03話 眷属


 不思議と、安穏とした目覚めだった。


 頭を動かして周囲を確認すれば、そこはどこかの病室のような部屋だった。

 ような、ではなくその通りなのだろう。己は病衣に身を包み、落ち着いた間接照明の照らすベッドで横たわっていた。寝台の側にはバイタル確認の機械と、手首に嵌められた医療腕輪に繋がる点滴があった。

 しかし、あの時負った傷はどこにもなく、僅かな痛みすら感じない。


 ぼんやりと回り始めた思考が、聞き覚えのある声を捉える。つられ体を起こせば、ベッドの正面に備え付けられたディスプレイからは、いつもの処刑ニュースが流れていた。


『明日の天気は曇り! 今日ずっと降ってた汚染雨はあと数時間で止む見通しだよ! いっつも言ってるけど、汚染雨が止んでから数時間、警報が解除されるまでアンブレラフィールドと防護服は装備したままにしておいてね!』


 黒雲が晴れないこのディストピアにおいては、曇りとは即ち晴れと同義である。

 そうか、なら楽でいいな、と半分寝ぼけ眼の頭が場違いな思考を回した。防護服や傘代わりの防護フィールドも、軽量化されているとはいえ少しばかり重い。


『お、リツちゃん起きたね。気分はどう?』

「へっ?」


 急に名前を呼ばれ、思考が真っ白になった。


「え、あ、はい、問題ありません」

『楽にしてていいよ! 怪我人だもんね!』


 画面に映る道化師が、いつの間にかリツ個人を見て笑いかけてきていた。

 よいしょ、とクラウンは手を伸ばすと、その手がぐにゃりと画面から生え、モニターの枠を掴んだ。


「おっとっと」


 固まったリツをよそに、支配者はまるで窓枠をくぐるように、実に気楽な態度でモニターから這い出てきた。


「ふふ、はっじめましてー! “絶望郷に希望あれ!” ディストピア☆クラウンだよ! ホログラムの体で失礼!」


 ニュースに登場するアニメーションの姿と同じ。道化師を模した藍と紫のタキシードに、綺羅びやかな王冠。様々な色のメッシュが混じる黒い濡羽の髪に、深淵じみた昏い眼。

 この国の支配者。ありとあらゆる権限を持つ、絶望郷の主だ。


 その、まさしく本人。

 魔法少女の力で、国を掌握し……滅亡から救った張本人が目の前にいる。


 楽にしていいと言われたものの、リツは緊張から点滴の針が刺さったままの手で敬礼した。

 ホログラムの体、と言う通り、端々がブロックノイズのように時折ぶれている。つまり偽物の体であるということなのだろうが、魂を通して……とでも言おうか。感じる上位者としての存在の格は本物。その気配が圧として、巨大な存在感を放っていた。


「んふふ、そう固くならなくていいって! リツちゃんはマジメだね! 私の眷属になったんだから、私のことはお姉さんとでも思って気軽に接してよ!」

「そ、そう申されましても……」


 確かに、あの時クラウンの問いかけに対し首を縦に振った。眷属になったことに否はないが、そういう問題ではない。


「眷属は家族! ふぁみりー! いえー! ほら、敬礼おわり!」


 謎のテンションではしゃぐクラウンの背後では、変わりなくニュースが流れていた。録画なのだろうか。おずおずとリツが敬礼をやめた所で、クラウンがベッドにぽすんと腰掛ける。

 間近で見た彼女の容貌には、愛らしさの中に怜悧な傲慢があった。


「さてと。まずはお疲れ様! あの数の反逆者と魔法少女相手に抵抗して、奴らの目論見を挫いたのは偉い! えらいよ! 私が褒めてあげる! すばらしい!」

「あ、ありがとうございます」


 ともすれば見つめているだけで闇に引きずり込まれそうな風体をしていながらも、称賛の言葉には温かい色が混じっていた。

 さて、とクラウンが指を振ると、虚空にホログラムが浮かび上がる。


「で、そんな頑張ったリツちゃんにまずは後始末、どうなったかの説明ね! 詳しく知りたいだろうけど、いっぺんに情報を詰め込んでも頭がゆでダコになっちゃうだけだから、サクッと概要だけ! 詳しい情報はあとで端末に送っておくね! 時限式で消滅するようになってるから早めに読むように!」

「承知しました」


 頷けば、クラウンは手元にホログラムの画面を作り出し、手渡してきた。

 視線を落とせば、憲兵部隊が反乱軍を拘束し引っ立てていく様子が映っている。


「まず、反乱軍のしたっぱ連中は全員捕まえたよ! リツちゃんのおかげだね! 詳しくはお手元の資料をごらんください! でもあの魔法少女は逃しちゃった。こっちについての情報は、あとで直接交戦したリツちゃんに聞こうと思ってるから、その時はよろしくね!」

