新技術を生み出した。空が黒雲に覆われた後に滅亡の一途を辿っていたこの国が生きながらえていたのは、マスコットの技術があったからだ、


『魔法少女もそうやって作られた技術の一つだね。作ったのは、『バタフライ』ってコードネームのマスコット。本当は魔法みたいに世界を再生させるようなものが作りたかったみたいなんだけど……出来上がったのは破壊兵器さ』


 加えて、偏らせた脳機能、そして教育はマスコットの思想を歪ませ……その半分以上が当時の政権に敵対。反乱軍の前身たる革命軍に合流し、技術と兵器を提供した。


 魔法少女の開発者たる『バタフライ』は反乱には関わらなかった。

 だが、完成品である魔法少女が持ち出され、第一施術の技術も流出。


 革命軍に合流したマスコット、そして持ち出された魔法少女が原因で、旧政権は滅んだ。

 反旗を翻した者の大半は、ディストピア設立時の戦いでクラウン達、絶望郷側の魔法少女により討たれたが、全員ではない。身を潜め、まだ生き残っている者がいる。そいつらが絶望郷転覆のための戦力を得るため、マスコット技術の中でも際立って強力な、魔法少女を作る技術を手に入れようとしているのだ。


『リツちゃんが狙われたのは、オリジナル魔法少女を作ったバタフライを直接狙うのはもう無理だからさ。だって、バタフライの身柄はもう絶望郷が確保してるからね! それでも情報が欲しくて、施術が終わってる被験者を探してたんだと思う』


 クラウンはそう締めくくった。

 マスコットの概要は広く知られているが、詳細は明かされていない。己が知って良いのか不安にもなったが……自分の置かれた状況を理解するためには必要な情報だ。伝える判断をしてくれた道化師には感謝すべきだろう。


(クラウン様の気遣いを無駄にしないためにも……この作戦は成功させなければ)


 ――クラウンから話を聞いた五日後。

 リツはマスコットについての情報を思い出しながら、任務開始の時刻を待っていた。


 魔法少女としての初任務は、反乱軍アジトの制圧だ。


 現在判明しているアジト三箇所に、それぞれファミリア魔法少女と国軍を送り込み同時制圧する。その最中マスコットが確認できた場合、捕縛もしくは殺害が最優先目標となる。

 現在発見されているアジト全てを同時に潰してしまえば、情報が伝わり警戒されることも逃亡されることも防ぐことができる。


 初陣でこんな重要な作戦に挑むことになり、自覚できる緊張が心をざわつかせるが……それ以上に、心身を満たす喜悦がこみ上げてくる。


 リツは、はやる気持ちを少しでも発散させるため、さほど広くない部屋の中を歩き始めた。

 ここはディストピア各所に用意された、軍人のためのセーフティルーム。入り組んだ構造の都市内で戦闘になることを考慮し、補給地点として随所に設置されたうちの一つ。その中でも、魔法少女のための特別なもの。


「ら~らら~……♪」


 貸切状態なのを良いことに、リツは鼻歌交じりにくるくると踊るように回る。


 ようやく……ようやくこの手で、絶望郷に仇成す反逆者どもを討ち倒し、拘束できる!

 思わず口角が釣り上がっていく。祝い事を翌日に控えた子供のような高揚感に身を任せ、適当なリズムで口ずさむ。


「鎮圧っ♪ 鎮圧っ♪ さっぷれっしょん♪」


 決まりを守らない人間ほど嫌いなものはない。なぜそんな決まりがあるかなど考えもせずに欲望のまま行動し、それが妨げられれば絶望郷が諸悪の根源と思い込む愚かしさ。反吐が出る。