「はい。……一つ質問よろしいでしょうか」

「いいよ!」


 おずおずと手を上げたリツに、にこりと快諾するクラウン。


「では。応戦中、監視カメラが機能していませんでした。加えて、通信端末なども使用不能。何かその通信不良についての情報はあるのでしょうか?」


 ふんふん、と頷くクラウン。同時に、ホログラム画面が映すものを変える。クラウンの説明に合わせて、アニメーションが自動生成されていく。


「そうだね! 簡単に言っちゃえば、反乱軍の魔法少女が魔法で何かしてたんだと思うよ。私が気づいたのも、不自然なほど何も映ってなかったからだし。気づいたはいいけど、あの辺一帯に電波とかを飛ばしても意味なかったんだ。私も“入って”初めてリツちゃんと反乱軍を視認できた。助けるの遅くなっちゃってごめんね?」


「そんな、滅相もない……。通信異常の原因に関しては把握しました」


 EMPでも妨害電波のようなジャミングでもない、魔法による情報撹乱。なんと厄介な。

 先のはしゃいだ様子から変わって、落ち着いた様子で話を続けるクラウン。


「で、したっぱ連中から引き出した情報なんだけど、やっぱり反乱軍は君を狙ってたみたい。ターゲットがリツちゃんっていう情報しか持ってなかったから、詳しいことは聞き出せなかったけどね。でも推測はできる」


 確かに、連中は私の身柄が目的であると言っていた。しかし、なぜ?


「簡単に言えば、リツちゃんは魔法少女関連の事情において、ちょっと特殊ケースなんだ」

「……と、言いますと?」

「リツちゃんも知ってると思うけど、改めて。魔法少女は生物兵器。だから、魔法少女になるには人体改造手術を受けないといけない」


 かつて御伽の、創作の中の存在だった魔法少女は、非道な生物兵器としてこの世に存在している。生物兵器なのだから、そりゃあ生物……人間を改造して作る必要がある。


「でも、魔法少女になる施術を受けても、そのままじゃ魔法少女にはなれない。私達『オリジナル魔法少女』の眷属になって、力を分けてもらって初めて魔法少女になることができるんだ! 施術だけだと『器』なんだよね。そこに、私達オリジナルから魔法の力が湧き出す『核』を受け取ることで初めて、魔法の力っていう『水』が器に貯まるようになるんだ。それを使って魔法を唱えるわけだね! そして、ちょうどリツちゃんみたいに、眷属となった魔法少女のことを『ファミリア魔法少女』と呼ぶ! ここまではOK?」

「はい。分かります。器などの話は初めて知りましたが」


 魔法少女には、大別して二種類ある。


 ディストピア☆クラウンのような、強大な魔法を行使する『オリジナル魔法少女』。

 オリジナル魔法少女から力を分け与えられた眷属、『ファミリア魔法少女』。


 この二種がいることは、常の国民にも広く知られている。クラウンの手足として絶望郷を飛び回るファミリア魔法少女は、それだけ国民と関わる機会も多い。何なら国営放送に出演している者もいる。


 だが、どちらの魔法少女になる方法も明かされてはいない。

 さらっとその一部が明かされ、リツは私が聞いてもいいのだろうかと少し不安に思った。

 それよりも。


「ですが私は施術を受けていません。なのに、魔法少女となれた。それが特異性ということですか」

「うーん……はずれ!」


 リツは思わずガクッと肩を落とした。


「んふふ、魔法少女化施術は相当特殊なものだからね。それはありえない。だから、結論はもっと単純だよ」

「と言うと……?」

「リツちゃん、眷属になる前から施術終わってたの。寝てる間に検査したから間違いないよ」


 ……え? なんで……?


「その……人体改造を受けた覚えはありませんが」

「だよね。こっちは理由に心当たりはあるんだけど、確実な証拠がないんだ。最悪の自由時代にドンパチしたせいで記録どっか行っちゃってて、リツちゃんがクラウンネット登録してからの記録しかなくってさ。また検査しに来てもらうことになるかも」


 確かに検査は必要だろう。しかし、義務化されている健康診断でも今までに指摘されたことはない。どんな施術なのだろうか。

 いや、今はそれはいい。


「検査については承知しました。反乱軍の話ですが、私が施術を終えていたから、その施術の技術を得るため、被験者である私を確保する狙いだったという認識で……」


 情報を纏めようとして気づく。

 反乱軍には、すでに魔法少女がいる。

 ならば、わざわざ自分を捕らえて調べる必要はないのではないだろうか。魔法少女がいるということは、イコールで魔法少女の作り方……施術を知っているということだ。


「……反乱軍の魔法少女も、施術を受ける必要があるのですか?」

「お、気づいたね。えらい! その通りだよ。力量からして、リツちゃんが戦った奴はファミリア魔法少女だね。多分なりたて。例外なく、施術を受けないと魔法少女にはなれない」


 なら、どうして私を狙ったのか?