 隠れ潜むだけは上手い連中が、ようやく尻尾を見せたのだ。根切りにする他ないだろう。


「処刑っ♪ 処刑っ♪ みっなごっろし♪」


 ああ、最っ高に楽しみだ! 己に任された役割を全力で果たさなければ。

 ウキウキしつつ、モニターに映る地図に視線を戻し――。


『やっほーリツちゃん! “絶望郷に希望あれ”!』

「うぇっ!?」


 何も操作していないのにも関わらず、画面が切り替わって表示されたのは、絶望郷の道化師。

 完全に油断しきっていたリツは驚き、変なポーズで固まった。


『んっふふ、ごきげんだったね!』


 思いっきり見られていた。超恥ずかしい。いや、この部屋にもカメラがあるので当然だが。


『伝え忘れがあったから教えとくね!』

「あ、はい」

『魔法少女の戦闘部隊は基本的にバディで行動してもらうことになってるんだ!』


 一旦言葉を切ったクラウンがパチンと指を鳴らす。

 その瞬間……。


「えっ、ちょっ!?」

「は? う、うわっ!?」


 画面から、放り出されるように金髪の少女がズルリと出てきた。

 正面から受け止める形になったリツは、慌てて少女の上半身を抱きとめる。

 が、まだ下半身が画面の中で、不安定な体勢になった少女がうめく。


「ぐ、ぐええ……。モニターで移動させるなら一言合図が欲しかった……」

『いぇーいサプライズ! その子がリツちゃんのパートナーだよ! 仲良くね!』


 少女の抗議を聞き流して、まだ足が入ったままの画面からクラウンの声。


『今後のことについても色々聞くように! じゃっ!』


 ……嵐のように去って行った。呆然とするリツに、抱え込んだ少女が言う。


「……あのさ、悪いけどこのまま引っこ抜いてくんない?」


 そのまま抱きかかえて下がり、ようやく足がモニターから抜けた少女は「やー、ありがとね」とにこやかに笑う。


「えーと、どうしようか」

「まずは名前を教えていただけますか?」

「うい。シアン・バードソングだよ。よろしくね」


 金のロングヘアに、空のような瞳。右の頬から首にかけてを覆う火傷痕が目立つが、それが水晶玉の傷とならない端正な顔立ち。国民に支給される一般的な量産服は、ベルトが増えていたり所々手が加わっている。悪戯げな笑顔が印象的だ。


「都我律です。こちらこそよろしくお願いします」


 相も変わらぬ仏頂面で、リツは手を差し出した。しっかと握り返され目を合わせる。リツはシアンの方が背が高いことに気づいた。あと胸もかなりでかい。女としての敗北を感じる。


「うん。一緒に頑張っていこうね。……ところでさ」

「何です?」

「さっきなんで踊ってたの?」

「う゛っ」


 シアンにも見られていたのか。リツは思わず明後日の方向を向いた。


「……いえ、あれは……念願叶って浮かれていたので。忘れてください」

「念願?」

「……魔法少女になったことで、所属が魔導士官へと変更になりました。本来ならば鎮圧作戦への参加は国軍学校卒業までお預けだったのですが、それが一足飛びに可能になったので」


 クラウンの前では緊張し思い至らなかったが、リツはあとでそれに気づいて声を上げてガッツポーズした。首席だったとはいえまだ足りていない技術に知識もあり、故にそれは任務と並行して身につけていかねばならないが……それはそれ。


「そんなに鎮圧作戦に参加したかったの?」

「ええ。……造反者をこの手で討つのが夢なので」


 ひとくちにクラウンの眷属と言っても、生じた能力により役割は様々だ。

 その中でもリツに任されたのは、多くの眷属と同じ、絶望郷の治安維持。武力を持って造反者を鎮圧する、執行部隊としての役割である。


 本人の性質、気質を反映したような魔法が発現することが大半らしく、リツの魔法が執行部隊に向いているのはある種必然でもあった。だが、それでも念願の鎮圧作戦に参加できるようになった喜びはとても大きい。


「まあ……この話はもういいでしょう。今回の任務についてを打ち合わせましょうか」

「そうだね。作戦開始まであと少しだし。効率的にいこう」


 クラウンに通達された時刻まで、あと数分。

 顔合わせはもう少し早めにさせて欲しかったが……予定の問題か、何かの事情だろう。


「リツは魔法少女として戦ったことは?」

「初陣です」

「あれ、そうなんだ。あーしもなんだよね。経験者と組むもんだと思ってたけど、違うんだ……。なら、魔法少女としての能力と戦法を教えてよ。バディを組むってことは、要するに性能的には同格になる敵方のファミリア魔法少女を二対一で確実に仕留められるようにしてるってことだと思う。他にも理由はあるだろうけど、これが大きいんじゃないかな」


 手短に己の得意なこと、できること、苦手なこと、できないことの共有を終わらせる。銃器の扱いに優れたリツと、近接戦闘が得意だと言うシアン。相談はすぐに終わった。

 連携して戦うのは難しいだろうが……それはぶっつけ本番で練度を高めるしかない。


「地図データは確認しましたか?」

「や、まだだね。一応見とくか……え? 最終更新四年前?」

「うわ、気づいてませんでしたそれ……。参考程度に留めるのがいいかもしれませんね」


 クラウンが都市を掌握してそれなりの月日が経っているが、実はまだらのように地図データがない箇所も存在する。ディストピア設立以前の混乱で失われたデータは多岐にわたり、その一つに各所の地図データがあった。しかも、今回の作戦区域のようにデータが古いまま、更新されていないなんてこともある。