「ところでさ、オリジナル魔法少女にはどうやってなるか知ってる?」

「……いえ。魔法少女は生物兵器の一種であるという話は知っていますが……」


 これも、絶望郷の住民の共通認識。


「そう。ファミリアですら施術が必要なんだ。じゃあ、オリジナル魔法少女はどんな方法で作られるのか? ……生物兵器なんだから、人体改造しかないよね?」

「つまり私が、そのオリジナル魔法少女を作るための方法を探る手がかりになると」

「大正解! 花丸あげちゃう! 魔法少女化施術は、実は五段階あるんだ。これを全て施せば、オリジナル魔法少女を作ることができる」


 でも、と言葉を切る道化師。


「ファミリア魔法少女が受けるのは、第一施術だけ。残りを、眷属として上位者であるオリジナルから力を受け取って代用するわけだね。もちろん代用だからオリジナルと強さは比べるべくもないほど弱くなっちゃうけど、諸々のリスクを回避できるんだ」


 リスクか。考えてもみなかったが、あって然るべき当然の話だ。体をノーリスクで生物兵器に改造できるわけがない。


「でさ、突然だけどリツちゃん。“最悪の自由時代”以前の記憶ないでしょ」

「――ッ」


 それは。

 誰にも話すことのなかった事実を突如指摘され、リツは凍りついた。


 別段気に病んでいたわけではない。幼少期の記憶がなくとも生きていくのに支障はないし、両親に血の繋がりがなくとも、愛を受け取ることはできた。

 だが、他者にそれを指摘されることは初めてだった。


「やっぱり。第二魔法少女化施術。その副作用で、記憶がグチャグチャになっちゃうんだ」

「……私は少なくとも、そこまでの施術を施されているということですね」

「うん。第三以降は血液検査で引っかかるから、第二までだと思うよ。健康診断の記録でも異常見つかってないし」


 なるほど、第一施術の技術だけを持つ反乱軍。第二施術が済んでいるリツの存在を知れば、それこそ喉から手が出るほど欲しがるだろう。

 全ての施術を終わらせたオリジナルを捕らえることなど、どう考えても不可能なのだから。


 いや、しかし。ファミリア魔法少女が反乱軍にいるのなら、上位者となるオリジナル魔法少女もいるはずだ。それを調べればいいのではないか?


「まあ、魔法少女化施術ってめちゃくちゃ複雑だからね。最終完成形見てもなんのこっちゃ?ってなったんだと思うよ。ほら、複雑な方程式の途中を省いたら意味分かんなくなるでしょ。あと、オリジナル魔法少女はもう体の中人間じゃないからね。スキャンしても何の情報も得られない」


 だからって解剖するわけにもいかないし、とクラウン。ホログラムに表示された比較画像を見れば、骨格や血管、神経が白く映る常人と違い、クラウンのスキャン画像は墨塗り状態だ。


「で、さ。リツちゃんの記憶がない時期と、第二施術が終わってることから、リツちゃんは私達オリジナル魔法少女と同じ時期に魔法少女化施術を受けて、途中で廃棄されたことが推測できるわけだけど。こんな情報を反乱軍が持ってるのはおかしいよね。たまたま古いサーバー漁って見つけたなんて考えるのはちょっと無理がある。と、なれば情報を持ってておかしくない奴が反乱軍に教えたって考えるのが妥当なわけだ。そもそも、私達が徹底的に情報媒体破壊したから、残ってるとは思えないし」


 加えて言うなら、反乱軍が自力で人体改造をできるほどの技術を有しているとも思えない。


「で、そんな情報持ってる存在なんて、相当限られるでしょ?」


 ――話を聞いて、脳裏に浮かぶ名前は一つだけだ。

 同時、画面に映る映像がまたしても切り替わる。

 ウサギにオオカミ、鹿や虎、蝶やカブトムシなど……様々な生物のマスクを被ったり、ブローチをつけている、白衣の科学者達。


「……『マスコット』」

「正解。最悪の自由時代を齎した科学犯罪集団。反乱軍の背後にいるのはこいつらさ」


 つまり……。


「私を解析し、さらに強力な魔法少女を……あるいは、オリジナルを作ろうとしている」

「その通りだね。そして当然、目的は……」


 絶望郷の破壊、転覆。

 そして黙示録の再来だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る