 この都市の構造はあまりに複雑。五百メートル級のビルや複合建築物が立ち並び、地下数百メートル全てを掘り抜き作られた多層構造。そんな旧時代の地下鉄道を数百倍ややこしくしたような構造が、大雑把に円系と見た直径約二十四キロに広がっているのだ。データ更新は生半可な作業ではない。


「地図がアテにできない以上、構造把握が重要となりますが……」

「それは任せてよ。あーし地図起こしはできないけど、道覚えるのは得意だから」


 現在都市中心部から大規模な区画整理が行われているが、それはこのような空白を埋めるためでもある。把握されている限りの通路には監視カメラが設置されているが、ここら一帯のような廃棄区画は十分ではなく、死角もあればモニターなど数えるほどしかない。クラウンの力が及びにくいこういった地帯が、絶望郷の軍隊や魔法少女の主な仕事場だ。


「他に何かありますか?」

「……や、パッとは出てこないかな。そろそろ時間だし、準備しよう」


 魔法少女の準備。すなわち……。


「変身。“ディストピア☆ピースメーカー”」


 絶望郷の保安官。

 クラウンに貰ったこの名前を、リツは心底気に入っていた。


 紅紫と黒銀の粒子が舞い上がれば、リツの姿が一変する。

 纏う軍服ワンピースの炎にも似た紅紫の装飾がきらりと光り、毛先を残しマゼンタピンクに変わったウルフカットがふわりと揺れる。軍帽の位置を調整し、変身に合わせ意匠の変化したイヤーカフ型デバイスを展開。ホログラムの画面が片眼鏡のように左目の前に現れた。


 身に着けていた装備は変身後もそのまま反映される。グレネードでも持っていこうかと思ったが、己の魔法で作った方が威力が出る上、携帯時に撃ち抜かれて誤爆することもない。リツの装備は、いつも使っているイヤーカフに、医療キット等己の魔法で作るのが難しい装備を収めた軍用ポーチだけだ。


「変身、“ディストピア☆ブルースカイ”!」


 続いて、シアンも高らかに己が名を謳う。

 青い鳥の羽が舞い上がり、晴れ渡った後にいたのは、黎い戦乙女と評すべき姿だった。

 可憐な、しかし戦いの気配を纏う黒い鎧。暗雲の隙間から覗く空に似た青い装飾が施され、頭には翼飾り付きの、バイザーのような兜が。青く変わった長髪には、雲のように白いインナーカラーが混ざって、ふわりと青い薔薇の飾りが編み込まれる。


 己の濃桃と、シアンの青。銃火器を使う軍人と、幻想の中の戦乙女。実に対照的である。


「青い空、ですか」

「うん。あーしさ、空を見たくって」


 空。死傷黒雲に遮られ、若者は映像や写真、もしくはバーチャルリアリティの中でしかそれを見たことはない。本物の空に憧れる者は数いれど、戦争が作り出した暗雲がそれを阻む絶望的な天井として文字通り覆いかぶさっている。


 死傷黒雲が生まれたのは、リツが生まれる十数年前。

 かつて全世界を揺るがした大戦争が作り出した、破滅の雲。


 バラ撒かれたバイオ兵器、舞い上がった粉塵に含まれる極小金属片、放射能に電磁阻害粒子、反重力エンジンの損壊により散らばったグラビト拡散パルス……。ありとあらゆる有害物質が凝縮された黒雲は、時折汚染雨と呼ばれる有害な雨を降らす。

 その影響で地表だけでなく海水までが破滅的に汚染された結果、いかなる手段でも海を渡ることができなくなった。空と海、両方に溶け込んだ阻害粒子が最悪の噛み合い方をし、海上一帯は致命的な電磁パルスの嵐が渦巻いている。当然、通信も届かない。


 日光が遮られ地表は極寒の地となり、植物は光合成ができず枯れ果てた。動物は汚染雨に耐えきれず死に絶え、人が生きているのは科学技術でどうにかしているだけ。

 現在絶望郷を取り巻く問題は、人的なものを除くとほぼ全てあの雲が根本の原因である。

 全てを殺す最悪の雲。故にあの暗雲は『死傷』と呼ばれる。


 あれを晴らしたいという夢は、リツも大いに共感できる。リツだって、一度ぐらいこの目で本物の空を見てみたい気持ちはある。


「へぇ、いいじゃないですか。何か思い入れでもあるのですか?」

「そりゃあもうすごくね! 青空って憧れるでしょ? それにさ……」

「それに?」


 だから、何気なしにリツはシアンの言葉を繰り返し、聞いた。小さな好奇心だ。

 なぜ青空が魔法少女として、己の存在を成す名となったのか。


 対してシアンはさして気負うでもなく、なんでもないように言い放った。


「ほら、なんか自由って感じするじゃん?」

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